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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case14:SOS止めてください
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第48話:SOS エボリューション

 異様な光景であった。生徒達は新校舎の方から声を揃えて「SOSやめてください!」と叫んでいた。噂に聞いていた通りではあったが、超常的な存在が明るみになり身近になったこの現代において、未だにこの様な状況が発生するのは不自然であった。コトサマの入学を認めている学校もあるのだ。いくら小学生と言えども、それを知らない筈がない。


「命ちゃん命ちゃん……これもしかして本当に……」

「かもしれない。探そう。こっちの方を見て叫んでるって事は、この旧校舎内のどこかに居る筈」


 私達は少しだけ開けておいた窓をそのままにして身を屈めながら調査を開始する。もしここで下手に立ち上がって自分達が『SOS』認定されれば、混乱はますます大きくなり対象がどこに居るのか探しにくくなるからである。

 まずはかつて『SOS』が目撃された旧家庭科室へと向かった。既に一度調べた場所ではあるが、騒ぎが起きている以上、もう一度調べておく必要がある。相手が未知のコトサマであるため、あらゆる可能性を考慮しなくてはならない。


「……開けるよ」

「オッケオッケ……」


 しーちゃんを魂に固着させ戦闘態勢に入った私は、命ちゃんが扉を開くのと同時に中へと飛び込み構える。しかし室内で動いている物は存在せず、私が感じ取れる呪力も霊力も存在しなかった。あの茶色い怪物の頭も私が置いた場所にそのまま残っており、何かが移動した様な痕跡も残っていなかった。


「命ちゃん、皆はどの辺り見てる?」

「少し待って」


 命ちゃんはバレない様に教室隅のカーテンに隠れながら新校舎の方を確認した。外からはまだ生徒達の声が聞こえ続けている。


「どう?」

「……こっち見てる」

「え? ここ?」

「気をつけて。あたし達に見えないだけで何か居るのかも……」

「だね。反認識能力の類かも――」


 その瞬間、私の体は背中から床に叩きつけられた。誰かに押し倒されたというよりも、足に何かを引っ掛けられて引っ繰り返ったという感じである。勢いよく転んだため呼吸が出来なくなり、声を出そうとしたものの命ちゃんと目が合った瞬間に私の体は床の上を滑り始めた。いや、正確には凄い力で引き摺られているという表現の方が正しいのかもしれない。


「菖蒲ちゃんっ!」


 廊下へと引き摺り出されてそのまま引っ張られ続けた私は咄嗟に足元へと手をやり、この現象を引き起こしているコトサマを掴もうとした。しかし、何故かどれだけ手を振るっても何にも触れる事は無く、私の手は虚しく空を割くだけであった。魂に触れる事が出来るというしーちゃんと固着しているのであれば、間違いなく今まで通り掴めている筈なのである。


「……っ!」


 このまま行けば階段に叩きつけられながら引き摺られる事になると考え、途中にあった教室のドアを掴み何とか動きを食い止める。二枚組のスライド式ドアであるため、丁度手で掴めるくれいの場所があったのである。しかし引っ張る力は未だに持続し続けており、このまま掴み続ければ間違いなく限界が来る事は間違いなかった。

 そんな限界の状況に追い込まれてしまったが、すぐに命ちゃんからの助けが来た。お札を新調していたのか鞭状になったステッキがこちらへと伸び、ドアを掴んでいる私の腕へと巻き付いたのである。旧家庭科室の中からは命ちゃん本人が現れ、ステッキを手繰りながら少しずつこちらへと距離を詰めて来ていた。


