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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case9:真夏の夜と白昼夢
27/91

第27話:元漂流者、日奉千草と葦舟簸子

※本章は「日奉一族シリーズ」の一つ「真夏の夜と魂結び」とリンクしている内容です。

 遠野地区から帰還した私達はJSCCOに『おいぬ』を連れて行き、そこから先は雌黄さんや他の職員の人達に任せた。私達はあくまで調査員であるため彼女の戸籍やその後の細かい処遇などは専門外なのだ。変にネットの影響を受けているのか奇妙な言葉遣いをしていたが、それまでは普通にあの地で過ごしていたのだから、すぐにこの社会にも馴染めるだろう。

 そんな厄介な『おいぬ様事件』から一週間経ち、そろそろ夏休みが始まろうかというある日の夕方、スマートフォンに蒐子さんからメールが入っていた。また何かの仕事だろうかと開いてみると、ある人物について調査を行いたいため、私の知り合いである賽師匠に協力を要請して欲しいと書かれていた。


「日奉……?」


 そこに書かれていた内容によると、世界を変えるきっかけとなった『黄昏事件』が起こる一週間前に、海上自衛隊によってある小舟が確保されたらしい。その船には二人の生きた少女と死亡している成人女性一人が乗っており、海上から通報があった事によって確保が出来たとのだという。当初、何らかの行方不明者だと思われ調査が行われたらしいのだが、それによって判明した身元が奇妙なものだったそうだ。


「……行くか」


 クーラーの効いた部屋で寝そべっていた私は電源を落とすと、簡単に荷物を纏めてアパートを出た。メールで師匠に送っても良かったのだが、出来れば賽師匠の意見を直接聞きたく、もしあれば類似案件の資料なども確認したかったのだ。一人の調査員に過ぎない私からすると、事件記録などはJSCCO本部などに行かなければ確認する事が出来ず、本部からの信頼も厚い賽師匠であれば何か知っているかもしれないと考えていた。

 空が朱色に染まっている中『霊魂相談案内事務所』へと到着した私は早速中に入り、二人の師匠に件のメールを見せてみた。向かい合って座っていた賽師匠は事務所内にあった資料をあれこれと引っ張り出してくれたが、なかなかいい意見が聞けなかった。


「うーん……日奉千草ひまつりちぐさちゃんかぁ……」

「多分私と同じ日奉一族の人だと思うんです。でもでも、メールによると、戸籍に載ってるその人の本名は皮田千草らしいんです。本人はずっと日奉姓を主張してるみたいなんですけど……」

「ねぇ菖蒲、他にも船に乗ってた人が居るんだよね?」

「あ、はい。えっとえっと……一人は葦舟簸子あしふねひるこちゃんっていう当時小学一年生の子らしいです。それともう一人……えっと、その人だけ身元が分からなかったみたいで」

「ん、その葦舟って子は知ってる。日奉一族当主がコトサマの実在を発表した後、超常的な力を持った子としてテレビで紹介されてた。超常性を持った人間の一例としてね」

「菖蒲ちゃん、もう一人の人の身元が分かってないっていうのは?」

「それがどこを探しても戸籍が見つからなかったらしいんです。名前も顔も、どこにも記録が無いみたいで」


 戸籍を持たない人間が居るというのは別にそこまで珍しい事ではない。しかしそれは世間から離れた仙人の様な生活をしている人か一部のホームレスくらいなのだ。発見された当時の彼女の服装の写真を見るに、そこまで浮世離れした人間という印象は受けなかった。恐らく普通に暮らしている人間だった筈である。


「えっとそれで……私は何をすればいいのかな?」

「賽。あんまり手伝うとあいつら図に乗る」

「ま、まあまあ縁ちゃん……ちょっとお手伝いするだけだから、ね?」

「えーとえーと……多分ですけど記憶を見て欲しいんだと思うんです。千草さんと簸子ちゃん、どっちかの記憶を見れたら身元が分かるって考えてるのかもしれません。千草さんの方は名前がいつの間にか変わってるのも気になりますし」

