第24話:某怪異居住区にて――(あと…1広告) ここからが本当の地獄だということに彼女はまだ気づいていない――…
『無怨事件』から一週間経ち、私は退院する事になった。初の事例であったため経過観察が必要だという事になっていたらしいが、治療以降何の異常も発生しなかったため退院になったそうだ。私としてもあまり病院に居続けるというのが好ましくなく、これ以上勉強が遅れてしまうのは避けたかった。
今日の午後には病院から出る事になっていたため色々と準備をしていると、スマートフォンに電話が入った。相手は蒐子さんであり、いつもであれば無線越しだというのにこちらに掛けてくるというのは珍しかった。
「もしもし蒐子さん?」
「お久し振りです日奉さんー。お体の方は大丈夫ですか?」
「ええ、何とか大丈夫ですよ。それでそれで、どうしたんですか? こっちに掛けてくるなんて珍しいですね?」
「あーはい。実は早速なんですけど緊急でお願いしたい案件が発生しましてー……」
「いいですけど……何ですか?」
話を聞いてみると、インターネット上に複数の由来不明の広告が確認されたそうだ。それらは一般的なネット広告の中に紛れ込んでおり、誤ってクリックしてしまうと古びた祠などの画像が大きく表示され、強制シャットダウンを行わなければ消せなくなってしまうらしい。一見すると通常の広告と見分けがつかず、他の広告の一部文字や画像を改竄する様な形で表示されているらしい。それ故に不注意でクリックしてしまう人が居るそうだ。
「あのあの、お話は分かったんですけど、それって本当に私達でいいんですか? どっちかっていうと実地調査の方がメインなんですけど……」
「はい、それは承知してます。ただ今回は場所が場所と言いますかー……」
「場所?」
「えっと…………協力してくれる人に一旦代わるので詳しくはそちらでー!」
蒐子さんがそう言うと突然スマートフォンからノイズ音が聞こえてきた。驚いて耳元から離し画面を見てみると、そこにはフードの様なものを被った小学生くらいの容姿をした人物が映っていた。その眠たそうな顔は私も一度見た覚えがあった。『黄昏事件』によってコトサマの存在が全世界に知れ渡ったあの日、テレビを通して様々な説明をしていた人である。
「全くこれでオペレーターを名乗っているのですか片腹痛いですねまあもっともボクに腹に該当する部分は無いんですが」
「あ、え、えーと……」
「おやボクと会うのは初めてでしたか? 聡明なボクは勿論貴方の事を知っていますが」
「えっとテレビに出てた人ですよね? 名前はえーと……」
「日奉雌黄です。もし貴方が人の顔や名前を覚えるのが苦手なのであれば画面の右端の方に常に名前を表示させておきましょうか? ボクは一向にそれでも構いませんが」
「雌黄さんですね。私は――」
「菖蒲、日奉菖蒲さんでしょう? ええ、ええ分かっていますともボクからすればネットワーク上に存在するあらゆるデータは本棚に入っているCDの様な物ですよ、つまり何が言いたいかというとボクに知らないものはないという事です」
「あ、あの……分かりました。それで何があったんですか? 蒐子さんは場所が問題とか……」
「おっとそうでしたねボクとした事が無駄話が過ぎました。ではお話しましょう」
雌黄さんによると問題の広告の発信源が通常の場所からではないとの事だった。雌黄さんは『あらゆる電子機器やネットワークに侵入し、好きに改竄したり閲覧出来る』という能力を持っており、この広告の捜査を行っていたらしいのだが、ネットワークのどこを探しても広告の作成者が発見出来ず、違法な回線からの発信も確認出来なかったそうだ。しかし、そんな中ある疑惑が浮かび上がったらしい。
「菖蒲さんは『遠野地区』の事をご存じですよねもちろん?」
「はい。元々『黄昏街』だった場所ですよね?」
「その通りですボクらにとってはあの事件の首謀者が住んでいた忌々しい場所ですが今では再開発が進んで色々と変わっているそうです」
「みたいですね。もしかして、そこが?」
「あくまで疑惑ではありますが怪しい動きがあるのは確かです、最近の再開発によって遠野地区ではインターネットに類似した通信技術が開発されたという噂があるのです」
