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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case11:伝説の無人駅
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第37話:きさらぎ駅は柘榴のお味?

 蒐子さんに連絡してから数時間が経過し、JSCCOの回収班が現場に到着した。今回は対象が駅の姿をしているという事もあり、大型車両を使った牽引によって本部の方へと連れて行く事になった。その間『きさらぎ駅』は何の抵抗も見せず大人しくしており、私と命ちゃんは車両に乗り込んで本部へと向かった。

 本部裏手にある駐車場に運び込まれた『きさらぎ駅』は複数の検査官によってその場で簡単な検査が行われる事になったが、その際に鈴の様な音を鳴らし始めた。その場に居た全員の間に緊張が走ったが、攻撃的な行動は一切見られず、その鈴の音色には何らかの周期の様なものが確認された。


「命ちゃん、これって……」

「……ちょっと待って」


 命ちゃんは即座にスマートフォンを取り出すと、その音色の周期を録音し始めた。しばらく聞いているとその音はやがて止み、物言わぬ駅へと戻るとそれ以降は何の音も鳴らさなくなってしまった。検査官達は検査には時間が掛かると伝えてきたため、こちらに向かっているであろう蒐子さんと合流するために一旦ロビーへと移動する事にした。

 ロビーの椅子に座り、二人であの鈴の音が何を意味しているのだろうかと録音したものを聞いていると、正面玄関から誰かが駆け込んできた。顔を上げて見てみると、その人は身長がかなり高く、目測ではあるが2メートルはありそうだった。前髪の生え際からは一対の小さな角の様な物が生えており、瞳は人間的ではない、どこか猫を思わせる様な見た目をしていた。それらは一般的に『鬼』に分類される人々の身体的特徴だった。


「あっ!」


 その人物はこちらを見ると声を上げてこちらに駆け寄って来た。素でこれだけ大きい人なら、普段からどこかにぶつけたりしているのも納得である。いつも通信中に変な声を上げているのもこの体格が原因なのだろう。


「お仕事お疲れ様ですお二人共!」

「え? えっと~……蒐子さん?」

「はいーそうですよ。こうして直にお会いするのは初めてでしたよね?」

「……驚いた。本当に鬼の人ってここまで大きいんだね?」

「ご、ごめんなさい怖いですよねー……?」

「いえいえそんな事ないですよ! 私大きい人好きですよ?」

「そんな社交辞令して頂かなくてもー……」

「それで如月さん、あの駅の話だけど」

「あっそうでした! 今、裏手に置かれてるんですか?」

「ええ。それよりちょっと確認して欲しいものがあるの」

「確認して欲しいもの?」


 命ちゃんは先程『きさらぎ駅』が放っていた音に聞き覚えがないかを確認するために蒐子さんに録音データを聞かせた。蒐子さんは黙って聞いてくれていたが、最後まで聞いてもその音には聞き覚えが無いと答えた。しかし、やはり彼女にも何らかの周期を持っていると認識されたらしく、あの駅が何らかの事柄をこちらに伝えようとしているのは間違いない様だった。


「蒐子さんでも分からないですか~……」

「すみません。一応『きさらぎ建設』の皆様にも聞いてみたんですが、『きさらぎ駅』なんて聞いた事も無いとー……」

「嘘をつかれてるとかじゃないとしたら、他の誰かが如月一族の人に罪を着せようとしてるんですかね?」

「有り得なくはないかもね。あの事件を引き起こしたのは如月一族の一人、如月慙愧だった。事件のせいで家族を亡くした人からすれば仇みたいに見られるかも」

「そ、そうですよねー……オ、ワタクシも少しでも如月一族の汚名を晴らすために尽力しようとは思ってるんですけど、なかなかあのイメージは払拭出来ないみたいでしてー……」


 世界を大きく変える事になった『黄昏事件』、あれによって社会は大きく変化し新たな技術も次々と発見された。しかし良かった事だけではない。あの事件の際に暴れていたコトサマによって殺害された人々も居る。残された家族からしてみれば、そんなコトサマ達が同一個体ではないとはいえ社会で普通に生きているというのは許せない事だろう。今でもコトサマの権利を認めない団体などによるデモが時折行われ、度々問題になっている。特に首謀者であった如月慙愧と同じ鬼の血族となれば、世間からの風当たりはかなりのものだろう。今は私の中に眠っているしーちゃんも、あの事件の最中、命を落としたのだから。


