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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case1:魅入り魅入られ
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第3話:忌伝子

 どういう原理なのかは不明だがステッキにお札を貼り付けて鞭の様に変形させた殺月さんは、交番から出ようとしている『八尺様』に向かってその鞭を振るった。ステッキの鞭状の部分は白く発光したまま対象へと飛んでいき、その胴体に巻き付いた。

 外へと出ようとしていた『八尺様』はピタリと動きを止めていた。相変わらず身長のせいでその顔はまだこちらに見えておらず、どういった方法で人を死に至らしめるのかははっきりとしていなかった。妖気が現場から検出された事から呪いの類を使うのは間違いなかったが、呪いにも種類があるため実際にその目で見るまでは油断出来なかった。


「そこで止まりなさい! JSCCOの者です! 貴方を殺人の容疑で拘束します!」

「蒐子さん、拘束しましたよ?」

「分かりました。えーとそれじゃあー……」


 その時、『八尺様』と目が合った。本来ならば有り得ない筈だった。しかし『八尺様』は骨格を無視した動きで上半身を大きく曲げ、覗き込むかの様な動きで顔を出してきた。

 その顔は、白い帽子を被った私の姉である日奉百ひまつりももと瓜二つだった。


「ねぇね……?」

「ちょっと日奉さん、何言ってるの!」

「い、いやだってだって……か、顔がねぇねにそっくりで……」

「顔……? 何言ってるの。見えてないよ」


 その顔が見えているのは私だけだった。恐らく私は『八尺様』に魅入られてしまったのだろう。ここまでは予想通りだった。そのためにかつてここで亡くなった少年の魂を降ろしたのだ。しかし何かがおかしい。朝、縁師匠が読んでくれた遭遇記録が事実だとするのなら『八尺様』はその姿を変える事が出来る。服装も年齢も自在に変化させて、唯一の共通点は何かを被っているという部分だけだった。もし、『八尺様』が相手の心を読んで『最も親近感を抱きやすい人の顔』を模倣するのだとしたら、今の標的は私だという事になる。私に憑かせた少年ではなく、私の方を狙っている。


「さ、殺月さんは見えてないんだよね?」

「だから顔なんて見えてない! しっかしりして、相手は常識の通じないコトサマだよ」

「ぽ、ぽ、ぽ……ぽ、ぽぽ…………ぽぽぽ」


 『八尺様』は鞭の拘束が一切効いていないかの様にそのまま不可解な状態で交番の外へと出てきた。それだというのに殺月さんはその事に何も反応を示さず、真っ直ぐに交番の方を見つめていた。

 このままここに居るのは危険だと感じた私は殺月さんの手を引いてその場から駆け出した。突然の事に殺月さんは困惑していたが、もしあのままあそこに居れば間違いなくり殺されていただろう。

 必死に走り続けて何とか発見した民家の近くまで着くと一旦立ち止まって後ろを振り返った。追跡されている様子は無く、今の内に呼吸を整える。


「ちょっと何なの急に!」

「見えてなかった……? さっき、外に出てきてたんだよ……」

「……認識が歪められてたんじゃないの? あたしの鞭は確かに相手を捕らえてた」


 『八尺様』に相手の認識を歪める力があるのは間違いない。自分と殺月さんの認識が食い違っている時点でそれは確定している。しかし問題なのはどちらが正しいのかという点である。もし私達両方が何らかの認識汚染を食らっていた場合、どちらの発言も信用出来ないという事になる。自分も相手も信じられないとなると、何を根拠に『八尺様』を捕まえたと言えるのだろうか。そもそも捕まえるという選択自体が間違いなのではないだろうか。

 このままではどうしようもないと感じた私はそのまま民家の扉を叩き、住人を呼び出す。出て来たのは70代はいっているであろう老爺ろうやだった。彼は人の好さそうな顔で「何があったのか」と聞いてきたが、自分にははっきりと見えた。彼は一瞬だけ、嫌そうな顔をしていたのだ。扉が開けられる最中のほんの一瞬だったが、間違いなかった。


