第20話:説く者と裁く者
賽師匠の運転によって本部へと着いた私達は受付ロビーで待っていた男性から声を掛けられた。その男性はピシッとスーツを着ており、『架家梯績』と書かれた名刺をこちらに渡してきた。50代程に見える顔つきをしており、きちんと食事を摂っているのか心配になる程頬がこけていた。彼曰く、彼の一族は遠い昔に精霊などと対話する事によって恩恵を得ていたらしい。JSCCOが作られた際にある文献からその存在が知られ、力を貸して欲しいと声を掛けられて渉外部門へとスカウトされたそうだ。
「お話は如月様よりお聞きしております。閻魔王界へと繋がるポータルが確認されたそうで」
「あくまで可能性が高いというだけですが……」
「いえ、1%でも可能性があるのであれば出向く必要があります」
「……賽、もう私達はいいんじゃない」
「そ、そうだね。ここからは専門の人に任せた方がいいかな……」
「お任せください。渉外部門及び、架家梯一族の名の下に必ずや解決させましょう」
説得に関しては専門外という事もあってか賽師匠縁師匠とはここでお別れとなったが、依頼人の男性は現在本部で取り調べを受けているらしく、その人から詳しい話を聞くためにロビーで待つつもりらしい。一方で私達は架家梯さんの運転する車で再びあの井戸がある場所へと向かい、前方を照らしてもらいながら奥へと進んでいった。
『帝国陸軍第126号井戸』と書かれた扉を開けて中へと入ると、先程ここに居た時とは違い部屋全体が熱気に包まれていた。幸い井戸の蓋は殺月さんが乗せた時のままになっていたが、隙間からは赤い光の様なものが漏れ出ていた。
「殺月さん殺月さん! あれ!」
「……黄泉川さんが言ってた事が起きたのかも」
「ふむ……日奉様、殺月様、蓋を開けて頂けますか?」
「はい。日奉さん、そっち持って」
「う、うん」
既に殺月さんによって蓋に掛けられていた鎖は切断されていたため手で直接動かす必要があったが、触った瞬間思わず手を引っ込めてしまう。蓋が鉄で出来ているせいか異常な程熱くなっていたのだ。素手では開けられないと判断した殺月さんはステッキにお札を貼って剣へと変化させると、蓋を数個に分かれる様にして切断し、手では触らない様に取り除いた。すると井戸の底から真っ赤な炎がぼおっと舞い上がり、私達は思わず後ずさってしまった。
「まずい……」
「お二人共お下がりください。私から話してみましょう」
架家梯さんは私達を扉の近くまで下がらせると、自らは井戸の前へと歩み出て何かを口から発した。今までの人生で聞いた事も無い未知の言葉であり、どうやって発音しているのかも分からない不思議な音だった。彼のその音に答える様に炎は意志を持っているかの様に揺らめくと、少しずつその規模を弱めていき、ついには井戸の中に隠れる程に小さくなった。
「か、架家梯さん、今のは?」
「彼らに問いかけ、いくつか質問を致しました。まず彼らは以前『餓鬼』と呼ばれていた存在の様です。しかしここ最近になって食料を与えてくれていた者からの供給が途絶えたと」
やはり縁師匠の予想は当たっていたらしい。内密に処理しなければならない人間をここへと運び、餓鬼の食料として遺棄していたのだ。人間側からすれば人を簡単に処分出来、餓鬼からすれば飢えを凌ぐ事が出来る。どちらにとってもウィンウィンの関係と言える。だが供給が途絶えているというのが少し気になった。もちろんそういった事が無い方がいいに決まっているのだが、こんな便利な場所を自ら放棄するとは思えない。
「架家梯さん、そこが本当に閻魔王界に繋がっているなら閻魔大王が居る筈です。話せそうですか?」
「少々お待ちください」
