第25話:制作に霊素通信使ってます! 何も言わずにまずはカチッするべし!
『空中に浮かんでいるスマートフォン』という『当たり前』な機器の中に入っている雌黄さんの後を追って私達は落ち葉を踏みしめて遠くに見えていた街の様な所へと辿り着いた。その街は長屋や古い日本家屋を思わせる建物が多かったが、所々に不釣り合いな見た目のアパートなどの現代的な建物が建てられていた。街を歩いている人々の中には明らかに人間ではなく、かつて妖怪と呼ばれていた者達の姿もあった。今では何の変哲も無い光景だが、昔はこんな光景は想像もされなかっただろう。
「ここが遠野……」
「それで雌黄さん。次はどこに行けば?」
「ふむ、そうですね、透の事前調査によると最近になって建設されたタワーが怪しいそうです」
「透……?」
「別にそこはどうでもいいのです、それよりもボクから離れないでください逸れてもボクは探しませんからね」
そう言って道案内を再開した雌黄さんに付いて行き、その間怪しいものが無いか周囲を見渡した。不自然に浮いているアパートや現代建築などは怪しさの塊だったが、現在再開発中であり名前も『遠野地区』へと変わっている事から建物自体には異常性は無いものと思われた。
しばらく歩き続け、山の方へと道を外れると突然電波塔の様な物が目に映った。その高さから考えて今まで見えていなかったのは不自然であり、まるで何らかの隠蔽術式が掛けられているかの様な感覚だった。オカルト技術が発展した事により結界術なども少しずつ研究が進んでおり、そういった事に長けているコトサマや術者であれば、これだけの隠蔽も可能だろう。
「あ、あれあれ……さっきまでこんなの無かったよね?」
「そうだね……。雌黄さん、ここは?」
「ここが最近になって建てられた『遠野通信塔』だそうです」
「……随分とはっきりしないんですね」
「貴方方には分からないでしょうけど確かな情報筋からの情報ですよ、ええボクが保証しますよ透、貴方に入れない場所などありませんからね」
「えっとえっと……じゃあここからその問題の広告が送られてるって事ですか?」
「確証は持てませんね、しかしネットワークにそういったものを送信する以上は何らかの通信技術が必ず必要になる筈です、もっとも忌々しい事にこれだけはボクの例外ですがね」
「例外……入れないって事?」
「ボクからすればネットワークに侵入するというのは非常に容易い事ですし電子ロックなんてものは意味を成さない玩具レベルです。ですがここの電波塔には侵入出来そうにありません、全く電波塔を名乗っている癖に電波の一つも出ていないとはどういう事なんですかね、建築ミスで訴えてやりたいところですよ」
外から見ただけでは突然現れたという点を除いて異常な部分は見受けられなかった。それこそ東京タワーなどによく似たデザインであり、ここから電波が出ていないというのが嘘にも思える風貌だった。そんな電波塔を調べるために近寄ろうとすると、突然足元に落ちていた落ち葉が突風に吹かれたかの様に勢いよく舞い上がった。
「わっ!?」
「っ……菖蒲ちゃん気をつけて!」
「……落ち着いてください二人共、慌てるのは分かりますがボクはギャーギャー騒がれるのは好きではありませんしそれに何より協力してくれそうな方です」
雌黄さんの言葉を聞き、少し後ずさりしながら後ろを振り返ってみると、そこには一人の女性が立っていた。その女性は様々な花の模様が入った和服を身に着けており、その肌は異常な程の白さだった。顔の左半分は長い髪で隠されており、右半分だけしかその顔を見る事が出来なかった。
「そいでなんばしよっとね?」
「あっ、えっとえっと……!」
「落ち着いてくださいボクは日奉雌黄、こちらは日奉菖蒲それと殺月命です、JSCCOの事は理解していますね?」
「またなんかあったんよと? 如月ん頭領は死んだ筈ばってん」
「あのデカブツさんはお陀仏になりましたよ知ってるでしょうけど。今回はまた別の案件です」
雌黄さんは謎の女性にここに来た理由をまくし立てる様にして説明した。
「そいっち公になりよったらまずい話じゃなか? 向こうっちこっちはお互いに不干渉っち話やった筈ばってん」
