第4話:人もコトサマも見た目が9割
『八尺様』関連の事件から数日経った。その話はどうやら殺月さんにも伝わっていたらしく、『霊魂相談案内所』へと顔を出した彼女の表情はどこか暗いものだった。お茶を出してくれた賽師匠にお礼を述べると、足元に置いていたリュックからファイルを取り出す。
「小岳村の事は残念だったね……」
「……君にもそういう発想はあるんだ」
「私の事、冷血な人だと思ってない? どうにも出来なかったけど私だってあんな事があれば悲しいとは思うよ」
「そう……」
「それでそれで? 今日はどうしたの?」
「……今日、JSCCOに寄った時に新しい案件があったから引き受けたの」
「呼び出しされてたっけ? お仕事がある時はメールとかで来る筈だけど」
「そこは引っ掛からなくていいから。それで、その案件だけど……」
机の上に開かれたファイルのページには、ある殺人事件に関する記述が載っていた。特にこれといって特異性の無い、昔からよくあった様な金銭絡みの殺人事件でありわざわざJSCCOが取り扱う理由が見当たらなかった。
「うーん……普通の事件じゃない?」
「事件自体はね……ただ、捕まった犯人に異常な点がある」
「異常な点?」
殺月さん曰く、その犯人は逮捕された時、顔が変わっていたらしいのだ。以前から警察によってマークされていた容疑者は何故かどこを捜索しても見つからなかった。そして今回、全く別の事件の容疑者として捕まった犯人がその殺人事件に関与しているとされた人物と同一のDNAを持っていたのだ。どうやら殺人事件の現場には容疑者の髪の毛が落ちていたらしく、そこからDNAが割れたらしい。
「じゃあじゃあ、DNAは一致してるのに顔が別人って事?」
「そういう事になるね。……でも何でそうなってのかが分からない」
「ねぇ賽師匠。そんな事ってあるんですかね?」
少し離れた所にある事務椅子に座っていた縁師匠の後ろに立っている賽師匠は、少し沈黙して考えていたがやがて口を開いた。
「うーん……それは認識を弄られてるとかじゃなくて?」
「JSCCOの『認知向上薬』による視認でも違う顔として見えたそうです」
「それってあれだよね。脳に働きかけて認知力を高めるお薬」
「はい。つまり顔が本当に変わっていたという事です」
縁師匠が口を開く。
「……賽が見れば何か分かるんじゃないの?」
「え、うーん……それはそうかもだけどねぇ……」
賽師匠には『生物の魂を視認して、接触する事で記憶を読んだり自由に移動させたり出来る』という力があった。具体的にどういった事をしたのか教えてもらった事は無いが、かつての『黄昏事件』の際にはその力を使って日奉一族の人々をサポートしたらしい。彼女の力であれば、相手に直接触って何があったのかを知る事が出来るだろう。
「やってみましょうよ賽師匠! 師匠の力ならすぐ解決ですよ!」
「そ、そうかもだけどね……ほら、私って正式にあそこの職員じゃないでしょ? そんな人間が関わるのは良くないかなって……」
「あたしからもお願いします三瀬川さん。ご協力を是非……」
最初はあまり乗り気では無さそうだったが、私から羨望の眼差しを送ると簡単に折れて協力してくれる事になった。基本的にお人好しである賽師匠は、私がこういった視線を送ると簡単に協力してくれるのだ。彼女のそういったところが気に入っている。心の底から信じてもいい人と言えるからだ。
捜査に協力してくれる事になった賽師匠を連れて私達はJSCCOの留置所へと向かった。縁師匠は誰か客が来るかもしれないからと事務所へと残る事になったが、その表情を見るに少し不服そうだった。
留置所へと入った私達は早速容疑者の下へと案内してもらうとした。しかし、職員の口から告げられたのは意外な報告だった。
「それが……死亡しまして……」
「……亡くなった?」
「はい。突然房内から叫び声が聞こえて……行ってみた時にはもう……」
職員曰く、容疑者は顔面を抑える様なポーズで絶命しており、その手を除けてみるとその顔は完全に消滅していたそうだ。つまり、眼球、鼻、口などの本来顔にあってしかるべきパーツが一つも存在してない状態だったらしい。
「あの……まだ遺体はありますか?」
「貴方は?」
「あっ、初めまして『霊魂相談案内所』の三瀬川賽です。菖蒲ちゃんから協力要請を受けまして……」
賽師匠が名刺を渡すと職員は納得してくれたらしく、留置所地下に設置されている死体安置所へと案内してくれた。現在本部の方からコトサマ及び特異性保持者の検死を行う調査隊が向かっている最中らしく、それまでここに安置しているらしい。
安置所内の冷蔵庫を開き件の遺体が取り出される。話に聞いていた通り、まるでのっぺらぼうの様に顔が存在していなかった。しかし完全につるつるした表面というよりも、若干の凹凸が見られた。どことなくだが、顔の表面が垂れる様にして消失した印象を受けた。そんな遺体に合掌をした後、賽師匠が手で触れる。
「……どうですか賽師匠」
「…………ここにはもう魂が残ってないみたい。どこかに行っちゃってる……」
「じゃあじゃあ……」
「うん。申し訳ないけど、この遺体からじゃ記憶は読めないかな。魂の居場所が分かればいいんだけど……見た感じ、この辺りに霊魂らしき人は居なかったし……」
賽師匠でも何も分からないとなった以上、現段階ではここに居ても仕方がないと考えた私達は階段を上り留置所外へと出ようとした。しかしその時、無線が入ったらしく殺月さんがイヤホンに手を当てた。慌てて自分用のイヤホンを取り出し、蒐子さんからの話を聞く。