「そっか。じゃあ明日行ってみるよ。本部の方に行けばいいんだよね?」

「はい! 検査のためって名目で連れてこられるみたいです」

「はぁ……」

「あはは……ごめんね縁ちゃん。明日ちょっとだけ留守にしていい……?」

「……嫌って言っても留守にするんでしょ」

「うん……」

「……午前中で終わらせて」

「はい……」


 また自分一人だけ留守を任される事になり縁師匠はかなり不機嫌そうな顔をしていたが、何だかんだで引き受けてくれる辺り賽師匠の事を信頼しているのだろう。私の何となくの感覚だが、縁師匠の様な人は滅多な事では心を開かないイメージがある。そんな彼女が信頼しているのだから賽師匠は相当な人格者なのだろう。

 明日は一緒に行動するという事もあって事務所に泊まる事になった。賽師匠は私を喜ばせようとしてか好物の唐揚げをまた作ってくれた。いつも私を甘やかしている彼女に縁師匠は呆れた様な表情をしていたが、私からすれば縁師匠もかなり甘い人という印象がある。初めて仕事をする事になった時も過剰なレベルで心配をしてくれていた。どれだけクールな人間を演じていても根っこの部分が漏れ出してしまっている。

 命ちゃんに明日本部で落ち合おうとメールを入れておき、食事を終えた後はシャワーを簡単に浴びて明日に備えて早めに床に就いた。



「菖蒲ちゃん、起きて」

「……んぇ……」


 私の事を起こしてくれたのは賽師匠の優しい声だった。その能力によって過去や体の癖が全て知られているからか、どう揺すれば目を覚まし、どういった声色にすれば私がストレスに感じないのかを理解しているのだろう。賽師匠に起こしてもらうと一人で起きる時よりも多少体が軽く感じられる。


「おはようございます師匠」

「おはよう菖蒲ちゃん。ご飯作ってるから食べ終わったら行こうね?」

「はーい……あ、縁師匠おはようございます」

「ん、おはよう。……ちゃんと寝れた?」

「はい、大丈夫です! ちゃんと元気元気です!」

「そう。それならいいけど」


 賽師匠が用意してくれていた朝食を済ませた私と賽師匠は事務所を縁師匠に任せてJSCCO本部へと向かった。丁度出勤時間という事もあってか会社員の人達や朝方に働くコトサマ達で街はごった返していた。私が普通の学生であれば休日を過ごしていたところだが、調査員である私は彼らと同じ様に一人の社会人として街を歩いている。幼い頃の私は将来こんな事をしているとは思いもしなかっただろう。


「菖蒲ちゃんはそろそろ夏休みかな?」

「はい! 実は休みが明けたらすぐに終業式なんです。折角だから土日休みの前にやって欲しかったですよ」

「あはは、今年はたまたまそうなっちゃったんだね。お仕事の方はお休み貰えるのかな?」

「うーんどうなんでしょう? 事件が無ければ基本休みみたいなものですし、逆に事件があれば夏休みでも関係無いんじゃないですかね?」

「そっか……大変なんだね……」

「でもでも、賽師匠の所もほとんど年中無休みたいなものじゃないですか?」

「そう考えると私の所も菖蒲ちゃんと同じ様なものなのかな。お仕事の依頼が無かったら毎日お休みみたいなものだし」

「そっかそっか! じゃあ私達、似たもの師弟ですね!」

「ふふ、そうだね」


 本部に到着すると受付ロビーで既に命ちゃんが待っていた。事前に色々調べようとしているのか、椅子に座って本部で保管されている事件ファイルに目を通していた。


「命ちゃーん!」

「ああ、菖蒲ちゃんおはよう」

「うん、おはよう」

「あれっ? 二人共名前呼びだったっけ?」

「三瀬川さんおはようございます。あーえっと……」


 命ちゃんの肩に手を回す。


「私達前よりもっともっと仲良くなったんです! ねー!」

「う、うん。そうだね。前よりね」

「そっか……! ふふ、良かったね菖蒲ちゃん」

「へへへ、はい!」

「んんっ……それより、今日の仕事の事だけど」

「あっそうだね。何か見てたみたいだけど分かった事とかある?」

「取りあえず日奉千草と葦舟簸子の身体検査記録に気になるところがあった。これ見て」


 そう言って命ちゃんから見せられた資料に目を通してみると、JSCCO設立後に行われた二人の検査結果が記録されていた。命ちゃん曰く、二人には機能不全を起こしている体の部位が存在しているという共通点があるらしい。確かに日奉千草の検査記録によると彼女の腎臓は片方が先天的に存在していないと、葦舟簸子の検査記録には彼女の右目は先天的な機能不全を起こしていると書かれていた。


