第50話:【怪奇!!】不可解な場所にあったノートパソコン! それが示すものとは一体何なのか!?
本章は、前作「日奉家夜ノ見町支部 怪異封印録」終盤に登場したキャラを登場させています。
事務所から飛び出した私は階段を使って一階まで駆け下りると、周囲を見渡した。文屋さんは人混みに紛れる様にしてトボトボと歩いており、縁師匠から嫌われている事が相当効いている様子だった。可哀想だという気持ちもあったが、彼女が持ってきたあの写真が写していたものをあのままにする訳にはいかなかった。
「文屋さん!」
「あっ菖蒲さん……。すみませんお邪魔してしまいまして……」
「いえいえいいんですよ。それよりさっきの写真の事……一応JSCCOに任せてもらえませんか?」
「文屋の言う事を信じてくださるでしょうか? 文屋には前科もありますし……」
「でもでも、その能力は本物なんですよね? だったら少なくとも信じてはもらえると思うんです」
「ですが……」
どうやら以前断られた事がかなり尾を引いているらしく、あまり本部に出向きたくない様だ。流石にあの写真を見せればJSCCOも動くとは思うが、あの大事件に関わっている彼女が攪乱しようとしているのではないかと疑惑を掛けられるかもしれない。
「うーん……念のため私に任せてもらえませんか? こっちを通して聞いてみますよ。ダメならダメで何とかしますから」
「で、ですがこれは文屋が勝手に撮った事ですから! 一人のジャーナリストとして、その責任は果たします!」
「そこから先は私達みたいな人間の仕事ですよ? 文屋さんが情報を手に入れて私達が調査する。それが社会の仕組みじゃありません?」
蒐子さんに繋げるためのイヤホンを置いてきてしまったため、スマートフォンから命ちゃんに電話を掛ける。
「もしもし」
「あ、もしもし命ちゃん? 今大丈夫?」
「……そっちが大丈夫じゃないから電話してきたんじゃないの?」
「ま、そうなんだけどね。実はね……」
私は電話越しに文屋さんの事、そして彼女が撮影したという写真の事を話した。どうやら命ちゃんは彼女の事を知っていたらしく、JSCCOでこういった仕事をしている人間のほとんどは知っているらしい。改めて私の知識の少なさを思い知る。賽師匠からの記憶の追体験を受けていなければ、未だに私は小学高学年か中学生レベルの知識量だっただろう。九年という昏睡期間はあまりにも長すぎた。
「……つまり君はその写真の真偽を確かめようとしてるっ事でいい?」
「真偽は考えるまでもなくないかな? 文屋さんの能力はもう確認されてるんでしょ? 私はこの悪魔達がやろうとしてる事を止めたいと思ってるだけだよ」
「そもそもその悪魔達は本当にテロ行為をしようとしてるの? 文屋千尋の主観でしょ?」
「や~でもパソコンに映ってたあの文面は完全にそういう事だと思うんだよね」
「……それでどうやって調べるつもり?」
「まずは最初の写真に写ってた場所の特定かな。次に実行場所の特定。最後に主導者の特定だね」
「分かった。一応こっちで如月さんに伝えてみる。ただし向こうから返事が来るまで動かないで」
命ちゃんはそう告げると電話を切った。
「あの、本当にいいのですか?」
「何かあってからじゃ遅いですからね」
「……もしかしたら文屋は貴方の事を嵌めようとして嘘ついてるのかもしれませんよ?」
「有り得ませんよ。文屋さんは多分そういう人じゃないと思います」
「どうしてそう言い切れるんですか……? きっと世間的には黄泉川さんみたいな反応が正しい筈です。菖蒲さんからだって恨まれてもおかしくない事を文屋はしちゃってたんです」
きっと彼女は悪い人ではない。私の勝手な推測だが、この人はそういう人を苦しめる事を喜び勇んでするタイプではない。ただ自分が持つ正義と社会的に許される正義が大きく食い違っているだけだ。彼女はちゃんとした組織に所属してそういった事をするべきだったのだ。だが当時は今の様に超常存在が公になっていなかった。あまりにも生きにくい時代に生まれてしまっただけだ。
「だからだから、私は何とも思ってませんから。気にしないでください。あの時は本当にしょうがない状態だったんですから」
「……お優しいんですね」
「そうでもないですけどね。それより文屋さん、さっきの一枚目の写真ですけど、場所とかはまだ分かってないんですよね?」
