第36話:きさらぎ駅が呼んでいる
『きさらぎ駅』が一体どういった存在なのかを調査するために私と命ちゃんは行動を開始した。まず全体の構造だが、山奥にある様な一般的な無人駅といった感じだった。一応改札も存在はしているものの問題無く通り抜けられるため、あくまでそこにあるだけで機能はしていない様子だった。更に周囲の景色は窓から見えていたのと同じ平原であり、見た限りではこの駅以外には建造物が存在していないものと思われる。しかしその平原がどこまで繋がっているのかは暗いせいで分からず、数メートル先までが辛うじて見える程度だった。
「ねぇねぇ命ちゃん。光源って駅に付いてる電灯くらいだよね?」
「……そうだね」
やはり奇妙だった。もしこれが現実世界なのだとすれば、星すら見えない夜の場合はもっと見えなくなる筈なのである。完全に真っ黒な空の下にあるにも関わらず、周囲の景色をある程度認識出来るというのは異常な状態と言えた。
周囲に誰かの魂が浮遊していないか確認するために『不死花』の形を手で作り降霊の形態を取って待機する。しかしいくら待ってみても何かが固着してくるといった現象は起きなかった。もしもここに入り込んだという人物が実在するのだとすれば、行方不明になったという最初の人物はここに居る筈なのだ。ここで命を落としていれば必ずこの一帯に残留している筈なのである。しかし何の反応も返って来ず、仕方なく『不死花』を解く。
「命ちゃん、最初に『きさらぎ駅』が報告されたのっていつだっけ?」
「2004年。ネットのある掲示板で報告されてた」
「じゃあもうそれから結構経ってる訳だね」
「そういう事になる。書き込みが中途半端に途絶えて、そのままって感じ……」
「んー……実はその人生きてるって事はないかな?」
「あたしもそこまで調べた訳じゃないけど、行方不明者はコトサマ関連を除いても年間8万人を超えてる。大体がちょっとした家出や認知症を患ったお年寄りだけど、中には何年も見つかっていない人も居る。その中から匿名掲示板の一人を見つけ出すのは……」
「流石にちょっと難しいか~……」
一瞬、以前手を貸してもらった雌黄さんに頼めば見つけられるのではないかと考えたが、結構前の事例である上に、もし書き込みを行った携帯が壊れていれば追跡は無理だろうと感じた。それ以前にそもそも蒐子さんとも正常な通信が出来ない以上、彼女に助けを借りるというの不可能だろう。
「そういえば、最初の報告者さんが消えた時の書き込みってどんなのだったの? 何か有力な情報とかあった?」
「あたしも最後に見たのは結構前だからあやふやだけど……確か線路を歩いてトンネルの辺りまで行って、その後人に出会って車に乗せてもらって……そのままって感じだった」
「人? 人が居たの?」
「多分本物の人間じゃない。この駅が見せた幻覚か、あるいは別の何かか……」
「幻覚だとしたら相当強力じゃない? だってだって、車に乗ってるって錯覚させるレベルって相当でしょ」
「そういう事になる。菖蒲ちゃん、絶対に一人にならないで」
「分かってるよ。あんまり離れない様にしないとね」
その後も二人で駅の様々な場所を調べてみたが、どこにも異常な構造などは見られなかった。ここが通常の空間ではないのは間違いないが、少なくとも駅の構造や備品自体は何もおかしい点は存在していない。そのためこれ以上調べるポイントは無いと考えた私達は、書き込みにあったトンネルがどういった場所なのかを調べるために線路に降りて歩き始めた。
線路を歩き始めてしばらく経つと、前方から太鼓や笛や鈴を鳴らしているかの様な音が聞こえてきた。命ちゃんはそれを聞くと私の腕を掴んで足を止め、音がしている方向へと鋭い目つきを向けていた。
「命ちゃん?」
「書き込みにもあった……遠くから太鼓や鈴の音が聞こえてきたって……」
「……何かさ、鐘っぽい音も聞こえない?」
「……ちょっとだけ聞こえる」
「これさ、神楽というか、何かの儀式的な音楽なんじゃないかな?」
