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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case13:厄付きさんがやって来る
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第43話:戦いの果て

 スピーカーモードをオンにしたスマートフォンから流れたのは賽師匠の綺麗な歌声だった。何かの子守歌の様なリズムであり、とてもコトサマを止められる力があるとは思えなかったが『がしゃどくろ』の腕の動きは完全に停止しており、その場に居る全員がその異様な状態に困惑していた。


「浮き給え 揺られ給う みの果てに疲れ果て 逢魔ヶ刻おうまがどきに 流しましょう~」


 『がしゃどくろ』は呻き声を上げながらその手から歩道橋を手放し、片手を掛けていたビルへともたれかかり苦しみ始めていた。この歌の歌詞にそれだけの効果があるのか、あるいは賽師匠の歌声に効果があるのかは分からなかったが、いずれにしてもこの歌が『がしゃどくろ』を怯ませるだけの力を持っているのは確かだった。


み給え 夜見やみ給う 夜宵やよいの空に散り果てて あかつき信じて 流しましょう~」


 そこまで歌われると『がしゃどくろ』の脚部が塵の様に消失し、バランスを崩してまだ残っている歩道橋を巻き込みながら転倒した。その巨体故にか転倒した際に頭部を別のビルにぶつけ、ビルの外壁の一部が破壊されていた。


「酔い給え 舞い給う 夜半やはんの雪に埋もれ果て 宵に任せて 流しましょう~」


 今度は腰部から胸部の辺りまでが消滅し始めた。これを好機と見たのか後方に居た鎮圧部隊のメンバーは他のコトサマの確保を再開した。コトサマ達も脅威であった『がしゃどくろ』が消滅していくのを見て呆けていたせいか、抵抗する間も無く次々と確保されていった。


「照り給え 昇り給う 夜明けの晩に焼かれ果て 雲間の空に 流しましょう~」


 それが最後の歌詞だったのか、ついに『がしゃどくろ』の頭部まで完全に消滅した。つい先程まで私達にとって脅威となっていた巨大な骸骨は、まるで最初からこの世に存在していなかったかの様に姿を消してしまったのだ。召喚した張本人である『玉藻前』もこれは完全に予想外だったらしく、その場から逃げ出そうとしていたが、向こうからは『異人会』を鎮圧した雅さんが杖を突きながらつっかつっかとこちらへ近づいていた。


「あ、菖蒲ちゃんっ……これで、大丈夫か、な……?」

「さ、賽師匠!? 大丈夫ですか!?」

「私はいいから……まだお仕事があるならそっちを優先して……」


 電話越しに重たい物を受け止める様な音が聞こえる。そして次に聞こえてきたのは縁師匠の声だった。


「菖蒲、こっちは大丈夫だから。菖蒲は菖蒲の仕事をして」

「わ、分かりました……」

「ん。……お願いね」


 電話を切るとスマートフォンを仕舞い、『玉藻前』の方へと駆け出す。雅さん一人でも大丈夫かもしれないが、体が不自由なのであろう彼女一人に任せる訳にもいかず、賽師匠にあそこまでさせておいて自分は何もしないというのも納得がいかない。確保したコトサマが逃げない様に他の隊員はその場に残る必要があったため、いずれにしても誰か動ける人間が向かわなければならないのは事実であった。

 後は手を伸ばせば届きそうな程に近付いたその時、『玉藻前』はこちらに振り返り私の顔の前で手を止める。すると何故か体が動かなくなり、私の足はその場で留まってしまった。


「ほんに……困ったお方でありんすなァ……。わっちの見立てでは主さんはうに亡くなっている筈でありんした……」

「菖蒲ッ!!」


 反対側で叫んだ雅さんの方に『玉藻前』は空いている方の手を向ける。


「雅はん。そこで止まっておくんなんし。主さんの足ではどっちにしても間に合いんせん」

「いい加減諦めろ……テメェの仲間も全員捕まってンだろ? 別に殺しゃしねェ……大人しく投降しろ」

「いずれにしても、人の仔には殺せないでありんしょう? 主さんなら出来るかもしれんせんが」

「……アタシは任務でここに来てる。お前ェを捕まえるためにな。殺すためじゃねェ」


 『玉藻前』が私に向けている手をクイッと動かすと、私の体は独りでに動き出し『玉藻前』の前へと躍り出た。その瞬間、私の左こめかみ辺りが急速に熱くなり始めた。まるでそこだけ熱を持たされたかの様な感覚であり、皮膚の表面が火傷を起こしているのを目で見ずとも感じられた。しかしその熱はすぐに消滅し、こめかみの温度は私のいつも通りの体温へと一気に戻っていった。


