第23話:怨結び
蘇芳さんは微動だにしない殺月さんの胸に手を当てて何かを呟いていたが、十数秒程経つと口を噤んで唸った。
「あ、あのあの、どうしたんですか!?」
「何か妙ですわ……これはどういう事なんですの……?」
「わ、私にも分かる様に教えてくださいよ!」
「上手く解呪出来ないんですの」
蘇芳さん曰く、彼女には『呪いをパズルの様に認識し、解呪する力』があるらしい。元々先天的にそういう才能を持っていたそうだが、オカルトに強い興味を持っていたため色々と調べたり手を出している間にこの力を身に着けたそうだ。この力を使えば呪いをパズルの様な形で紐解き、正確な形に変える事によって消せるらしいのだが、何故か今の殺月さんの体にはどこにも呪いに該当するものが存在していないそうなのだ。
「呪物を用いた呪いなら必ず伸びてきている呪線があるんです」
「じゅせん?」
「伝ってくる呪いのエネルギーと言えば宜しいのでしょうか……とにかくそういったものがある筈なんですの」
「じゃあじゃあ……呪いじゃない?」
「私の力を信じればそういう事になりますわね……」
そう言われて改めて今までに発見した物を思い返してみると、いくつか引っ掛かる部分があった。まず、人形に貼られていたあの紙に書かれていた名前である。他の場所で発見されたという類似品の写真を見せてもらったが、そのどれもが全て違う名前だったのだ。そんな中一つだけ例外なのは殺月さんの妹である魔姫ちゃんだった。少なくとも現段階で私は『まき』と書かれた物を三つは発見している。日本人形、ポスター、そして藁人形だ。何故か彼女だけが複数回に渡って書かれているのだ。
他に気になる部分といえば、何故か呪いの専門家である蘇芳さんですら呪いを認識出来ないという点だ。この村に来た段階で呪いが発動していなかったらしく、更に今でも呪線なるものが見えないと来ている。見た限りだと意識を失っているのは殺月さんだけであり、他の人、それこそ一番近くに居た私には一切の影響が出ていない。
「……あのあの蘇芳さん。私達が見つけたあの逆さの祓詞ですけど……」
「どうしました……?」
「あれって、あれだけで効果を発揮したりするんですか……?」
「そんなまさか。あれは媒介に過ぎませんわ。最低限術者の呪力が無ければ意味を成しません」
それを聞いた直後、謎の泣き声に対処するために林の中へ入っていった調査員達が戻ってきた。先頭に立っている人員の手には古びたラジカセが握られており、どうやらそこからあの泣き声が発生していたらしく、その音はいつの間にかピタリと止まっていた。突然殺月さんが倒れて焦っていたのか音が鳴り止んだ事に気付けていない自分が居た。
そしてこのラジカセを見て、私の中にある一つの仮説が浮かび上がった。あくまで呪いに詳しくない素人の考えだが、今までの証拠的にこれしか思いつかなかった。
「蘇芳さん蘇芳さん……一つ、思った事があるんです」
「何ですの……? 手短にお願いしますわね」
「これ、やっぱり呪いなのかもしれないです」
「え? ですが……」
「呪いが必ず外部から発生してるとは限りません。もしこの村に散らばってる呪物っぽい物全てが、そのための物だとしたら?」
「……分かりやすく話してくださいな」
「多分ですけど、あれは全部火薬みたいなものなんです。あれだけじゃ何の効果も成さない。ただそこにあるだけ。火薬は火が無いと炸裂出来ませんよね」
「火薬……」
「きっと火薬は……トリガーは……殺月さん自身なんです。これは、殺月さんを狙い撃ちにした新種の呪い……」
私の考えが正しいのだとすれば、呪いの根源は殺月さん本人の魂の中にある。他の呪物に見える物は全てブラフであり、同時に火薬でもあるのだ。『この村で呪いが発動しそうになっている』という情報を植え付けるための見せかけの物、実際あれに呪術的な意味合いがあるか無いかは関係無い。『まき』という彼女の妹を思わせる文字で『妹が狙われているかもしれない』という疑念を植え付け、そして魂自身を内側からじわじわと汚染していき、最終的に肉体にも影響を及ぼす。これはそういった呪いなのではないだろうか。
