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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case12:レジデンス・オブ・ザ・デッド
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第40話:ザ・ファントム・ワールド・オブ・ザ・デッド

 依頼者である結城さんを連れた私達は山中で管理されている『ポータル』まで出向くと、彼をJSCCO本部へと連れて行くために時空の狭間の中へと入り、沖縄と繋がっている他の『ポータル』から外に出た。本来であればあの幽霊だけを連れてくればいいのだが、結城さんの今までの話から考えるに、彼らは自分達の意志とは無関係に必ず同じ場所に居住してしまうという特異性があるため、幽霊を連行するには人間である結城さんを先に移動させる必要があるのだ。

 正面玄関から本部へと入ると、ロビーにはあの幽霊の姿があった。本人曰く、ふと気が付くとこの場所に来ていたのだという。いつもは自分の意思で移動しているらしい彼からすれば、今回の様に未知の原理でテレポートしてしまうという現象は初めてらしい。もしかすると彼が今までしてきた移動というのも、本人が気づいていないだけでこの未知の現象が関わっているのかもしれない。


「ど、どうなってんだよこれ……?」

「これから尋問官からの聴取があります。そこで詳しくお話をお聞かせください」

「お、おい尋問ったって……俺はマジで悪い事してないからな?」

「大丈夫大丈夫、尋問って聞こえはあれですけど、さっき私達に話してくれた事を話してもらえればいいんですよ」

「なぁ、俺は?」

「結城さんもご一緒にお願いします。貴方と彼の両方の見解が欲しいので」

「くれぐれも喧嘩しないでくださいね~? 下手な事したらここの人達から取り押さえられちゃいますからね?」

「す、する訳ないだろ……」

「そうとも、そいつが余計な事言わなきゃ俺だってギャーギャー言わなくて済むんだしな」

「何だとお前――」

「結城さん」

「……悪い」

「貴方も」

「……分かった悪かったよ」


 命ちゃんに威圧された二人は気圧けおされながら取調室へと向かい、尋問官が到着するまで傍聴室で室内の二人を見守る事になった。置かれた二人分の椅子に二人共座っており、正直幽霊の方は座っている意味があるのだろうかと思いはしたが、その様子だけ見ていれば透けているところ以外は普通の人間にしか見えなかった。


「命ちゃん、どう思う?」

「何が?」

「さっき話してた事。私達が知ってる歴史と微妙に違ってたでしょ? ただ本人が勘違いしてるだけかなーって思ったりもしたんだけど、何か引っ掛かっちゃってさ」

「あたしも気になってる。あれが勘違いじゃないなら、彼はどこであの知識を手に入れたのか……」

「誰かから間違った知識を教えられたかもって事?」

「ええ。それならまだマシだけどね。もし他のものが理由だとしたら……」

「他の理由……?」

「……まだ憶測だから言わないでおくよ。もっと証拠とか証言が必要になってくる」


 しばらくすると取調室に尋問官が入室し、傍聴室にも記録係が入ってきた。そうして開始された取り調べの中で彼らの口から、私達が聞いた日本の歴史についてが語られた。幽霊の方はやはり正史とは違う歴史を記憶しているらしく、自分達が知っている歴史との相違点は最終的に50を超えていた。JSCCOでは様々なコトサマに対応するために、古文書や歴史書、その他かつては創作だとされていた魔術書などを大量の管理しており、蒐子さんがそれらを調べてみてもやはりあの幽霊が言っている歴史は間違っているものだったらしい。

 幽霊は必死になって自分の記憶が間違っていない事を訴えていたが、ここに居る誰もがその歴史が間違っているものだと認識していた。そんな中、命ちゃんはイヤホンから蒐子さんに指示を出した。


「地図を持って来させてくれる? 対象が知ってる国を調べたいの」


 指示を出されてから数分後、取調室には世界地図が持ち込まれた。『黄昏事件』以降、現世と地続きになっている『遠野地区』などの特異な領域が発見されたためそういった場所専用の地図の製作も検討されたが、現地での反対や不干渉協定などにより計画は頓挫し、結局今まで通りの世界地図が今でも主流となっている。

 地図を見せられた幽霊は自分が知っている範囲で国の名前や位置を話し始めたが、その中には聞いた事も無いような名前の国もあった。いや正確には島の名前だったのだが、私だけでなくこの場に居る全員がその名前を一切聞いた事が無かったのだ。この中には蒐子さんも含まれており、JSCCOのデータベースにもそういった名前の島は記録されていないと報告した。