「……大丈夫ですよ蒐子さん! 皆が皆、蒐子さん達の事を悪く思ってる訳じゃないですよ!」

「ありがとうございます日奉さん。そのお言葉だけでも楽になれますー……」

「如月さん、話を戻すけど、如月一族は関係無いって話でしょ?」

「あ、はい。そうなんです。確かに皆さんのお力なら駅一つ作るのは容易いとは思いますがー……」

「それなんだけど、あの駅……無機物じゃないかもしれないの」

「む、無機物じゃない、ですか?」

「そうなんですそうなんです。ホームの所をちょっと壊してみたら、そこから血が出てきて何かお肉みたいなものも見えたんです」

「という事は、『きさらぎ駅』は生物……という事でしょうか?」

「もちろん認識阻害の可能性はある。だけどあれが本当に生物なんだとしたら、さっきの鈴の音も自分の意思で鳴らしてる可能性がある。あの場所で聞こえてきた神楽みたいな音も、何かを伝える目的だったのかも」

「自分の意思、ですかー……」


 その時、蒐子さんの服から着信音の様なものが聞こえる。蒐子さんは一言断りを入れるとスマートフォンを取り出し、何かを喋ろうとしたところでそれを遮る様な声が聞こえてきた。


「こちらが結果です全くボクはボクで忙しいというのにわざわざ時間を割いているのですから感謝してくださいね」

「あれあれっ雌黄さん?」

「あ、ワタクシの方からお願いしたんです。『きさらぎ駅』から生還した人達が今どうしてるのか調査して頂いてー……」

「そういう事です。残っているアカウントなら追跡調査も可能ですが停止しているものは調べ切れませんからね」

「それで雌黄さん、どうでした?」

「端的に申し上げますと一部の人間に奇妙な行動が見られました」

「奇妙な行動?」


 雌黄さんによると、『きさらぎ駅』から生還したという報告をしていたアカウントから個人を特定し、監視カメラ記録を使って複数人の行動を追跡したところ、一部の人間が特定の寺院へと出向くという行動をしていたらしい。アカウントへの投稿などから、それまではそういった行動をしていなかったにも関わらず、生還報告以降そういった事をしていたそうだ。


「あのあの、それが奇妙な事なんですか?」

「はい。ただの参拝であればボクもどうこうは言いませんよ何に興味を抱くかなんてその人次第ですしある日急に特定のものに興味を抱くなんて事もあるでしょうからね」

「雌黄さん、さっき特定の寺院って言ってたけど、そこに問題があるの?」

「流石です殺月さんその通りです。聡明で仕事の早いボクが調べたところ、それらの寺院は共通して鬼子母神きしもじんを祀っている様なのです」

「鬼子母神……」


 私の記憶が正しければ、鬼子母神は安産や子育ての神として知られている存在であり、元々はヒンドゥー教で語られている神格だった筈である。今では日本でも祀られているが、何故生還者達が鬼子母神を祀っている寺院に出向いているのかは理解出来なかった。


「普通に参拝しているだけならボクも見逃したでしょう、ですが彼らは寺院に出向いたにも関わらず参拝をするでもなく敷地内をウロウロウロウロと歩いてはキョロキョロと不審な動きで何かを探す様な動きをしていたのです」

「その人達、今はどうしてるんですか?」

「もしもがありますので上層部に取り調べを行う様に伝えておきました」

「敬虔なのはいい事だと思いますけどー……確かにそれはちょっと変ですねー……」

「……ねぇ雌黄さん、あたしからもお願いしたい事があるんだけどいい?」

「もちろん構いませんよボク程にもなれば忙しくても片手間で大概の仕事はこなせますから」

「ありがとう。これなんだけど」


 そう言うと命ちゃんは先程録音した鈴の音を再生し始めた。最初は黙って聞いていた雌黄さんだったが、途中でその音に割り込む様にして命ちゃんのスマートフォンから声を発した。


「もう結構ですよ止めて頂いて」

「……もういいの?」

「一周分聞けば十分ですとも、古くに一度使われた手法ですからねネットワーク上にデータがあるならボクに解けないものなどありませんとも」

「あのあの、やっぱりあれって暗号か何かって事ですか?」

「そうですね『音楽暗号化法』と呼ばれているものでジョン・ウィルキンスとフィリップ・ティックネスが一番最初に作ったとされています、もっともネットワーク上に残されている情報なので事実は分かりませんが」