「ちょっと日奉さん……」

「突然ごめんなさいお爺さん。私達ちょっとお仕事で来てまして」

「おお、そうなのかい。若いのに大変だねぇ」

「ええ、コトサマ関連の事なんですけどね。それでちょっと空き部屋を貸して頂きたくて」

「空き部屋?」


 私の狙いは、縁師匠が見つけてくれた『八尺様』との遭遇体験に書かれていた状況を再現する事だった。その話の中には『八尺様』からの追跡を食い止めるためなのか結界らしきものが出てきた。窓が新聞紙で目張りされており、四隅には盛り塩が置かれ、仏像も置かれているという部屋だった。恐らく簡易的な結界であり、接近を防ぐための処置なのだろう。それを再現して利用しようと考えたのだ。

 結果として老人は納屋の二階が空いているという事で貸してくれる事となった。殺月さんは一般人を巻き込む事を良しとしていない様子だったが、自分一人で行動するのは危険だと考えたのか大人しく結界作りに参加していた。仏像と塩、そして新聞紙を借りると私達は部屋の中へと閉じこもった。私を標的とした『八尺様』が追跡に来るのは間違いなかった。


「……ねぇ日奉さん。君、何をしようとしてるの?」

「落ち着いて落ち着いて。多分あのコトサマは正面から捕まえようとしても駄目だよ」

「じゃあ君を囮にしてその隙にあたしがって事?」

「そのやり方じゃさっきと同じになるよ。そうじゃなくてさ……対話だよ対話」

「話し合うって事……?」

「日奉さん日奉さん。確保対象と迂闊に会話するのはお勧め出来ませんよ。コトサマの中には人語を解さない者も、理解していても無視する者も居るんですよ?」

「分かってますよ蒐子さん。でも直接対決は絶対負ける……私の能力でも騙せなかった。力技でコトサマを抑える方法もあるけど、多分『八尺様』には効かないと思うんです」


 私のもう一人の今は亡き姉である紫苑しおんお姉ちゃん、通称しーちゃんを降ろせば簡単に人間でもコトサマでも制圧出来る。しかしそれはあくまで相手に攻撃が当てられるという確証あっての事だ。今回の様に自分の見ているものが絶対に正しいと言い切れない場合は、彼女の力を借りる事は出来ない。


「それで対話って……説得出来るの君は?」

「分からないよ。でも何か上手い落としどころが見つかるかもしれない。やってみなきゃ」


 それからどれほど経ったのだろうか。いつどこから来てもいい様に二人して座して待っていたその時、入り口の扉がノックされる。


「お~い。菖蒲ちゃ~ん。迎えに来たよ~」

「……誰?」

「……私のねぇねの声だよ。こんな所に居る訳ないけど」


 殺月さんが再びステッキを鞭へと変化させる中、私はドアの方へと向いて語り掛ける。


「あなたにお話があります」

「菖蒲ちゃん~開けて~」

「どうしてあなたは人を憑り殺すの?」

「開けてよ~」

「何か理由があるんじゃないのかな?」

「お仕事は中止だって~」


 私がいつも降霊を行う際にやっている『不死花しなずばな』の形を手で作る。これは言うなればスイッチである。あらゆる魂を受け入れるという心のスイッチだった。そして一度に体に入れられるのは一人までのため、先程まで憑かせていた少年の魂を解放する。

 私のそんな意思が通じたのか呼び掛けていた声はピタリと止まり、ドアの向こうではすすり泣く様な声が聞こえ始めた。その声は若い女性の様でもあり、老女の様でもあった。どちらとも取れない、どちらでもおかしくない声だった。その声は殺月さんにも聞こえているらしく、警戒は崩さないまま困惑した表情を見せていた。また、蒐子さんにもその声が聞こえているのかイヤホンの向こうでは慌てて何かのページを捲る様な音が鳴っていた。


「落ち着いて。私、あなたとお話がしたいな」

「ぽ…………ぽ……」

「私の魂を目印にしてるんだよね? 今の形分かるかな? 出来そうだったらお話聞かせて?」


 すすり泣く声が止まり、次の瞬間私の中に『八尺様』が飛び込んできたのが分かった。そしてそれにより、彼女が一体何者なのかが確定した。

 彼女は一種の神様なのだ。私が降霊出来るのは『死亡している人間』と『神様あるいは神格存在』だけなのだ。かつて妖怪と呼ばれていたコトサマや生きている人間の魂は降ろせない。つまり『八尺様』は妖怪や通常の怪異とは別の存在、神様である。名前に『様』が付けられているのも神様だからなのだろう。そんな彼女の魂の凹凸が私の魂へとがっちりと嵌まり、その心が聞こえてきた。


