第41話:両刃、相まみえる
夏休みも中盤に差し掛かり、一人アパートで宿題を進めていた私に一本の電話が掛かって来た。出てみると相手は蒐子さんであり、慌てた様子でテレビを点けて欲しいと告げてきた。何事かと言われた通りにテレビを点けてみるとほとんどの局で緊急ニュースが放送されており、一部のコトサマや人間の間で抗争が勃発しているというのだ。コトサマ側には異権が認められなかった妖怪やその他の存在が居り、逆に人間側にはJSCCOのデータバンクに登録されている超常性保持者の姿があった。両者共に渋谷スクランブル交差点の真ん中で睨み合いをしており、いつ殺し合いが始まってもおかしくない状態であった。
「ちょっとちょっと蒐子さん……これってまずいんじゃないの?」
「ま、まずいです! 何とかして止めないと!」
「避難はもう終わってるの?」
「い、一応ある程度は進んでますけど……どんな超常性が発動するか予測出来ません……。なるべく早く止めないと被害が出るかもでー……」
「オッケ。私も行くよ。命ちゃんにも伝えた?」
「も、もう伝え終わってます! 他に行けそうな人にもお声がけしてるんでお願いしますね……!」
電話を切ると公共交通機関用の電子カードだけをポケットに入れてイヤホンを付けると急いで家を飛び出す。近場で起きているため最低限の持ち物でいいというのもあったが、何より今はあれこれと準備をしている訳にはいかなかった。
家を出た私は少なくとも一度は電車に乗らなければいけないため駅へと駆けていたが、その途中で一台の車からクラクションで呼び止められる。助手席には縁師匠が座っており、無言で後部座席に乗る様に促されたため車に乗り込むと、賽師匠の運転によって発進する。
「菖蒲。ニュース見た?」
「見ました見ました! というか招集が掛かりました!」
「やっぱりそうなんだね……見かけたからもしかしたらって思って……」
「師匠達も声が掛かったんですか?」
「違う。……賽がどうしてもって言うから一応行くだけ。無駄だと思うけど」
「霊体の人が居れば私達なら説得出来るかもって思ってね……」
「じ、自主的に行ってるって事ですか?」
「ん、そうなるね。放っておけばいいのに……」
「だ、ダメだよ縁ちゃん! もし戦争になれば、あの事件の時よりももっと酷い事になっちゃうかもしれない……そうなったら人とコトサマの間に軋轢が出来ちゃう事になる……」
「もうとっくに出来てるでしょ。だからこんな事になってるんだよ。あんなのにいちいち構ってたらキリ無いよ」
実際縁師匠の言う様に、まだコトサマが権利を持つ事を許容出来ない人達も居る。もちろんしっかりと精査した上で権利を与えているため、誰でも人間社会で生活出来る訳ではない。しかし元々住む世界が違っていた二つの種族がこうして同じ社会で暮らす事になった以上、こういった問題は予想されていた。だから『超常法』が作られたのだ。しかし所詮は法律に過ぎない。良心あってこその法である。初めから相手を害するつもりの者達にそんなものが通用する筈が無い。
「あのあの、問題を起こしてるグループの名前は分かってるんでしょうか?」
「コトサマ側の方は分かってない。ただ人間側の方は前々から少し問題になってた団体。確か……『異人会』とか言ってた」
「超常的な力を持った人達で構成されたコトサマ差別主義団体みたいだね……。最近は大人しかったみたいなんだけど……」
「うーん……私、聞いた事も無いんですけど……」
「当たり前。『異人会』の事はJSCCOの中でも一部の人にしか知らされてない」
「え? でもでも師匠達は知ってるんですよね?」
「……私達は『黄昏事件』に関わってたから、何かあった時のためにって情報を渡されてた。JSCCOの中にはコトサマと懇意にしてる人も居るから、そういう団体の名前が知られるのを恐れてたのかも」
「その逆に、コトサマに家族を殺されてJSCCOに入った人も居るらしくてね……そういう人達にあの組織の情報が知られればそっちに寝返る可能性もあったから隠してるのかも……」
表向きにはコトサマ差別も人間差別も禁止されている。だがもし、そういった事をしている組織が存在しているという事が世間に知られればどうなるだろうか。新たな構成員の増加や組織に対する個人的な攻撃が行われる可能性がある。JSCCOとしては一部の人間だけに情報を共有し、秘密裏に対処したかったのだろう。私の姉であるしーちゃんはあの『黄昏事件』で命を落とした。そんな私に知らされていなかったのは納得である。