こういった音楽を使って行われる儀式というのは日本の各地で確認されている。もちろん儀式と言っても、超常的な力を発揮するものは非常に少ない。大体が古くから行われてきた一種の儀礼に過ぎないのだ。しかし、コトサマを封印したり鎮めたりするための儀式も極僅かだが実在しており、こういった儀式によって超常現象を起こす学問は『奇跡論』に分類されている。詳しいやり方は私にはよく分からないが、そういった学問として確立されている以上は何らかの意味があると考えざるを得ない。
「線路を歩いたら危ないよ」
突然背後から老人の声が聞こえてくる。思わず振り返りそうになった私を命ちゃんが抑えて前を向かせる。
「……貴方は誰ですか?」
「この辺りに住んでる者だよ。線路を歩いたら危ないよ」
「どうぞお構いなく」
「でもねぇ、線路を歩いたら危ないよ」
「……ではどうすれば良いと?」
「その先にトンネルがあるからそっちに行ってごらん。でも線路を歩いたら危ないから横に出なさい?」
はっきりと喋っている相手を目にした訳ではないが、彼が普通の人間ではないのは分かった。先程から何度も何度も執拗に『線路を歩いたら危ないよ』と発言し続けているのだ。それにも関わらず、声が聞こえている位置的に、発声者本人もまた線路の上に居る筈なのだ。何故彼は線路の上を歩かれる事を嫌がっているのだろうか。自分もそこに居るというのに。
命ちゃんは私の背中をグッと押し、再び歩き始める。後ろから話しかけていた老人はそれ以上喋る事は無く、私達の耳に入って来ているのは前方からの神楽の様な音楽だけだった。
「命ちゃん命ちゃん、さっきのって……」
「書き込みにも似た内容があった。片足の無い老人から声を掛けられたって」
「片足が無い?」
「明らかに人間じゃない。だっておかしいでしょ? もし片足が本当に無いんだったら、どうしてあの書き込みをした人物は『片足の無い老人が立ってる』なんて書いたのか……」
「私達が見なかったから分からないだけで、実は義足とかなんじゃない?」
「君は義足の人について伝える時に、『片足の無い』なんて表現使う?」
「いやいや私は使わないけどさ」
「あれの真意が何なのか分からないけど下手に関わらない方がいいと思う。ひとまずトンネルに急ぎましょう」
「う、うん」
真っ直ぐ線路の上を進み続けていると、やがてトンネルが見えてきた。神楽の様な音はこれだけ歩いているにも関わらず、先程から音量が一切変わっていなかった。近付いているにしても離れているにしても、何らかの変化が生じないのはおかしいのだ。私自身は前方から聞こえてきていると認識しているが、もしかするとその認識自体が間違っているのかもしれない。
トンネルの前に到着し、その名前を確認しようと上部を見上げてみるとそこには『伊佐貫』と書かれていた。恐らく『いさぬき』と読むのだろう。トンネルの中は今以上に真っ暗であり、ここからではどこまで続いているのかも予測出来なかった。
「どうする命ちゃん? 行ってみる?」
「やめておきましょう。あの報告者も、この後に書き込みが途絶えた」
「じゃあじゃあ調査はここまでかな……後はどうやって帰るかだけど……」
「問題はそこだね……今までネットで確認された『きさらぎ駅』からの生還者がもし本当に居るなら、あの人達はどうやって帰って来たの……?」
「とりあえず一旦戻らない? やたらと線路を歩かれるのを嫌がってたのも気になるし」
「そうだね……」
駅へと戻るために二人で振り返り、来た道を戻り始める。そしてその時、今まで聞こえていた音楽がやはり普通のものではないと理解した。先程まであの音楽はトンネルがある方向から聞こえてきていた。しかし振り返った瞬間、駅の方から聞こえ始めたのだ。つまり、私が向いている方向から必ず聞こえる様に位置が一瞬にして変化したのだ。
「命ちゃん気付いた? 今、音がさ」
「ええ……でも最初の報告者は背後から聞こえてたって書き込んでた。人によって位置が変わる……?」
「何かこの音楽が関係してそうだよね。やっぱり儀式的なやつなのかも」
