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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case10:ジャパニーズ・サイコ
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第31話:人を信じる事、その行為の無意味さを知った

 命ちゃんと共に日奉千草と葦舟簸子を本部へと連行し、二人が取調室で尋問官に真実を伝えている間、私達は彼女から押収した日記帳に目を通した。そこには千草に自らの魂を託した『日奉秘色ひそく』が今まで残した日々の記録が残されていた。中には彼女らの過去を証明する証拠になるであろう記載がいくつか散見された。


『2004年4月4日 かわたさんのところにあかちゃんがうまれたらしい。いっぱいあそんであげてっていわれた! きょうからおねーちゃん!』

『2011年3月30日 千草ちゃんのおばさんとおじさんが泣いていた。気になって聞いてみたけど初めは教えてくれなかった。だけど一生懸命お願いしたら明日教えてくれるって言ってた。何があったんだろう』

『2011年3月31日 何とかする』

『2011年4月4日 上手くいった。きっとこれで大丈夫』


 恐らく一番初めの『千草』、つまり『皮田千草』が生贄として選ばれたのはこの2011年の頃なのだろう。3月31日のページ下部の余白部分には、彼女らが海上で確保された際に一緒に回収されたという糸や鏡を使った儀式の簡易的な実行方法が書かれていた。あくまで簡単な図式しか描かれていないため正確な方法は不明だが、その図から予測するにまず自分の左手の薬指と親指、右手の小指と中指に一本ずつ糸を結び、それらの糸を相手の同じ指にも結んで鏡を何らかの方法で使うのだろう。鏡は呪術学においてあの世とこの世を結ぶ入口としての意味を持たせる事が出来る道具として知られている。千草が最後の抵抗として使ってきた私への憑依は、これを応用したものなのかもしれない。あの時私と彼女のつま先は触れあっていた。つまり、糸は無くとも繋がっている状態だったのだ。


『2015年7月16日 お父さんと釣りに行った時にあれについて聞いてみた。意外なことに簡単に教えてくれた。これで大丈夫。明日はお父さんの通夜だ』

『2015年7月17日 お母さんは泣いていた。島の人も悲しんでいた。あの子は平気で殺したくせに』

『2015年7月18日 葬儀に来ていた医者にコネを作る。しらばっくれても知ってる。あの人もグルだった』

『2015年10月4日 お母さんに相談事があると言って人が少ない場所に呼んだ。これで一人になれた。どうせ見つかりっこない。誰も海の底まで探さない』

『2017年1月1日 先生ご臨終。さぞ寒い年明けだっただろう。あの子が受けた苦しみに比べればずいぶんマシだが』

『2017年1月6日 ようやく正式に診療所を任された。ここからなら誰でも監視出来る。どんな家庭の事情にも潜り込める。もう死なせない』


 葦舟簸子からの証言により日奉秘色が医者をやっているというのは判明していた。どうやらこの日記帳を見るに、彼女は報復のために両親を殺害し、更には天美島の医者をも殺したものと思われる。『皮田千草』と同じ犠牲者をこれ以上増やさないために自身が医者となり、あの島を監視していたらしい。


『2018年12月28日 町内会で次の生贄が決まったらしい。葦舟さんのところの簸子ちゃんだ。両親は自分の子供を差し出すのに躊躇していなかった。障害のあるあの子が邪魔なのか』

『2018年12月29日 定期健診と嘘をついて簸子ちゃんを呼ぶ。表向きだけでもとりつくろうために地蔵参りをするように伝えた。これでひとまずみんなの目は誤魔化せるだろう』


 やはり葦舟簸子を守ろうとしていたのだろう。体が弱く障害のある彼女を違和感なく監視するために医者という立場を利用した。彼女をあの水子地蔵に参拝する様に言っておけば、自分が妨害しようとしている事を一時的に隠す事が出来るからである。


『2020年8月23日 うそだ』

『2020年8月25日 千草ちゃんは無事に保護されていたらしい。でも彼女の里親は不審死を遂げたらしく千草ちゃん自身も記憶喪失になったらしい。いったい何があったのだろうか。もう一度警察に電話しよう』