現場へ到着すると、半透明の青い結界によって一帯が封鎖されており、その外部では警察の機動隊がシールドを構えており、内部ではいつ戦闘が始まってもすぐに対処出来る様にとJSCCOから派遣されたと思しき人々が両陣営の動向を見守っていた。
「賽師匠、縁師匠、一応中には入らないでください。外で待っててくださいね」
「待って菖蒲、私も行く。どうせ死なないし手伝える」
「いえいえダメです! お願いですからここに居てください。必要になったらすぐに呼びますから」
「……縁ちゃん、待ってよう。私達が中に入っても足手まといになるよ。外から出来る範囲でサポートしよう?」
「……ん。分かった。くれぐれも、無理しないで」
「大丈夫大丈夫! 無理なんてありませんから!」
一人車から降りた私は機動隊の隊長らしき人にJSCCOの調査員である事を告げると結界内に足を踏み入れた。鎮圧部隊の中には『無怨事件』の際に出会った蘇芳さんの姿もあり、いかなる事態になっても即刻対処出来る様にあらゆる人員に招集が掛けられているのだと感じた。そんな人々の中を掻き分けながら進んで行くと、やがて命ちゃんの姿が見えた。こちらに気付いていない様子の命ちゃんに声を掛ける。
「命ちゃん命ちゃん」
「ああ菖蒲ちゃん。早かったね」
「うん。師匠達が車で送ってくれたんだ。それより状況は?」
「今のところは死傷者は出てない。さっき渉外部門の架家梯さんが説得してたんだけど、どっちも聞く耳持たずって感じ……」
「両方のリーダーとか分かってるの?」
「どっちも正確には分かってない。ただ、コトサマ側の先頭に立ってるあの女性……多分だけど『玉藻前』だと思う」
『玉藻前』は鳥羽上皇を誑かしていた妖狐の類であり、討伐されてからは殺生石と呼ばれる石となって眠っていたとされている。恐らく何者かの手によって再度復活し、こうして人間社会に復讐するために姿を現したのだろう。それを誰がやったのかは分からないが、相手を誑かし意のままに操る力を持つ彼女であれば、あれだけの数のコトサマを影響下に置くのも容易いだろう。
「結構厄介なのが出てきたねぇ……。人間側は?」
「JSCCOのデータベースには残ってなかったらしい。でも、この間日奉千草から回収してたあの日記……あそこに書かれてた名前の内の一人が行方不明になってたみたい。もしかしたらその人かもね」
「じゃあじゃあ、日奉一族本家筋の人って事?」
「予想だけどね……千草が知ったら殺しに行くかもね」
「……千草さんは今どこに?」
「一応JSCCOの保護観察下にあるみたい。この一件が知られない様に監視員が二人に対して情報統制をしてくれてるらしいけど……」
そう二人で話をしていると、私達鎮圧部隊の前に二人の女性が姿を現した。一人は黒いジャケットの様な物を着ている女性であり、長い髪を後頭部で結び、足が悪いのか左手には杖を持っていた。もう一人の女性は隣の人よりも少し幼い印象を受ける容姿であり、その髪型はお揃いにしているかの様に後頭部で結んでいた。肩掛けのバッグを身に着け、更に折り鶴の入ったガラス瓶の様な物を大事そうに胸元に抱いており、少し落ち着かない様子で私達を見ていた。
杖の女性が声を上げる。
「えーまず集まってくれてありがとうございます。今回ここに招集されたのは『コトサマ連盟』及び『異人会』への対処のためです。皆さん、それは御理解してらっしゃいますね?」
「……命ちゃん命ちゃん、あの人は?」
「テレビに出てたの見た事無いの……?」
確かにその顔つきには何となく見覚えがあった。しかし、当時あまり注意して見ていなかったからか誰だったのかは思い出せなかった。だが、その睫毛の長い釣り目と右眉にある切り傷らしきものは強く印象に残っていた。
「まず、両陣営を鎮圧するに当たって二つの部隊に分かれる事になります。これより名前を読み上げますので、呼ばれた方は『コトサマ連盟』の鎮圧に当たってください」
瓶を持っている女性はあわあわとした様子でメモを取り出し、一人一人名前を読み上げていく。その中には私と命ちゃんの名前も入っており、『玉藻前』が指揮する『コトサマ連盟』の鎮圧に任命された。幽霊や神格も参加している可能性のある『コトサマ連盟』に私が当てられるのは当然であり、人間相手だと火力が高くなりすぎる命ちゃんが任されるのもまた当然と言えた。一方で蘇芳さんは『異人会』の方を任されていた。コトサマと人間、どちらが呪いを使うだろうかと考えればそれも納得の采配と言える。
「『異人会部隊』はアタシ、日奉雅が。『コトサマ連盟部隊』はそっちの日奉翠が総指揮を務めます。各々、最低限の被害に収める様に。ではこれより、鎮圧作戦を開始します」
