第39話:メモリー・オブ・ザ・デッド
店内奥の席へとついた私達は、依頼人である男性から何が起こっているのかを話してもらう事になった。その依頼人の男性は結城という苗字であり、幼い頃からこれといった霊感を持っているという訳でもなく、本当に何の変哲も無い普通の人だったそうだ。しかし『黄昏事件』が発生して一年経ち、いつもの様にアパートの部屋へと帰ると、そこに霊体の男性が立っていたらしい。お互いに見覚えは無く、相手も結城さんが帰って来たのを見てかなり驚いていた様子だったという。
「何か予兆などはありましたか? 心当たりでも構いません」
「何も無かったよ……俺はこう言っちゃなんだが、昔っから幽霊なんて信じてなかったし、心霊スポットも興味が無かったから行った事も無かったんだ。こんな社会になってからも、信じてなかった……」
「あのあの、霊感は無かったんですよね?」
「ああ、今まで一回もそういう経験は無かったよ。あんなのは眉唾物だと思ってたし、どうせ思い込みとか作り話だろうって思ってたんだ」
「……貴方の家に住みついているというその対象は、本当に霊体ですか? そう見えるだけで他の何らかのコトサマである可能性は?」
「そんな事聞かれても俺じゃ分からない……」
「うーん……一回行ってみようよ。見てみないと私達にも分かんないんじゃないかな」
「そうだね……。結城さん、お願い出来ますか?」
「あ、ああ……」
まずは幽霊側の証言を聞いてみない事には解決出来そうにないと考えた私達は、結城さんの案内によって彼が現在住んでいるという住居へと向かった。
バスに乗ってしばらく町内を走り、やがて歴史のありそうな小さなアパートへと辿り着いた。本来白塗りだったのであろう壁は掃除されていないのか黒ずんでおり、何となくだったが全体から陰気な雰囲気が漂っていた。彼はそこの二階にある204号室に住んでいるらしく、こういった事の専門である私が先頭に立って部屋の中へと入っていった。
入ってすぐにキッチン付きの小さい廊下があり、トイレや風呂への扉が右側に存在していた。そして奥にはリビングだと思われる部屋があり、そっと電気を点けてみると妙に殺風景な様子だった。ベッドはあったが本当にそれ以外はほとんど見当たらず、とてもここに住んでいるとは思えない部屋であった。
「おい何だよクソッ! 女連れ込むなんて正気かお前!?」
突然部屋にあるクローゼットの中から声が聞こえ、開けてみるとそこには体が透明な男性の姿があった。本来、私がここまではっきりと霊体を視認出来る事など有り得ないのだが、事実こうして目に見えているという事は、この霊体は非常に強力な霊素を持っているという事なのだろう。霊素が強ければ強い程、認識されやすくなるらしい。
「おい結城! お前ふざけてんのか!? お前だけでも嫌だってのにまだ増えんのかよ!」
「そいつだ! 勝手に付いてくるんだよ!」
「付いてくるだぁ!? お前ふざけんな! そりゃこっちのセリフだぜ! 行く先行く先何で先回りしやがんだよ!」
「先回りしてるのはお前だろ!! こっちはお前のせいで仕事まで辞める羽目になったんだぞ!?」
「知るかよバカ! 人ん家に勝手に居候しといてよくそんな人のせいに出来るよな!?」
結城さんと幽霊は顔を合わせるなり大喧嘩を始め、その主張を信じるのであれば幽霊側としても結城さんが自分に付いてくるのに迷惑しているらしい。つまり双方が『相手が自分に付いて来ている』と感じており、どちらが悪いというよりも偶然が重なり過ぎているという感じなのだろう。
命ちゃんは見かねて二人の間に割って入ると、その鋭い目つきで双方を威圧して黙らせた。
「……お静かに。さて、貴方からの証言も聞かせて頂きます」
「ちょっと待てよ。あんたら結城のコレじゃないのか?」
「我々はJSCCOから派遣された者です。今回、結城さんからご依頼がありここに参りました」
「おい結城! お前ふざけんな! 俺を悪モンにする気かよ!? 迷惑してんのはこっちだぞ!」
「静かに。聞かれた事だけに答えてください」