「聞いた事がない暗号法だけど……」

「それはそうでしょうあくまで音楽家達がお遊びとして使っていたものなのですから、あんなものを本当に暗号として使えば不自然な曲になるのですぐにバレますからね」

「じゃあじゃあ、あの鈴の音にはやっぱり意味があったんですね?」

「ええ、内容はこうです。『人の子を 食らい己の 糧として 今や禍事まがごと 素知らぬ顔とは』、『天女形てんにょぎょう まことつらは きさらぎの 鬼形きぎょうなるを 我ら忘れじ』……あの音声データから確認されたものは以上です 」

「和歌ですか……?」

「リズムは和歌のそれではありませんでしたが和歌と同じ様な形で分ける事が出来たのでボクの自己判断でこうしました」

「もしかして……」

「どうしたんですか蒐子さん?」

「いえ、もしかしたらなんですけどー……」


 蒐子さん曰く、今の和歌は鬼子母神の事を詠っているのではないかとの事だった。鬼子母神は元々、沢山居る子供を育てるために栄養として人間の子供を攫っては食べるという事をしていたという。しかし、それを見かねた釈迦によって末子を隠されてしまい、今までの行いを悔いて後に守護神となったそうなのだ。もちろんこれらは神話に残された記述でありどこまでが真実なのかは分からないが、もし鬼子母神の伝説が本物なのだとすれば、あの『きさらぎ駅』は彼女によって殺された子供達によって構成されているのではないかと蒐子さんは考えたそうだ。


「でもでも、そうだとして何で『きさらぎ駅』なんですかね?」

「寺院に残されている鬼子母神の像の中には、鬼みたいに口が裂けている物もあるみたいなんです。オ……ワタクシ共如月一族にそんな方が居たというお話は聞いた事がありませんけど、でもその像の表現が真実だとするなら……」

「……鬼子母神は名前の通り、鬼の一族……という事になる?」

「そうです殺月さん! きっと食べられてしまったその人達は、鬼子母神に罪を償わせようとしてるんだと思います。そのために鬼を表す『きさらぎ』という名前を自分に付けてるんじゃないでしょうかー……?」

「なるほど確かに『鬼』という漢字は『きさらぎ』とも読めますね」

「でもでも、さっきのお話だと鬼子母神はもう償いのために守護神になってるんですよね?」

「それは釈迦が与えた罰に過ぎないよ菖蒲ちゃん。殺された当人からすればその程度で許せるとは思えない」


 今私達が話している事は全て憶測に過ぎないが、もしこれらが全て当たっていた場合は厄介な事になるだろう。『きさらぎ駅』から生還した人々が鬼子母神を祀っている寺院を訪れているというのも強い意図を感じずにはいられない。何らかの洗脳めいたものを受けている可能性も十分有り得るだろう。

 そうしてあれやこれやと『きさらぎ駅』の真意について語り合っていると、正面入り口から調査員によって一人の男性が連行されてきた。その男性は一見したところ普通の人の様に見えたが、その瞳がこちらを捉えた瞬間、虚ろだった表情が一気に赤味を帯びた怒気の籠ったものへと変化し、暴れながらこっちへと突っ込もうとしてきた。幸いにも調査員によって腕を捻られすぐさま拘束されたため大事には至らなかったが、その男性の目は真っ直ぐにこちらを、いや蒐子さんを捉えていた。


「な、何だろうあの人……」

「あの人は先程如月さんからご依頼頂いた生還者の方ですよ、もう確保されたのですね意外と仕事が早い方ですね」

「……さっきのあの感じ、普通じゃない」

「だよね命ちゃん。やっぱり操られてるのかな?」

「かもしれない。如月さん、どうするの?」

「……い、一応ワタクシも聴取を聞いてみます。さっきのあの人……多分ワタクシを見てたんですよね……?」

「私はそう思いましたけど……」

「あたしにもそう見えた。聴取に参加するなら念のためにあたしも行く。大丈夫?」

「い、いいんですか? 正直そう言ってもらえて嬉しいですー……仕切りがあるとはいえ流石に怖いですからねー……」


 確保された男性への聴取を聞く事にした蒐子さんにもしもの事が無い様に、私と命ちゃんは護衛として彼女に付いていく事にした。雌黄さんは任された自分の仕事は既に終わったためスマートフォンから消え、自分の本来の仕事へと戻っていった。