その言葉によって部隊は二つに分かれ、それぞれ行動を開始した。
「そうだ雅さんだ! ねぇねも言ってたあの人か!」
「ようやく思い出したの?」
「や~、私ってほら、九年も眠ってたからさ、目覚めて一年はちょっと記憶が安定しなかったんだよね」
「……ごめん」
「別に謝らなくていいよ。命ちゃんが謝る事じゃないしさ」
四年前に発生した『黄昏事件』。あの事件の渦中、前線で戦っていた日奉一族の人々の中にあの日奉雅さんは居たという。彼女や他の日奉一族、そして協力者の人達によって何とか事態を鎮静化させる事に成功し、マスコミからのインタビューも受けていた記憶が僅かにある。今回の様な超常的な力がぶつかり合う現場では彼女の経験が重宝されるため、こうして総指揮を任されているのだろう。
翠さんの弱弱しい声が響く。
「あ、あの~皆さん~……! し、指示を出しますのでしっかり聞いてくださいねー……!」
彼女は雅さんと共に『黄昏事件』の解決に奔走した人だったらしい。どういった力を持っているのかまでは私も知らなかったが、あれだけの事件を生き延びてこうして鎮圧作戦を任されているのだから、それだけ強力な力を持っているのだろう。
「みやちゃ……雅さんが『異人会』を鎮圧するまでの間、『コトサマ連盟』を食い止めて被害が出ない様にするのが私達の目標です……! 『異人会』の鎮圧が成功次第、合流して『コトサマ連盟』も鎮圧するという作戦、です……! な、何か質問とか、ありますか……?」
「えーと……はい!」
「は、はい。えっと……あ、菖蒲さんでしたっけ……?」
「はい! 日奉菖蒲です! えっとえっと、足止めって具体的にどうするんですか? やっぱり突入して力技ですか?」
「え、えっとですね……私が結界を張ってなるべく時間を稼ぎますので、それに限界が来た時にはそうしてもらえると……」
「なるほどなるほど。分かりました。私からはそれだけですよー」
その後、他の部隊員によって様々な質問がされて翠さんが簡単に答えた後に早速行動を開始し、『コトサマ連盟』へと近寄った。『異人会』の方を見てみると既に雅さん達が攻撃を仕掛けており、それを見た『コトサマ連盟』が好機とばかりに動き始めていた。この混乱に乗じて『異人会』だけでなくJSCCOのメンバーもまとめて殺そうと考えているのだろう。
先陣を切って飛び出した『コトサマ連盟』の狐らしき存在が空中へと飛び上がり、口から炎を噴き出した瞬間、その炎は見えない壁の様なものに阻まれて狐の方へと押し返されていった。狐は自分の火に危うく焼かれそうになり怯えた声を出しながらぴょんぴょんっと後方へと飛び退き、コトサマ達の群れの中へと姿を暗ました。
道路の上を見てみると、黒い折り紙で作られた亀の様な物が二つ置かれており、更にその亀の真上には同様の黒い亀が一体ずつ浮遊していた。恐らくこれが翠さんの言っていた結界なのだろう。もしかすると先程張られていた青い結界も彼女が作ったものなのかもしれない。
「こ、こちらJSCCOの者です! 大人しく投降してください……っ!」
翠さんのその言葉を聞き、先頭に立っていた『玉藻前』がこちらに視線を向ける。
「おやおや誰かと思えば、日奉翠はんじゃありんせんか」
「こ、ここで大人しく諦めてください! そ、そうすれば絶対怪我はさせません!」
「ほほほ……何かと思えば、随分と面白い事を仰るんでありんすね」
『玉藻前』はその色白な手で口元を隠し妖艶に笑う。
「わっちらが大人しゅう言う事を聞くなんて、まるで塩次郎でありんすなァ……」
「え、えんじろう……?」
「わっちらは、主さんらのそういう武佐の様な態度が気に入らないのでありんす」
「お、お願いですからこれ以上はやめてください! 怪我をするのはあなた達もなんですよ……!?」
「見なんし。今やわっちらもこの様な大所帯でありんす。今こそ復讐の時なのでござりんす」
「い、今やめてくだされば……異権の付与も検討してもらえるかもしれません……!」
「いりんせん。ようざんす。わっちらの目的はただ一つ……妖の権威復興でありんすから」
彼女がそう言った途端、翠さんの結界が破られた。見てみると、先程結界によって炎を阻まれていた狐達によって折り紙が燃やされており、『玉藻前』が悠長に翠さんと会話していたのはこの時間を稼ぐためだったのだとその瞬間気が付いた。
「始めんしょう……」
「えっ……!?」
「翠さん下がってください!」
私と命ちゃん、そして他の部隊員達は翠さんを守る様にして一斉に彼女の前に躍り出ると、こちらに襲い掛かって来たコトサマ達相手に能力を行使し始めた。




