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特異事例調査員 日奉菖蒲の調査ファイル  作者: 龍々
case6:井戸底でもがく者
19/91

第19話:その飢え、満たされる事無く

 賽師匠の車に乗って現場へと向かう中、私達は依頼人が話していた存在への対処法や過去に共通した事例が無いかを話し合う事にした。霊魂に関するスペシャリストである賽師匠は、やはり霊関連ではない別の存在だという考えらしく、あくまで人型のコトサマであるという見解だった。話を聞いた殺月さんもそれに賛同し、恐らく明確な実体のあるコトサマだろうという事になった。そんな中何故か縁師匠はずっとスマートフォンを弄っており、返事もどこか曖昧だった。

 無線越しに蒐子さんにも聞いてみると、問題になっている現場に関する書き込みがネット上で確認されており、JSCCOに残されている資料にはその存在を裏付ける情報はどこにも見当たらなかったらしい。


「如月さん、地下に入ったら連絡が取れなくなるかもしれない。もし実体があるコトサマだったらどうすればいいの?」

「はいー。一旦拘束して電波が届く場所まで出て頂いて、そこで増援を要請してくださればワタクシの方から手配します」

「了解。日奉さん、拘束はあたしにしか出来ないから、その時は頼むね」

「はいはい。任せて」

「……そろそろ着くよ。賽、そこの脇に寄せて」


 賽師匠は蒐子さんから教えてもらった現場へと続くトンネルの中で車を寄せると、両側が柱になっている場所へと停車した。降りてみると確かに金網で出来ている扉があり、その奥には鉄柵扉が続いていた。場所の構造的に外部からは視認出来なくなっており、ここを知っていなければまず立ち寄らないであろう場所だった。


「こちら殺月、現場に到着。これより調査に移る」

「かしこまり……した。お気をつけて……」

「……菖蒲。私と賽が後ろから照らすから」

「ありがとうございます縁師匠! よーし、じゃあじゃあ行きましょう!」


 金網で出来た扉に手を掛ける。


「待って菖蒲ちゃん。鍵が必要なんじゃ……」

「そうですね。あたしが壊しま――」


 ガチャアンと大きな音が響く。


「……」

「……」

「……」

「…………取れちゃった……」


 どうやら経年劣化で相当古くなっていたらしく、私が少し力を入れて引くと簡単に扉が取れてしまった。


「……い、いやいや、別に壊すつもりじゃなくて……」

「そ、そうだよね! 菖蒲ちゃんはそんな子じゃないって先生分かってるよ!」

「ん……まあ、わざわざそういう事するタイプじゃないか」

「……念のため後でJSCCOに報告しとく。土地の所有者が居るなら問題だし……」

「さ、殺月さん……? 意図的に壊した訳じゃないってちゃんと伝えてね……?」

「分かってる」


 金網の奥へと進んだ私達は今度は鉄柵扉に阻まれた。すると殺月さんはステッキにお札を貼って発光する剣へと変化させると、それを使って鉄柵を慎重に切断し始めた。彼女のステッキ剣がどういった理屈で実体のある物を切っているのかは不明だったが、『巨頭村』での様子を見るにその切れ味は確かなもので、鉄柵は一本ずつ切断されていった。

 問題無く通れる量を切ると、殺月さんは切った分の鉄柵を端に避けると私達に通る様にと促した。


「殺月さん、自分では率先して切っちゃうんだね……」

「当然でしょ。調査が最優先なんだし」

「えっ!? で、でもでもさっき何か私の事を責めるみたいな目で見てなかった……!?」

「……別にそんな目で見てないよ。これも報告しなきゃいけないし」

「そ、そっかそっか」


 鉄柵を越えて奥まで歩みを進めていくと、目の前に鉄製の扉が姿を現した。その扉には依頼人の話通り『無断立入厳禁防衛施設庁』と記載されていたが、車中で蒐子さんから聞いた話によるとそのような場所を防衛施設庁が所有しているという記録は無かったらしい。恐らく部外者が近寄らない様にするために偽装されているのだろう。

