第35話:伊佐貫を越えて
魔姫ちゃんの問題に関わってから数日経ち、いよいよ夏休みへと突入した。もっとも私達JSCCOは公的な機関である上に、コトサマ関連の事件を調査する組織であるため休みなどは無いに等しい。事件が無ければ別に仕事は無いのだが、逆に何かあれば休みでも出動しなければならない。私としては特にこれといった趣味なども無いためそれでも構わないのだが。
冷房の効いた家で寝転びながらスマートフォンに届いた命ちゃんからのメールを眺める。どうやらあの日以降、魔姫ちゃんは自分の描いた絵をネット上のSNSに投稿し始めたらしい。命ちゃんにアカウントを教えたりはしていないらしいが、自力で彼女のアカウントを見つけ出したらしい。
「……」
魔姫ちゃんの問題に解決の兆しが見えてきて嬉しかったが、特に何の予定も無く暇を持て余していた。一応学校から宿題なども出てはいるが、何となく今日はやる気が起きなかったのだ。もちろん期日までには終わらせるつもりではある。一人の調査員である前に一人の学生なのだから、その辺りはきちんと真面目にやるつもりだ。
流石に何もしないままというのも良くないため、たまには一人でどこかに出かけてみようかと考え、ネットでどこか丁度いい場所が無いかと調べ始めた。しかし元々そんなにお洒落などにも興味の少ない私からすれば、興味の湧く場所はあまり見当たらず、いつしかオカルト関連の掲示板などを覗き始めていた。
今の社会になってからオカルト技術が表向きに研究される様になった事により、作り話は淘汰されていったが、中には幽霊屋敷の噂など完全に解明されていないコトサマに関する情報が書き込まれたりしていた。
「……これでいいか」
その中から適当な書き込みを選び、ある廃墟に現れるという幽霊について調べるために家を出て電車で現場のある町へと向かう事にした。といっても対処するために向かうのではなく、あくまでその正確な場所を調べるために行くため、蒐子さんと命ちゃんにはメールでその旨を伝えて一人家を出て宵野駅へと向かった。
駅へと到着し、改札を通ってホームへと入った私が電車が来るまでしばらく待つためにスマートフォンを見ようとしたその時、突然肩にポンッと手が置かれた。驚いて振り返ってみると、そこにはいつもの格好をした命ちゃんの姿があった。
「み、命ちゃん……」
「君、何やってるの……」
「何って、メール送ったでしょ? ちょっと調査をね」
「何勝手な事してるの。正式な依頼や要請が入った訳でも無いでしょ?」
「そりゃそうだけど、別に見に行くだけだよ。建物の中には入らないし」
「……悪いけど勝手な事させる訳にはいかない」
「え~見逃してよ。ほらほら、この間の魔姫ちゃんの件だって、私JSCCOには話してないんだよ? まあ、あの子の異常性のせいで意味無いだろうけど……」
「あれとはまた話が別でしょ。どうしても行くならあたしも行く」
「別にいいけど、ほんとに見に行くだけだからね? 問題があったらちゃんと本部に報告するつもりだし」
一体何を心配しているのだろうか。私が無茶をするタイプではないという事くらいとっくに知っている筈だというのに。そもそも、いくら調査員と言えども誰彼構わず拘束する権利があるという訳ではないのだ。相手を拘束出来るのは正式に要請された仕事の時だけである。それ以外の個人の判断で身柄の拘束を行った場合は法的に罰される事もある。
一人増えたところで特に困る事ではないため、命ちゃんと共に二人で電車に乗り込んで現場へと向かう事にした。夏休みという事もあってか小学生や中学生と思しき容姿の人々も多く、いつもよりも利用者が多いのが目に見えて伝わって来た。
「そういえば命ちゃん。魔姫ちゃんはどう?」
「うん。まあ相変わらずだけど、絵は描いてるみたい。どうなるかは分からないけど、多少は変わったかも」
「そっかそっか。じゃあ良かったよ。何とか上手く行けばいいけど」
「時間が掛かるかもしれない。でも……君のおかげで前よりは変われたみたい。ありがとう」
「別にいいよ。それに変われたのは魔姫ちゃんが自分で頑張ったからだよ」
「それだけじゃないよ」
「え?」
「……ううん。何でもない。それより、今から行く場所についてだけど、詳しく見せてくれる?」
「うん。これ、ここに書いてあったんだ」
問題の場所について詳しい話をするためにスマートフォンを見せて話を続け、どのような噂があるのか、どのような異常現象が発生するのかというのを見せた。正直そこまで目を見張る様な異常性があった訳ではないが、成仏出来ていない霊体がいつまでも残留したままだった場合、ポルターガイスト現象などを引き起こして改築の際に迷惑を掛ける場合がある。そのため悪意ある霊であった場合は『問題あり』として本部に報告する必要が出てくる。