架家梯さんは再び未知の言語を用いて井戸に向かって語り掛けると、部屋の温度が急激に上がり始めた。殺月さんは急いで扉を開き、少しでも熱気を外に逃がそうとしていた。架家梯さんはまるで意に介していないかの様に対話を続けていたが、突然井戸から凄まじい量の炎が湧き上がり、これ以上はまずいと感じた私は架家梯さんの腕を掴み外へと引っ張り出そうとする。
「お待ちください日奉様」
「で、でもでも!」
「答えてくださいました」
轟々と燃えていた炎が何かに切られたかの様に裂けると、そこから真っ赤な顔をした大きな人型が姿を現した。全身ではなく首元までしか見えておらず、他の部分は炎に隠されている様に見えた。私達人間が文献に残してきた『閻魔』そのものといった風貌をしており、威圧感のある目つきで私達を見下ろした。
「閻魔様。私の声にお応え頂き、恐悦至極でございます」
「こ、この人が……」
「本当に実在した訳……」
「人の仔よ。我を呼び出すとは何事か」
「えっとえっと、閻魔様の下で刑罰を受けておられる餓鬼……鑊身についての事です」
「申してみよ」
私は縁師匠がしていた予想を分かりやすく噛み砕き、閻魔様へと報告した。終始威圧する様な目つきでこちらを見つめていたが、話を遮る様な事は一切せずに最後まで黙って聞いてくれた。そして話を聞き終えると、どこからともなく目の前に鏡を取り出すと私達の姿を映した。
「あ、あのあの……」
「……貴様は正直者とは言えぬな」
「え?」
「儂を誑かせるとでも思うたか。何故嘘を吐く」
「いやいや! 嘘なんか言ってませんよ! ねぇ殺月さん!」
「そうね。信じてもらえないかもしれませんが、日奉さんは嘘は言ってません」
「如何にも。貴様の言葉に嘘は無い。然れど貴様の口には嘘があろう」
どうやら逸話通り彼には嘘が通用しない様だ。私が表向きの皮を被っているという事はお見通しという事だろう。師匠達が居る場所であれば隠さなければならなかったが、今ここには既に私の本性を知っている殺月さんと初対面の架家梯さんしか居ない。今更隠したところで無意味だろう。
「……そうですね。じゃあはっきりと言います。閻魔様ってあの鑊身達の餌に関して何か知ってるんじゃないですか?」
「知らぬ。儂の仕事は罪人の魂を平等に裁き、相応の罰を与える事である。彼奴らから話は聞いておる。彼奴らに生きた人を与えていた不届き者が居るのだろう?」
「はい。実は昔それに携わってたって人から依頼があったんですよね。で、鑊身が居る場所って閻魔王界じゃないですか。だから閻魔様がそういう裏社会の人達と繋がってるんじゃないかって思ったんですけど違いますか?」
「何度でも言おう。儂は知らぬ。然れど貴様のその言葉に嘘は無い。彼奴らに取引を持ち掛けた者が居るのであろう」
閻魔様は鏡を炎で包む様にして消滅させると、炎の中から小さな手鏡を出現させた。
「儂は業務を抜ける訳にはいかぬ。それを持って行け」
「これは?」
「浄玻璃鏡の複製である。本来であれば先程見せた本物しか無いのだが、閻魔王界を束ねる者として見過ごせぬ。故に今複製を作ったのだ」
「……閻魔様、我々は日本特異事例対策機構という組織の者です。犯人を捕まえた場合は我々の方で処罰を下します。宜しいですか?」
「殺月と言うたか人の仔よ」
「はい」
「貴様のその願い、了承しよう。儂の管轄はあくまで閻魔王界。現世は儂の管轄ではない」
「ありがとうございます」
「然れど、もし彼奴らが死亡したとあれば儂の手によって裁きを下す事となる。それは努々忘れるな」
「理解しております」
架家梯さんは再び未知の言語を話すと、大きくお辞儀をした。すると閻魔様は彼と同じ未知の言語を話し、井戸の中へ炎と共に姿を消した。それと同時に室内の温度は急激に低下し、最初に私達がここに来た時と同程度のものへと変化した。