「命ちゃん、今の名前って聞いた事ある?」

「アブレジョオス、ニューサウスグリーンランド、イキマ、クロッカー……そんな島も国も無い筈だけど……」

「私も私も。もしかしてあの幽霊さんって『遠野地区』みたいな所から来たのかな?」

「そうだとしても歴史に関する記憶が大体合ってるのがおかしい。完全に違うなら別領域から来たっていう可能性もあるけど、やっぱりこれは……」

「命ちゃん?」

「……如月さん、今までの歴史の中で地図上から消された島や国がどれくらいあるか教えて。消えた経緯がはっきりしてるものは除外して、単純に調査したら無かったものだけ」


 蒐子さんにそう伝えた命ちゃんはスマートフォンを開き何かを調べ始めた。


「どうしたの命ちゃん? 何か分かったの?」

「……これ、見てみて」


 そう言ってこちらに向けられたスマートフォンの画面には『幻島』というワードの検索結果が並んでいた。その中には先程の発言の中にも入っていた聞き覚えの無い島の名前もあり、彼が言っていたのはこれの事だったのだと理解した。


「えとえと、これって?」

「『幻島』……かつてその存在が信じられてたけど、後の調査で実際には存在しない事が判明した島」

「勘違いだったって事?」

「蜃気楼の影響で無い筈の島が見えてたとか可能性は色々あるけど、大体がそういう事。日奉千草の話のせいで島に擬態してるコトサマが他にも居たのかもと思ってたけど、もしかしたらあの幽霊は……」


 命ちゃんの考えている事が何となく見えてきた。恐らく彼女の予想では、あの幽霊はその『幻島』が存在する世界からやって来たのではないかという事なのだろう。つまり私達が今生きているこの世界とは全く別の世界が存在していて、そこから何らかの理由でこちらの世界に来てしまったのだ。


「待って待って。そんな事って有り得るのかな? 『遠野地区』とかは一応地続きになってる場所だから分かるけど、命ちゃんの予測だとあの幽霊さんは完全に別の世界から来たって事になるんでしょ? それじゃあまるで他にもこの世界みたいなのがあるみたいな……」

「あたしにもはっきりとは言い切れない。ただ、前に何かで見たんだけど、重力っていうのはどんな所にも必ず存在するらしい。あたし達が普段使ってる『ポータル』も重力が乱れた結果出来る時空間異常でしょ? もし別の世界が存在してて、その世界とこっちの世界の二つが繋がる『ポータル』が何らかの理由で発生したとすれば……」

「じゃあじゃあ、あの幽霊さんはその時空間異常に巻き込まれてこっちに来たのかもって事?」

「絶対そうとは言い切れない。だけど、さっきの島の名前を調べてこれが出たらね……」


 そこで蒐子さんから無線が入ったのか命ちゃんは会話を一旦中断する。


「はい。…………そう。それは正確な情報なんだね? ……うん、うん。…………分かった、ありがとう。それとこの前、『霊素施錠システム』について話してくれた事あるでしょ? …………そう、あれってJSCCOにもある? 似たシステムだったら別物でもいいんだけど。……そう、それじゃあ後で届けてもらえる? ……うん、ありがとう」

「……何て? それに『霊素施錠システム』って……」

「やっぱりさっき出た名前は全部『幻島』認定されてる島だった。つまり存在しない筈の島。別にあたしの予想を裏づけるものにはならないけど、少なくとも彼の知識には異常があるのは確か。それと、彼の正体を暴くのにあのシステムが役立つかもしれない」

「正体って……命ちゃんが言う様に違う世界から来ちゃった幽霊ってだけじゃないの?」

「それはそうだと思う。でも、どうしてあの結城さんと居住する場所が重なってしまうのか気になるでしょ? 両方の発言からするに、元々そういう力があった訳でもないみたいだし」


 正直別の世界が存在しているというのがまだ信じられなかったが、何故彼らが同じ場所に住んでしまうのかという点もまた疑問だった。『黄昏事件』以降、様々なコトサマや超能力者が発見され超常的な現象の発見事例も大きく増えたが、こういった事例はあまり見た覚えが無かった。双子の間には奇妙な共有能力や簡易的なテレパシー能力があるというのは一部だが確認されている。しかし今回の様に全くの別人が連続して同じ場所を住居に選んでしまうというのは前例が無いのだ。取り調べを受けている結城さんの証言によると、彼はあの幽霊から逃げるために沖縄まで引っ越していたそうだ。つまり彼は最初から沖縄在住だった訳ではなく、日本中を逃げ回り沖縄にまで辿り着いたという事である。そんな逃亡の中で全ての住居が被るというのは考えられないのだ。