現場に近い駅に着くまで説明を続けようとしていると、ふと車内が暗くなったため顔を上げる。するとそこには異常な光景が広がっていた。先程まで車内に座っていた筈の乗客達の姿が一斉に消えており、窓から見える外の景色はいつの間にか夜になっていた。そう見えているのは私だけではなく、命ちゃんも同じだったらしく取り残された私達は奇妙な光景に困惑していた。
「……これは」
「命ちゃん、いつ変わったか分かる? 私見てなかったんだよね……」
「あたしも見てなかった。どのタイミングでこうなったのか全然……」
このまま座っていても仕方がないと考えた私達は席を立ち、外がどうなっているのか窓から見てみると何一つ無い平原であり、空には月どころか星一つ浮かんでいなかった。そんな何も無い平原の中でポツンと一つの駅が建っており、私達が乗っている電車はその駅へとゆっくりと停車した。アナウンスなどは一切流れず、そもそも本当に人間が運転しているのかも疑問に思えた。
「……どうする?」
「一回運転席見てみない? 動いてるなら誰か居る筈だと思うんだよね」
「……それもそうか。下手に降りるのも危なそうだし、まずはそっちから調べてみようか」
明らかに何らかのコトサマが関わっている現象だと考えた私達は、運転席がある一番端の車両へと移動すると運転席へと続くドアをノックした。しかし当たり前の様に反応が無く、内側からカーテンの様な物が掛けられているため仕方なく外から確認してみる事にした。
こういった状況で迂闊に外へ出るのは危険ではあったが、調べない限りは対処のしようも無いためこうする他無かった。命ちゃんがイヤホンを付けながら後ろを付いてくる中、先に外に出て確認してみたが、やはりと言うべきかそこには人影一つ存在していなかった。間違いなく先程まで動いていた筈だというのに、それを動かしていた筈の当人の姿がどこにも無いのだ。
「如月さん聞こえる? 如月さん!?」
「命ちゃん?」
「……おかしい。こっちから喋っても支離滅裂な反応しか返って来ない」
「ちょっと貸してみて」
試しにイヤホンを受け取り確認してみる。
「もしもし蒐子さん? 日奉菖蒲です。聞こえます?」
「こちらJSCCO極東支部です。要件は地球の歪曲、宇宙マグロの講演会、ツチノコダイビングの予約、どれに当たりますか?」
確かに命ちゃんの言う様にイヤホン越しに聞こえてくる言葉はどれもこれも意味不明なものだった。しかし本人の口から直接発されているという感じではなく、ノイズ混じりで違和感のあるものだった。
これ以上の通信は無意味であると考えて通信を切り、命ちゃんに返す。
「蒐子さんからの支援は期待出来ないかもね」
「ええ。それより、ここって……」
「知ってるの?」
「あれ、見て」
指差された方向を見てみると駅名の案内板があり、そこには『きさらぎ駅』と書かれていた。まるで今会話を試みていた蒐子さんの苗字を思わせる名前だった。
命ちゃん曰く、『きさらぎ駅』というのはかつてネット掲示板でその存在が語られ、その後も様々な人物が迷い込んだと報告していた場所らしい。しかし正確な場所や移動方法が分からず、更に証拠となる写真などが無い上にネットには繋がるという不可解な点から、命ちゃんは創作だと思っていたそうだ。しかしそんなただの創作だと思われていた謎の駅が、今目の前にあるのである。
「その話を書いた人ってどうなったの?」
「行方不明って事にはなってる。だけど誰が書き込んだものなのかは分かってない。ハンドルネームなんていつでも変えられるし……」
「ここに来ちゃったのって何人か居るんだよね?」
「ええ。でもそれまでにはそういった話は無かったのに、あの話が流行ってから急にそういう書き込みが増えた。だから創作だと思ってたんだけど……」
確かにそれだと創作だと考えても仕方がないだろう。有名な話に後乗りして自分も体験したという形で注目を集めようとするというのは考えられる事だ。しかし現に『きさらぎ駅』はこうして存在しており、間違いなく私達はそこに立っている。電車はホームで完全に停車したままでその場から動こうとはせず、まるでここが終着駅であるかの様だった。
「うーん……もしこれが本物なんだとしたら、調べといた方がいいのかな?」
「そうだね……ただ、無理はしない事。危なそうだったら撤退しよう」
「簡単に言うけど帰り方分かるの?」
「分からない。でもここに居続けるのも良くないと思う。出来る範囲の事を試してみようと思ってるよ」
「オッケオッケ。じゃあじゃあ見ていこうか?」
創作だと思われていた『きさらぎ駅』が本物だという事が判明し、そんな場所に閉じ込められてしまった私達は、ここからの脱出方法と『きさらぎ駅』の正体を探るために周囲を探索する事にした。