『2020年8月26日 千草ちゃんの里親が亡くなった理由は現在も不明で調査中らしい。引き取り手がいないらしいので私が保護することにした。きっと島の人間は不気味がるだろう。こっちに来たら家から出ないように言っておかないと』

『2020年8月28日 千草ちゃんが帰って来た。長い間会えていなかったけど一目で分かった。私のことを忘れてしまっているのは悲しかったけど生きててくれただけで嬉しい。でも鏡を怖がるような言動をしていた。昔のあの子からは考えられない。むしろ面白がって鏡が大好きな子だったはずだけど。いやそれでもいい。こうしてまた会えただけで幸せだ。今日からは私があの時以上にお姉ちゃんとしてがんばらないと!』


 そして秘色と千草は再会を果たす事になった。どうやら『皮田千草』を魂の部分的な譲渡によって助けた秘色は、何らかの方法で千草を外へと逃がしていた様だ。しかし何故か千草の里親は命を落としてしまい、結果的に繋がりのあった秘色が引き取る事になったらしい。


「命ちゃん命ちゃん。これ、千草さんはまだ何か隠してるのかな? 里親が亡くなったって……」

「……如月さん。日奉千草が以前養子に出されていた記録は残ってる?」

「え、どうしたんですか急に?」

「いいから」

「えーと…………あ、ありますね。忌部いんべ家に養子に出されたって書いてあります。二人共急死って書いてありますけど、正確な死因は当時じゃ分からなかったみたいですねー……」

「そう、ありがとう」

「どうする命ちゃん?」

「もう遺体もとっくに火葬されてるだろうし、あたし達じゃ無理でしょ。他の人に任せるしかない」


 ページを捲る。どうやらこれが日付の記載のある最後のページらしい。


『2020年8月29日 これを見ているであろう千草ちゃんへ。きっとこれを読んでいる頃にはもう私は二度と貴方の顔を見れなくなっていると思います。きっと貴方は自分が誰でどうしてここに居るのかが分からないと思います。だけど心配しないで。貴方の記憶が無いのはそれが正常な状態なの。上手くは言えないけどそれが正常な状態。全部お姉ちゃんが上手くやっておいたから安心してね。お姉ちゃんがきちんと繋いでおいたから。貴方の隣に居るであろう女の子だけどね。その子は葦舟簸子ちゃん。貴方と同じで身寄りが無い子なの。だけど心配しないで欲しい』


 秘色が残した言葉は次のページにも続いていた。


『私の上着のポケットに携帯が入ってる。充電しておいたから多分まだ使えると思う。110って打てば警察に繋がるからそれで助けてもらって。それと向こうに着いたらリュックの中に入ってる財布にカードがあるからそれで銀行からお金下ろして暮らして。多分数年は暮らせると思うから。番号はこの本の裏表紙の裏にメモしてあります』


 数行分の空白があり、最期の言葉が書かれていた。


『こんなことに巻き込んでごめんなさい。ただ千草ちゃんを助けられればと思ってた。でもこんなことになっちゃった。だからわたしにできることはこれくらいしかなかったの。最後まで勝手なおねえちゃんをゆるしてください。これから先もずっと二人のことを見守っています。これからもどうかおげんきで。さようなら。千草ちゃんのことが大好きなお姉ちゃんより』


 最後の一文は朦朧とする意識の中で書いたものなのか、線が不安定であり辛うじて読める程であった。潮風の影響を受けたのか最後の二ページは所々に皺が入っており、裏表紙の裏を見てみると確かに銀行の口座番号と思しきものが書かれていた。

 パタリと日記帳を閉じる。


「……これ、後で返しておいて」

「了解了解。命ちゃん、もう帰るの?」

「ええ。ちょっと用事があるから」

「はぁ、そうなんだ。じゃあ後はこっちでやっとくよ。お疲れ~」


 珍しく命ちゃんは急いだ様子で足早に本部から出ていった。残された私はロビーの椅子に座り、賽師匠と縁師匠に無事解決した旨をメールで報告した。返信は思いの外早く、どうやら二人共あれ以降は何事も起こらなかったらしい。やはり日奉千草の『理論上書き能力』によって作られた呪いは簡単に無力化出来る様だ。一旦破壊してしまえばそこで完結する脆弱な理論という事である。


