第46話:SOS リジェネシス
『渋谷超常抗争事件』が解決し、夏休みが明けた私はいつもの様に学校へと通い始めていた。今までは家を出る時に何も言わずに出ていたが、仕事を終えたねぇねが居てくれるため「いってきます」と久し振りに言う事が出来た。謎の黒コートの一件もあってねぇねは学校まで私を送ろうとしていたが、流石にそれは恥ずかしいので一人で通学していた。
昼休み中のクラスでは同級生達がいつもの様にがやがやと会話していた。私は別にはぶられているだとかでは無いのだが、特別これといって友人と呼べる人は居ないため一人でスマートフォンを眺めながら購買で購入した菓子パンを頬張っていた。すると、そんな私の所に幽ヶ見さんがやってきた。
「あっあっ、ひ、日奉さん」
「あー幽ヶ見さん。どうしたの? クラムボン元気?」
「う、うんうん。ごはん、ごはんもちゃんと食べてるよ。ちゃんと、ちゃんと記録も提出してる、よ?」
どうやらクラムボンの観察記録を欠かさずJSCCOに提出してくれているらしい。他の人間には観測する事すら困難な存在であるクラムボンを認識出来る彼女の力は、反認識能力への耐性を持たない人が多いJSCCOからすれば有難いものだった。
「助かるよ。私達だけじゃああいうのはどうしようもないんだよね」
「み、みたいだね。こん、今度、会いに来て? クラムボンも、会いたいって笑ってた、よ」
「うん。また時間が出来たら行くよ」
「うん」
「……」
「……」
「……え、えっとえと、他に何か?」
「あっあっ。うん、うん、そうだよねうん。あのね、ね。これ、見て欲しいんだ」
そう言って彼女から見せられたのは、スマートフォンの画面に表示されたある小学校の写真だった。特にこれといって変わった所は見受けられず、何故こんな写真を急に見せてきたのか疑問だった。
「えっと~……これは?」
「あの、ね、ね、私、昔ここに通ってたんだ。大阪の千里丘、って、いう所にある、学校、なの」
「普通の学校に見えるんだけど……」
「うん、うん。見た目はそう、そうなんだ。でも、でも、ね? ここ、ここ変な噂、噂が、あるんだ……」
幽ヶ見さん曰く、この学校には『SOS』と呼ばれる謎の存在が居るらしい。旧校舎や体育館裏のドアなどで遭遇する事があるとされており、もし『SOS』と出会ったら「SOSやめてください」と言い続けなければ殺されてしまうのだという。こういった噂などはあらゆる学校に存在しており、所謂『学校の七不思議』と呼ばれている。その大体は作り話ではあるが、時折本当にコトサマが関係していたり超常現象が発生したりする事があるのだという。
「『SOS』かぁ……でもでも、そういうのって結構他の学校とかでも聞くよ? それにもしこれが本当に超常的なアレなら、JSCCOがとっくに見つけてる筈なんだけどなぁ」
「あの、ね、ね? 私、昔ここで、『SOS』見たかもなの」
「え?」
「あっ、あっ、見たって言っても、直接見た訳じゃないんだ! あの、ね、ね? 昔使われてた古い校舎の近くに、倉庫、倉庫があるんだけどね、そこの天井、天井に足跡があった、の」
「足跡?」
「うん。ぽつん、ぽつんって、天井の真ん中に、三つ、三つだったかな?」
幽ヶ見さんの証言が事実だとすれば、倉庫の天井に足跡が三つだけ出来ていたという事になる。三つだけ足跡が出来ていて他には一切の痕跡が無いというのは何らかの超常存在の可能性が極めて高い。何故今までJSCCOに観測されてこなかったのかという疑問はあるが、調べた方がいいのかもしれない。
「幽ヶ見さん。それってJSCCOに言ったりした?」
「うん、うん。でも、でもね、それはもう解明されてるって」
「解明されてる?」
「うん。でも、私、私おかしいと思ってるの。『SOS』は今も、今もあそこに居ると思うの」
JSCCOが異常無しと判断したのであれば、本来なら一調査員である私が調べる必要は無いのだが、幽ヶ見さんがここまで言っているというのが気になった。彼女はクラムボンを認識出来るだけでなく、イーハトーブへの行き方まで知っていた。普通の人間では観測出来ない場所や存在を認識出来るという力があるのだ。私達に見えていないからといって、そこに居ないとは限らない。
「どう、どうかな?」
「……うん。一応私の方から上に話してみるよ。もしかしたらって事があるかもだしね」
「あっありがとう! き、気になってたから、嬉しい!」
その後、幽ヶ見さんから相談された『SOS』に関する情報を蒐子さんへとメールで送信した。JSCCOでは問題無しと判断されたとはいえ、もしもという事があるので調べてもらう必要がある。もちろん何も無ければそれでいい。ただ幽ヶ見さんの勘違いだったというだけで済めばいい。だがもし、未だに未知のコトサマが息を潜めているのであれば、放っておく訳にもいかない。
昼休みを幽ヶ見さんと共に過ごし、午後の授業を終えた私はすぐにスマートフォンを開いた。見ると蒐子さんからの連絡が入っており、上層部から念のため調査をして欲しいと要請が出たらしい。超常性は無いと判断された事例が後になってから真の超常性を発揮させたというのも過去にあるそうだ。ただの噂話だと思われていた『口裂け女』も、実際にその存在が確認されたのだという。今ではそんな『口裂け女』も社会に馴染んで普通に暮らしているらしいが。