「……つまり百物語と同じという事ですわね?」
「それって、あの怪談の?」
「ええ。諸説ありますけど、あれは降霊術の一種なのではないかとも言われてますの」
「降霊術……」
「昔から日本では『怖い話をすると怖いものが引き寄せられてくる』とよく言われていると聞いた事がありますわ」
「それって本当なんですか……?」
「菖蒲さんの考えが正しいのなら、事実かどうかは関係ありません。貴女と命さんは同年代なのでしょう? つまり、まだ今の社会になる前の時代を知っているという事です。事実かどうかはともかくとして、『そういう言い伝えがある』と記憶している。それが重要なのではないでしょうか」
私は9年間も昏睡していたため全体的に知識が乏しい。他の調査員の人は精神的にしっかりしている人が多い。だが、殺月さんはどうだろうか。守りたい大切なものがあり、それに対する愛情が強く、万が一さえも避けたい性格の彼女なら一人だけ影響を受けてもおかしくはないのではないだろうか。そもそも最初から彼女を狙い撃ちにしていたのであれば、より効果が出やすいだろう。
「だとしたらマンモスヤバイですわね……外部からの呪いなら私がどうにか出来ますが、命さん自身が発生源となると……」
「……殺月さんの魂が体の内側にあるから難しいって事ですか?」
「そういう事になりますわね……。今の命さんは自分で自分を呪っている状態ですの。今のままでは何も……」
それを聞いた私は自分の魂の中で眠っているしーちゃんに語り掛ける。『黄昏事件』で私を救うために命を落とした私達三姉妹の次女。小さい頃から可愛がってくれていた彼女。しーちゃんが居たから今の私が居る。妹を思う殺月さんは、きっとあの時のしーちゃんと同じなのだろう。大切な家族のために命すらも懸けられる。その精神性のせいでこうなってしまったのだ。
『正気で言ってる? その子は今、呪いの発生源そのものになってるんだけど。下手に魂を引き摺り出したら菖蒲も汚染される』
『お願いしーちゃん。このままじゃ殺月さんが死んじゃう……私にしか出来ないんだよ』
『それで菖蒲が死んだりしたら姉ちゃんに顔向け出来ない。他人のために命張るなんて馬鹿げてる』
『……ごめんしーちゃん。それでも私は……』
その日初めて、私はしーちゃんの意志を無視して魂を同期させた。いつもは必ず聞き入れてもらってからやっていたのだが、今は四の五の言っていられないのだ。自分の魂の表面を変形させて、しーちゃんの魂と無理矢理嵌め合わせた。勝手な事をして怒っている印象を受けたが、それ以上は何も言わず、私に『魂に触れる力』を貸してくれた。
「蘇芳さん」
「何ですの……今解決法を考えてるので手短にお願いしますわね……」
「私がやります」
「……今何と?」
「今から、殺月さんの魂を取り出します。この呪いが殺月さん本人を由来としてるなら、触れる筈ですから」
「ちょっと何を仰って――」
蘇芳さんが止めようとするのを振り切り、仰向けに倒れている殺月さんの胸へと手を触れてその魂をしっかりと掴んだ。そのまま腕を引いて彼女の魂を引き抜くと、今までに感じた事が無いレベルの呪力の強さに立ち眩みがしてしまう。自分には魂を目視する程の霊感が無いため正確な事は言えないが、きっと賽師匠が見たら冷や汗をかくレベルなのは直感した。触っているだけで具合が悪くなるのだから目で見れば凄まじいものだろう。
「菖蒲さん何をっ……!」
「見えてますか……? 外に、出しましたよ……!」
「これは……初めてみますわ……こんなガン黒な……」
「解呪出来そうですか……?」
蘇芳さんは私の手の先辺りにそっと手を動かしたが、何か熱いものでも触ったかの様に素早く手を引っ込めた。
「い、いけません! こんな、こんなものが……」
「強すぎる、んですね……?」
「え、ええ。ここまでのものは初めて見ますもの……」
「……じゃあじゃあ、私が弱めるんで、お願いしますねっ……!」
