第29話:真夜中の白昼夢
※本章は「日奉一族シリーズ」の一つ「真夏の夜と魂結び」とリンクしている内容です。
謎の葉書が届き縁師匠が死亡した状況の中、命ちゃんは葉書を額に当てて何かを探っている様子だったがやがてそれを止めると、ビリビリに破り捨てた。
「命ちゃん、何やってたの?」
「……呪線の流れを追ってみようと思って。上手くやれば術者の特定が出来るかと思ったんだけど……」
「えっ、呪線って……確か、蘇芳さんが言ってた……」
どうやら『無怨事件』によって私が昏睡している間、命ちゃんは病院に来ていた蘇芳さんに解呪のやり方を教えてもらおうとしていたらしい。しかし蘇芳さんが持っているあの力は彼女だけが使えるものであり、命ちゃんではどうやっても呪線の識別までしか出来なかったそうだ。私達もこの組織に入る前に呪力や妖気の簡単な探知が出来る様に訓練を行っているため、命ちゃんでも出来た様だ。
「かなり集中しないと出来ないけど、上手くやれば探せる筈だった」
「でもでも、出来なかった……?」
「そう。間違いなくあの葉書からは、ここに居るあたし達全員に呪線が伸びてた。でも、術者からの呪線がどこにも無かった。仕掛けた人間が居るなら必ずそれもある筈なのに……」
まるであの『無怨事件』を思い起こさせるやり口だった。あれは全く呪力を持たないそれっぽく作られた品をあちこちに配置し、それを認識した命ちゃんが自分で自分を呪う様にするという方法だった。それ故に蘇芳さんが言うところの呪線がどこにも存在しておらず、命ちゃんが自分で自分へ呪線を結んでいた。しかし今回のこれの違うところは、呪線がはっきりしていながら術者が不明であるという点である。術者不明なのはあの事件も同じではあったが、それでも『自分で自分を呪う』というのははっきりしていた。つまり『術者は自分自身だった』という事である。
「殺月ちゃん、その葉書に使われてる呪いの原理、分かるかな?」
「すみません分からないです。一応自分もそれなりに勉強してるつもりでしたが、こういうものは記憶に無いです」
「私も初めて見るかも……」
「……ちょっと待っててください。如月さんに聞いてきます」
そう言うと命ちゃんは給湯室から駆け出しイヤホンを取りに行った。残された私と賽師匠は、後ろから聞こえた何かが落ちる音に気が付き振り返る。見てみると縁師匠が息を吹き返しており、首元には傷痕一つ存在していなかった。やはり『不老不死』の力を持つ彼女はこの程度で死亡する事は無かった。『黄昏事件』の際も、この力を使って頑張ってくれていたらしい。
「縁ちゃん!」
「はぁ……最悪……」
「あのあの、大丈夫ですか縁師匠?」
「ん……そっちの方はどうなった?」
「今命ちゃんが確認してくれてます。ただ、見た感じだと初めて見るタイプの呪いっぽくて……」
「……ちょっと私にも見せて」
床の上でバラバラになっていた葉書を拾い集めて持っていくと、縁師匠はその破片一枚一枚をじっと見つめていたが、全ての破片を見る前に溜息をつきながら床の上に置いた。
「……確かに初めて見るやつかもね。こんなので呪いが起こせるとは思えないけど」
「まだ呪いは動いてるのかな……?」
「それは無いと思う。もし仮にこれが原因でさっきの事故が起きたんだとしても、こんな物でいつまでも不幸を起こせるとは思えない」
一体どういう方法でこの呪いを作ったのだろうかと思案していると、事務所の方から命ちゃんがイヤホンを付けたまま戻ってきた。
「あっ、命ちゃんどうだった?」
「……有り得ないって」
「え?」
「如月さんに過去の事例とか奇跡論、占星術、陰陽道、あらゆるものを調べてもらった。だけど、どうやってもあの呪いを作る事は理論的に不可能だって……」
「で、でもでも! 実際あれが原因で縁師匠は!」
賽師匠が小さく声を上げる。
「まさか……」
「どうしたんですか?」
「……千草ちゃんと簸子ちゃんの記憶に日記帳みたいな物が映ってたって言ったの覚えてるかな?」
「言ってましたよね。多分あれを見れば全部分かるんじゃないかって」
「うん。それで、千草ちゃんの記憶の中に残ってる日記の内容に『お姉ちゃんがきちんと繋いでおいたから』って書いてあったの。他にもいくつか気になる部分はあったけど、あの部分が凄く引っ掛かるんだ。『繋いでおいた』って……何なんだろうって……」
「……三瀬川さん、日奉千草には二人分の記憶があるんじゃないかって仰ってましたよね?」
「う、うん。多分今の千草ちゃんは『先生』っていう人が憑依してる状態なのかもって……」
「……」
「命ちゃん?」
少し思案していた命ちゃんはやがて口を開いた。
「……ずっと気になってるところがあるんだけど、日奉一族は皆特異な力を持ってるんだよね菖蒲ちゃん?」
「うんうん、そうだね。一族って言っても血が繋がってる人は少ないんだけどね。大体コトサマ関連で家族を失くしたりして行き場が無くなった人を勧誘してるみたい」
「……」