「ええ貴方の仰る通りですともボクとしてもこんなくだらない事のために貴重な時間を費やしたくなかったんですがどこぞのお馬鹿さんがその不干渉を破っているせいでこんな目に遭っているという訳です」
「あ、あのあの! ちょっと私達置いてけぼりになっちゃってるんですけど! こちらの方は?」
「ああ、自己紹介のまだやったね。失礼。うちは弥生薊。ここで花屋ばやっちるモンばい」
「弥生さんは如月一族と同じで鬼としての血筋を引いてらっしゃる方です。『黄昏事件』の時に我々に協力してくださった方ですよ」
「正確には白鬼やね。元々うちら鬼は同じ先祖ば持つ一族やったし、他んモンの止めんならうちの手伝った方のよかかっち思っただけばい」
彼女の話が事実なのだとすれば、私達のオペレーターである蒐子さんもその血筋の存在という事なのだろう。何故鬼の一族がバラバラに別れてしまったのかは分からなかったが、この人がここに昔から住んでいるなら詳しい話が聞けそうだった。
「菖蒲しゃんが思っちる通り、なんっちなく犯人は分かっとーよ」
「えっ……!?」
「たまがらんばってんよかよ。うちら白鬼には人ん心ば読む力のあっけんだけだから」
「それと植物操作ですね『弥生』という名前は伊達や酔狂で名乗っている訳ではないという事でしょうね貴方のご先祖様は名づけの才能がある様です」
「それで弥生さん、その犯人は?」
「殺月しゃんやったね? 絶対にそーっちは言い切れんけんばってん境木峠に住んどる狼が怪しい。こん塔の出来てから真っ先に繋げよったしね」
「繋げたって……電波をですか?」
「電波が出ているのならどういう原理か教えてくれませんかねボク個人として非常に腹立たしいので」
「電波? なん言うてるん、こぎゃん所には電波なんて通っちなかちゃ。ここじゃしょっちっち違っち電気通信の上手くいかんし」
「あれあれ? じゃあじゃあ、あれって電波塔じゃないんですか?」
「ありゃ遠野通信塔、別名『霊素拡散通信塔』。霊素ば使っち他人っち通信しゅる装置ばい」
詳しく聞いてみると、霊素をあの通信塔へと送信し、そこから別の通信相手へと送信するための施設らしい。やり方を聞いても自分では出来そうになかったが、分かりやすい言い方をすれば『テレパシー』であり、本来個人でそういった力を持たない居住者のために作られたそうだ。
そしてそんな施設が作られて一番初めに霊素を繋げたいと申請して来たのが、先程話に出てきた『狼』というコトサマらしい。境木峠という場所にある古びた神社の中に住んでおり、滅多に外に出ようとしないそうだが、そんな知り合いもそこまで居ない『狼』がわざわざ霊素通信を使いたがる理由が分からないのだという。
「ふむ、ではそのぼっちなワンちゃんをどうにかすれば良いという事ですねありがとうございます、ところで境木峠への行き方を教えてもらえますか?」
「ここからだっち結構掛かるちゃ。徒歩ばってん行けるばってん、送っちもろうた方のよかっち思う」
「雌黄さん、急いだ方がいいの?」
「そうですね遠野地区が関わっているのであれば早急に対処した方がいいかもしれません、お互いに不干渉と言っておいて勝手な事をしたらどうなると思いますか? またあの事件みたいなのはごめんですよボクは」
「でもでも、送ってもらうって誰にですか? 失礼ですけどここって車とか無いですよね?」
「瓦斯倫の採れんけんから車は無かね。代わりに送迎ばしとってくれるモンのおんしゃあからちょこっと待ってね」
そう言うと弥生さんは目を瞑りぶつぶつと小声で何かを発し始め、それは僅か十秒程で終わった。
「あのあの、今のが霊素通信なんですか?」
「そーやね。一応物売りん仕事やし、あった方の便利かっち思っち使っちるんよ」
その発言の直後、地面がドドドと揺れて巨大な影が私達の前に横切るかの様に現れた。いや、あまり大きく近かったため影に見えていただけで、それは影ではなく別の存在だった。
「え、こ、これって……」
「おっとなるほどあの伝承は事実だったという事ですかね」
「遠野地区一帯ん送迎業はじぇんぶこん『大百足』の担当しとるんばい」
ズンッともたげる様にして大百足の顔がこちらに向く。
「弥生、我を呼んだか?」
「呼んだばい。こん人達ば境木峠まで乗しぇていっちもらえなかねな?」
「構わんが料金は払えるんか?」
「電子マネーで、おっと失礼ボクとした事がそんなものある訳ありませんよね」