意識を集中させて霊力を高めると、空いている反対側の手を魂がある場所へと突き立て、呪力の流れを変化させた。本来生きている人間の魂を降ろしたりする事は不可能であり、当然固着させる事が出来ないのだが、肉体と魂が離れているという疑似的な仮死状態を作り出した事によって殺月さんの魂と部分的に同期出来た。そのため僅かではあるが彼女の魂を操る事が可能となり、その状況を利用して彼女から生み出されている呪いをこちら側へと流入させた。
呪いがこちらに流れてくる度に心臓の動きが不安定になり、頭痛までしてきた。彼女が魔姫ちゃんの事を姉として愛していればいる程、この呪いの力は強くなるのだろう。『妹を巻き込んでしまった』という罪悪感が全ての根源なのかもしれない。沢山愛しているからこそ、自分自身を憎く思ってしまうのだ。
「すお……うさん……」
「これならいけますわ! もう少し持ち堪えてくださいまし!」
そう言うと蘇芳さんは殺月さんの魂がある場所に両手を添えると何かをブツブツと呟き、パネルか何かを回す様な動きをし始めた。その度に呪力を纏った殺月さんの魂が揺れる様な感覚を覚えた。実際には揺れていないのかもしれないが、少なくとも何かが起こっているのは確かだった。
頭痛はどんどん激しくなっていき、ついには眩暈や吐き気を起こす程の酷さになっていた。そんな状態が続き、いよいよ限界に達しそうになったその瞬間だった。
「これでチェックメイトですわ!」
蘇芳さんの終わりを告げる言葉が聞こえ、殺月さんの魂から感じていた呪力は綺麗に消え去っていた。しかしその内のいくつかは自分の中に取り込んでしまっていたため、私自身の体調は良くなる事はなく、ついには立っている事すら出来なくなってしまった。
このままだと殺月さんの魂が体に戻れなくなってしまうため、覚束ない視界を頼りに彼女の体に覆い被さる様にしてその魂を戻した。彼女が無事目を覚ますかどうか確かめたかったが、その前に私の意識は真っ暗な闇へと呑み込まれてしまった。
「……あれ?」
私の視界に映ったのは、よく見知った真っ白な天井だった。私はベッドに寝かされており、カーテンの外から漏れる光を見るに朝の様だった。ベッドの隣には椅子に座っている殺月さんの姿があり、ベッドに突っ伏して寝息を立てていた。
ここは恐らく東雲病院なのだろう。幼い頃に『シシノケ』というコトサマからの呪いを受けて昏睡状態になった私が9年も入院していた病院がここだった。そして、しーちゃんが私のために命を落としたのもここだった。
「殺月さん、殺月さん」
「……ん……」
「起きて殺月さん」
「……んぅ……」
あまり朝が強い方ではないのかなかなか起きようとしないため、仕方なく頬を軽く摘まんで引っ張る。
「うあっ!?」
「おはよ殺月さん」
「……んんっ……おはよう」
「起こしてごめんね。昨日……でいいのかな? 大丈夫だった?」
「……バカじゃないの」
「え?」
「君、本当にバカなの!? もう三日も経ってる! このまま目を覚まさないんじゃないかって院長も!」
殺月さんによると、どうやらあの匪廼原村での事件から今日で三日目らしい。あの後意識を失ってしまった私は現場に車で駆けつけていた調査員の人によってここへと運び込まれ、蘇芳さんと院長先生である真白さんの手によって何とか解呪されたそうだ。ここに運び込まれた時点で肉体がかなり弱っていたらしく、蘇芳さんが解呪を行っている間、院長がずっと私の体が壊れない様にしてくれたらしい。
「いやいやごめんごめん」
「ごめんじゃない! 死んだらどうするの! 何であんな真似を!」
「でもでも、ああでもしないと殺月さんの呪いは解けなかったんだよ。蘇芳さんから聞いてない?」
「……それは聞いてる。あたしを標的にした呪いだったのかもしれないって」
「そうそう。誰がやったのかは分からないけど、殺月さんを呪い殺そうとした人が居るんだよ。もう犯人とか捕まった?」
「まだ……。それより、あたしの質問に答えて。どうしてそこまでしてあたしを……」
「んー……殺月さんからはね、お姉ちゃんの波動を感じたからだよ?」
「……は?」
「そんな怖い顔しないでよ。あのね、実は私の二人目のお姉ちゃんも殺月さんと似てたんだ」