『どうして……どうして……』

「何で鹽田しおたさんを殺しちゃったのかな?」

『どうして……どうしていつも……わたしは……わたしは……』

「……殺したくて殺したんじゃないんだね?」

『やくそく……やくそくした、のに……』

「約束?」

『けっこんあいて……つれていって、いい……やくそく……したのに……』


 何か妙な感じがする。彼女が意図的に人を殺している訳ではないというのは分かったが、彼女の言う『約束』というのが誰とされたもので何を目的にしたものなのかが分からない。彼女と約束を交わす事によってもたらされる利益とは何なのだろうか。


「その約束って誰としたの?」

『そん、ちょう……やくそく、した、したのに……』

「ここの村長さん?」

『いってた……いってた……やくそく……いってたのに……』

「……村長さんの家がどこか覚えてる?」

『わかる……わかる……』


 私の問いかけに答える様に頭の中に地図が浮かび上がった。正確には地図という訳ではないのだが、どこをどう行けばそこに辿り着けるのかというのが直感的に理解出来た。

 これ以上の問題が起こらない様にするために立ち上がると、窓に貼り付けていた新聞紙を剥がして片づけを始める。


「何か分かったの? 急に独り言始めてたけど……」

「うん。多分だけど『八尺様』は被害者なんだと思うんだ」

「何言って……被害者は――」

「分かってる。確かに鹽田さんを殺したのは『八尺様』で間違いないと思う。だけど、もっともっと遡れば話は変わってくるかも」


 納屋を貸してくれた老爺に道具一式を返してお礼を告げると、急いで『八尺様』が示した村長の家へと向かった。その家は他の民家とは離れた場所に建っており、山中に作られた整備済み道路を通らなければ辿り着けなかった。他の家と比べても大きな日本母屋であり、高そうな外車が置いてある事から相当儲けているのだろう。

 そんな母屋のチャイムを鳴らすとすぐに家政婦らしき人物が出迎えてくれた。まるで待ち構えていたかの様に素早い反応であり、この村に来た際に村民からジロジロと見られていた事から既に私達がここに来る事は想定していたという事なのだろう。


「こちらでお待ちください」


 客間へと通された私達はソファーの下座へと腰を降ろす。部屋中にはどこの誰が描いた物か分からない絵画やハンティングトロフィーと呼ばれる鹿の頭部が飾られていた。いかにも金持ちの道楽といった印象を受ける部屋であり、あまり長居したいとは思えない場所だった。

 しばらく待っていると扉が開かれこの家の主人らしき人物が入って来た。その人物は腰が大きく曲がり杖を突いた老人だった。何かの病気なのか頬はこけており、これだけ金を持っていそうだというのに腕も骨と皮だけかと思える程痩せ細っていた。そんな彼は家政婦の手を借りながらソファーへと腰を降ろす。


「ふぅー……お待たせしてすみませんな」

「いえいえ。えっと、村長さんで合ってますよね?」

「如何にも。わしで五代目になりますな」

「そうですか。実は今日はお話したい事が――」

「八尺様……の事でしょう」


 殺月さんは一瞬体をピリつかる。


「……そうですね。何で分かったんですか?」

「村の若い衆からJSCCOの者が来たと言伝ことづてがありましてな……」

「では貴方方はあのコトサマの存在を認知していながらこれまで隠していたという認識でいいですか?」

「殺月さん落ち着いて落ち着いて。……お察しの通り、私達はJSCCOです。通報は誰が?」

「分かりませんな……村の誰かだとは思いますが、探そうとも思いません……」

「……蒐子さん、事件報告書読んでもらえますか?」

「分かりました。えーと報告書はー……」


 私は蒐子さんがイヤホン越しに伝えてくれる事件概要をそのまま村長へと伝えた。村長はそれを口をつぐんで黙って聞いており、全て聞き終えると静かにその口を開いた。


「そうですな……何も間違いはありません」

「それじゃあ村長。もう一つお話したい事があるんです。いいですか?」

「ええ、お構いなく」


 もう何を言われるか予測がついているのか、私が『八尺様』から聞いた『約束』に関する一連の下りを話した。すると村長は、その『約束』というものが何なのかを教えてくれた。