「ほほほっ。口先だけでは何とでも言えんすなァ」

「テメェ……」

「……? ……!?」

「こちらのお嬢さん……菖蒲はんと言いんしたか? 使うにはなかなか良いヒトでありんすなァ」


 後頭部に『玉藻前』の手が触れる。


「わっちのために戦ってもらいんしょう」


 目の前が、真っ暗になった。




 正直苛立っていた。あたしの大切な妹をこんな危険な任務に駆り出すJSCCOが許せなかった。こんな危険な任務はクソ雅やバカ翠に任せておけばいいのだ。菖蒲は昔から優しい子だった。元々争い事は得意ではない子なのだ。だが、それはあくまであたしの見解に過ぎない。この体は菖蒲のものだ。最終的な決定権はあの子にある。あたしはただ姉として、この力を貸すだけだ。だがこの子が眠ってしまっている今、あのクソ狐を止められるのはあたししか居ない。菖蒲を人質に取られたとなれば、殺月とかいう相棒やお人好しの雅は菖蒲を本気では止められないだろう。だから――


「あたしがやる」


 菖蒲の肉体の決定権を掴んだあたしは素早く振り返り、完全に油断していた様子の『玉藻前』の喉を左手でがっしりと掴んだ。


「……?」

「何が起こってるか分からないって感じ? シンプルな答えだよ。お前の負けだクソ野郎」

「っ!?」


 『玉藻前』は必死に菖蒲の頭に触れて操ろうとしていたがあたしに効く事は無かった。先程から菖蒲の中から様子を窺いながら何となく考えていたが、やはり『玉藻前』の洗脳能力にはある程度の縛りがあるらしい。もしその力に際限が無いなら、人間もコトサマも一度に操る事が出来ていた筈だ。そうすればもっと効率的に被害を増やせた筈だ。だがそうしなかった。その答えがこれである。つまりこのバケモノは、人間を操る時にはコトサマを操れず、コトサマを操る時には人間を操れないのだ。人間である菖蒲を操ろうとしても魂だけの存在になっているあたしにそんなものが通用する訳がない。


「やっぱりだ……勝てると思ったの? 無礼なめるなよクソ狐ッ!」


 首を掴んだまま右手で相手の頭部に触れると魂を掴み、『玉藻前』の魂の頭部だけを体の外に引き摺り出し、足を引っ掛けて地面へと押し倒した。洗脳能力の根源が『玉藻前』の頭部だったのか、菖蒲の意識が少しずつ覚醒していくのを感じる。それと同時にあたしの意識は薄れ、またあるべき場所へと戻り始めた。


「おいっまさかっ……」


 大嫌いなクソ雅の声が聞こえる。本当は顔も見たくはないが、後で菖蒲に何か言われると嫌なので仕方なく顔を向ける。最早視界は霞んでおり、その顔をはっきりと視認する事は出来なかった。


「後は、頼むよ」


 その言葉と共に再びあたしは菖蒲に譲った。



「はっ!?」


 ふと気が付くと、私は『玉藻前』の首を掴んで馬乗りになっていた。右手は彼女の魂を引き摺り出したものと思しき位置にあり、雅さんも『玉藻前』もどちらも困惑した表情を浮かべていた。そんな突然の事態に戸惑っていると、頭の中にしーちゃんの声が聞こえる。


『菖蒲、聞こえる?』

『しーちゃん? これ、しーちゃんがやったの?』

『今そんな事はどうでもいい。それよりそいつだけど、とりあえず能力が使えない様にした方がいい』

『の、能力って……人を誑かす力の事?』

『そう。さっき菖蒲は操られてた。だから次は無い様に一時的に封じる必要がある』

『で、でもでも! 封じるってどうやって……』

『……あたしが考えてた技がある。あたしだけじゃ使えなかった、菖蒲と一緒じゃないと使えない技。複雑だけど菖蒲なら出来ると思う。やってみる?』

『よ、よく分かんないけど、しーちゃんが言うならやるよ。蛇痺咬じゃひこうみたいな感じなの?』

『それの応用。まずは……』


 私は魂と固着しているしーちゃんの指示に従い、まずは首を掴んでいる左手を離し、右手も頭の横から離す。次に右手に意識を集中させてある程度霊素が集まった事を確認すると、馬乗りになった状態のまま『玉藻前』の胸元目掛けて右手で掌底を打ち込んだ。手が触れた瞬間、固着させていたしーちゃんの魂を解放し、触れている手の平から自らの魂と『玉藻前』の魂を瞬間的に一体化させてその表面を変形させる。