「あのー日奉さんー?」

「はいはい、どうしたんですか蒐子さん?」

「いえ、本日の依頼は既に完了されてますし、殺月さんももう帰られたのにどうして残っていらっしゃるのかなーと」

「うん、ちょっと千草さんに聞きたい事がありましてね」

「質問でしたらワタクシの方から尋問官の方に話を通しておきますよー?」

「うーんそうですか? じゃあじゃあ、あの『無怨事件』に関与しているかどうか、聞いてもらえる様にお願い出来ますか?」

「『無怨事件』ですね。かしこまりましたー。こちらで伝えておきますね」

「お願いします。さてさて、それじゃあ私はそろそろ帰りますね」

「はい。お疲れ様ですー」


 気になる点については蒐子さんの方から話を通してもらえるとの事だったため、受付に『日奉千草へこれを返して欲しい』と日記帳をお願いすると、無線を切りながら本部から出てスマートフォンを見た。師匠達はもしもに備えて今日は早めに事務所を閉めるつもりらしく、今から行っても今日はもう開いていないとの事だった。そのため仕方なく、今日は真っ直ぐに家へと帰る事にした。

 夏休み前のうだる様な暑さの中、まだ昼食を摂っていなかった事を思い出した私は、どこかで適当に昼食でも済ませようと自動販売機で飲み物を買って街をブラブラと歩き出した。まだ昼過ぎという事もあって街中には人やコトサマが溢れていた。


「はぁ……あっつ……」


 流石に人混みの中に長時間居るせいで疲れてきたため路地へと入り、買っておいた飲み物を口へと運ぶ。どこで食事をしようかと悩んでいると表の通りから聞こえてくる声の中に聞き覚えのあるものが混じっていた。それはつい先程別れた命ちゃんの声であり、路地から顔を覗かせて見てみると、髪をツインテールにしている中学生くらいの容姿をした少女から何か文句を言われている様だった。相棒である彼女に何か起こる可能性を考えて人混みに紛れ、二人に近付いて聞き耳を立てる。


「あの、だからね……緊急のお仕事だったの……」

「言い訳聞きたい訳じゃないんだけど」

「ごめん……」

「約束だったよね」

「うん、でもお仕事が……」

「いっつもそれ。最低」

魔姫まき、えっとだから……好きなの食べていいよ……?」

「は? 昔からそうだよね。ご機嫌取りばっかり。キモ……」


 どうやら命ちゃんが今話している中学生くらいの人物が彼女の妹である魔姫ちゃんらしい。よく見てみれば命ちゃんと同じ様な綺麗な黒髪をしており、少し冷たそうな目つきは血の繋がりを感じさせた。違う点と言えば、命ちゃんよりも目尻が垂れ目な所だろうか。