「……分かったよ。それで、何が聞きたいんだよ?」
「まず貴方のお名前です」
「俺か? 俺に名前なんてねぇよ。好きに呼べって」
「名前が無い?」
「マジだぜ。何で俺がこんなんになっちまってんのかも分かんねぇし、自分の名前も家族も知らねぇからな」
「あのあの、少しいいですか? 貴方は自分が幽霊だっていう事は理解してるんですよね?」
「おう。飯が食えねぇのはアレだが、まあ不自由はしてないな」
自分の名前すらも覚えていない霊体というのは今までに見た事が無い。自分が死んだ事に気付けず生前の行動を繰り返しているというのは聞いた事があるが、そもそも自分が何者なのかも知らないというのは初めてである。生前記憶喪失になっていたとしても、記憶というのは本来魂に宿るものであるため霊体になれば思い出す筈なのだ。自分が何者なのかまるで思い出せないというのは何か引っかかる。
「うーん……じゃあじゃあ幽霊さん、今からちょっと私の中に入ってもらってもいいですか?」
「は? お前何言ってんだ? 困るんだよなぁ幽霊だからって憑りつけるって安直な考えはよう……」
「いえいえ、私の方でやるんで、幽霊さんは許可してくれればいいですよ」
「……何かよく分からんが別にいいぞ。お前名前は?」
「日奉菖蒲です」
「日奉な。よし、じゃあ来い」
「失礼しますねー」
手で『不死花』の形を作り降霊の構えを取る。しかし何故か彼は一向に私の中に入って来ようとしなかった。実を言うと相手の意志関係無く、自分の魂を変形させた状態で接触すれば無理矢理にでも固着させられるのだ。それにも関わらず、何故か彼はその場から移動していなかった。私が降霊させられない相手は生きている人間の魂なのだ。逆に相手が死者の魂や神格であれば降霊させられる。つまり彼は死者ではないか、あるいはそもそも幽霊に見えているだけで全く別のコトサマである可能性がある。
「あ、あれあれ……?」
「どうしたの?」
「出来ない……固着出来ない……」
「なあ日奉、さっきから何してるんだ? 俺はいつでもいいぞ?」
「いえいえ、それが全然出来ないんですよ。……本当に幽霊ですよね?」
「そりゃ見た通りの幽霊だ。逆に幽霊じゃなきゃ何なんだよ俺は」
「ストーカーだろ」
「んだと結城この野郎!!」
「事実だろクソ幽霊!」
「ストーカーはお前だろ!!」
「だーれがお前みたいな奴のストーカーするかよマヌケ!!」
「マヌケはお前だろ!!」
「二人共静かに!! ……ねぇ、君の降霊術は通用しなかった。そういう事でいいんだね?」
「うん……おかしいなぁ……」
今まで私はこの技を磨くために賽師匠と縁師匠に師事を受けてきた。不老不死である縁師匠の『一時的に霊体になる』という特性を利用してこの技術を完成させたのだ。生者と死者の狭間の存在である縁師匠の魂であれば一時的に降霊させる事は出来ていた。つまり私のこの降霊術は、ある程度曖昧な境界は無視出来る筈なのである。だが今目の前に居る彼は違っていた。はっきりと霊体の姿をしていながら、私の能力による影響を一切受け付けないという特異性があった。
「……質問があります。貴方は何故彼の住居にだけ移動するという事をしているのですか?」
「だから逆だっての! こいつが俺の住もうとしてる所に来やがるんだ!」
「何か心当たりはありますか?」
「そんなん言われてもよぉ……俺が気付いた時には結城の野郎がもう居たんだ」
「うん? ちょっと待ってください。気付いた時にはもう結城さんが居たんですか?」
「おう。最初っからずーっと付いて回りやがる。俺の迷惑もお構いなしにな」
「こっちのセリフだ。ふざけやがって……」
「……ねぇ、これってどうなの?」
「うん、おかしいね。霊体になる時に一時的に記憶が途切れる人は確かに居るんだけど、今の発言だとそれ以前の記憶は全然無いって事になる」
やはり彼は通常の霊体ではないのだろう。生前の記憶どころか霊になってからの記憶も結城さんと出会ったのが最初の記憶らしい。まるで結城さんの部屋に自然発生したかの様に、それ以前の記憶は一切存在しないという事である。蝿が空気中から自然発生しないのと同じ様に、命ある生物が居なければ霊体もまた存在しえないのだ。気が付けば結城さんが居たというのはオカルト学の研究が進んだこの社会においては、絶対に有り得ない事象である。
