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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case7:無怨
22/91

第22話:怨満

 廃屋から出て蘇芳すおうさんの所へと戻った私達はあの場所で見つけた一枚の紙と日本人形の写真を見てもらった。それによって判明したのは、私が台所の戸棚で発見した紙に書かれていたあれはやはり古代文字との事だった。それは神代文字と呼ばれている今はもう使われていない文字であり、より正確に言うとヲシテというものらしい。そしてそのヲシテを用いて書かれていたのは逆から読んだ祓詞はらえことばだった。


「これはマンモスヤバイですわね……」

「確かにそうですね……」

「あのあの、何がどうヤバイんです?」

「菖蒲さんは祓詞がどういう時に使われるかは知っておいでですか?」

「えっとえっと……お祭りの時とかに神様に献上する言葉、でしたっけ」

「そうですわね。正確にはその場に居る参加者を祓うためのものです。そしてその言葉が逆さという事は、逆の意味を持っているという事です」


 蘇芳さんの説明を補足する様に殺月さんが『逆さ事』というものについて教えてくれた。日本では古来より死者は生者の反対の行動を行うとされている。例えるなら昼に寝て夜に起きるといったものだ。この考え方から亡くなった人の顔に着物の裾が来る様に被せたりするそうだ。死という存在を日常から切り離すために作られた習慣だという説もあるらしいが、正確な出自は分かっていないという。


「……つまり祓詞を逆さに書いているという事は……」

「穢れを祓うどころか逆に祟るための詞って事……?」

「そういう事になりますわね。今の時代にこんな物を作るとはインド人もびっくりですわ」

「……蘇芳さん。もう一つの人形の事も聞きたいのですが」

みことさん、それについてですがこれを見て頂けますか?」


 そう言って蘇芳さんは自身のスマートフォンをこちらに向けて複数の写真を見せた。その写真一枚一枚にはそれぞれ様々な物品が写っており、それらの物品にはあの日本人形と同じ様に紙が貼り付けられ、人名らしきものが書き殴られていた。それらの物品は全てこの村の中で発見された物らしく、そこに書かれていた名前には一貫性が無かったそうだ。唯一の共通点と言えば、何かに貼り付けられており必ずひらがなで書かれているという部分だけだった。


「何かの呪いに使うために置かれているのだと思うのですけど、わたくしの力を持ってしても分かりませんの」

「それってそれって、まだ動かしたりはしてないんですよね?」

「ええ。もしもという事がありますからね。下手に触ってバタンキューは避けなければいけませんわ」


 その時、蘇芳さんのスマートフォンに着信が入り、私達に一言断りを入れると蘇芳さんは電話をし始めた。その間殺月さんの方を横目で見ていたが、その顔には明らかな焦りが現れていた。呼吸も少し早くなっている様に見え、瞳が震えていた。流石に異常な様子だったため小声でもう一度尋ねる。


「殺月さん、教えてよ。さっきからおかしいよ……」

「……」

「お願い。何かあってからじゃ遅いんだよ」

「……名前」

「え?」

「名前が、書かれてた……」

「あの人形に貼られてたやつ? 誰の名前?」

「……妹」


 殺月さん曰く、彼女の妹は殺月魔姫さつきまきという名前らしい。今は殺月さんと共に暮らしているらしく、なるべく外には出さない様にしているそうだ。魔姫ちゃんは『魔の者』の影響を受けやすく、幼い頃はそれのせいで死にかけた事もあるらしい。殺月さんがやや過剰なレベルで身を案じているのもそれが理由だという。元々、名前に『魔』を入れる事によって『邪なる者』や『魔の者』から守ろうとしたらしいのだが、今まであまり効果が現れなかったというのもあり、それが余計に殺月さんを焦らせている様だった。