 いつもの命ちゃんからは考えられない程に弱弱しい態度をしており流石に可哀想になったため、仕方なく昼食は後回しにして仲裁に入る事にする。


「やあやあ命ちゃん~さっき振り~」

「っ!」

「……誰?」

「そっかそっか。魔姫ちゃんは私とは初めてだっけ? 私は日奉菖蒲。命ちゃんの相棒、仕事仲間だよ」


 魔姫ちゃんは命ちゃんの方を一瞥するとこちらに鋭い目線を向けた。その目つきは姉そっくりであり、完全にこちらを警戒している態度だった。


「……そうなの?」

「うん……」

「ねぇねぇ命ちゃん大丈夫? 何かさっき喧嘩してなかった?」

「いや、何でも無いから……三瀬川さんの所に戻らなくていいの?」

「いやいやそれがさ~、今日はもう閉めるんだって。念のためって」


 魔姫ちゃんの口元が一瞬震えたのが見える。


「何でもない事無いでしょ。だってだって、前に『なるべく外には出さない様にしてる』って言ってたじゃん」

「……アタシの事話したの?」

「違うの、あの時は……」

「また嘘ついたんだ……最低……ほんとキモ……」

「魔姫、待っ――」


 魔姫ちゃんは命ちゃんを睨みつけるといかにも不機嫌といった態度で力強く地面を踏みながら人混みへと消えていった。


「……もしかして話しちゃいけなかった感じ?」

「うん……」

「え、えっとえっと……ごめん、私そんなつもり無くてさ……」

「いいよ、仲裁しようとしてくれたんでしょ。元はと言えば約束守ってあげられなかったあたしの責任だから」

「約束?」

「ええ。普段外に出してあげられない分、たまに自由に遊ばせてあげてる。一人にはさせられないから、一緒にね……」


 以前命ちゃんが言っていた様に、魔姫ちゃんは生まれつき『魔の者』を引き寄せやすい体質をしているらしく、迂闊に外に出せば何に狙われるか分からないらしい。今では超常法も進んでいるためコトサマが積極的に攻撃を仕掛けてくる事例は前よりも減っているらしいが、それでもいつの時代も法を犯す存在は現れてしまう。名前に『魔』を入れるという魔除けをやっても効果がほとんどない魔姫ちゃんからすれば、この世は常に地獄そのものと言えるだろう。しかしそんな彼女に少しでも楽しんでもらいたい、息抜きをさせてあげたいと思うのが命ちゃんの姉としての優しさなのかもしれない。


「そっか……ごめん、探すの手伝うよ」

「今は任務外。無理に付き合わなくていいよ」

「水臭いな~。気にしない気にしない。ていうか私が悪いんだしさ、さっきのは」

「ありがとう……」


 命ちゃんとしては自分自身に問題があるせいであの子を怒らせてしまったと考えている様だが、あれはどう考えても私の責任だった。今まで何となく魔姫ちゃんは私の表向きの性格に似ているものだとばかり思っていたが、思っていた以上に気難しい性格らしい。

 二人で手分けして探すために一人で飲食店のある繁華街から離れて探していると、本屋周りに出来ている人混みの中から誰かに感情的に怒っている魔姫ちゃんの声が聞こえてきた。急いで近寄ってみると、魔姫ちゃんと同年代らしき少女四人が彼女をあざけっていた。


「学校には来ない癖に遊びには出るんだ~?」

「アンタ達には関係無いでしょ!!」

「うわ怖~、怒る機能付いてたんだ?」

「っ……!!」

「他のクラスの子から聞いたよ~? 殺月さん小学校の時に学校で飼ってるウサギ殺したんでしょ? 名前通りじゃーん」

「だから違っ……!!」

「皆さーーん! この子ー! 人間とかコトサマよりもヤバイ奴なんですーー! 小学校の時にーー!」

「やめっ――」

「はいはいそこまでそこまでー」


 流石に黙って見過ごす訳にはいかなかったため間に割って入る。


「お姉さん誰ですか?」

「よくぞ聞いてくれました~お姉さんJSCCOの人間でーす」

「うわ、ポリじゃん……」

「正確にはちょっと違うけどね~? でもでも、人生の先輩として、さっきのは頂けないなー」

「センパイには関係無くないですか~?」

「君達には関係無くてもお姉さんにはあるんだな~。ほらほら帰った帰った。私もこんな事のために公権力使いたくないんだしさー」

「……行こ。マジウザ」


 魔姫ちゃんに絡んでいた少女達はめんどくさそうにそこから離れていき、姿が見えなくなったのを確認してから後ろに居た魔姫ちゃんの方へと振り返る。


「大丈夫?」

「……は? 恩売ったつもり……?」

「いやいやそんなんじゃないよ。命ちゃんが探してるよ? 戻ろ?」

「……誰があんな奴……」

「そういう言い方は良くないんじゃないかな~? ほんとに心配してたよ?」

「ウザ……そんな訳ないじゃん……アイツらも、アイツも……そんな訳ないし……」

「……どうしたの魔姫ちゃん。そんな警戒しなくても別に取って食ったりしないよ」

「どいつもこいつも皆嘘ばっかり!! どうせお前もそうなんだ!! アイツもどうせ自分が可愛いんだ!! いい人間に見られたくて、適当な事ばっかり言ってホントはアタシの事なんてどうでもいいんだ!!」