鞄を背負い、命ちゃんに電話を掛けながら教室を出る。
「はい。こちら殺月命」
「もしもし命ちゃん? 蒐子さんから連絡来てるかな?」
「来てる。『SOS』とかいうやつでしょ?」
「そうそう。緊急性は無さそうだし明日行こうと思ってるんだけど、いい?」
「あたしはいつでも。……まあ魔姫と約束してない時なら」
「うんうん。魔姫ちゃんと約束してない時がいいよね。それで明日はいいんだよね?」
「大丈夫。そもそもあたしも君も本来学校がある日でしょ」
「あはは、そうだね」
「うん。それで、如月さんから連絡が来てからあたしなりに調べたんだけど……」
どうやら命ちゃんなりに色々調べてくれたらしいのだが、今回の『SOS』という存在については以前ネット上で語られていたのだという。その時の記述によると、ある日実際に『SOS』とされる存在が確認されたそうだ。それは旧校舎にある旧家庭科室の窓の向こうに居り、茶色い肌をしてギョロッとした目で生徒達を見ていたらしい。
「あれ? じゃあじゃあほんとに居るんじゃないこれ?」
「まだ続きがある。それが書き込まれてから三年後、『SOS』の正体が判明した」
「え?」
『SOS』の正体、それは以前その学校に在籍していた生徒がクリスマス会での出し物として作った怪獣の被り物だった。それを倉庫代わりになっていた旧校舎に収納していたため、それが窓越しに見えて『SOS』が出たと騒ぎになったという。しかも旧校舎では時折用務員が掃除をしていたため、その際に被り物を動かしてしまい、結果的に生徒達からは動いている様に見えたのではないかとの事だった。
「えーとえと……それじゃあ『SOS』はもう解明済みなんじゃない?」
「少なくともその騒ぎの分はね。如月さんのメールで知ったんだけど、倉庫の天井に足跡があったんでしょ?」
「うんうん。幽ヶ見さんはそう言ってた」
「そこがどうにも引っ掛かる。立地によると倉庫は旧校舎のすぐ隣にあるらしくて、旧校舎と違って鍵も掛かってないみたい。だから誰でも入れるし、それこそ棒か何かに靴を引っ掛けて、天井に押し当てれば足跡くらいは作れると思うんだけど」
「それは確かにそうなんだけど、幽ヶ見さんが言ってるから気になっちゃうんだよね」
「まあイーハトーブの前例があるしね……」
「でしょ? まあさ、これ以上は明日直接行って調べてみるしかないよ。もしかしたらほんとに何かあるかもだし」
「分かった。それじゃあ明日宵野駅で4時に集合ね」
「早くない?」
「生徒が集まる前に終わらせたいでしょ? 小学校は小さい子も多いし、何かあった時が怖いし……」
「あーそうだね。分かった。じゃあ明日ね~」
電話を終えて帰路に就き、アパートへと帰るとねぇねが私を出迎えてくれた。彼女は私とは違い、JSCCOで特異事例調査員として専任で働いているため、仕事が無い時はこうして家に居られるのだ。むしろ何ヵ月も家を空けなければならなかった前回の任務は、相当難しいものだったのだろう。
「お疲れ様菖蒲ちゃん~」
「ん~。……ねぇね」
「何?」
「実はさ、明日新しい調査に行く事になったんだけど、この話って知ってるかな?」
もしかしたら何か新しい情報が手に入らないだろうかと『SOS』について聞いてみると、流石にそれ以上の情報は得られなかった。一応ねぇねも『SOS』に関する話はネット上でも調査員としても聞いた事があったらしいが、どちらも解明済みでありどこの学校にもある普通の怪談話という事で落ち着いたそうだ。
「う~ん……疑って悪いんだけど、それって本当に勘違いとかじゃないのかなぁ?」
「私も直接見た訳じゃないから何とも言えないけど、でもでも、幽ヶ見さんが嘘吐くとは思えないんだよね。それに反認識能力に強い耐性を持ってるみたいだし、それこそ他の人が気付けなかっただけで、本当に未発見のコトサマが居る可能性だってあるんだよね」
「そっか。確かに実際に見てみないと何とも言えないよねぇ~……。調査は明日だっけ?」
「うんうん。朝の4時に駅に集合って言われた」
「4時かぁ……。それ、お姉ちゃんも行っていい?」
「え? 何で?」
「ほら、この間のあのコートの人、もしかしたらまた……」
「大丈夫だよねぇね。それに勝手にそういう事したら怒られるんじゃない?」
「そうかもだけどぉ……」
「大丈夫大丈夫! 平気平気! 命ちゃんも居るんだし、私だってもう一人前だからね!」
確かにあの謎の黒コートの事も気にはなるが、今回は付いて来られる訳にはいかなかった。明日の任務は命ちゃんと二人きりになれるチャンスであり、濃紫が言っていた『裏切り者』という発言について尋ねるにはそのタイミングしかなかった。もしねぇねが一緒に居れば、きっと命ちゃんは話してくれないだろう。
『SOS』に関する調査を行うための準備を始めるために、私は教科書やノートなどを鞄から出して必要そうな物を確認する事にした。