「新しい特異性とかかな?」

「それならそれで研究班が出向く事になるんだろうけど、もしかすると、ね……」


 やがてしばらくすると傍聴室に監視カメラの様な物と手乗りサイズの小さな機械が運び込まれてきた。カメラの様なその物体は以前『ケモっ娘事件』の調査をする際に見た『霊素探知機』であり、対象の霊素、つまり魂を探知する事によって施錠システムの解錠を行う装置である。自由に魂の表面の凹凸を変形させられる私相手にはあまり意味を成さない装置ではあるが、ある意味通常の施錠システムよりは複雑で信用出来る物である。


「どうするの?」

「ちょっと待ってて……」


 そう言うと命ちゃんは探知機を取調室内に居る二人の方へと向ける。


「如月さん、使い方は? ………………うん。……それだけでいいの?」


 探知機の向きが僅かに横にずれたかと思うと、傍聴室内に持ち込まれていたもう一つの機械がピーピーと音を立て始めた。


「……確認出来た。ありがとう如月さん。この記録は今回の一件にとって重要な証拠になると思う」

「えっえっ、どういう事なの?」

「……菖蒲ちゃん。あの二人は、完全に同一の人物だよ」

「……え? いやいやどう見たって顔も違うし……」

「でも『霊素探知機』で見た結果は100%一致してた。魂の形が一致してるから、あっちの機械が反応した。見た目が違ってても魂は同じものだった」

「どういう事……?」

「まだ存在が確定してる訳じゃないけど、並行世界っていうものがあるんじゃないかって言われてる」


 命ちゃん曰く、並行世界というのは私達が生きているこの宇宙と並行する様にして進行、存在している世界の事らしい。あの幽霊はそんな数ある並行世界の一つから偶然こっちの世界に紛れ込んでしまった結城さんかもしれないそうだ。違う世界の存在とはいえ同一人物と言っても過言ではないため魂も同じなのだ。何度も何度も住居が被ってしまうのも思考回路が同じだからなのだろう。最早奇妙な縁どころではない繋がりである。


「魂に関しては君の方が詳しいでしょ? 全く同じ魂を持ってる人って居るの?」

「……居ないと思う、多分。千草さんみたいに魂を移植された人でも賽師匠から見れば違和感があったみたいだし、100%一致してる魂なんて本来有り得ないと思うよ」

「だったらやっぱり並行世界説が正しいと思う。彼は『幻島が実在する世界からやって来た結城さん』って事。どこで『ポータル』が発生したのかは分からないけど」

「確か、『黄昏事件』から一年経ってから会ったんじゃなかったっけ? アパートに帰ったら居たって」

「調べるならそこかもね。ただ、もしそこに一時的に『ポータル』が出現したんだとしても、あたし達じゃどうしようもない。専門にしてる人に任せた方がいいかも」

「そっかそっか。じゃあじゃあ私達はここまでかな」

「ええ。……尋問員の方、ありがとうございます。必要な情報は揃いました。聴取を終了してください」


 傍聴室にあったマイクで尋問官にそう告げた命ちゃんは私と共に外に出て二人が出てくるのを待ち、これからどうすればいいのかを二人へと話し始めた。


「取り調べは以上です。ご協力感謝します」

「なぁ結城、お前マジで嘘ついてんだろ? 源平合戦で勝ったのは平氏じゃねぇかよ」

「うるさいなお前……だから勝ったのは源氏だって。お前の方が間違ってるんだよ」

「クッソマジなのかよ……なぁあんた、ドハティ島知ってるよな?」

「……残念ですが貴方の仰っている歴史も島も国も、この世界にはありません。全部間違ってる訳じゃありませんが、一部に間違いがあります」

「どうなってる……何で知らねぇんだよ……」

「なぁあんた、確か殺月さんだったよな? どうなってるんだ? 俺にも何が何やら……」

「そちらの方についてですが……」


 命ちゃんは「あくまで予想ですが」と一言断りを入れた上で、先程話していた並行世界に関する話をし始めた。結城さんも並行世界の結城さんもどちらも困惑した様子であり、とても信じられないといった様子だった。並行世界の結城さんが何故自分の名前も過去も知らないのかという疑問はあったが、過去に一切前例の無い事象であるためこれといった答えが上げられなかった。そもそも彼がこちらの世界にやって来たのが事故なのか誰かの意志が介入しているのかも不明であり、この一件に完全な答えを出すのは今すぐには無理そうだった。