「ねぇねぇ、ほんとにどうしたの?」
「……日奉千草の情報は日奉一族の家系図にもJSCCOの資料にも載ってなかった。一般的に使われてる苗字な訳でもない。それなのに彼女は日奉姓を名乗ってた」
「う、うん。そうだね」
「……ねぇ。本当に日奉一族は、今居る日奉一族だけなの?」
「……え?」
命ちゃんが言いたい事はつまりこういう事だった。私達が所属している日奉一族は古くからコトサマを封印してきた一族であり、以前は皇族からの命を受けて仕事をしていた。しかしいつしかその繋がりは断たれ、日奉一族は影で生きる存在となった。今はともかくとして、少なくとも一族が出来た初期の頃は養子などは取らずにそういう活動を行っていた筈である。養子にするのは活動出来る人員が少なくなってきたからである。もしそんな養子を取る様になった日奉一族が『分家』なのだとしたら、その逆に『本家』もどこかに存在しているのではないかという事である。
「私達が知らないだけで、今でもどこかに大元になった日奉一族が居る……?」
「……あくまであたしの憶測だけどね。でもどこにも日奉千草の情報が載ってないっていうのは、そういう事なんじゃないかって……」
「そっか……殺月ちゃんの考えが正しいなら、簸子ちゃんが言ってた日奉姓の『先生』についても説明が出来るかも。千草ちゃんと『先生』は日奉一族本家筋の人間だったりするのかも」
「ん……あの事件が起きてから、日本中でそういう不思議な力を持った一族が発見された。菖蒲が所属してるのが分家なんだとしたら、本家はそれまで隠れてたって事になる」
「そして、もし本家日奉一族の人間が皆遺伝として特異な力を持って生まれてくるのであれば……」
「そっかそっか……さっきの有り得ない呪いも発動出来る人が居るかもしれないって事になるね」
「そう。それに三瀬川さんの見た記憶に映ってた日記の内容……あの『繋いでおいた』っていうのがもし、能力を示しているのだとしたら……」
「千草さんが仕掛けて来た……」
あの取調をしている間、日奉千草は警戒している様に見えた。とても同年代とは思えない程の異常に落ち着き払った態度をし、答えたくない質問には意地でも答えないといった様子だった。そしてあの現場には私と命ちゃん、そして賽師匠が居た。所属を名乗ったのは私と命ちゃんだけだったが、賽師匠は堂々と看板を出してこの事務所をやっている。少し名前を調べればすぐにこの『霊魂相談案内所』の名前が出てくるのだ。葉書を使った呪いを作り、ここに送ってくる事は容易かった筈である。
「……如月さん。住所は分かった? …………うん。うん…………分かった。彼女にはあたしから話しておく。携帯にも地図を送っておいて。それと、可能な範囲で日奉千草を監視して」
「……場所分かったって?」
「ええ。すぐに行った方がいいと思う。多分彼女は逃げようとする。最悪の場合、日記帳を処分されるかもしれない」
「分かった! えっと師匠達は……」
「……私はここに残る。さっきの呪いがここを標的にしてるものなら、下手に私や賽が動けば何が起きるか分からない。運が絡んだら何も予想が出来ない」
「そうだね……悪いんだけどここに残るよ」
「分かりました! 終わったらすぐに電話しますからね!」
私は急いで事務所の方へと戻りイヤホンを取り付けると、鞄を背負って命ちゃんと共に事務所を出た。スマートフォンを見てみると既に蒐子さんから地図が送られてきており、都内から離れた田舎町に住んでいるという事が分かった。ここから向かうのであれば電車が早いだろう。
「命ちゃん、ここからだと電車で30分もあれば着くよ!」
「待って。電車は危ない」
「え?」
「日奉千草はあたし達の名前をもう知ってる。もし彼女がどんな呪いでも作り出せるんだとしたら、電車はまずい。あたしが日奉千草なら、絶対駅に仕掛ける」
「そっか……もし乗ってる時に呪いが発動したら……」
「あたし達だけじゃ済まされない。関係無い人も大勢巻き込まれるかもしれない。タクシーを拾って行こう」
駅や電車に呪いが仕掛けられているかもしれないと考えた私達は、タクシー会社に電話を掛けて適当な場所へと呼び出してそこから現場へと向かう事になった。車で行けば1時間以上掛かってしまうが、被害を増やしてしまうよりはこっちの方がずっと安全だった。
「如月さん、対象は?」
「葦舟簸子と家に向かってるみたいです。雌黄さんが監視カメラを使って追跡してくれてます」
「分かった。そのまま追跡を続けて。もしかしたら呪いを仕掛けて来たのは彼女かもしれない」
「だとしたら超常法違反ですねー……」
「あくまで憶測だけど可能性は高い。着いたらまた連絡する」
1時間以上掛かりようやく現場である日之出町へと辿り着いた。都内と比べると特別発展している訳ではないが、かといってド田舎ではないという絶妙な雰囲気の町だった。確かに身分をあまり知られたくない人間からすれば、こういった町の方が暮らしやすいだろう。これくらいの場所の方が一般人に紛れ込みやすい様に思える。