「はい。一応何回か撮ってはみたんですけど、場所の特定までは出来なくて……」
「それは写らなかったって事ですか?」
「そうなんです。文屋の力は何でも写せる訳ではないんです」
どうやら彼女が持っている『真実を写し出す能力』はある条件を満たしていないと発動しないらしい。その条件というのが、『その対象を秘密にしている事』『その秘密を持っている存在の居る方向にカメラを向ける事』なのだという。要はその秘密を抱えている相手がどこに居るのかが分からなければ、射線上に居る別の人間の秘密を写してしまうそうだ。しかも相手がそれを秘密だと思っていなければ写真に写らないらしい。
「文屋が上手く方向を合わせられてないだけかもしれませんが、倉庫の外観や名前が全然写らないんですよ」
「それか主導者にとって、その倉庫の名前がバレても問題ないか、ですね?」
「そうですね。文屋もその可能性を考えてます。何か行動を起こすという点だけ隠せていれば、それでいいのかもしれません」
「うーん……じゃあじゃあ、その倉庫自体は使い捨てなのかもしれませんね。何なら別の場所でも良かったのかも」
様々な可能性を考えながら話し合っていると、命ちゃんから電話が掛かってきた。どうやらJSCCOが本腰を入れて捜査すべき案件として認めたらしく、命ちゃんも家を出てこちらへ向かっているという。しかしここまで来てもらうよりも本部で落ち合った方が早いと感じたため、一度JSCCO本部で合流してから調査をする事にした。
「あの、本部の方は何と?」
「捜査して欲しいらしいです。今から行くので、写真を貸してもらえませんか?」
「い、いえ! 文屋も行きます! こんな事で罪が贖えるとは思えませんが、それでもこの力を正しく使いたいのです!」
「でもでも、危ないかもしれませんよ?」
「大丈夫です! 自慢にもなりませんが、『黄昏事件』の時に文屋も危険な目には遭いましたので!」
「じゃあじゃあ、危なくなったらすぐ逃げてくださいね? それが約束出来るならいいですよ」
「はい! ありがとうございます!」
恐らく戦闘能力が皆無であろう文屋さんを調査に同行させるのは不安ではあったが、あの写真を撮影したのは彼女であるため、本人からの意見も聞けるかもしれないと思うと少しだけありがたさもあった。
急いで本部へと向かい少し待っていると、命ちゃんがいつもの格好で姿を現した。私の隣に立つ文屋さんをチラリと一瞥すると口を開いた。
「待たせてごめん」
「ううん、私達もさっき着いたばっかりだよ」
「そう。……文屋さん」
「は、はい!」
「貴方の事は知ってる。あの事件に関わってた人。そうでしょう?」
「そ、そうです……」
「……悪いけどあたしは、殺月命は、貴方の事を許すつもりにはなれない。菖蒲ちゃんがどう感じてようとね」
「え、では貴方も……」
「あたしの両親もあの事件で命を落とした。成す術も無くね」
「あれっ……でも確か殺月家の方は……」
「……そういう事だから。行こう菖蒲ちゃん」
「う、うん」
命ちゃんの家に両親が居ない理由を初めて知った。妹の魔姫ちゃんの発言からするに何かあったのだとは思っていたが、まさか文屋さんとの間に因縁があるとは思わなかった。そして文屋さんも殺月という苗字に何か聞き覚えがあるのかの様な反応を示していた。日奉濃紫の『裏切り者』発言といい今回の文屋さんの反応といい、命ちゃんは何を隠しているのだろうか。結局『SOS』の時は事件に集中しすぎて聞く時間も無かった。
行く当ても無く歩き出し、少し本部から離れたかと思うと命ちゃんはこちらに振り向き、文屋さんに話しかける。
「貴方が撮った写真、見せてもらえる?」
「は、はい」
「……怯えなくても何もしない。あたしの気持ちはあたしの気持ち、仕事は仕事。ちゃんと割り切ってる」
「大丈夫ですよ文屋さん。命ちゃんはそんな怖い人じゃないですから」
「そ、それは文屋もそう思ってますけど……」
文屋さんは少し怯えながらあの写真を取り出す。それを受け取った命ちゃんは全部の写真に目を通すと、一枚一枚スマートフォンで写真を撮り、どこかへと送信した。
「どこ送ったの?」
「如月さんに。雌黄さんと直接連絡取れる人は今のところあの人しか知らないし」
「あーそっか。雌黄さんなら衛星写真とかから特定出来るかもだね」