「な、何だよそれ……俺が、お前ぇ……?」

「何だよその態度……俺だって納得出来てないんだぞ……」

「それでですが、どうしてもお互いに離れた状態で暮らしたいのであればこちらの施設が使えます。本来は留置所として使われている場所ではありますが、日奉流の結界術が使われていますので恐らくお二人の間にある異常性を抑えられると思います」

「日奉一族に結界術専門の人が居るんですよ~。『黄昏事件』の時にも活躍した人らしいですから効果抜群だと思いますよ!」

「えっ、いやそれは……」

「なぁそれってどっちが入る事になるんだ……?」

「どちらでも可能かと思います。あくまで住居としての使用ですので、別に身柄を拘束したりはありません」


 結城さん二人はお互いに顔を見合わせていたが、やがて示し合わせるかの様に頷くと生きている方の結城さんが口を開いた。


「その……やっぱり、今のままでいい」

「え? でもでも、本当に効きますよあの結界。別に自由に出歩いてもいいですし」

「いやそうかもしれないんだが、な……別にこいつも悪い奴な訳じゃないし、そういう所に入れるってのはあんまいい気がしないっていうか……」

「おいお前俺が入るの大前提かよ!?」

「幽霊の結城さんはどうなんですか?」

「い、いやまあ俺も自分が入りたくないのもそうなんだが、別にこいつを痛い目に遭わせたい訳じゃないしよぉ……? ま、まあ思い返せばそんなヤな奴じゃねぇし……」

「……それでどうしたいんですか?」

「俺は、こいつと一緒に居てもいいかなと思ってる」

「俺もまあ……元の世界に戻れるまではこいつと一緒に居てもいいかと思ってるよ」


 自分と同一の存在であると告げられて同情の心が生まれたのか、二人共離れる事を拒んでいた。牢屋の様な所に入れられる事を嫌がっているというのももちろんあるのかもしれないが、それよりもお互いが離れてしまう事を一番恐れている様に見えた。相手を留置所内に入れる事は自分を否定する事と同義と考えたのかもしれない。


「えーとえと……じゃあじゃあ今のままでいいって事ですか?」

「ああ、そうだな。迷惑かけて悪いがこのままでいい」

「だな。こいつともうちょっと一緒に居るのも悪くねぇし」

「……分かりました。お帰りはどうします?」

「自分で帰るよ。金はあるし、たまには時間取ってこいつと駄弁りながら帰るのも悪くないかもな」

「俺がこんなんで良かったな。お前に重なってりゃ一人分で済むぜ飛行機代」

「あー、それやると捕まりますよ。明確な自我がある霊体がそういう事すると普通に刑罰の対象になります」

「マジで?」

「はい。結構検挙されてますよ」

「結城、お前俺の分の金出せるか?」

「心配すんな。お前にイラついてても仕事だけはちゃんとやってたんだぞ。まあ今はやってないけど……」


 迷惑を掛けた事を詫びると二人は本部から出ると街の人混みの中に消えていった。ロビーに残された私達は何とも言えない脱力感を覚えた。


「……わざわざ沖縄まで出向いて結果これなのね」

「で、でもでも! 良かったじゃん並行世界とかいうのがあるかもって分かったんだから」

「まぁ……そうだね。まだ完全にあるかは分からないけど、可能性があっただけで収穫かな」

「そうそう。もし気付かないまま放置して何かあってからじゃ遅いし、可能性があるってだけで未然に防げる事もあると思うし」

「そうだね。……はぁ……それじゃあお疲れ様」

「あ、うん。お疲れ様」


 命ちゃんは疲れた様子で真夏の日が差す屋外へと出ていった。一人残った私はロビーにあった椅子にドカッと腰を降ろし、ふぅっと息を吐く。

 結局自分達で元の状態に戻るという決断を出したあの二人に内心少し苛立ったというのもあったが、命ちゃんから示された並行世界というものが私の中に引っ掛かっていた。大体の歴史は同一でありながら、随所で明確に異なる歴史を歩んでいる隣の世界。そんな世界であれば今私の中に眠るしーちゃんが死ななくても済んだ可能性があったのではないかと考えていた。無数の可能性が並行世界にあるのなら、死なない世界線もあったのかもしれない。そんな世界と今居るこの世界、この二つの違いは何なのだろうか。どのような選択をすればその世界線になったのだろうか。ねぇねから聞いた話によればしーちゃんが命を落としたのは私を守ろうとしての事らしい。もし私が死んでいれば、生まれていなければ、彼女が死ぬ事は無かったのだろうか。


「……や。ダメだな、うん」


 これ以上こんな事を考え続けるとしーちゃんに怒られてしまいそうだったため、そんな考えを頭から払い、腰を上げて外へと歩いて行った。

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