「三瀬川さんもおかしいと思いませんか? 漂流していた二人共が先天的な障害を持っていたんです」

「生贄……?」

「どういう事ですか賽師匠?」

「あのね、日本の生贄の風習が行われてた地域の事を調べてみると、そういう生まれつきの障害を持っていた人達が生贄に選ばれたって書かれてる事が多いの」

「そうですね。一部の地域では『神に見初められた印』であるという考えがあったみたいです」

「ふむふむ……それって、理論的にはどうなんですか?」

「効果は無いってされてるね。昔の迷信みたいなもので神学的に見ても奇跡論的に見ても完全な眉唾物みたい」

「柳田國男は『生贄が逃げない様に足や目を傷つけていた風習が神格化して独り歩きした』っていう説を唱えてる。他にも説は色々あるみたいだけど、どれも明確な答えには至ってない」

「じゃあじゃあ、実際の効果はともかくとして、その二人はそういう地域から逃げてきたっていう事なのかな?」

「その可能性がある。まあここで話し合ってても仕方ないし、そろそろ聞きに行こう。菖蒲ちゃん、如月さんと連絡取るからイヤホン付けといて」

「了解!」


 イヤホンを付け終わり蒐子さんとの無線を繋いだ私達は受付の人に話を通し、くだんの二人が待っているという聴取室へと向かった。室内では千草が椅子に座っており、私達が中に入ると千草が頭を下げた。

 千草は綺麗な黒髪をうなじの辺りで小さく結んでおり、その瞳は蛍光灯の光を反射し美しく光っていた。資料によると今年で18歳になるらしいが、その落ち着いた雰囲気はまるで成人しているのかと錯覚してしまう程のものだった。


「初めまして。日奉千草です。今日は私にお聞きしたい事があるそうで」

「あ、はい。初めまして、JSCCO調査員の日奉菖蒲です」

「同じく調査員の殺月命です」

「お手伝いで来ました三瀬川賽です。こんにちは」

「……日奉?」

「あーあはは……何か何か、奇遇な感じですよね?」


 命ちゃんは用意されていたパイプ椅子の一つに腰掛けると、早速聴取を開始した。


「千草さん。今からいくつか質問をします。正直に答えて頂けますか?」

「分かりました」

「まず、貴方は四年前に起きた黄昏事件の一週間前に海上で確保されました。間違いありませんか?」

「ええ」

「……葦舟簸子もその時確保された。間違いありませんか?」

「あの子はどこに居るんですか?」

「質問に答えてください」

「……間違いありませんよ。簸子ちゃんは私にとって妹みたいなものです。身寄りの無い者同士」

「それは存じてます。今は二人で暮らしていらっしゃるらしいですね」

「ええ」

「では貴方と彼女の関係は?」

「先程申し上げましたけど、姉妹の様なものです」

「今のではありません。貴方達二人が確保される前の関係です」

「…………」


 千草は命ちゃんのその質問に対して急に黙り込んだ。後ろめたいといった様子はまるで見られず、ただ堂々と喋るつもりがないといった態度だった。命ちゃんが何度か声を掛けたり机を指でトントンと突いてみても何の返事も返さなかった。


「……では質問を変えます。貴方が確保された時、他にも女性が乗っていましたね?」

「ええ」

「その人の名前は?」

「知りません」

「……知らない?」

「ええ」

「あのあの、ちょっといいですか? 同じ船に乗ってたんですよね? 知らないなんてそんな事ありますかね?」

「知らないものは知りません。身元調査でしたら皆様の方が得意なんじゃありませんか?」

「……ではもう一つ。確保された当時、貴方は日記帳の様な物を持っていたらしいですね。あれは貴方の物ですか?」

「ええ」

「今はどこに?」

「…………」


 その質問にまた彼女はだんまりを決め込んだ。何か知られたら困る事でもあるのか、それとも答えるための情報を持っていないのかは分からないが、とにかく喋る気は無いという態度は一貫していた。

