第38話:リビング・ウィズ・ザ・デッド
蒐子さんと別れた私達はその後、何かの他の証言が聞き出せるのではないかと他の自称生還者達の取り調べを見ていたが、彼らは何一つとして口を割る事は無かった。近くに蒐子さんの様な鬼の一族が居ないからなのか、その顔は真っ直ぐ前方を向いたままだった。瞳も前を向いてはいるものの何かを見ているという感じでは無く、ただ開いているというだけに見えた。
何も新しい証言を聞けなかった私は裏口で検査を受けている『きさらぎ駅』の所に行くと、自分の力を使って降霊が出来ないだろうかと試してみる事にした。しかしこれもまた無意味な事だった。『きさらぎ駅』が鬼子母神によって食い殺された子供達によって構成されているのであれば、死者の霊体であるため降霊出来ると踏んでいたのだが、複数の霊体が集まり一つの『駅』という形を成しているからかこちらに固着させる事が出来なかった。かつて霊体であったとしても、今はもう『きさらぎ駅』という一つの存在になってしまっているのだろう。
自分達ではこれ以上は調べる事が出来ないと分かった私達はその後、各々家へと帰り続きは他の人に任せる事となった。それから数日の間に『きさらぎ駅』に迷い込んだと投稿していた人々の内数名が通常の人間ではなくなっていたという事が判明した。外見や肉体の構造は通常のそれなのだが、遺伝子に問題が生じているらしいのだ。通常人間の体は30億の塩基対からなっている。しかし生還者を自称する彼らの遺伝子には人間のそれとは違うものだったという。ヒトゲノムの大部分は他の生物にも類似しているが、つまり彼らは人間の見た目をした全く別の生物という事になる。
『きさらぎ駅』が如何にしてクローンめいた存在を作ったのかは分からないが、その目的はこれまでの証拠から何となく分かっている。彼らの目的は『鬼子母神を見つけ出し、償いをさせる』というものだ。散々自分達の命を弄んでおいて、今では人々から敬われる神様をやっているのだから、被害者からすれば堪ったものでは無いだろう。
『きさらぎ駅事件』から5日程経ち、朝から家で宿題をしていた私の下に蒐子さんからメールが入る。何か調査依頼だろうかと見てみると、重大なものではないが問題が発生したので現場に向かって欲しいと書かれていた。自分達が住んでいる場所からはかなり離れた場所であったため、『ポータル』を使う必要があると考え、待ち合わせのために命ちゃんに電話を入れる。
「あ、もしもし命ちゃん? 蒐子さんからメールが来てたけど見た?」
「君が電話してくるまで見てた」
「あっ……ごめんごめん」
「別にいい。行くんでしょ?」
「うんうん。それとメール見た感じだと、沖縄の方に住んでる人みたいだね。現地の調査員に依頼が行ってないって事は、私達じゃなきゃいけない案件なのかも」
「分かった。それじゃあ後で宵野駅で落ち合おう」
「うん、後でね」
電話を切った私はすぐに準備を始め、必要最低限の荷物を鞄に詰めると背中に背負い、急いで駅へと向かった。
駅ではすでに命ちゃんが待っており、今回使う『ポータル』は今まで使っていたものとは違う所にあるものを使うという事を説明された。当たり前ではあるが『ポータル』というのは『時空間異常』であるため、繋がっているポイントがバラバラなのだ。中には同一の場所に繋がっているものもあるにはあるそうだが、そんなものは極稀であり、少なくとも今回使うそれはまだ私も命ちゃんも使った事の無い初めての『ポータル』なのだそうだ。
一時間程電車に乗って都心から離れた所にあるその施設へと着くと、以前見た様な機械によってその場に固定されている『ポータル』の姿があった。この施設は『日本時空間管理局』が所有する研究所の一つであり、沖縄行きの『ポータル』を研究している様だ。
「よし命ちゃん。準備オッケ?」
「あたしは大丈夫。……すみませんお願いします!」
「では起動します。お気をつけて」
命ちゃんからの合図を受け、職員の人が『ポータル』を起動する。最後に使ったのはかなり前だったため少し緊張したが、それを察したのか命ちゃんは私の手を掴むと『ポータル』の中へと足を踏み入れていていった。内部は相変わらず七色に輝いている不思議な空間であり、数十秒程漂っていた私達はやがて空間内に出現した裂け目に吸い込まれ、沖縄にある施設へと吐き出された。
「っとと!」
「……ほら、大丈夫?」
「ごめんごめん、ありがと」
どうも放出される際の体のよろめきには慣れないが、今回は予測していたのか命ちゃんが支えてくれたため、以前の様に彼女を下敷きにしてしまうという事態にはならずに済んだ。
職員の人に一言お礼を告げると二人で外に出る。スマートフォンのGPSを見てみると、どうやらあの『ポータル』は沖縄本島にある山中で発見されたものだったらしい。車道は存在しているものの車通りは皆無と言ってもいい状態であったため、仕方なく日差しを浴びながら徒歩で下まで下っていく事となった。