この音楽がどういった意味を持っているのかはまるで分からないが、少なくとも何らかの意図を持って演奏されているのは間違いない様だ。問題は、これを演奏しているのが何者かという点である。先程背後から話しかけてきた老人の様な人型の存在が他にも居るのか、それとも幻聴の類なのかは不明であるがいずれにせよこちらに干渉しようとしてきているのは事実だろう。
しばらく歩き続け、ようやく駅へと辿り着いた私達は一旦ホームへと上がりこれからどうするか考えようとしていた。しかし、先に上った命ちゃんに手を貸してもらって上がろうとした際に足を引っ掛けて二人してホーム上に転んでしまった。
「っ……菖蒲ちゃん大丈夫?」
「……」
「菖蒲ちゃん?」
「ねぇねぇ命ちゃん。ちょっとそのステッキ貸してもらってもいい?」
「え? ええ……」
転んだ際に奇妙な違和感を覚えた私は、いつも命ちゃんが背負っているステッキを借りると足元をコンコンと叩いた。その感触によって私の感じた違和感の正体が薄っすらとだが掴めてきた。
「……なるほどなるほど。前提からして違ってた訳ね」
「ちょっとどうしたの?」
「命ちゃん。分かったよ。『きさらぎ駅』の正体が」
「正体……?」
もう一度ステッキで力強くホームを叩く。するとその音を聞いた命ちゃんも違和感を覚えたのか怪訝そうな顔をした。
「ここって、正確には駅じゃないんだよ。駅に見えるけど駅じゃない」
「今の音、おかしい……コンクリートを叩いてこんな音が鳴る筈が……」
「もういい加減無機物のフリやめたら~~~~? 私分かっちゃったんだけどな~~~~!?」
当然返事は返って来なかった。言葉を知らないのか、それとも答える気が無いだけなのかは分からないが、相変わらず私の前方から聞こえてきている神楽の様な音は、少しだけこちらに近寄って来た。
「菖蒲ちゃん今っ!」
「だねだね。やっぱりバレちゃまずい事だったみたい。ねぇそうだよね!」
「……菖蒲ちゃん、ステッキ返してもらえる? あたしの方からも聞いてみる」
「いいねぇ。それじゃあ殺月尋問官、お願いします!」
ステッキを受け取った命ちゃんは肩から掛けられているベルトからお札を一枚取り、いつもの様にステッキの持ち手部分に貼り付ける。すると持ち手より先の部分が発光し、恐らく一番彼女が使っているであろう剣の形態へと変化した。
「……我々は日本特異事例対策機構の者です! 直ちに投降しなさい! これ以上の異常性行使が確認された場合、然るべき対処を行います!」
「……」
「……」
「答えはノーだって」
「みたいだね」
命ちゃんはステッキを逆手に持ち振り上げると、勢いよくホームへと突き刺した。するとまるで地震でも起きたかの様に駅全体がガタガタと震え始め、聞こえてきている音楽もぶれ出した。命ちゃんは突き刺したステッキを動かし、まるでホームの一部分を切り取るかの様に切断した。すると切除されたホームの底から私達が思っていた通りのものが姿を現した。
そこにあったのは赤々しく脈打つ肉だった。周囲には血と思しき液体が飛び散っており、これが『きさらぎ駅』の正体を裏付けるものと言える。つまり『きさらぎ駅』は『駅』という構造をしてはいるが、実際は『生物』なのだ。これが本来の形なのか、それとも擬態をしているだけなのかは不明だったが、意図的に人をこの場所に引き込んでいるのは間違いないだろう。
停車していた電車が動き出しそうになったため急いで線路に飛び降り、電車の前に立ちはだかる。すると私を轢くと困る事でもあるのか電車はその場から動かず、ガタガタと震えているだけだった。
「どうしたの? 轢けるなら轢いてみてよ」
「我々をここから解放し、取り調べを受けるのであればこれ以上の攻撃は行いません。ですがまだ続けるのであればこのまま破壊します」
揺れはどんどん強くなっていき、神楽の様な音楽も最早原型を留めていない程に滅茶苦茶にぶれており、ついには音を上げたのか駅ごと一瞬にして見覚えのないどこかの山奥へと移動していた。しかし突然傾斜のある場所に出現した影響でか、『きさらぎ駅』は木々や地面を巻き込みながら下へ下へと滑落し始めた。私と命ちゃんは突然の事であったため『きさらぎ駅』から飛び降りるのが間に合わず、ホームにあった柱にしがみついた。