「殺月さん落ち着いて。『まき』なんてよくある名前じゃない」

「でも……」

「漢字で書かれてた訳じゃない。って事はさ、他の無関係な誰かかもしれないよ?」

「でもそれにあの子が入ってないとは限らないでしょ……」

「それはそうだけど……とにかく考え過ぎは良くないよ」


 あの人形の事が頭から離れないのか殺月さんは中々私の意見を聞いても納得してくれなかった。そんな中、蘇芳さんが電話を終えて新たに伝えなければならない事があると話し出した。


「お待たせしてすみません。少しよろしいですかお二人共?」

「あっはい。どうしたんですか? 誰からでした?」

「避難して頂いた村人の方から聞き取りをしている調査員の方から報告がありましたわ」


 その村人が話していた内容というのは、以前この村で起こったというある事件についてだった。昔、この村に住んでいた一人の母親が自らの娘を殺したという事件があったそうだ。その娘は先天的な障害を持っていた子だったらしく、それ故に周囲の村人からは煙たがられていた。母親は何とか育てようとしていたそうだが、夫がどこかへと蒸発し、更に周囲からの陰湿な嫌がらせが繰り返された事によって日に日に弱っていったのだという。そしてついに母親は娘を殺害した。畑仕事用に買っていたという小型のスコップでその頭部を抉ったらしい。


「……当時は母親のその行動をコトサマのせいにしたそうなんですの」

「まさか……」

「ええ。初めからこの村には何も居なかったというのに、当時の村人の皆さんはこぞってコトサマに取り憑かれた母親が起こした凶行という形にでっち上げたそうです」

「あのあの、ちょっといいですか? それって今回の事に何か関係あるんですかね? 今一繋がりが見えてこないっていうか……」

「私も最初はそう思いましたわ。ですが……」


 続きの話によると、娘が殺された日以降、村では怪現象が頻発する様になったそうだ。毎朝必ず夜明け頃になると子供の泣き声の様なものが村中に響き、家の中に一人で居ると時折玄関を激しく叩く音が鳴り、更には頭部が大きく抉れた容姿の霊らしき存在が目撃される様になったという。そしてそれらの事象は時が経つに連れて頻発する様になり、ある時期からは村の各地で壊れた子供用品や玩具などが発見され始めたそうだ。


「それじゃあ……」

「ええ。もしかしたらですけど、その子が今回のこれを起こしているんじゃないかと……」

「うーん、物が急に現れるなんて有り得ますかね? 私もある程度は魂の事は知ってるつもりですけど、物を出現させる霊なんて覚えが無いですよ?」

「……日奉さん、ポルターガイスト現象は世界中で確認されてる。強力な霊素を持っている人なら死後も物を動かせるのかも」

「それは私も知ってるよ。でも言い方悪いけどさ、こんな寂れた村で子供用品とかが沢山発見されるなんておかしくないかな? どこかから念力みたいに動かして持ってきたにしても、距離があり過ぎると無理だと思うんだ。降霊なんてやってる私がこんな事言うのは良くないかもだけど、霊にそこまでする力は無いよ。精々数メートル範囲」

「……分からないよ。オカルト技術はまだ未解明な部分も多いじゃない……それに初の事例って可能性もある」


 もちろん、私の意見が完全に正しいとは自分でも言い切れない。相手が未発見のコトサマなのであればどんな手を使ってくるのか、どんな力を持っているのかも分からない。しかしどうにも引っ掛かる。本当にその殺された娘が何かを起こしているのだろうか。ただ過去に起こった事件と村で発生している怪現象を無理矢理繋げようとしているだけではないのだろうか。それはあくまで村で起きたただの陰惨な事件に過ぎないのではないだろうか。