 これ以上は聞いても埒が明かないと判断したのか、命ちゃんは賽師匠に目配せをしてきた。それを受け取った賽師匠は机を周り込む様にして千草に近寄ると、一言断りを入れてから彼女の手にそっと触れた。これで記憶を読み取れるだろうと思っていると、賽師匠は何かに驚く様にして手を引っ込めた。


「どうかされましたか三瀬川さん」

「い、いえ……」

「……千草さん。もし何らかの超常能力を使ったのであれば公務執行妨害に当たりますよ」

「何もしていませんよ」

「賽師匠、大丈夫ですか……?」

「う、うん……」


 命ちゃんは何か仕掛けられた可能性を考えてか千草を睨んでいたが、千草はまるで怯む様子を見せずにその綺麗な瞳で見つめ返していた。


「……質問は以上になります」

「そうですか。あの子は、どこに居るんですか?」

「検査が終わり次第すぐに会えます。先に残っている他の検査を済ませていてください」

「分かりました。では、ご機嫌よう……」


 そう言うと千草はまるで十代とは思えない振舞いで聴取室から出て行った。


「……賽師匠、何があったんですか?」

「う、うん……さっき、記憶を見ようと思ったの。そしたらね……」


 賽師匠によると、通常であれば相手に触っただけで今までの全ての記憶が見えるのだが、千草の記憶には奇妙な点が多過ぎたというのだ。まず彼女の中に存在する最初の記憶が二つあったらしい。賽師匠の力を使えば、本人でさえ忘れている様な記憶さえ見る事が出来る。それこそ物心つく前の記憶もだ。大体の人間は母親の胎内での記憶が一番最初なのだそうだ。そしてその記憶はもちろん彼女にもあったらしいのだが、それだけでなく海上で船に揺られている記憶も最初の記憶として存在していたという。


「あんなの普通有り得ないんだよ」

「あのあの、私の場合はどうなんですか? しーちゃんが魂の中に居ますけど」

「菖蒲ちゃんの場合は菖蒲ちゃんの記憶しか見えなかったの。紫苑ちゃんの魂は完全に菖蒲ちゃんの中に取り込まれちゃってるから、見ようと思ってもまず触れないんだ」

「えっ? じゃあじゃああの人は……」

「二重人格とかかも……。確保された時に何らかの理由で別人格が出来たとか……」

「三瀬川さん、あたしはそういうのは専門外ですが、多重人格は大体精神的なショックで精神が分離して起きるものらしいです。全くの別人になっている様に見えても、根本の部分は同一の人間の筈です」

「そ、そうだよね……私もそうだとは思うんだけど……」

「うーん……他のおかしかったところって何ですか?」

「えっとね……」


 もう一つおかしいと思った点、それは彼女の魂に接触した際に感じた形状の違和感だという。人によって魂の形はそれぞれ異なっており、賽師匠は無意識に自身の魂の表面を変化させる事によって人々の魂と同期する。同期させるという点だけで言えば私の降霊術の上位互換と言えるだろう。そんな彼女が見れば人に取り憑いている霊も簡単に見破れるそうだ。体に合っていない不自然な魂の形をしているのだから。しかし、千草は今までのどれにも当てはまらない状態だったという。


「間違いなくあの子の魂だとは思うの。だけど……何か違和感があって……」

「違和感ですか?」

「うん。何て言えばいいんだろう……欠けてた部分があったというか、後から継ぎ足した部分があるというか……」


 何かおかしい部分があるのは確からしいが、現段階では賽師匠でもその違和感の正体が何なのかは分かりそうになかった。


「……三瀬川さん、ひとまず葦舟簸子への聴取をしてから考えてみましょう。体調は大丈夫そうですか?」

「そうだね……簸子ちゃんのも見てみた方がいいかな。体は大丈夫だよ。ちょっと今までに無かった経験だからびっくりしちゃっただけ」

「分かりました。……如月さん、さっきの聴取の記録出来てる?」

「あ、はいー。問題ありませんよー。葦舟さん呼びますか?」

「うん、お願い」

「分かりました。検査チームの人に連絡入れておきますねー」


 私達が思っていた以上に日奉千草の謎が深まり、ただの奇妙な元漂流者という事案では無くなった事を実感し、新たな情報が手に入る事を期待しながら葦舟簸子の到着を待つ事となった。

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