 『玉藻前』は再び私を洗脳しようと左手で頭に触れてきたが、先程とは違い私には何の変化も生じなかった。今まで洗脳が効かなかった相手が居なかったのか、かなり動揺している様子であり必死に暴れ始めた。『玉藻前』の方が私よりも大きいため、簡単に押しのけられてしまったが逃げようとした足を掴むと、簡単にバランスを崩して転倒した。


「一体、な、何をっ……!」

「繋げて変えちゃったんだ……。あなたは今まで妖怪だった。だから、人間の私の魂と同じ形にしたんだよ。そうすれば今のあなたは妖怪『玉藻前』でも何でもない。くるわ言葉を話すただの人間なんだ」

「オイ」


 声が聞こえ倒れた姿勢のまま見上げると、雅さんの姿がそこにあった。どうやら私が新しい技を使っていた間にここまで辿り着いたらしい。足の悪い彼女にとっては短い距離でもこれだけの時間が必要だったのだろう。


「手ェ出せ」

「な、何をするんでありんすか……?」

「手錠だよ手錠。分かンだろ? 捕まえるのに手錠は必要だろうが」

「て、手錠如きでわっちを――」


 カチャリと、彼女の細い手首に手錠が掛けられた。


「……な……」

「どうやら菖蒲の言う通りらしいな。今のお前ェはただの人間らしい」

「そうそう。そういう事です」


 私は服に付いた汚れを掃いながら立ち上がる。


「これが私としーちゃんの新技『霊拳 龍墜掌りゅうついしょう』です!」


 しーちゃん曰く、あくまでこの技は一時的なものらしい。私の魂と瞬間的に同期させて瞬間的に魂を変形させる。これによって魂の形を人間に近い形にしてしまうのだ。そうすれば元々人間とは違う理論で力を振るっているコトサマ達は、自らが持つその超常性を一時的にだが使えなくなってしまう。これは元々魂の形が大きく違うのが関係しているらしい。魂というのは本来スポンジの様な物で、変形してもしばらく放置しておけば元の形に直るのだそうだ。


「ほら立て! 本部で取り調べを受けてもらうからな。言っとくが妙な真似は考えンなよ? いつでもお前ェの意識ぶっ飛ばす事くらい出来るンだからな」

「……ふん、さっき菖蒲はんにやろうとした様に?」

「何なら今試してやってもいいンだぞ……?」

「やれるものならやってみては如何でありんしょう。どうせ公的に動いている主さんらではその権利は無いのでありんしょう?」

「……いいから来い!」


 そう言って雅さんが『玉藻前』と歩き出したその時、ふと視線を感じた私は周囲を見回す。すると歩道に植えられている街路樹の影に誰かが立っており、こちらをじっと見つめていた。かなり遠くに立っているためその顔までははっきり見えなかったが、この暑い夏場だというのに日差しを受けて熱を溜めてしまいそうな真っ黒なロングコートを着ている事と、腰の辺りまでありそうな長い黒髪だけは確認出来た。


「雅さん雅さん。避難誘導ってやってるんですよね?」

「あ? ああ、一帯の一般市民に退避する様に勧告が出てるし、警察が見張ってるから外部から結界内に入るのは無理だな」

「じゃ、じゃあじゃあ、あの人誰なんですか……?」


 私が指差した方向を見た雅さんは『玉藻前』を睨む。


「オイ、あれテメェの仲間か?」

「知りんせん……大体、わっちらが人間と組むなんざ有り得ない事でありんす」

「雅さん、『異人会』の鎮圧部隊の人は……」

「有り得ねェ……他のメンバーは『異人会』の連中を連行してる。そっちのメンバーでもねェよな?」

「あんな人居なかったと思います……ちょっと待ってくださいね」


 イヤホンから蒐子さんに繋げる。


「蒐子さん蒐子さん。結界の中に他の人が入って来たりしてないですよね?」

「えっ? いえーそういった報告はありませんがー……」

「それじゃあの人は一体……」


 その時、謎の人物の右手がゆっくりと上がっていき、私達の後方を指差している様に見えた。何を指しているのかと後ろを振り返ると、突然今見上げているビルが真ん中辺りから崩壊してこちらに倒れてきた。そのビルはまさに『がしゃどくろ』が手を掛けたりもたれ掛かっていたりしていたあのビルだった。