「そう。少なくとも三枚目のこの教会……全体がはっきり写ってるからストリートビューですぐに調べられると思う」
確かに電子生命体であり全てのネットワーク情報にアクセス出来る雌黄さんであれば特定出来るだろう。倉庫の場所までは難しいかもしれないが、少なくともどこで事件が起きるのかが分かれば対策は出来る。私自身は悪魔というものを見た事も無ければ相手にした事も無いが、そういった存在が古くから知られている国であれば対策をすぐに練られるだろう。
「命ちゃんは悪魔って見た事ある?」
「無い。そもそも日本に渡って来てる悪魔なんて居るの? コトサマが出身国以外の場所に馴染むのは人間以上に難しいと思うんだけど」
「どうなんだろうね。土着信仰とかで生まれたコトサマだと間違いなく海外はアウトだけど」
「……文屋さん。貴方が撮影したこれに写ってるの、本当に悪魔?」
「二枚目の写真が証拠です! そこに書いてあるじゃないですか!」
「これがあたし達を攪乱するための偽装だったら?」
「そ、それなら文屋の力が見逃さない筈です!」
「命ちゃん、多分本当の情報だと思うよ。文屋さんも言ってるけど、相手が隠してる情報なら写る筈だしさ」
やはり因縁があるという事もあってか、命ちゃんは文屋さんのもたらした情報には懐疑的だった。しかし少なくとも彼女の力はしっかりと解明されている。意図的に嘘の写真を撮るという事は恐らく出来ないだろう。
少し待っていると命ちゃんのイヤホンに通信が来たらしく、一人で話し始めた。
「こちら殺月。……ええ。それで? …………そう。あの教会は? …………分かった。二枚目の発信者情報は分かった? …………そう。分かった、こっちでも調べてみる。それじゃあ」
「……どうだった?」
「まずあの三枚目の写真に写ってた教会。あれはセント・ジョン・デバインっていう建物らしい」
「えっとえっと、それってどこにあるの?」
「アメリカ。向こうの対策機関に雌黄さんが警告を送ってくれたみたい」
「そっか。じゃあじゃあ、他には?」
「二枚目に写ってたあのパソコンだけど、場所が分かったらしい」
「ほ、本当ですか!?」
「……ただ倉庫じゃないらしい。多分誰かがパソコン本体を別の場所に動かしたんだと思う」
「場所は?」
「ここから少し歩く事になる。付いて来て」
そう言うと命ちゃんは足早に歩き始めた。その間も蒐子さんが話していた事を詳しく話してくれた。
どうやら送信先のパソコンの場所は判明したものの、肝心の発信者元が分からないらしい。雌黄さんがネットワークを通して追跡を行ったものの、何らかの手段で妨害を行っているのか特定出来なかったという。この事から、主導者は電子戦において最強とも言える雌黄さんですら特定出来ない力を持っているという事になる。電子機器に精通している人物か、あるいはそういった力を持っている存在が関わっている可能性が極めて高い。
命ちゃんと共に30分程歩いていると、あるビルへと辿り着いた。周囲のビルと隣り合う様に建っており、外観に異常な点は確認出来なかった。中には階ごとに様々な飲食店が入っており、本当に普通のビルに見えた。
「ここ」
「普通な感じじゃない?」
「雌黄さんの話だと、ここの五階にパソコンがあるらしい」
三人で階段を使って上ってみるとそこだけ空きテナントになっており、室内の電気は消されたままになっている。蒐子さんの方から事前に伝えられていたらしく、管理人によって鍵は開けられていた。
入ってすぐにあったスイッチで電気を点けて室内を詳しく見てみると、元々は何らかの飲食店が入っていたらしく、ガス栓やカウンター席、机や椅子などの姿が見えた。床には埃が落ちており足跡なども無い事から、最後にここに入った人物は直接床を踏まなかったか、あるいは相当前にここに来たという事になる。
「文屋さん文屋さん、ここって来た事あります?」
「いえ、文屋も初めてです。でも何か変な感じがします」
「変な感じ?」
「はい。文屋の力は秘密を持っている相手の方にカメラを向けないと発動しないんです。ですからいつでも使える様に東西南北の方向はしっかり頭に入れてるんですよ」
「……文屋さん何が言いたいの?」
「え、えっとですね? あの写真を撮った時の方向と合わないんですよ。文屋はあれを家に居る時に撮りました。方角は北東でした。でもこの場所、文屋の家から見たら南になるんです。おかしくないですか?」