 殺月さんが扉の切開を行っている間、師匠達に話しかける。


「賽師匠。魂とか見えてませんか?」

「うーん……今のところそういうものは見えてないかなぁ……。こういう所に居る魂は寂しがってる人が多いから、人の気配がしたらすぐに寄ってくるんだけど……」

「賽が見えてないって事は居ないんだと思う。私も特に何も感じない」

「縁師匠も霊感あるんでしたっけ?」

「ん。賽程じゃないけどね。はっきり生前の形で見られるのは賽だけ。私は何となくの気配だけ」


 二人から鍛えられた私にも霊感はあったが、縁師匠と同レベルかあるいは少し低い位だった。一応『不死花しなずばな』を作って降霊する時は霊感が著しく向上するのだが、何もしていない時は微弱に感じ取れる程度である。そんな私と縁師匠はともかくとして、『魂を見る』という事に関してはスペシャリストである賽師匠が何も見えていないという事は、やはりここには霊の類は存在しないという事なのだろう。

 鉄扉を切り終わった殺月さんはそれを壁にもたれさせる様にして除けると、再びこちらに促した。それを受けた私達は師匠達が照らしてくれる灯りを頼りに奥へと進み、話に聞いていた通りの左右に分かれている道が見えてきた。そこを左へと曲がり進んでいると合間に合間に扉がいくつか確認出来た。


「ここ、誰が作ったんですかね?」

「如月さんは防衛施設庁には記録が残ってないって言ってた。隠蔽してるんじゃないなら、何かを隠したい誰かが作ったんだと思う」


 いくつかの扉をスルーしながら歩いていると『帝国陸軍第十三号坑道』と書かれた鉄扉を見つけた。どうやらその扉には鍵が掛かっていないらしく、簡単に開く事が出来たためそこから更に奥へと進んだ。道は先程よりも狭くなっており、左手には階段がいくつか確認出来た。そんな階段を一つずつ下って確認していくと、やがて私達はお目当てである『帝国陸軍第126号井戸』と書かれた扉を見つけた。

 殺月さんは片手にステッキを構えたまま扉に手を掛けると、体重を掛ける様にして押し開けた。内部は依頼人が言っていた様に小中学校の教室を思わせる広さであり、その中央には古びた井戸が立っていた。そこには鉄製の蓋が被せてあり、蓋の端には鎖が掛けられており、天井の滑車と繋がっていた。


「賽、どう?」

「……そこの、井戸の中……」

「感じるの?」

「うん……でもこの感じは多分、生きてる魂かも……」

「日奉さん、あたしが鎖を切って蓋を開ける。念のために構えておいて」

「う、うんうん!」


 殺月さんが鎖をステッキ剣で切断して蓋を押し開けている間に、私の中に眠っているしーちゃんを呼び起こして魂に固着させる。

 ずりずりと擦れる音と共に井戸が解放され、師匠二人を守る様に構える。殺月さんも蓋を開けてすぐに構えていたが、室内はしんと静まり返っており、何かが襲い掛かってくる様子は無かった。


「あ、あれあれ?」

「……二人共そのまま。私が見てみる」


 縁師匠は前へと出て井戸を上から覗き込んだ。すると数秒後、顔を背ける様な動きをしたかと思うと、私達を井戸の周りに呼んで覗き込んでみるようにと伝えてきた。

 言われた通りに覗き込んでみると、井戸底には話に聞いていた通りの謎の存在が居た。全身真っ白な体をしたミイラの様に痩せ細った人型の存在で、頭部には毛が一本も確認出来ず、縁師匠がライトで照らすと光に反応したのか顔を上げた。その顔には口も目玉も無く、埴輪はにわの様に真ん丸な穴が目の代わりを果たすかの様にポツンポツンと二つ開いているだけだった。そして、依頼人の話の中には無かった奇妙な相違点があった。


「何か……蒸し暑くないですか?」

「ん……私もそれが気になって呼んだ。井戸の底から熱気みたいなのが上がって来てる」

「あの人のお話にはそんなの無かった筈だけど……」

「忘れてただけか、あるいは特異性が変化したのか。どっちかは分からないけど、これではっきりしたかもね」

「はっきりって何がですか?」

「これ、『鑊身かくしん』だよ」


 どうやら縁師匠は車の中でずっと類似するコトサマの記録が無いかと探してくれていたらしく、ネットのある記事で見つけたコトサマに関する内容とよく似ているというのだ。

 それは所謂いわゆる餓鬼がき』と呼ばれる存在だった。生前犯した罪をあがなわせるために餓鬼道へと落とされた人々がその姿へと変わるとされている。物を食べるという行為が許されず、口に物を入れようとすると発火したりするそうだ。そんな彼らはいくつかの種類に分けられるとされており、その中に『少財餓鬼しょうざいがき』という者が居り、更に『鑊身』と呼ばれる者も居るらしい。