「命さんの意見も菖蒲さんの意見も一理ありますわ。呪術専門の私からは何とも言えませんが、いずれにしても誰かが意図的にアレを置いているのは確かですわね」

「だとすると誰が置いてるのかって話ですね」

「そうですわね。もしコトサマが実在した場合はお二人にお任せしますわよ? そうなったら私はドロンさせて頂きますから」

「……分かりました。じゃあ日奉さん、他の場所も――」


 その時、殺月さんの言葉を遮るかの様に調査員の一人が蘇芳さんに声を掛けながら駆け寄ってきた。どうやらまた新たな不審物を見つけたらしく、その写真を見せにきた様だ。渡されたスマートフォンに写っている写真を見た蘇芳さんは少し眉をひそめた。


「この人物に見覚えは?」

「いえ、恐らく昭和頃のポスターかと思われますが……」

「あのあの、どうしたんですか? 何を見つけたんですか?」

「あっちの井戸小屋にポスターが貼られていたんです。そこに写真が貼られてて――」

「何て書いてありました」

「えっ? 貴方は……?」

「JSCCOの殺月です。その紙、何か書かれてませんでした?」

「え、ええ」

「……書かれていますわね」

「何て書いてあります?」

「……『まき』、と」


 それを聞いた瞬間、殺月さんは井戸小屋があるという方向へといきなり走り出した。あまりに突然な行動に止める事が出来ず、慌てて後を追う。

 私と殺月さんは一切立ち止まる事無く走り続け、問題のポスターが発見されたという井戸小屋へと辿り着いた。その小屋は壁がトタンで作られており、そこには一枚のポスターが貼られていた。白と黒を基調とした『地方病予防強調旬間』と上部に書かれているポスターだった。中央には腹部が異常に膨張している人間らしき存在が描かれており、右下には『山梨県』と記載されていた。そして中央の人型の頭部の部分に乱雑に切られた顔写真が貼り付けられており、腹部にはこれまた書き殴った様な文字で『まき』と書かれていた。


「嘘……そんな……」

「殺月さん、落ち着いて。……その子、魔姫ちゃんなんだね?」

「……」


 返事は返ってこなかったが殺月さんは小さく頷いた。どうやらどこからか魔姫ちゃんの写真を手に入れ、それを切り取ってポスターに貼り付けたらしい。しかも何故か写真も白黒になる様に加工されていた。その加工も白黒写真の様なものではなく、完全に白と黒でしか構成されていない非常に不気味に見えるものだった。


「殺月さん殺月さん、魔姫ちゃんの写真を自由に持ち出せるのは?」

「あ、あたししか居ない……誰も家には入れない様にしてるから……」

「魔姫ちゃん本人が持ち出す事は絶対無い?」

「あの子は、ちゃんと言う事を聞ける子……勝手に出たりする筈が……」

「……卒業アルバムは?」

「あ……」


 再び駆け出そうとした殺月さんの腕を掴んで止める。


「放して!!」

「待って殺月さん。一回冷静に」

「だって、だってこのままじゃあの子が……!」

「殺月さんっ!!」


 普段は出さない様な大声を出す。


「……どうやって魔姫ちゃんの写真を手に入れたのかは分からないよ。でもでも、一回落ち着いて。焦って判断力を失くすのは一番まずいよ」

「君に何が分かるの!? あたしには! あたしにはもうあの子しか居ない! あの子が居なくなったら……あたしはっ……!」


 やや過保護なレベルで妹を心配するその姿に私の一番上の姉であるねぇねの姿が重なった。


「気持ちは……分かるよ。でもでも焦るのが一番良くないよ。何か変だよこの村」

「分かってる! こんなのおかしい!」

「そういう意味じゃないよ。……蒐子さん。蒐子さん聞こえますか?」


 殺月さんに頼まれて呪殺に関する過去の資料をまとめていた蒐子さんに無線を繋げる。


「あっはいはいー。何かありましたか?」

「調べて欲しい事があるんです。昔ここで母親が娘を殺した事件があったみたいなんですけど、それ以降この村で何か起きてないか調べて欲しいんです」

「いいですけど……呪殺の件は……」

「それはもういいです。それより事件とその後の村について、最優先でお願いします」

「わ、分かりましたー。じゃあ分かり次第お伝えしますね」


 殺月さんは妹の事を知られたくないかもしれないと感じ、無線を切る。


「冷静になろう。いい?」

「……あたしにはあの子しか……!」


 私の手を振り解こうとした瞬間、殺月さんは何かに足元を取られる様にしてよろめいた。咄嗟に自分の下に引っ張り抱き寄せたためこける様な事は無かったが、足元を見て何がそこにあるのかを理解した。