『きさらぎ駅』はついに一番下まで滑落し、山に沿う様にして作られている道路に少しはみ出す様な形でその動きを止めた。
「帰って来れた……?」
「待って。確認してみる」
命ちゃんはイヤホンを取り出し片耳に装着する。
「こちら調査員殺月命、殺月命。聞こえますか? 応答願います。…………ええ、そう。やっぱりそっちもそうなってた訳ね。……何とかね。携帯のGPSを起動するから応援をお願い。……代わるよ」
命ちゃんがこちらにイヤホンを渡す。
「もしもし日奉です」
「あぁっ日奉さん! ご無事でしたかー……! きゅ、急に変な通信が入ってビックリしましたよー……」
「そっちでもそういう風に聞こえてたんですか?」
「その言い分だと何らかの認識阻害を受けていたみたいですね……あまりにも無茶苦茶で要領を得ない発言ばかりだったので怖くなりましたよ……」
「こっちも蒐子さんの声で意味不明な事ばっかり言われました。妨害されてたみたいですね」
「そのようです。ところで何があったんですか?」
「あーそっか。蒐子さんは知らないんですよね。えっとえっと……」
私は電車に乗っているといつの間にか『きさらぎ駅』へと辿り着いてしまい、そこから何とか生還し今に至るという事を伝えた。
「あ、あのっ……この件に関してはワタクシ共の一族は無関係と言いますか……!」
「やっぱりそうですよね。あんなわざとらしく『きさらぎ駅』なんて堂々と書くのもおかしいですし」
「し、信じてもらえるんですか……?」
「当たり前ですよ。もし仮に如月一族の人が作ったんだとしても、少なくとも蒐子さんはいい人だと思ってます」
「……そ、そう、ですか」
「大丈夫ですか蒐子さん?」
「は、はい! でも不思議ですよね……何故『きさらぎ駅』と書かれていたのでしょうか?」
「うーん……どうもあの感じだと『きさらぎ駅』には自我があるっぽいんですよねぇ。自分であの名前を選んだのかもしれません」
「自分で……如月という名前を……」
「でもでも引っ掛かる部分もあるんですよねぇ……何でわざわざ『きさらぎ』って部分が平仮名なんでしょうか? 例えばもし如月一族に恨みがあったり罪を押し付けようとしてるなら、ちゃんと漢字で書いた方が確実じゃないですか?」
「た、確かにそうですねー……うーん……」
イヤホンの向こうからは紙をペラペラと捲る様な音が聞こえ、蒐子さんは唸る様な声を上げていた。
「まあまあ、とりあえず『きさらぎ駅』本体はこっちの世界に連れ出せたんで、後は回収してもらってからにしましょうよ」
「そうですね……」
「私達も一緒に本部の方へ向かうんで、気になるなら調べておきますよ?」
「……いえーワタクシも行きます。流石に自分の一族に何か関わりがあるかもしれないので、自分で見てみたいです」
「そうですか? じゃあじゃあ、後で本部で会いましょうね」
「はい。ひとまずお疲れ様です日奉さん。殺月さんにもお疲れ様ですとお伝えください」
「はーい。じゃあじゃあ切りますねー?」
無線を切りイヤホンを命ちゃんに返す。
「……何て?」
「やっぱり『きさらぎ駅』って名前に引っ掛かってるみたい。回収された後で本部に直接来るって」
「まあそうなるでしょうね……」
「うん。楽しみだよね」
「何が?」
「だってだって、蒐子さんとちゃんと会うのって初めてじゃない? 今までずーっと無線越しだったしさ」
「……そういえばそうか、まだ会った事無かったっけ」
「そうそう。という訳で~抵抗しないでね~? 生物って事は魂があるって事だからさ~、私でも簡単に取り抑えられるの確定しちゃってるからね~?」
「仮にそれで無理でもあたしが居るから無駄だよ。本来こういうやり方は良くないんだけど、そっちから仕掛けられた以上は正当防衛が成立する。喋れるなら取り調べで嘘はつかない様に」
相変わらず『きさらぎ駅』は喋る事は無かったが、代わりに前方からチリンと鈴の音が聞こえた。それが何を意味するのかは分からなかったが、少なくとも現段階で抵抗はしてきていないためこのまま回収班の到着を待つ事となった。