私は四年前にこの病院で命を落としたしーちゃん、日奉紫苑の事について話した。あの時しーちゃんが助けてくれなかったら、きっと私はとっくに死んでいた。その命に代えてでも妹を守ろうとするその姿が重なって見えたのだ。
「殺月さんがあれだけ汚染されたのは魔姫ちゃんへの愛情があったからだよ。しーちゃんが私の事を思ってくれてたのと同じ様にさ」
「理由になってない……あたしと君は家族でも何でもない」
「でもでも相棒だよ」
「君は……相棒のためなら自分が死んでも構わないっていうの?」
「流石にそこまでは思わないよ。私はあの程度じゃ死なないって確信があったからやっただけだよ」
「確信……?」
「そう。呪いの解呪が出来る蘇芳さんが居たし、それに私が倒れても殺月さんはきっと私を見捨てない。そう思ったんだよ」
「あたしが助けなかったら……?」
「ううん。助けるよ。殺月さんはきっと助ける。だって私と違ってお人好しだしね」
殺月さんは納得がいかないといった様子で私の意見を聞いていた。実際、家族でも何でもない人のために命を懸ければそう思われても仕方がない。しかしそれでも私は殺月さんを見殺しにしたくなかった。あそこで彼女を見捨てる事は、あの時私を助けてくれたねぇねやしーちゃんを裏切る事の様な気がしたからだ。しーちゃんは『姉ちゃんに顔向け出来ない』と言っていたが、それは私も同じなのだ。あそこで殺月さんを見殺しにすれば、ねぇねにもしーちゃんにも、師匠達にも見せる顔が無い。
「……日奉さん」
「なになに?」
「君は……いったい何なの?」
「何なのって?」
「平気で死者の霊を利用するかと思えば、こうやって急にいい人ぶったり……三瀬川さん達の前ではネコ被ってるみたいに振舞って、実際はリアリストかと思えばあたしを助けたり…………君が何なのか見えてこない。君は、いったい何なの……?」
「何って言われてもこれが私だよ。日奉菖蒲はこういう生き方なの。その場その場に適した振舞いをした方が人生上手くいくでしょ? だからこうやってるだけ。どの私も嘘じゃないよ」
「じゃあもし、あたしの性格が違ってれば、また別の君だったの?」
「それは会ってみなきゃ分からないかな。まあたらればだけどね。私の中ではもう『殺月さんはこういう人』って決まってるし」
「……あたしが望めば違う君にもなれる訳?」
「そうして欲しいならそうするよ? 私も別に殺月さんと喧嘩したい訳じゃないし、そっちの方が殺月さん的に落ち着くっていうなら一応聞くよ」
「どんな風にも?」
「うん。殺月さんが望むなら相棒でも友人でも赤の他人でもなるよ。そっちの方がやりやすいならね。私的には今が一番適性だと思ってるけど」
そう伝えると小さく溜息を吐き、殺月さんは椅子から立ち上がるとドアの方へと歩き出した。
「あ、あれあれ? 帰っちゃうの?」
「そろそろあたしの面会時間は終わりだからね」
「そ、そうなんだ」
殺月さんがドアの前で立ち止まる。
「……ねぇ」
「何?」
「覚悟しといた方がいいよ。菖蒲ちゃん」
「えっ……今名前――」
珍しく口角を上げた殺月さんは私の問いを無視してそのまま外へと出て行った。
「菖蒲ちゃん……」
まさか彼女から名前で呼ばれるとは思ってもみなかった。最初に会った時に距離感を見定めるために馴れ馴れしく距離を詰めた際には嫌がられたため、これから先も苗字呼びだろうと思っていた。あまりにも予測出来なかった言動に思わず面食らってしまった。彼女にとっての『名前で呼び合う関係』というのはどういった対象なのだろうか。
一人で考えても浮かびそうになかったため、近くの小棚の上に置いてあった自分のスマートフォンを手に取り、メールをチェックしてみる。すると蒐子さんからあの事件の報告が届いており、あの後回収された呪物紛いの物は全部で百個丁度であり、そのどれにも呪物としての力は存在していない事が判明したそうだ。今までに前例が無い呪いの手法であり、殺月さんだけが標的にされていた可能性から再現して研究するのも難しいという研究機関泣かせの呪いだったらしい。とはいえもしもの事があるため、回収された物品は現在一つ一つナンバリングされて保管されているとの事だった。