 それはこの村を二代目村長が治めていた時代の話だった。この村には昔から土着の神が存在しており、十年に一度は男性を生贄に差し出さなければならなかったそうだ。もし生贄が無ければ飢饉や土砂崩れなどの自然災害が発生し大規模な被害を出すらしい。しかし、その風習は二代目村長の時代には村民から忌避される様になっていた。村のためとはいえ誰かが人を殺さなければならないのだ。当たり前と言えば当たり前だろう。そんな時に彼女に目がつけられたそうだ。

 この小岳村には『八尺様』の元となった人間が住んでいた。その女性は生まれつきの病を患っており、ほぼ毎日寝たきりだったらしい。そんな彼女は村人から忌み嫌われていた。体が弱いため仕事も出来ず、当然どこかに嫁がせる事も出来ない。何の役にも立たない彼女は忌み子として扱われた。そしてある日、とうとう彼女に限界が来たのだ。


「お二人は……『狐憑き』というものをご存じでしょうか?」

「JSCCOによって存在は確認されています。低級動物霊による憑依現象だと」

「そうだね。『コックリさん』とかで起こる事があるって習ったかも」

「……人の集団意識というのは恐ろしいものですな……」


 村人から、親からも邪魔者として扱われ続けた彼女はついに精神に異常をきたしてしまった。現代医学的に見れば、間違いなく精神病の類である。しかし当時の村人達はそれを『狐憑き』として判断したそうだ。そして化け物に憑かれたという口実を基に彼女を殺害した。どのようにして殺されたのかは不明らしいが、彼女を殺害した彼らは儀式によって彼女を神格へと作り替えたそうだ。『男の魂だけを狙う怪異』として。


「つまり……魅入った男を殺す神格を作り上げて、彼女に生贄のごうを背負わせた?」

「殺月様、でしたかな? 貴方の仰る通りです……儂の一族は、いにしえの風習の責任から逃れようとしたのです……」

「じゃあじゃあ、『八尺様』が言ってた約束っていうのは……」

「恐らくですが……『好きな男を持って行っても良い』と約束したのでしょう」


 彼女は一貫して被害者だった。生きている時も生まれ変わってからも、報われる事など無くひたすらに利用され続けていた。『八尺様』という元々存在していなかった架空の神格に仕立て上げられて、本来であれば村人達が行っていた生贄のための殺しをやらされていた。彼女の意思など全て無視して。

 『八尺様』の予想外の過去に面食らったのか、殺月さんは何も言わず呼吸を整えていた。彼女にとって『八尺様』の境遇は憤りを覚える程のものなのだろう。


「じゃあじゃあ、今でも生贄は繰り返されてるんですか?」

「……いいえ。もううの昔に終わっておるのです」

「じゃあ貴方達は!! 分かっててアレを隠してたの!?」

「殺月さん落ち着いて。……蒐子さん。小岳村で他に確認されたコトサマ関連の事件はありますか?」

「うーん……他にはそういう報告は無いですねぇ……ぁ痛っ……ちょっと手元で確認出来る限りでは見当たらないです」

「村長さん。じゃあその土着神はどこに?」

「先代の頃にはもう居なくなっていたそうです。昔から住んでいた年寄りも減りましたし……あれを覚えとる者も居なくなりましたからなぁ……」


 村長の話によると、どうやらこの村で祀られていた土着神は四代目の時には既に姿を消していたらしい。恐らく彼が話す通り、覚えている人間が誰も居なくなったのだろう。本来人から忘れられた神は荒魂あらみたまと呼ばれる危険な神格になる。しかし喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこの事か、完全に覚えている人間が居なくなるとその神格は消滅してしまうそうだ。こういった事象は日奉一族の資料にも残されており、古くから確認されている神格存在の特徴の一つだった。