「えっとえっと、幾らですか?」
「ここから境木峠までならコオロギ5つで手ぇ打とう」
「……えっと、弥生さん?」
「あ~……そーか、貨幣価値の違うとるんやった。そいやい後でうちが代わりに払うちゃ。そいばってんよかよね?」
「貴様がそれでええなら問題あらへん。では我が責任を持って送ろう。背中に乗れ」
雌黄さんの映ったスマートフォンが『大百足の背中へと既に移動』しており、私も後に続くためにその大きな脚に足を掛けて上ろうとしたが、ふと思い出し後ろを振り返る。するとやはりというべきか、命ちゃんはいつの間にか相当な距離を取っており、こちらに背を向けて視界に大百足を入れない様にしていた。
「……命ちゃーん!」
「……」
「ねぇ命ちゃんってばー! ほら行くよー!」
「なるほどそういう事でしたかこれは人選ミスでしたかね少しでも待って他の方に頼むべきだったかもしれません、すみませんこれはボクのミスですね殺月さんは気にしないでいいですよボクのミスですので、ええボクのミスですので」
「なん? あん子虫いかんと?」
「現世を離れてえらい経つが人は軟弱になったんやな。我が現世に居た頃は虫如きでほたえる人間は少なかった筈やけど」
「命ちゃーん! まさか歩いて行く気ー!?」
「……」
私達が何を言っても一切の反応を見せず視線すらもこちらに向けようとしないため、仕方なく一旦地面へと降りて彼女の下へと向かう。
「命ちゃん大丈夫……?」
「……来なきゃ良かった」
「いやいや気持ちは分かるけどさ……その、乗っちゃえば分からないよ」
「……もう見ちゃった」
「う、うん。そうだろうけどさ……でもでもお仕事じゃない」
「……歩いて行く」
「ちょっと本気!? 命ちゃん居ないと私も困るんだって!」
「あたしも今困ってるっ……!」
虫嫌いの彼女にとってはかなりきついらしく、声が震えて今にも泣きそうになっていた。
「もー! ほら行くよ!」
「えっちょっ!?」
これ以上ここでごねていても時間を浪費するだけだと考えた私は命ちゃんと手を無理矢理繋ぐと大百足の方へと引っ張った。体格の違いのせいでかなりの労力ではあったが、何とかギリギリ引っ張って行ける力の差だった。
「やだやだやだやだ!!」
「も~! 何でこういう事になるとそんなになっちゃうかなぁ~!」
「無理無理無理無理無理!!」
「大丈夫だから! すぐに着くから!!」
「すぐとかそういう問題じゃない無理無理無理無理!!」
「気持ちは分かるけどみっともないからいい加減諦めて~!!」
「分かるならそっちこそ諦めて!! 無理無理無理いや無理無理!!」
大百足に近づけば近づく程その抵抗は激しくなってきたため、このままでは背中に乗せられそうになかった。そのため最後の手段を使わざるを得なくなってしまう。本来彼女に対してこんな事をしたくはなかったのだが、こうでもしなければいつまでも駄々をこねそうだったため、仕方なく私の中で眠っているしーちゃんに語り掛けて魂を固着させ、手を蛇の頭を模した形にして首元に食らいつかせる様にして突きを入れる。
「っ!?」
「……ごめん命ちゃん。悪いけどこれ以上騒いだら迷惑掛けちゃうからさ」
相手の魂に自分の霊力を無理矢理流し込む事で、魂に一時的なアレルギー反応を引き起こさせて行動不能にする技『霊拳 蛇痺咬』によって命ちゃんの動きを封じると、何とか大百足の背中に担ぎ上げた。
「すみませんお騒がせしました」
「肉体などというものにいつまでも縛らているからこういう事になるのですつまり何が言いたいかというと聡明なボクみたいに魂を電子変換するのがベストだという事ですね。…………透もあまり騒がないでもらえませんか? 仕事ですよ」
「もう出てもええんか?」
「はい、大丈夫です大丈夫です!」
「じゃあ出るで。落ちん様に掴まっとれ」
「終わったら通信せんね大百足~」
何とか無理矢理にでも命ちゃんを大百足の背中に乗せる事が出来た私は、恨めしそうな表情でこちらを睨んでいる命ちゃんと目を合わせないために、向い合せる様な形で膝の上に座らせると、抱き寄せて肩の辺りに彼女の頭が来る様にした。体の自由が戻ればほぼ間違いなく文句を言われるだろうが、あの鋭い目つきを浴びながら運ばれるよりかはそっちの方が数段マシだった。