「如月さん、如月さん聞こえる?」

「はい! 緊急事態ですか!?」


 イヤホン越しに蒐子さんの声が聞こえてくる。


「『SOS』は実在した。菖蒲ちゃんが捕まってる」

「え!?」

「そこに居るんだろうけどあたし達には見えてない。でもここの生徒達は見えてる様な反応をしてた。こんな事例ある?」

「え、えーとですねー……一応幼年期の方が霊素に対する波長が合いやすいという研究はありますけどー……」


 呼吸が落ち着いて来たため、念のため足元を手で払いながら議論に参加する。


「じゃあじゃあ私達だけが見えてないんですね……?」

「は、はい! 大丈夫ですか!?」

「今のままじゃ確実にまずいですね。居る筈なのに触れない……」

「如月さん、すぐに似た事例が無かったか調べて。その間に出来る事はこっちでやって――」


 命ちゃんが最後まで言い終わる前に、私達は更に強い力で引っ張られて階段まで引き摺られた。命ちゃんは咄嗟にステッキを掴んでしまったらしく、そのせいで二人揃って引っ張られてしまったようだ。そのまま二人で段差に体を打ち付けながら階段下へと引っ張られていき、やがて一階へと到着すると玄関が勝手に開き、外へと引っ張り出された。


「SOSやめてください! SOSやめてください!」


 生徒達の声はまだ響き続けており、そんな彼らを止めようとする教師達の怒号も混じり、現場はまさに混沌としていた。そんな中、私達は地面の砂利やアスファルト上で引き摺られ続け、ついには体育館裏にあるボイラールーム前へと辿り着き、間違いなく山田さんによって施錠されていた筈のドアが開くと、二人してその中へと放り込まれた。引っ張る力はそこでピタリと止まり、顔を上げてみるとドアは閉められていた。


「……命ちゃん、無事?」

「……何とか。そっちは怪我は無い?」

「平気平気。それよりここ……」

「ボイラールーム……」


 まさに山田さんから聞いた『SOS』の起源とも言える場所だった。壁には少し前に確認した『SOS』の文字が書かれている。元々存在していなかった筈の『SOS』はここで生まれたと言えるのだ。


「蒐子さん蒐子さん! 聞こえますか!?」

「ああ日奉さん! 大丈夫ですか!?」

「いえそれが……ボイラールームに閉じ込められちゃいまして……」

「閉じ込められた……?」

「はい。ここの先生から聞いた話と一致するんです。昔、ここの生徒が何者かにボイラールームに閉じ込められたって」

「まさに今のあたし達と同じ状況って事」

「まさか……」

「そのまさかです。当時の事件を模倣するみたいな事が起きてるんです」


 当時閉じ込められたという生徒は、高校生くらいの人物にやられたと言っていたという。だがその証言を基に探しても、犯人らしき人物はどこにも見つからなかったそうだ。それもある意味現状に似ている。生徒達は『SOS』なる存在を目撃しているにも関わらず、実害を受けた私達には見えないどころか触れもしなかった。そもそも犯人が『SOS』なのかどうかすらも疑わしいのである。


「如月さん、似た事例はあった?」

「うーん……未解決事件も調べてみたんですが、そこに居る筈なのに触れないっていうのは報告が無いですねー……日奉さんのお友達、幽ヶ見さんが定期的に報告してくださるクラムボンも実在は確認されてますしー……」


 そう、クラムボンは実在したのだ。実際私も能力を使ってその魂に触れて存在を確認した。もちろん強力な反認識能力の影響で見た目はおろか触感すらも忘れてしまったが。


「難しいところかもね……もし反認識能力を持っているコトサマが相手なら、事件を起こしても記録にも記憶にも残せない」

「だねだね。でもだとしてもおかしくない? 何で『SOS』は触れなかったんだろ? あの引っ張られ方から考えても、足を掴まれてたのは間違いないと思うんだけど」


 いくら強力な反認識能力を持っていたとしても、その存在を完全に隠蔽する事は出来ない。幽ヶ見さんの様に強い耐性を持っている人相手には無力である上に、何か行動を起こした際には必ず何らかの痕跡が残るのだ。例えどれだけ力が残留したしても、完璧な偽装は不可能なのである。この世に実在しているのであれば、それは確実にそこにあるのだから。