「殺月さーん、日奉さーん。今大丈夫ですか?」
「大丈夫。今例の事件を調査中」
「進展はありました?」
「無い。それでそっちは?」
「あっそうですねー。実はですねぇ……顔を盗られたって主張するワンちゃんがJSCCOに駆け込んできたみたいでー……」
「ワンちゃんがですか?」
「そうなんですよねー……何か『寝てる間に顔を盗られた』って言ってるみたいなんですけど、まず何で人間の言葉を喋れるのかって疑問がありましてー……」
今回の事件に何らかの関係があると考えた私達は賽師匠を連れたままJSCCO本部へと走り出した。実際に本部へと到着してみると、ロビー内で警備員に対して必死に顔に関する事を訴えかけている犬の姿があった。その見た目から柴犬と思われたが、蒐子さんの言う様に何故犬としての見た目をしているのに人語を話せるのかが謎だった。
「お待たせしました調査員の者です」
「ああ、助かりました。さっきからずっと『顔が無い』の一点張りで……」
「後はこちらに任せてください」
「ワンちゃんおいで~どうしたの~?」
屈んでそう声を掛けてみると、その犬はこちらを振り向くと40代程と思われる声で凄い剣幕で怒り出した。
「おいでじゃねぇ人間風情がっ! 俺が困ってるのが分からねぇのかっ!?」
「落ち着いて落ち着いて。まずは深呼吸しようよ」
「これが落ち着いていられるか! 俺の顔が無くなったんだぞ!? 見ろこの顔を!? ああ何てみすぼらしい……」
「落ち着いてもらえないと貴方の話も聞けない。まずは何があったのか順番に話してみて」
「さっきから何回も言ってるってのにこれだから人間は……」
その犬によると、彼は所謂『人面犬』だったらしい。日奉一族の記録によると『人面犬』というのは1989年頃から噂される様になったコトサマの一種だそうだ。その名の通り、犬の体に人の顔を持つ生物でありゴミを漁っている所を目撃されたりしている。しかし、どれだけ日奉一族が総力を挙げて探しても見つかる事は無かったため、あくまで民間発祥の噂話という形に落ち着いていたそうだ。
「俺はあの日、いつもみたいに食いモンを探してゴミを漁ってたんだ! そんでまぁいいモンがあったから満足して寝床に帰ったワケよ。そしたら! そしたらだぞ!? 朝になって変な感じがすると思って鏡で見てみたらこんなになってるじゃねぇか!?」
「あのあの、鏡っていうのは?」
「お前人間の癖に鏡も知らねぇのか!? 鏡っていうのはだなぁ……」
「えーっとね、菖蒲ちゃんが言ってるのは多分、どこの鏡を使ったのかって事じゃないかな?」
「そうですそうです! 流石賽師匠!」
「何だそういう意味かよややっこしいなぁ! そこら辺の店のガラスだよ! んでまぁとにかくこりゃ大事だってんで急いでここに来たワケよ!」
「寝る前は何ともなかった?」
「当たり前だぜ、いつも通りのハンサム顔よ!」
「うーん……賽師匠、お願いしてもいいですか?」
「う、うん。やってみようかな」
そう言うと賽師匠は『人面犬』を抱き上げると、ぎゃーぎゃーと騒ぐ彼を無視する様にその目を閉じた。賽師匠曰く、記憶というのは脳ではなく魂に刻まれているそうなのだ。私も魂を降ろす事は出来るが、流石に記憶を読むという事は不可能なためどこまでが真実なのかは分からないが、彼女が嘘をつくタイプには思えないため、それを信じていた。
やがて賽師匠は『人面犬』を床へと降ろすと少し唸った。
「えっと人面犬さん。本当に寝てる間に顔が変わってたんだよね?」
「だからそう言ってるじゃねぇかまどろっこしいなぁ! 朝になったらこんなワンコロの顔に変わってたんだよ!」
「どうしたんですか賽師匠?」
「えっとね、今ちょっと見てみたんだけど、その寝てるっていう時間にもどこかを歩いてる様な記憶があるんだよね」
「ああ!? んなワケあるか! 俺は朝までぐっすりだったんだぞ!?」
「うん。だからね、多分だけど誰かが記憶に鍵を掛ける様な呪術を使ってるのかも。今私に見えた記憶も、その部分だけが凄く断片的で、意図的に隠されてる感じに見えたんだ」
「三瀬川さん、そういう呪術に心当たりは?」
「ごめんね。私あんまりそういうのには詳しくなくて……」
賽師匠の言う『鍵の掛かった記憶』というのが妙に引っ掛かった。もし誰かが『人面犬』に対してそういった事をしたのだとすれば、一体どういう目的で鍵を掛けたのだろうか。そして『顔が盗られた』というこの件は、さっきの顔が消滅して死亡した容疑者と何か関係しているのではないだろうか。
「如月さん。監視カメラの記録、チェック出来る?」
「痛っ……あーえーと、はい。一応他の人にも協力を仰げば出来ますねー」
「じゃあお願い。今から対象の写真を送るから、見つけ次第すぐに連絡して」
「分かりました」
殺月さんは『人面犬』へとスマートフォンを向けると一枚写真を撮り、蒐子さんへと送信する。
「おいおい何だよ音デカくねぇかそれぇ?」
「今から昨夜の貴方の行動を追跡する。悪いけど付いて来てくれる?」
「あたぼうよ! このまんま顔盗られたままってんじゃ気に入らねぇからな! 犯人の野郎を一発噛んでやらなきゃ気が済まねぇよ!」
「賽師匠、もうちょっとだけお付き合いしてもらってもいいですか?」
「うん。あんまり縁ちゃん一人に任せられないから、少しだけね」
こうしてどこか共通点の存在する二つの事件を解決するために、私達は映像記録を基にした調査を開始する事となった。