 取調室へと通された男性は暴れない様にと手に手錠を掛けられていた。本来であれば聴取だけでここまではしないのだが、先程急に激昂して暴れ出したという事例があるため拘束されているのだろう。私達は危害が及ばない様にマジックミラーによって仕切られた部屋で対象への聴取を傍聴する事にした。

 しかし彼は何を聞かれても何の返答も行わなかった。その代わり、何故かこちらの事が全て壁越しに見えているかの様に蒐子さんが居る位置に正確に視線を向けていた。


「……蒐子さん大丈夫?」

「は、はいー……ちょっと怖いですけど、何とかー……」


 何かに気が付いたのか命ちゃんは記録官の人に話しかけた。


「……少しいいですか?」

「はい?」

「後であの人の身体調査をお願いします。何か妙です」

「かしこまりました」

「お願いします」


 話を終えた命ちゃんは蒐子さんの体に触れてその大きな体を部屋の中で動かし始めた。最初は一体何をしているのか私にも蒐子さんにも分かっていなかったが、取調室内を見てその理由が分かった。命ちゃんは彼の追跡能力がどれほどのものかを確認しようとしているのだ。そしてその答えはすぐに出た。彼はまるでマジックミラーなど存在していないかの様に蒐子さんの位置を正確に目で捉えていた。試しに蒐子さん本人に動いてもらうと、私や命ちゃんには目もくれず蒐子さんだけを目で追い続けていた。そして先程まで沈黙を守っていた彼の口が静かに開かれた。


「人の世に その身惑わせ 吉祥果ベルノキは 偽りなれども 柘榴ザクロなりけり」


 それをボソッと溢してからはまたすぐに口を噤んだ。彼が何を伝えようとしているのかは私には分からなかったが、蒐子さんには何か引っかかるところがあったらしく部屋から駆け出した。急いで後を追ってみるとスマートフォンを取り出しどこかへと連絡を入れていた。


「こちら如月蒐子です! 『きさらぎ駅』生還者を全員すぐに確保してください! 関係のある話題を投稿している人が居た場合はその人もです! 全員即座に確保してください! はい! 現場に向かっている全員にお願いします!」


 慌てた様子でスマートフォンを仕舞う。


「あのあの、蒐子さんどうしたんですか?」

「……あの人は多分、ワタクシ共の様な鬼を追跡出来るのかもしれません。あの人だけなら個人の特殊能力で説明はつきますが、もしあれが他の生還者の人にも適用されるのなら……」

「……やっぱり。洗脳じゃなくて、そもそも人が変わってるのかもしれない。そういう事?」

「は、はいー……『きさらぎ駅』から生還した人なんて日奉さんと殺月さん以外には居ないのかもしれません。生還した様に見えているだけで、実際はよく似た誰かに入れ替わっているのかもしれません……」

「どうします? 私達も確保に行きましょうか?」

「いえ、お二人はお疲れでしょうから他の方にお任せします。オ……ワタクシも拠点に戻ってオペレーターとしてのお仕事に戻りますのでー……本日はお疲れ様でしたー」

「は、はぁそうですか? えっとえっと、それじゃあお疲れ様です」

「……お疲れ様。念のため気をつけて」

「はい、ありがとうございます」


 『きさらぎ駅』の本質に近付いてきたものの、これ以上は私達だけではどうしようもないため、ここからは蒐子さんの言う通りに他の人達に任せる事にした。もしも『きさらぎ駅』に迷い込んだ人達が全員人間を模した別の存在に作り替えられているのであれば、それは非常に大きな問題である。全てのコトサマに人間社会で生活する権利が与えられている訳ではなく、問題の無いコトサマだけがその権利を享受出来るのだ。そうしなければ人間や無害なコトサマ相手に危害を加える者が出てくるからである。それを無視して溶け込んでいる者をそのままにする訳にはいかない。放置すれば何をするか分かったものではない。

 蒐子さんが本部から出ていくのを見送った私は命ちゃんに問い掛ける。


「どうする命ちゃん?」

「……あたしはもう少しここに残るよ。他の該当者が何を喋るか気になるし」

「だねだね。それじゃ私も残ろうかな。『きさらぎ駅』が鬼子母神に食べられた子供で構成されてるなら、私の能力で降霊させる事が出来るかもしれないしね」

「そうだね。じゃあ戻ろうか」

「了解了解~」


 他の該当者から何か聞き出せるかもしれないと考えた私達は、いつでも聴取が出来る様にと先程の部屋へと二人で戻っていった。

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