「少財餓鬼は人間の血や膿、嘔吐物、あと……まあとにかく、そういう不浄な物だけを食べる事が許されてるらしいんだ」

「あっ! じゃあ生きたままここに落としたっていうのは!」

「ん。そういう事だと思うよ賽。あれは絶対に殺す訳にはいかなかったんだ。生かしたままじゃないと餌に出来なかったんだと思う」

「……少しいいですか黄泉川さん。鑊身というのは?」

「それも餓鬼の一種。『正法念処経しょうぼうねんじょきょう』には36種類の餓鬼が記録されてて、そこに記載があった」


 『鑊身』は目と口が無く、人間の二倍程の大きさがあり、細い手足を持ち、そして体が燃えているという存在らしい。まるで井戸底に居るアレをそのまま表現したかの様に似た容姿であり、記載が事実なのだとすれば見えていないだけで、実際はかなり巨大なのだろう。


「でもでも、燃えてなくないですか?」

「それは私も考えた。そこが引っ掛かってたから自分で見てみるまで言わなかった。でも、この熱気で確信したよ。多分だけど、あれは定期的に食事をしないと肉体が熱を帯びて発火するんだと思う」

「……じゃあ今のあれは……」

「ん……いつもみたいに飢餓に苦しんでる。でも問題はそこじゃない。一番問題なのは、あれが未だに発火してないって事」

「どういう事、縁ちゃん?」

「賽、考えてみて。あれがどれだけ飢えれば発火するのか分からないけど、少なくとも依頼してきたあいつが人を投げ込んでから少なくとも二十年か三十年は経ってる」

「……まさか……」


 縁師匠の言いたい事が分かった賽師匠は、すぐに殺月さんに蓋を閉める様にと指示を出した。同じく察したのか殺月さんも素早く蓋を閉め、私達は来た道を大急ぎで戻ってトンネルまで帰ってきた。大急ぎで全員車に乗り込むとトンネルから飛び出し、殺月さんが無線連絡を入れる。


「はぁ……はぁ……こちら殺月。如月さん、聞こえる?」

「聞こえます。どうでしたか?」

「……警察にも捜査をする様に伝えて。あそこはまだ誰かが使ってる」

「えっ? それってどういうー……」

「依頼人が手伝ってた裏組織か他の組織かは知らないけど、誰かが使ってる可能性が高い! 急いで!」

「わ、分かりましたー!」

「……それと、念のためJSCCO渉外部門にも連絡しておいて」

「渉外部門にですか?」

「……事情は自分で話すから、お願い」

「はぁ、分かりました。伝えておきますねー?」


 連絡を終えた殺月さんはしきりに後方を確認し、何かに追跡されていないかを警戒していた。


「ねぇねぇ縁師匠」

「何?」

「……その『鑊身』っていうのはああいう所に住んでるものなんですか?」

「そんな訳ない。もしあれが本物の餓鬼なら、あの井戸の底は……餓鬼道か、あるいは……薜茘多へいれいた世界」

「へいれいた……?」

「閻魔王界って言った方が分かりやすいかな。つまり、私達が住んでるこことは違う、常世に繋がってるかもしれないんだよ、あの井戸は」


 ありえない話ではなかった。世界を変えるきっかけとなった『黄昏事件』。あの事件の首謀者だった如月慙愧きさらぎざんき日奉桜ひまつりさくらは『黄昏街』と呼ばれる場所から来ていた。その街はかつて日奉一族によって作られたコトサマを封印しておくための街であり、通常の手段では行ったり来たりが出来ない常世の存在だった。今では黄昏街という名前は消滅し、『遠野地区』として再開発が進んでいる。その前例から考えると、あの井戸が常世との『ポータル』としての機能を果たしている可能性がある。


「だから渉外部門が必要なの。もし閻魔大王がこっちの誰かと手を結んでいるなら、すぐに止めさせないといけない」

「い、急ぐね……!」

「賽、慌てずに。事故だけはやめて」


 賽師匠が運転する車はJSCCO本部へと向かって走り続けた。

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