「命ちゃんには何も見えなかった?」

「ええ。君が引っ張られてる間も、そこには誰も居なかった。当然周りにもね」

「うーん……日奉さん、ちょっと足を写した写真を送ってもらっていいですか?」

「え? いいですけど、どうしたんですか?」

「いえ、もしかするとお二人には認識出来てないだけで、何か手形とかが残っていないかと思いましてー。ワタクシにはそういった耐性はありませんが、肉体を持たない雌黄さんなら認識出来るかもと思いましてー。あの手の能力は脳に作用すると言われていますし」

「ああなるほど! いいですよ、ちょっと待ってください」


 蒐子さんの考えが正しいかを確かめるため、スマートフォンで両脚の写真を撮るとすぐにメールで送った。

 蒐子さんが言っていた様に、雌黄さんは自身の魂を電子データに変換してネットワーク上へとアップロードした事によって、電子生命体と呼ばれる存在になったらしい。実際、超常社会になる前から霊による電子機器への干渉はいくつも報告されており、まだ正確な研究結果は出ていないが霊素が電子機器に何らかの影響を及ぼすのは周知の事実であった。そのため雌黄さんが能力を使って自身の魂を電子データに変換したというのも納得出来るものだった。


「……ねぇ菖蒲ちゃん」

「うん?」

「雌黄さんは自分の魂をネットに移した。そうだよね?」

「そうだけど……どうしたの?」

「君は……『くねくね』って知ってる?」

「いや知らないけど……何それ?」

「昔ネットのオカルト掲示板に載ってたコトサマ。詳しくは省くけど、四年前……つまり君がまだ眠ってた時に封印されたらしい」

「封印……って事は、私達分家の日奉一族が秘密裏に活動してた時期かな」

「そう。その時に残された記録を見た事があるんだけど、その『くねくね』は本物じゃなかったらしい」

「本物じゃない?」

「そこで発見されたのは大昔に間引きによって殺された子供の霊。それが『くねくね』という噂を依代よりしろにして形を得てた」

「んー……ごめん。つまり?」

「……『SOS』なんて本当に最初から実在しないのかもしれない」

「え? でもさっき……」

「そうさっきは間違いなく何かが居た」


 命ちゃん曰く、『SOS』というのは噂から生まれたコトサマなのではないかとの事だった。つまり何らかのコトサマに『SOS』という名前を付けたのではなく、『SOS』という噂が先に生まれ、そこに何かが相乗りする形で今の状態になったのではないかとの事だった。このコトサマは先程例に挙がった『くねくね』と同様に、『SOS』という噂を依代としている可能性があるそうだ。


「ちょっと待ってよ命ちゃん。仮にそうだとしてさ、どうやって証明するの?」

「証明のしようがない。ただもし、雌黄さんにも何も見えてなかったら、少なくとも非実在存在なのは確定する」


 その話を聞いて少しすると、蒐子さんから返事が返って来た。どうやら雌黄さんにも何も見えなかったらしい。私が足を掴まれていたと感じていただけで、実際にはあれだけの力で引っ張られたにも関わらず手形一つ残らなかったのだ。これにより、少なくとも反認識能力による影響を受けていた訳ではない事が確定した。


「やっぱり噂を依代にしてる可能性が高い」

「でもでも、もしそうだとしても捕まえられなくないかな? 噂そのものって事でしょ?」

「……如月さん。情報規制は出来る?」

「学校内での規制となると難しいかもしれませんねー……。生徒の皆さんに規制を掛けたいんですよね?」

「そう。『SOS』というコトサマに関する全ての記録、全ての記憶に規制を掛けて欲しい」

「記録は雌黄さんに頼めば出来ると思いますけど、個々人の記憶となると難しいですねー……。とにかく他の人に話されない様に先生方や保護者の方に頑張ってもらうしか……」

「分かった。じゃあ雌黄さんにお願いして。ネット上に存在する全ての『SOS』に関する情報を消して欲しいって」

「分かりました。他には何かありますか?」

「無い。あたし達も山田さんに話をしたら帰る。後は学校の人達に任せるしかないから」


 その後、蒐子さんからの無線が切れてからしばらくして山田さんがボイラールームまで駆けつけてくれた。生徒達の騒ぎがなかなか静まらず不安になり、旧校舎や倉庫などを探してくれたらしい。そのおかげで何とか私達は扉を壊さずにボイラールームから外に出る事が出来た。