「行きましょうお二人共。閻魔様の寛大なお心遣いにお応えしなければ」
「そうですね! 行きましょう!」
「架家梯さん、すみませんが本部までお願いします。聴取を受けている依頼人に鏡を使ってみましょう」
手鏡を拾った私達は再び架家梯さんの車で本部まで戻った。現在この一件に関する容疑者は彼一人しか居ないため、ここから調査を進めていくしかなかったのだ。
取り調べで聴取を受けている所へと断りを入れて入室すると、依頼人である彼に手鏡を向けて以前どういった組織に協力していたのかを尋ねた。彼は自身の身を案じてか何も言わなかったが、鏡面には複数の人間の顔とどこかの暴力団の代紋と思しきシンボルが数秒間隔で映し出された。
「出た出た。多分この人達だよ殺月さん」
「そうみたいだね。……架家梯さん、如月さんが警察にも連絡してくれています。恐らくあたし達が出来るのはここまでかと」
「いいえ。あのような場所を認知している者が通常の人間である可能性は極めて低いでしょう。何らかのコトサマが進言した可能性があります」
「……うんうん。確かにそうですね。えーと蒐子さん聞こえますか?」
「はいー」
「架家梯さんが警察の調査に同行するのって大丈夫ですか?」
「ワタクシの方から報告しておきますね。暴力団関連となると基本的に警察の管轄になりますので、お二人のお仕事はここで終わりです」
「分かりました分かりました。ありがとうございます」
依頼人だった男性は酷く怯えて激しい動揺を示していたが、すぐに室内に居た尋問官によって取り押さえられ、そんな彼を背にして私達は取調室から出て行った。
これ以上は警察主導の捜査になると知らされたため、続けて調査を行う架家梯さんに手鏡を渡した。本来であれば他人に渡すのは良くないのかもしれないが、架家梯さんのその丁寧でしっかりとした立ち振る舞いを見て、この人であれば渡しても大丈夫だろうと感じた。
「じゃあじゃあ、お願いします」
「はい。架家梯の名に懸けて必ずや解決してみせましょう」
「ではお願いします架家梯さん」
架家梯さんは大きくお辞儀すると背筋をピッシリと伸ばして本部から出て行った。恐らく隣に建っている警視庁へと直接出向くつもりなのだろう。
「……お疲れ様日奉さん」
「殺月さんもお疲れ様。どうしたの? 何か変な顔してるけど」
「どうも引っ掛かるの。あの依頼人……夢にあの井戸の底のコトサマが出てくるって言ってたでしょ?」
「うんうん。精神的にイっちゃってるだけだと思うけどね」
「それだけならいいんだけど……」
「まあまあ、仮にそうじゃないとしても夢云々はどうしようもないよ。言っちゃなんだけど自業自得だしね。理不尽に襲われてるなら私達がどうにかしなきゃだけど」
「……そうだね」
「じゃあね殺月さん。師匠達に終わったよって報告しなきゃ!」
「うん……それじゃあね……」
殺月さんは今一納得出来ていない様子だったが、これはもう仕方のない事だった。夢というのは人間自身の脳が見せているものだととっくの昔に解明されている。もし仮に夢に干渉出来るコトサマが居たとしても、それが現実世界に存在しない限りは対処のしようがない。夢の世界に侵入したり介入する装置や方法が開発されればそういったコトサマもどうにか出来るかもしれないが、少なくとも現時点での私達にはどうする事も出来ないのだ。どうにも出来ない事をあれこれと考えても無意味だ。
閻魔様の熱気によってかいていた汗が乾いたせいで体が冷え、ブルリと体を震わせる。そんな体を温めるために私は二人が待っている霊魂相談案内所へと足を進めた。