「再現性無し、か……」
あれだけの特殊で複雑な呪いを意図的に仕組んだ人物は相当な才能の持ち主なのだろう。しかも殺月さんが魔姫ちゃんを心底大事にしているという情報を知っていなければ成立しない呪いだ。あまり考えたくはないが、JSCCO内部、あるいは殺月さんの知り合いに彼女を排除しようとする動きがあるのかもしれない。あれはまさに『無縁』であり『無怨』でもあった。しかし実在しない筈の呪いは彼女の思い込みを増幅させて、ついには本物の『怨』となった。彼女は『縁によって怨を結ばれた』という事になる。偶然であればいいのだが、今後は彼女の周辺にも気を配らなければいけないのかもしれない。
そう考えを巡らせていると病室のドアが開き、賽師匠と縁師匠が入ってきた。賽師匠は起きている私を見ると、手に持っていた袋を小棚を上に置いてぎゅっと抱き締めてきた。
「菖蒲ちゃんっ……」
「わわっ! 賽師匠、ど、どうしたんですか」
「どうしたんですかじゃないよ……菖蒲ちゃんの意識が戻らないって聞いて私……」
「……三日間仕事にならなかった。ずっとそわそわしてたし」
「そ、そうだったんですね~……」
「でもっでも良かった! 何ともない? 痛いところ無い? 変なものが見えたりしない?」
「だ、大丈夫ですよ。心配掛けちゃってすみません」
「そっか……。じゃあ、これ食べる? ほら、唐揚げ!」
「作ってきてきくれたんですか!? ありがとうございます!」
「……これ三回目だけどね。起きるまで待ってればいいって言ってたのに」
賽師匠が袋の中に入っていた弁当箱を取り出している中、縁師匠はいつもの様にクールに呆れた様な顔をして賽師匠を一瞥した。
「だ、だっていつ起きるか分からなかったでしょ……? 大変な目に遭ったんだから、せめて美味しいご飯を食べて欲しいなって……」
「……その間事務所の仕事は全部私任せだったよね」
「う、うん……」
「え~賽師匠それはダメですよ。お仕事はちゃんとしなきゃ」
「分かってはいたんだけどね……」
「……賽は菖蒲に甘すぎ」
「そ、そうは言うけど縁ちゃんだって毎日お見舞いに来てたでしょ?」
「……は? 来てないけど?」
「私知ってるよ。毎晩、お布団から出てどこかに行ってたでしょ? 私心配になって、もしかしたらって思って電話したらここに来てるって……」
「…………誰から聞いたの」
「え、えっとそれは……」
「真白?」
「う、うん。院長さん……」
「余計な事を…………」
縁師匠はバツが悪そうに窓際に来ると私達に背を向けて外の景色を眺め始めた。
「ご、ごめんね縁ちゃん。心配で……」
「そうですよ縁師匠~。賽師匠だって悪気があってそういう事したんじゃないんですから」
「ん……別に怒ってない。ていうか菖蒲が入院しなければよかった話なんだけど?」
「あはは、ごもっともですはい……」
「……もっと自分の事を大事にしなよ。命は……一つしかないんだから」
「あっ……はい」
縁師匠の言葉は重たいものだった。この人が私の師匠である理由は彼女の肉体の異常性にあるのだ。私の力を特訓するために、この人は何度もその力を使ってくれた。常人であれば耐えられないであろうその力を。
「…………空気悪くした、ごめん」
「い、いえいえ! 私の方こそごめんなさい! お二人に迷惑かけちゃって……」
「いいんだよ菖蒲ちゃん。弟子は師匠に迷惑かけちゃっても。まあでも、心配になるからほどほどにね……?」
「はい! 気をつけます!」
「はい、よろしい。先生の言う事聞ける偉い子には美味しい唐揚げをプレゼントしちゃおう!」
私が全部食べている間二人は側でずっと見守り、最後の一つを食べ終えるとまだ自分達のお仕事があるという事で帰る事になった。別れ際に賽師匠はもう一度私を抱き締め、縁師匠は賽師匠に促されて仕方ななくといった様子で同じ様に抱き締めてくれた。ポカポカと暖かい賽師匠とひんやり冷たい縁師匠は私の心を癒して病室から出ていった。