 彼女の心が相当捻くれてしまっているのは分かったが、何故そこまでの状態になってしまったのかが見えてこない。確かに小学生の頃から罪を着せられたりしてイジメられていた様だが、それだけで全ての人間に敵意を見せる様な子になるだろうか。

 私から逃げようとする魔姫ちゃんの腕を引っ張って抱き寄せる。


「放せ!! キモい……!! どうせ皆っ!!」

「はいはい暴れない暴れないー。お仕事で鍛えてる私に勝てると思わない事ー」

「嫌っ! 嫌ぁっ……放せぇ……っ!!」


 彼女の声はどんどん涙声になり今にも泣き出してしまいそうな状態になっていた。ここまで心を病んでしまった原因が『魔の者』にあるのかは不明だが、取りあえず発見する事は出来たため命ちゃんに電話をして迎えに来てもらう事にした。

 数分程待っていると息を切らしながら命ちゃんがやってきた。ますます魔姫ちゃんは抵抗して逃げようとしたが、命ちゃんにすぐ明け渡した事で簡単に捕まった。


「魔姫っ……良かった……」

「どうせ、どうせ口だけの癖に……!!」

「魔姫ちゃん~命ちゃんはほんとに心配してたんだよ?」

「皆嫌い……どいつもこいつも……皆、死んじゃえばいいんだ……!」

「ごめん魔姫……お姉ちゃん、約束破るつもりじゃなかったの。本当にお仕事が忙しくて……」

「嘘ばっかり……」

「嘘じゃないよ~私も一緒に居たんだし。正直死ぬかと思ったよ」

「っ……」


 魔姫ちゃんの手が少しだけ命ちゃんの脇腹辺りの服を掴んだ。


「大丈夫、大丈夫だから……死んじゃったりしないよ……」

「嘘ばっかり……パパもママも嘘ついてたじゃん……」

「魔姫、お父さんとお母さんは……」

「ずっと一緒に居るって言ったじゃんかぁっ……!!」


 その後、魔姫ちゃんは周囲の目を気にする事も無く、わんわんと声を上げて泣き始めた。正直かなり目立つ筈だが、周囲の人々はまるで視界に入っていないかの様に道を歩いていた。これだけ騒いでいれば少なからず目立つというのに、先程のイジメっ子が去ってからこちらに興味を向ける者は誰一人として居なかった。その点が自分の中で少しだけ引っ掛かっていた。

 抱き締められたまま泣き疲れてしまった魔姫ちゃんは命ちゃんによって背中へと背負われた。


「……ごめん菖蒲ちゃん。迷惑掛けて」

「いやいやこっちこそごめんね。でもでも、魔姫ちゃん……大丈夫なの?」

「…………付いて来て。相談、乗って欲しい」

「う、うん」


 言われた通りに後ろを付いて行ってみるとやがて住宅街へと辿り着き、建ち並んでいる他の家から隔離されているかの様な位置に二階建ての一軒家が建っていた。家の周囲を取り囲む様に白い小さな花が咲き乱れており、自分の記憶が正しければ確か雛罌粟ヒナゲシという花だった筈である。

 命ちゃんに案内されるまま玄関から廊下を通り居間へと入ると、部屋の至る所に様々なオブジェが置かれていた。どこで売っているのかも分からない様な呪術的な装飾が施された置物がほとんどであり、それらを使って少しでも魔姫ちゃんを守ろうとしているらしい。

 魔姫ちゃんをソファーへと寝かせて毛布を掛けた命ちゃんは、私を彼女の自室と思しき部屋まで連れて行った。真面目で仕事熱心な彼女らしい、綺麗でびっしりとした部屋だった。本棚はほとんどがオカルト関連の本で埋まっており、漫画本などは極僅かしか見受けられない。ベッドもしっかりと整理されており、まさに彼女らしい部屋と言える。


「あの子一人にしていいの?」

「寝てる間は大丈夫。それより、君にちょっと聞いて欲しい事があって……」

「相談、だよね? 何なの?」

「あの子の……魔姫の事なの」


 ベッドに腰掛けてもいいと勧められたが、何か相当深刻そうな表情であったためそれを断り、魔姫ちゃんに関する相談事を真剣に聞く事にした。

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