 命ちゃんは、これ以上の『SOS』の発生を防ぐために何とか情報規制をして欲しいと山田さんへと伝えた。全生徒に情報規制を掛けるというのはかなり難しい行為ではあるが、少なくとも『SOS』はこの学校内部でしか確認出来ていないため、次の代の生徒に噂が引き継がれなければ自然消滅するだろうというのが命ちゃんの見解だった。


「一応この件は今後もJSCCOに報告する様に校長先生に伝えてください。長期に渡る経過観察が必要です」

「分かりました。本日はどうもありがとうございました……」


 山田さんと別れた私達は二人でグラウンドを歩きながら正門へと向かう。


「一体どこから来たんだろうね?」

「『SOS』?」

「そうそう。命ちゃんの考えが正しいなら、噂を依代にしたコトサマって何者なんだろ。魂的なのは感知出来なかったし……」

「あたしにも分からない。少なくとも君が感じ取れなかったなら霊体の類じゃないのは確かかもね」


 正体に関する疑問が残る中、突然後方が騒がしくなる。振り返って見てみると、校舎の外に生徒達が大量に出てきており、教師陣が止める中、こちらを見ながら声を上げていた。


「SOSやめてください!! SOSやめてください!!」


 その目は真っ直ぐにこちらを向いていた。


「え……?」

「まずい! 走って!!」


 命ちゃんに手を引かれながら駆け出し、小学生を出てしばらくしてから立ち止まった。既に学校の方から生徒達の声は聞こえなくなっており、ついさっきまで騒ぎが起きていたとはとても思えない程静かになっていた。


「み、命ちゃん、さっきのって……」

「組み込まれた……」

「え?」

「あたしも君も怪談『SOS』として噂に組み込まれた……。山田さんが言ってた昔起きた騒ぎ、あの茶色い顔の『SOS』……今思えばあれが一番良くなかったのかもしれない」


 命ちゃんによると、噂を依代とした『それ』はあの騒ぎによって頭部を得たのかもしれないという。今までは『SOS』がどんな見た目をしているのかという設定は無く、あの騒ぎで初めて目撃される事になった。もちろん既に原因は判明しており、そこには超常性など何も無い。だが『それ』にとってはそれだけで力に成り得る。実体が無かった筈の『それ』は、目撃情報という確定情報によって自らの実在性を増していく。そして今回私達二人が旧校舎内に居る際にあの騒ぎが起き、更に生徒達から『SOS』呼ばわりされた事によって、ついに『それ』は『噂の怪人 SOS』としての形を成したのかもしれない。


「もしかしたら『あれ』は、あの場所そのものに巣食ってるのかもしれない」

「旧校舎?」

「そう。方法は定かじゃないけど、あの中に入ったものに何かを植え付けて、生徒達に『SOS』として誤認させる。そこに真実も虚偽も関係無い。『あれ』にとっては、『SOS』という存在に関する共通した確定情報が必要になるのかも」

「じゃあじゃあ、もうあの校舎壊した方がいいんじゃ……」

「危険過ぎる。もし壊したせいで消滅せずに外部に出たらもう誰にも対処出来なくなる。壊すんじゃなくて、永遠に誰も入れない様にした方がいい。用務員の人が入るのもまずいかも……」


 そう言うと命ちゃんは私と共に帰路に就きながら蒐子さんに連絡をし、旧校舎を封鎖する様に学校に伝えて欲しいと告げた。

 人間二人を軽々と引っ張るだけの力を持っていた『それ』が今はどうなっているのかは想像もつかない。命ちゃんの仮説が正しかった場合、『それ』は私達の目撃情報すらも取り入れて更に強力になっている可能性がある。『それ』に害意があるのか無いのかは誰にも分からない。体験した限りでは『SOS』の噂をなぞっているだけに見える。もしそれだけなら影響は少なくて済むが、油断は禁物だろう。いつ『それ』が『SOS』を凌駕するかなど、誰にも予測不能なのだから。

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