「こちら殺月。日之出町に到着。そっちは?」
「あと少しで家に着くみたいです!」
「了解。菖蒲ちゃん、行くよ」
「う、うん!」
平穏そのものといった様子の町中を走り、スマートフォンに表示されている地図を頼りに二人が住んでいるというアパートへと向かった。そしてようやく目的地へと到着したその時、古びたアパートの二階にある扉の前に日奉千草が立っているのが見えた。彼女は自分が追跡されている事に気が付いていたのか、こちらを見ても驚く様な反応は見せず、綺麗な瞳を真っ直ぐに向けてきた。
「日奉千草さん。貴方にお聞きしたい事があります!」
「奇遇ですね。それで聞きたい事とは?」
「……何か、隠している事がありませんか?」
「何の話ですか?」
「そうですね~例えば日記帳とか?」
「それについては黙秘という事で納得して頂けた筈ですが?」
「千草さん、これは重要な質問です。貴方は何を隠してるんですか?」
「……お話しましょう。お入りください」
そう言うと彼女は扉を開き、部屋へと入っていった。このまま彼女を自由に行動させるのは良くなかったため、急いで階段を上りドアノブへと手を掛けたその時、何かに弾かれる様にして私の手はそこから離れた。
「菖蒲ちゃん?」
「……命ちゃん、やっちゃったかも」
「え?」
「ドアが……いや、ドアに触れない……」
「日奉千草さん!! 千草さんっ!!」
命ちゃんが扉を必死で叩く中、一体何をされたのかと周囲を見渡してみると、階段終わりの手摺を支える細い柱の下部にビニール紐が結び付けられているのが目に入った。反対側の柱にも同じ位置に結ばれており、これが何らかの呪術的な意味を持っているのではないかと思われた。試しにそのビニール紐に触れて解いてみると簡単に取り除く事が出来、二つとも取り除いたところで再度ドアノブを触ってみる。
「ちょっと退いて命ちゃん」
今度はしっかりと手で触る事が出来た上に、見えない何かで弾かれるという事も起こらなかった。やはりここで私達を足止めするために意図的に誘い込んだのだろう。
「いけるよ命ちゃん」
「下がって……」
背中からステッキを抜いて札を貼る事で発光する剣へと変化させた命ちゃんは、扉に剣先を当てながらゆっくりと切断し取り除いた。そしてすぐに突入しようとした私達の前に現れたのは、靴を脱いでおく場所である三和土に直接置かれていた姿見だった。更に火を点けられた蝋燭が二本、姿見を左右から挟む様な配置で置かれており、明らかに何らかの意図があってそうされているのが一目で分かった。
次に何が起こるか予測出来なかったためすぐに退避しようとしたその瞬間、姿見の裏からヌッと腕が現れ、手に持っていた懐中電灯を鏡面に向かって照らす事で反射光をこちらに照らしつけてきた。思わず目を瞑ってしまう程の光だったが、ようやく目を開けられる様になった私が次に見たのは、全く予測もつかない光景だった。
「どこ、ここ……」
いつの間にか私と命ちゃんはどこかの海辺に立っていた。いかにも港町といった様子の場所であり、空にはいつの間にか星が浮かんでいた。
「命ちゃん、大丈夫?」
「あたしは平気。それよりここは……」
「さっきの鏡が何か関係あるのかもだね。千草さんは私達をここに送り込むために誘導してたのかも」
「……如月さん聞こえる? 如月さん!」
命ちゃんは必死に蒐子さんへと呼び掛けていたが、イヤホンから返ってくるのは耳障りなノイズ音だけであった。
「繋がらない……」
「『巨頭村』の時みたいに磁場が乱れてるのかも」
「それか遠野地区みたいに、そもそも現世じゃないか……」
少なくともこの場所が普通ではないのは間違いなかった。いつの間にか来てしまったというのもそうだが、どこにも自分達以外の人間の姿が見えないのだ。港には船も止まっており、街灯には灯りが点いているというのに人の気配が一切無い。ただ聞こえてくるのは虫達の大合唱だけだった。
「どうする命ちゃん?」
「まずは帰る方法を見つけないと。このままだと日奉千草に逃げられるかも……」
ふと命ちゃんの目線が一点に向けられる。どうしたのかと同じ場所を見てみると、日奉千草が島の中央にあると思しき山の方へと歩いて行くのが見えた。私達から逃げるのが目的なのであれば何故彼女がここに居るのかという疑問があったが、ここから脱出する方法が分からない以上は調べてみる他無かった。もしかしたら罠の可能性も十分あったが、今の私達は藁にも縋る思いで少しの希望に賭けるしかない。
「菖蒲ちゃん、行ってみよう」
「うん。でもでも、気をつけてね。多分ここって千草さんが呪い的な何かで作った場所だと思うし。どこに何があるか分かんないよ」
「分かってる。あたしが先頭に行くから後ろはお願いね」
「オッケー……」
ここがどこなのか、彼女が日記帳を隠したがる理由は何なのかを調べるために、本物か偽物かも分からない日奉千草の背中を追う事になった。