「……ねぇねぇ幽霊さん。貴方が覚えてる事を覚えてる範囲で全部教えてくれませんか?」
「覚えてる事ぉ? あーそうだなぁ……まずここは日本だろ? そんで俺らみたいな幽霊とかが当たり前になってる訳だろ? まあそんなところか? 後は歴史とかくらいだな、学校で習う」
「それも話してもらえますか? 公的記録とさせて頂きます。……如月さん、記録を開始してください」
「分かりました殺月さん。こっちは準備オーケーです」
「……では、まず貴方が覚えている歴史についてお願いします」
「マジかよ……あーえっとだなぁ……」
幽霊は少し面倒くさそうにしながらも自分が覚えている歴史について話し出した。まず一番初めに出てきたのは学校でも習う縄文時代についてだった。当然あの時代の事を正確に覚えている人間など居ないためそれが事実であるかなどは証明の仕様が無いが、少なくとも私達が覚えているそれとは違いは無かった。そこから現代に少しずつ近づく様にして歴史を語っていったが、その中で少し違和感のある箇所があった。それは日本の歴史の中で起こって来た数々の戦争に関する部分だった。私達が覚えている勝者とは逆の勢力が勝利していたり、聞いた事もない勢力が加入していたりと明らかに正史とは違う歴史だったのだ。
「ちょっと待ってください。……如月さん、薩英戦争の結果は分かる?」
「明確な勝敗はついていませんねー……引き分けと言ってもいいと思います」
「ありがとう。……君は?」
「私もそんな感じだった風に覚えてるよ。専門じゃないからちょっと自信無いけど」
「俺もそう習った筈だ。このクソ幽霊嘘まで吐きやがるのか!」
「オイオイオイちょっと待てよ!? お前らこそ何言ってんだ!? 勝ったのは薩摩の筈だろ!?」
「有り得ません。あの戦いは両者痛み分けでした」
「お前ら嘘吐いてんじゃねぇのか!? そんな訳あるか!?」
反応を見るに彼は嘘を吐いているという訳ではないのだろう。恐らく彼の認識の中では間違いなく薩摩が勝ったという認識になっており、他に彼が語った戦争関連の違和感も全て事実として語っているものと思われる。もしかするとこの依頼は、ただの幽霊絡みの迷惑行為などではなく、もっと大きな問題の絡んでいる重大な事件なのかもしれない。
「……本部にご同行願えますか?」
「お、俺が何したってんだよ!? なぁ結城!?」
「あ、ああ。確かにこいつには迷惑してるが、別にそんな逮捕する程の事じゃないんじゃないか? 俺だってこいつが出てってくれればそれでいいんだし……」
「逮捕する訳ではありません。何か他の問題が絡んでいる可能性があるため、詳しく調査するために同行して頂くだけです」
「ま、マジなんだよな? 後からやっぱり逮捕って事にはならねぇよな……?」
「貴方に疚しい事が無ければ大丈夫です」
「そうですよ。ちょっとお話を聞いたり検査したりするだけですから。疚しい事が無いなら大丈夫ですよね?」
「……分かった。あんたらを信じる。俺は潔白だからな」
「でもどうするんだ? そいつだけ連れ行けるのか?」
「いやいや何言ってるんですか。結城さんにも来てもらいますよ」
「……ひょっとしてJSCCOのとこで寝泊まりしろって意味か?」
「大正解! まあまあ大丈夫ですよすぐに済みますから。何も無ければすぐに解放しますし」
「……信じていいんだな?」
この幽霊に関する詳しい検査を実行するべく、私と命ちゃんは結城さんの居住地を一時的にJSCCO本部にする事にした。もちろん一時的なものであるため、検査や聴取が終わればすぐに解放される事になる。もっとも、何か悪い事をしていたのであれば『八尺様』達の様に本当にそこが家になってしまうかもしれないが。
まずは結城さんを移動させなければ幽霊の方を動かせないため、三人でアパートを出て『ポータル』がある管理局まで移動する事となった。