命ちゃんがイヤホンを片耳に付けたため私もそれに続く。
「こちら殺月。沖縄に到着」
「同じく日奉、到着しました!」
「あ、お疲れ様ですお二人共ー。あの一件以来ですかね?」
「そうですね。あの後色々調べてみたんですけど、私達じゃあんまりいい情報は手に入らなかったです。生還者の人の遺伝子については聞きました?」
「はいー……あの後ワタクシに呼び出しが掛かって本部に出向いたんですが、やはり鬼の血脈に反応してるみたいでー……」
「如月さんストップ。今はこっちを優先にしてくれる?」
「痛っ!……すみません! えーと、それでは詳しい概要を説明しますね」
蒐子さん曰く、今回JSCCOに救援依頼を出してきたのは沖縄に住む一人の男性だという。その男性からの証言によると、いつも自分の家に幽霊が住みついており、何度引っ越しても毎回新しい住居でその幽霊と遭遇してしまうそうだ。夜逃げの様に家を出ても必ず会ってしまう上にお互いに気が合わないため、何とか引き離せる様にして欲しいとの事だった。
「それって憑りつかれてるって事なんですかね?」
「いえそれがですねー……家の外に居る時には付いて来ないらしいんです。家に居る時だけみたいで……」
「如月さん、その人にネットカフェとかに行く様には言った?」
「それが、それもダメだったみたいでー……ネットカフェに住み始めた途端にその幽霊が出始めたと……」
「うーん……その幽霊さんとは気が合わないんですよね? という事は憑りつかれてる訳じゃない……?」
「如月さん、依頼人の場所は?」
「えーと……この時間ですと、そのまま下って先にある海辺の飲食店にいらっしゃるみたいですねー」
「あ、あのあの~……気のせいですかね? 今、下った先にある海辺とか聞こえたんですけど~……」
「はい、そう言いましたけど……」
「えっ、結構遠くないですか? これ徒歩で行くんです? ここから海まで結構ある様に見えるんですけど……」
「えーとバスか何か利用して頂ければすぐだと思います。住んでらっしゃる場所は別の所みたいなんですけど、なるべく家には帰りたくないみたいでしてー……」
「分かった、ありがとう如月さん。お金はあたしが出す。それじゃあまた必要になったら連絡するから」
蒐子さんとの通信が切れる。
「も~、害が無いなら家に居てよ~……」
「本人にしたら重大な問題なんでしょ。ほら菖蒲ちゃん行くよ。費用はこっちが持つから」
「や、別に私お金が惜しくて文句垂れてる訳じゃないからね? そんなケチキャラみたいな反応しないで?」
真夏の日差しを浴びながら山を下っていくと、ようやく街並みが見えてきた。流石に普段私達が住んでいる場所程では無かったが、それなりに人通りがあった。都心程発展していると全体的にごちゃついているため、私としてはこれくらいの街並みの方がリラックス出来る。
「何かこっちの方が涼しいね」
「ええ。夏場はこっちに居る時の方が楽かもね」
二人で最寄りのバス停まで向かい時間表を見てみると、やはり便数はそこまで多くはなかった。しかし歩いて行くのとどちらが早いかと言われれば、もちろんバスを待った方が早かったためバス停の屋根の下でのんびりと待つ事になった。
やがてバスが到着し、券を購入して乗り込むと海辺近くのバス停へと向かった。窓から見える海は流石沖縄といった美しであり、観光で来るにはぴったりの場所だろう。仕事でなければ色々遊んでみたいところであったが、調査員としての職務が優先であるためその気持ちは胸の奥に引っ込めた。
「……そろそろだね」
「うん。行こうか」
降車ボタンを押して次のバス停で停車してもらうと、海辺へと辿り着いた。周囲を見てみると依頼人が居る個人経営店と思われる飲食店が目に入った。外部から見てもなかなか雰囲気のある店舗であり、まさに沖縄料理を取り扱っていますといった風貌であった。
「あそこかな?」
「だと思う。行きましょう」
早速中に入り、JSCCOの調査員であり仕事で来たという事を店員に告げていると、店の奥にあったテーブル席から一人の20代程の男性がこちらに小走りで駆け寄って来た。特に体調面に問題は無さそうな健康的な見た目だったが、その様子からは切羽詰まったものを感じ、藁にも縋る思いで助けを求めてきた様に見えた。
「あ、あんた達JSCCOの人か!?」
「あ、はい。お待たせしました。調査員の日奉です」
「殺月です。お話は伺っていますが念のためもう一度確認として貴方の口から聞いてもよろしいですか?」
「ああ、ああ……そう、そうだな、うん。話すよ……」
男性は落ち着かない様子ではあったものの、私達が来て少しは安心したのか席へとつき、一体どういった事が起きているのかを私と命ちゃんに話してくれる事になった。