 あまりの事態に体が硬直してしまった私は逃げる事すら出来なかった。いや、これだけの建物が倒れてきているのだから走って逃げても間に合わないだろう。


「っ!?……」


 私の体は突然凄まじい力によって横に引っ張られた。一瞬視界に入ったのを見るに私と雅さんは命ちゃんのステッキ鞭によって拘束されているらしい。離れた位置で見ていた命ちゃんにはビルが崩れ始めているのが見えていたのだろう。

 すぐに命ちゃんの所まで引っ張られて戻って来た私達は彼女によって抱き止められる。私だけならまだしも、命ちゃんよりも身長の高いであろう雅さんまで抱き止めたからか、少しよろめいていた。


「……あ、ありがと」

「うん……怪我は?」

「大丈夫大丈夫……」

「みやちゃん!?」

「アタシも平気だ翠……。それより、アイツ……放しちまった……」


 命ちゃんがステッキ鞭で拘束する事が出来たのは私と雅さんだけだったらしい。『玉藻前』の姿はそこには無く、崩壊したビルの下敷きになってしまった可能性がある。


「だ、大丈夫だよみやちゃん。あの人って確か妖怪なんだよね……?」

「ああ……だが……」

「あのあの、実はさっき私が人間にしちゃったんです。もし妖怪『玉藻前』のままだったら殺生石になるだけでしょうけど、人間状態で死んじゃったら……」

「そのままくたばっちまうかもしれねェなァ……」


 その後、残った私達で現場の調査を行った結果、崩壊したビルの瓦礫の中に『玉藻前』らしき死体があったらしい。というのも相当酷いレベルで損壊していたため、流石に見せてはもらえなかったのだ。もし私があの時に『龍墜掌』を使っていなければ彼女は助かったかもしれない。私も『玉藻前』を殺したいとまでは思っていなかった。元々、仕事で呼び出されただけであり、最初からただ鎮圧する事だけが目的だった。だが、私の不注意から洗脳され、しーちゃんに助けられ、コトサマを一時的に人間化させる技を手に入れた。それらが全て繋がった結果、『玉藻前』の死という結果になった。『がしゃどくろ』さえもその要因になった。

 後は自分達がやると雅さん達から告げられ、私と命ちゃんはその場から離れて結界の外へと出た。私達を送ってくれた賽師匠の車はその場に残っていたが、彼女の姿はそこにはなく、警察の機動隊の人から賽師匠と縁師匠が病院へと行った事を伝えられた。


「……ねぇ」

「何?」

「ちょっとさ、命ちゃんに付いて来て欲しい所があるんだ」

「……分かった」


 一旦遠回りする様にして先程謎の人物が立っていた街路樹の方へと向かった。その場所は何の変哲も無い普通の歩道であり、磁場の乱れも祟りも何も観測されていない場所だった。そして結界が張られていた事や警察の見張りがあったため侵入するのも困難な事から、普通の一般人があの時ここに立ち入るのは不可能だった筈なのだ。


「菖蒲ちゃん?」

「……さっき、ここに誰か立ってたんだよ。黒いコートを着てて、髪が腰の辺りまである人が……」

「鎮圧部隊の人じゃなく?」

「うん。雅さんも違うって言ってたし、それに『コトサマ連盟』の方を担当してた人達は命ちゃんと一緒に居たでしょ? 蒐子さんも不法侵入した人は居ないって言ってた」

「……誰かが勝手に入って来てた?」

「どうやったのかは分からないけどね……それにその人を見かけてから、あのビルが崩れたんだよ」

「あれは『がしゃどくろ』の影響でガタが来て崩れたんでしょ。確かにあたし達みたいに不思議な力を持った人は多い。だけどあの場所からはその痕跡が見つからなかったでしょ? 普通に外部から強い力が加わって、それが原因だった」


 確かにあのビルは『がしゃどくろ』によって強い負荷が掛けられていた。崩壊するだけの理由にはなる。だが本当にあれは偶然だったのだろうか。私達があの場所に居たのはただの偶然か。『玉藻前』も私も雅さんも、あそこに行く様に最初から仕向けられていたのではないのか。


「……帰ろう。あたしの方でも調べておくから。今は三瀬川さん達の所に行った方がいいんじゃない?」

「……そうだね。ごめん、ありがとう。ちょっと行ってくるよ」


 一旦あの謎の人物についてを胸に仕舞い込んだ私は、命ちゃんと別れて賽師匠が運ばれたという病院へと向かった。

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