「そこから送信されてると?」
「このボクですら追跡発見出来ない方法などあるとは思えませんし思いたくもありませんが調べる価値はあると思っています」
「な、なるほど……じゃあじゃあ私はいらないんじゃ……」
「いえ必要です。実はボクには透という……いえそれはまあいいですが、とにかくあの場所に行く事が出来る手段は持っているのです、ですが何か問題が発生して敵対行為が発生した場合対処しきれないのです。ボクがそういった事が出来ないのは貴方も見れば分かりますよね?」
「そ、そうですね……」
「つまり貴方は護衛という訳ですちなみに殺月命さんにも連絡は既にしていますので廻間町に来て頂けますか駅でお待ちしております」
まくしたてる様にそう告げると雌黄さんは画面上からプツンと消えてしまった。あまりにもハイテンポな喋り方のせいで完全に向こうのペースに呑まれてしまい、呆気に取られて色々と聞く事が出来なかった。しかし殺月さんにも既に連絡が入っているという事で待たせるのも良くないため、急いで残りの準備をして病院から出る事にした。
病院から出た私は前回の調査の時に持っていたリュックを背負うと駅へと向かい、そこから電車や新幹線を乗り継いで数時間掛けて廻間町へと辿り着いた。
廻間町は『黄昏事件』が発生した際に使用された『ポータル』が存在している町の一つらしい。あの日、如月慙愧を追跡するために一部の日奉一族のメンバーは『黄昏街』へと足を踏み入れた。その中にはねぇねやしーちゃんも含まれていたそうだ。そしてそこからあの事件は始まった。
「早かったね」
「あれあれ、は、早いね……待たせちゃった?」
「別に」
駅から出ると外では既に殺月さんが待っていた。一体いつ連絡を貰って東京を出たのか不明だったが、幸いにも機嫌が悪くない事から自分が遅れ過ぎたという感じではなさそうだった。遠隔移動が出来る『ポータル』がここにもあればすぐに来れたのだが、ここにあるのは『遠野地区』へと続く『ポータル』であるためこうして今まで通りの手段で来るしかなかった。
「……ねぇ」
「え、何?」
「動かないで」
そう言うと殺月さんは私の襟元に触れたかと思うとピシッと引っ張る様にして整えた。どうやら急いで出たせいで服が少し乱れていたらしい。更に髪にも触れられ、跳ねてしまっていた部分を整えられた。
「……これで良し」
「あ、え……?」
「……何?」
「い、いやいや……どうしたのかなって……」
「何が?」
「何がって……殺月さんそういう事する人じゃなかったっていうか……えっ何、変な物でも食べた……?」
「君って失礼だよね……」
「え、ていうか……本当に殺月さんだよね?」
「名前」
「えっ?」
「……名前で呼んで。菖蒲ちゃん」
変な汗が出てくる。
「あのあの……本当に大丈夫? 具合悪いなら休んだ方が……」
「君が言ったんじゃなかった?」
「え、何を?」
「……相棒でも友人でも望むならなるって。言ってたよね」
「……あ~~言ってたね、うん」
「だから」
「だから?」
「あたしと君はその……今日から、あの…………とにかく名前で呼び合う! それだけ!」
この間の別れ際に名前で呼ばれたのはこういう事だったのだろう。あの日、殺月さんの中で私に対する認識か何かが変わった。一体どこをどう見て名前で呼ぶに相応しいと感じたのかは分からなかったが、少なくとも出会った当初の頃よりかは私に対して好意的に見てくれているという事なのだろう。もしそうなのであれば、実際に言い出しっぺである私もそれに応えなければならない。
「じゃあじゃあ、えっとえっと……命ちゃん?」
「……何か違う」
「はい?」
「ねぇ……あたしが望むなら何でもなってくれるんだよね?」
「ま、まあ出来る範囲でね」
「……そ、それじゃあ……お……お姉ちゃんって……」
相当恥ずかしいのかどんどん声が小さくなり、最後には蚊が鳴く様な声になってしまった。そこまで恥ずかしいのなら無理しなくてもいいのだが、それを求められ良好な関係が築けるのであれば私としては応える他無い。
「え、えーと……命お姉ちゃんっ!」
「……」
「……」
「……」
「……あの……」
「……やめようか」
「……うん」
「名前呼びでいいから」
「うん」