 そこにあったのは藁人形だった。釘が胴体に一本突き刺さっており、手足や頭部には裁縫針が大量に刺し込まれていた。そして顔に当たる部分には縮小された魔姫ちゃんの写真らしき物が貼り付けられており、大量の小さい『まき』という文字によって顔面部分が塗り潰されていた。呪力の有無はともかくとして、一目見ただけでゾッとする代物だった。

 殺月さんに見せるのはまずいと感じた私はそのまま抱き寄せた状態をキープし、私の背中側しか見えない様にした。もしこれを目撃されれば、更に彼女は錯乱する事になるだろう。


「日奉さん……な、何、が……」

「動かないで殺月さん。大丈夫、大丈夫だから。落ち着くまでこのまま……」


 その時、突然背後にある林の方から子供の泣き声の様な音が響き始めた。他の調査員にも聞こえているらしく、周囲はざわつき始めた。そんな中、ようやく私達の所へと追いついた蘇芳さんは全員に冷静に行動する様にと注意喚起をした。


「大丈夫ですか!? 菖蒲さん、何があったのです?」

「……何て言えばいいのか分からないんですけど、とにかく今はあの音を止めてください……」

「分かりましたわ。……霊体に対処可能な人員は音源の対処をお願いします! 各自呪い発動に備えてくださいまし!」


 指示を終えた蘇芳さんは足元に落ちていた藁人形を拾う。


「これは……」

「……蘇芳さん」

「何ですの?」

「お願いですから何も言わないで……今、オペレーターの人に調べてもらってる事があるんです。だからそれを置いて、何も言わないでください……」


 蘇芳さんは私達の様子を見て察してくれたのか、そっと藁人形を元あった場所へと置くと何かあった時のためにとその場に留まり周囲を警戒し始めた。

 どうしても私の中で何かが引っ掛かる。蘇芳さんやJSCCOの人達は、今回のこれを『呪いに関する事件』だと考えているが、本当にそうなのだろうか。確かに写真でも肉眼でも見た通り、そこら中に呪いの発生源になりそうな物が無差別に転がっている。しかし、もしこれが呪いを目的にしたものなのだとしたら、少し奇妙ではないだろうか。何故いつまで経っても発動していないのか、何故簡単に見つかる様な場所に置いているのか、疑問に思うところだらけである。

 今回の事件の謎について思考していると、突然殺月さんの体から力が抜けた。リラックスしたというレベルのものではなく、明らかに意識を失ったかの様にガクンと膝から崩れ落ちたのだ。彼女の方が背が高いため私も引っ張られる様に地面へと引き倒される。


「菖蒲さん命さん!?」

「さ、殺月さん!? 殺月さん!!」


 返事は無かった。苦しそうな表情のままピクリとも動かず、胸から伝わって来ている彼女の鼓動は少しずつ速度が低下し始めていた。それに伴う様に呼吸も浅くなり始めており、彼女の身に何か異常事態が発生しているのは間違いなかった。

 私は一旦体を起こすとしゃがんだ姿勢のまま殺月さんの手を握る。


「蘇芳さん、これ呪いとかなんじゃ!?」

「少し見てみますから下がってくださいな!」


 そう言うと蘇芳さんは私を後ろへ退かせ、殺月さんを仰向けにして胸元に両手を添えて何かをブツブツと喋り始めた。

 謎の泣き声は未だに村中に響いていた。

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