「うーん、文屋さんの力って無機物相手にも使えるの?」
「いえ無理です。少なくとも一定の知能を持ってる相手じゃないと駄目みたいです」
「じゃあじゃあ単にその時にターゲットになった相手が移動しちゃっただけかもしれませんよ? 別の場所からメッセージを送って、その後ここにパソコンを持ってきたとか」
「菖蒲ちゃんその理論だとおかしいと思わない? この埃の感じ……少なくとも数ヵ月は人の出入りが無い」
「だったらやっぱりおかしいです! 文屋があれを撮ったのはついこの間なんですよ!?」
どういう事だろうか。メッセージを送った存在は文屋さんの家より北東に居た筈である。その後にここに運んできたのであれば何らかの痕跡が残る筈だろう。だが埃の積もり方を見るに最近誰かがここに入ったとは思えない。もし仮にそれ以前よりもここに隠したのだとすれば、管理人が何かに気付くだろう。
「文屋さんのそれって、撮影内容が起こってた時刻は分かるんですか?」
「正確には分かりませんけど何となくは分かります。だから断言します。絶対にあのメッセージが送られたのは最近です」
「でもでもここ最近みたいだよね、ここを開けるの」
「……窓から入る方法も無いとは言い切れないかもね。もし霊体化と実体化を自由に変えられる存在なら、壁をすり抜けてここに入って内鍵を開ける事が出来る」
「それって珍しくないかな? 妖怪って呼ばれてたコトサマでもほとんどが非実体でしょ? 見えるけど触れないみたいなさ。私や命ちゃんのステッキなら触れるけど」
実際私もそういった特異性を持っている人物は縁師匠以外には見た事が無い。あの人は『不老不死』という特異性によって霊体化と実体化の両方を実現出来ている。だがそれ以外の人物やコトサマでそれが出来ている者は見た事が無い。もちろん未知のコトサマの可能性もあるが。
「ん~……どうやったか気になるけど、まずはパソコン見つけない? 中に他のデータも入ってるかもだし」
「……そうだね」
「あの、文屋は何をすれば……」
「えーっとじゃあ……文屋さんは何かこの事件に関連した記憶が無いか追加で写真を撮っててもらっていいですか?」
「はい! 偶然撮れたものなので上手くいくかは分かりませんが……」
こうして文屋さんがポラロイドカメラで撮影をする中、私と命ちゃんは手分けしてパソコンを探す事にした。備品などがそのまま放置されているせいで少し動きづらかったが、逆に言えばいかにも隠しやすい場所であるため何も無い場所でやるよりはマシだった。
そんな場所で色々調べていると、ふと気になるも物を見つけた。それはカウンター向こうにある厨房の天井に付いている換気用ダクトだった。こういった飲食店では必ず厨房などにあるものだが、それに少し違和感があったのだ。
「菖蒲ちゃん、どうしたの?」
「いや……何か引っ掛かるなって……」
「……ダクト?」
「うん。何か変じゃないあれ? ダクトってあんなのだっけ?」
「……いいえ、あたしもおかしいと思う。このタイプだと必ず蓋がされてる筈なの。蓋が無いタイプもあるけど、少なくともこのタイプにはある。あそこに付いてないのはおかしい」
「誰かが外したって事?」
「多分……」
命ちゃんは厨房内にあった棚や用具入れなどを次々と開け始め、やがてピタリとその動きを止めた。
「……あった」
「え?」
「ここに入ってる。蓋もね」
見てみると本来調理器具などを入れていたであろう棚の中に、一台のパソコンとぐちゃぐちゃに押し込まれたダクトの蓋が入っていた。そのパソコンの大きさとダクトの出入り口を確認すると、すぐにある考えが浮かんだ。
「命ちゃんダクトだ! あそこから持ち込んだんだ!」
「そういう事だろうね。ダクトに入れる存在なのかも」
命ちゃんは器具入れの中からパソコンを取り出すと、埃の積もった調理台の上で開いて電源を入れた。文屋さんを見てみると撮影出来た写真を確認しながら怪訝そうな顔をしており、窓際まで移動すると窓を開けた。
「どうかしたんですか文屋さん?」
「いえ……誰かがここの窓を閉めてる写真が撮れたんです。ただ窓を閉めるだけなのにどうして隠してるんだろうと思って……」
文屋さんの発言に引っ掛かる部分はあったが、そんな私の思考を邪魔するかの様にパソコンの画面にノイズが走り始めた。