何とも気まずい雰囲気になってしまった私と殺月さんもとい命ちゃんは、この町にあるという『ポータル』へと足を進めた。命ちゃんは事前に雌黄さんから場所を聞いていたらしく、JSCCOで働いている人間の間では知らない人はほとんど居ない場所らしい。私は当時まだ昏睡状態だった上に現在の超常社会になってから私達の世界と『黄昏街』はお互いに不干渉を貫いていたため、知る機会も無かったと言ってもいい。
『ポータル』があるというその場所は人気の無い裏路地であり、何度か角を曲がっていった先にあった。目にははっきりと見えていないがJSCCOによって作られた小さな祠と鳥居が行き止まりに建てられており、どうやら混乱を避けるためにこうして偽装をしている様だった。
「ここみたい」
「だね。さつ……命ちゃん入り方分かる? 他の『ポータル』とはやり方違ったりするのかな?」
命ちゃんが答えようとした瞬間、それを遮る様に雌黄さんの声が聞こえてきた。音を頼りに目線を動かしてみると祠の上に立て掛けられる様にしてスマートフォンが置かれていた。
「意外とお早い到着でしたねネットワーク上を移動出来るボクとは違ってお二人は生身ですからもう少し時間が掛かるかと分析していたのですが大きく外れる事になりました………………今それはいいでしょう透」
「雌黄さん流石に早いですね。……あの、透っていうのは……」
「お二人にはどうせ関係の無い事ですのでご心配無くこれから仕事ですのでそちらに集中してくださいねボクはプロ意識が無い方は嫌いなので」
「わ、分かりました」
「それで雌黄さん。どうやって入れば?」
「そこの祠を開けれてもらって中に手を突っ込んでください名作『ローマの休日』の様に、そうすればすぐに着きますよ。安心してくださいね他のポータルみたいにバランスが崩れるだとかはありませんから」
言われた通りに祠を開けて二人で中に手を入れてみると、見えない何かに吸い込まれるかの様に手が渦を巻き始めた。今まで利用してきた『ポータル』とはまた違う現象で少し戸惑ってしまったが、そんな私の様子を気遣ってくれたのか命ちゃんは安心させる様に私の腰に手を回した。むしろ今までとの対応違いで余計に怖くなった。
ふと足元で鳴った音に気が付いてみると景色がいつの間にか平原へと変わっていた。足元は銀杏や椛などの落ち葉によって覆い隠されており、少し足を動かすだけでガサガサと音が鳴った。そこら中には常に紅葉した葉で満たされた木々が生えており、そこから絶え間なく落葉している様だった。遠くに見える山の向こうでは夕日が沈んでおり、空は赤く染められていた。
「ここが……黄昏街……」
「正確には遠野地区ですね」
後ろを振り返ると雌黄さんが映っているスマートフォンが空中に浮かんでいた。明らかに異常な……いや、何もおかしな事ではなかった。『スマートフォンが宙に浮く』それが『普通の事』ではないか。
「ここにはネットワークが通っていないためボクにとっては実に嫌な場所です、こうやって何かの中に入っていなければ侵入も出来ませんからね全く文明開化はいつになるのでしょうか」
「ここからその変な広告が送られてるかもしれないんですよね?」
「まだ疑惑ですがね。とはいえボクの計算によればこれはほぼほぼ100%と言っても過言ではないと思っていますよ、ええ」
「どこから探せばいいの? ここは初めてなんだけど」
「ふむ、ここに関してはボクよりも透の方が詳しいですから…………そうですかお願い出来ますか? 流石透ですね、ではお願いします」
「あのあの、さっきから気になってたんですけど雌黄さん誰と喋ってるんですか?」
「……話したところで無意味でしょうから話しません、非効率的ですからね。それよりボクが道標となって案内しますから付いて来てください」
一体雌黄さんは何を隠しているのだろうかと疑問に思っていると早速道案内が始まった。雌黄さんの居る位置が変わって……いや、『最初から雌黄さんはそこに居た』のだ。全て計算づくで最初から案内出来る様にそこに居てくれたのだろう。
「行こう菖蒲ちゃん」
「うん」
私と命ちゃんはガサガサと音を立てながら、『最初から一切その場から動いていない』雌黄さんを追って遠くに見える街の様な場所へと足を進めていった。