「分かりました。それじゃあえっと……『八尺様』をそのままにしてたのは?」

「この村には……結界が敷かれております。儂らがここに閉じ込めておけば……いずれはあの神の様に……」

「消えるかもと?」

「そうですな……甘い考えだったのかもしれませんが……」

「そうですね、甘い考えです。素人が勝手な判断でやるとこういう事になるんです。あれは人工の神格……本当に神なのかどうかさえも怪しい」

「そうだね……どの分類にも属さないコトサマかもしれないかも」


 村長は机に付きそうな程に大きく頭を下げる。


「誠に……申し訳ありません……。老いぼれからの最後の頼みと思うて、アレを……彼女を助けてはくださいませんか……」

「大丈夫ですよ村長さん。そのためにここに来たんです。今は私の中に入ってもらってますから、このまま帰ります」

「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」


 何度も頭を下げる村長を宥め、やるべき事が終わった私達は家から出た。家政婦は玄関口で私達に頭を下げて見送ってくれた。話を聞いて以降、殺月さんは終始機嫌が悪そうであり、いつまた爆発させるのかと少し気がかりだった。


「さて、それじゃあ帰ろっか」

「……ねぇ」

「うん?」

「どうして君は……そんなに平気な顔をしてるの?」

「え?」

「あんな胸糞の悪い話を聞いて……何でけろっとしてるの?」


 やはり彼女のリアリストな面は上っ面だけらしい。もし本当に彼女がリアリストなら、いちいちあんな話程度で感情的にならない筈だ。


「お仕事だからだよ? 殺月さんだってそれは分かってるでしょ?」

「それはそうだけど……」

「あんな話に心乱されてちゃ駄目だよ。人が死んでる時点でハッピーなお話なんて有り得ないんだから」


 頭の中では『八尺様』の裏切りを嘆く声が響き続けていた。私達の話も聞いていたらしく、二代目村長に対する激しい憎悪も抱いていた。しかし、私の中に居る間はどうにも出来ない。この体は私の物であり、彼女が自分で望んで入って来たのだから。可哀想という思いはあるが、彼女をこのまま放置する訳にはいかない。JSCCOに連行するしかないのだ。


 現場から『ポータル』を通って東京へと戻って来た私はJSCCO留置所へと足を運ぶと、特殊な結界によって構築されている牢の中へ入り、そこで『八尺様』を解放した。私よりも遥かに高い彼女の顔を見上げてみたが、そこにはどんな顔も存在していなかった。何故かは分からないが、彼女の頭部にあるそれを顔として認識出来ないのだ。彼女に掛けられた神格としての呪縛の一つなのだろう。何か元通りにする方法が見つからない限り、彼女は永遠に成仏出来ない『八尺様』であり続ける事だろう。


「君……結構冷酷、なんだね……」

「失礼だな~! 冷淡って言って欲しいな。もしくは冷静」

「あたしは……君の考え方は支持出来ない」

「意外だね。今朝の殺月さんとは別人みたい」

「君もそうだよ……」

「そうかな? 私は一貫してこんな感じだけど」

「あ、あ~~あの、いいですかお二人共? 一応ワタクシの方で任務達成の報告は出しておきましたので、えっと……失礼しますっ!」


 私達二人の嫌な空気を感じ取ったのか蒐子さんはガチャガチャと音を立てながら無線を切った。殺月さんはバツが悪そうな顔をすると、一人で留置所の外へと出て行ってしまった。一人残された私は留置所の職員に軽く挨拶を告げると師匠二人が待つ事務所へと帰っていった。

 師匠達は私の初仕事が上手く終わった事をとても喜んでくれていた。わざわざ豪華な手料理まで用意しており、とても『八尺様』の過去について語れる様な雰囲気ではなかった。もちろん私自身、彼女の人権を尊重して話さないつもりではあったが。

 問題無く解決した事件だったが、唯一私が犯してしまったミスがある。それは翌日蒐子さんの無線によって知らされた『小岳村山火事事件』だった。私達が帰ったその日の夜、村全体で大規模な火事が起こり、村民が全員死亡したらしい。犯人は未だ不明らしいが、私には予測が出来ていた。それは、火災現場から唯一、首吊り死体となって発見された村長だった。

 人の中に眠る積み重なった歴史の罪悪感までは、私の管轄外だった。

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