第18話:過去の遺恨
『ケモっ娘事件』解決後、泡影が居たあの地下施設からはケモ耳娘達が複数人回収された。また、最初に逮捕された日超生の職員が口を割った事によって製造施設の場所も特定され、あの企画に参加したメンバーが一斉に検挙される事となった。
回収された少女達は泡影の要望通り、全員検査が行われた後に知能テストなどが行われ、問題が無かった者にはJSCCO内部でのみ勤務する権利が与えられた。テストに不合格となった者は社会常識の教育が行われ、一定水準を満たした者から同じ様に働ける事になった。まだ彼女らが世間に出て行くには情報や知識が足りておらず、今回の事件は一般社会には隠蔽されている。
数日経ち休日を迎えた私は『霊魂相談案内所』へと足を運び、寂しさを紛らわせていた。オカルト技術や知識が世間に広まった事によって霊に関する研究も進み、成仏出来ない浮遊霊の存在も複数確認されている。そういった者達を正しく導いたり相談に乗ったりするのが、この事務所の仕事なのだ。
そんな事務所に一人の男性が駆け込んできた。四十代か五十代と思しき容姿であり、酷くやつれて目の下には隈も出来、精神的に相当参っている様子だった。
「あ、いらっしゃいませ……あの、大丈夫ですか?」
「こ、ここ、れい、霊魂相談案内所です、ですよね……?」
「は、はい……」
「……取りあえず座ってください。菖蒲、お茶とかお願いしてもいい?」
「あ、はい」
私と賽師匠が困惑している中、縁師匠は一人落ち着き払った態度で指示を出し、客人を椅子へと座らせた。給湯室でお茶を淹れて運んだ時にその男性の様子を見たが、落ち着きなく両手の指をすり合わせるかの様に動かしており、眼球も忙しなく室内を見渡していた。
向かいに座った賽師匠がゆっくりと落ち着かせる様に話し始める。
「当事務所所属の三瀬川です。まずは深呼吸をして、ゆっくりでいいのでお話してください」
「あ、あ、ありがとうございます……」
男性は出されたお茶をグイッと流し込むと、ふぅっと息を吐き、何があったのかを語り始めた。
全ての始まりは彼がまだ二十代だった頃らしい。当時、裏社会に関わりを持っていた彼はある仕事を任されたそうだ。その仕事というのが、人を処分するというものだった。と言ってもそれに気が付いたのは途中からであり、それまではあくまで死体処分だと思っていたそうだ。
「あの時、あの時……環状線にある金網……鉄柵、を越えた先に鉄扉があ、あって……」
環状線近くにあるトンネルの中で車を停めた彼らは鍵を使って金網と鉄柵の扉を越え、『無断立入厳禁防衛施設庁』と書かれた鉄製の扉を開けて地下へと階段を下っていったそうだ。その先は左右に分かれた通路になっており、左手へと進んでいった彼らは複数ある扉の中から『帝国陸軍第十三号坑道』と書かれた扉を見つけてそれを開いた。その坑道は非常に幅が狭く、左手には時折階段があったそうだ。そんな階段の内の一つを降りるとまた扉があり、そこには『帝国陸軍第126号井戸』と書かれていたらしい。
「ん……話が見えてきませんが」
「その後っ! そ、その、その後なん、です……」
「大丈夫ですよ。ゆっくり話してください」
その扉を開けた彼らの前に現れたのは小中学校の教室程の大きさがある部屋だった。その部屋の中心には鉄の蓋がされた井戸が存在しており、鉄の蓋には端に鎖が掛けられており、その鎖は天井の滑車へと繋がっておりそれを巻き上げる事で開ける事が出来たそうだ。開け放たれた井戸の中へと投げ入れられたのは当然、彼らが運んできた人間だった。
「……あなたの話からするに投げ込んだのは生きた人間ですね?」
「そう、そうです……! あの、あの時はとにかく、自分が死にたくない一心で……!」
「……そういう社会に足を突っ込んだ自業自得だと思いますが」
「ちょっと縁ちゃん……。えっと、その後に何かあったんですね?」
「はい……バシャッて音がして、井戸の水深は……あさ、浅かったんです……! それで、それで……」
同行者から井戸の中を見てみる様に指示され、覗き込んでみた彼はそこで奇妙なものを見たそうだ。底には彼らが投げ込んだ人間入りの黒い袋が落ちており、それに掴み掛かる様に白い手が伸びてきたらしいのだ。続いて毛の無い真っ白な頭が現れ、そんな容姿の存在が複数体袋に群がってきた。そしてそれらは彼の視線に気が付き顔を上げたらしいのだが、その顔の目があるべき部分には眼球が存在していなかったのだという。眼球どころか眼窩すら無く、鼻の穴を思わせる真ん丸な穴だけが開いていたそうだ。
「その後はどうしたんですか?」
「そ、そのままそこから出ました……で、でも、でも怖くなって、ネットにも書いたんです……! 誰かが、何とかしてくれるかもって……! でも、さいき、最近になって……あれが、あれが……!」
「……あなた達が投げ捨てた人間が霊になって襲ってくる?」
「あいつ、あいつだけじゃないんです……寝てたら夢で、他の、他の奴らも……お、俺、私を……ころ、殺しに来て……ギリギリで目は覚めるんですけど! でも、でもあいつらいっつもいっつも……!」
男性の精神状態は限界と言っても差し支えなかった。毎日の様に夢の世界で襲われて睡眠も満足に取れていないのだろう。喋っている最中も落ち着きなくそわそわしており、しきりに私達の目をじっと見つめていた。
「……どう思う賽?」
「うーん……怨霊の類かなぁ……」
「お願いします助けてくださいっ! 金ならいくらでも出します! だから!!」
男性は椅子から離れると膝をついて賽師匠と縁師匠に土下座をした。最早なりふり構っていられないのだろう。
「わっ!? あ、あの大丈夫ですよ! そんなに慌てなくても……!」
「……いくらまで出せますか?」
「縁ちゃん!?」
「何百万でも出します!! 足りないなら死ぬまで払い続けても構いません!」
「……だってさ、賽」
「ダメだよ縁ちゃん! えっと、まだ対象がどういう存在か確定していませんから、調査や成仏が完了してから請求しますので……」
「ありがとうございます! ありがとうございますっ……!!」
流石にこの人物をこのままにしておくのは私でも良心が痛むので、ここの仕事が終わるまで安全な場所に匿う事にした。
「あのあの、少しいいですか?」
「どうしたの菖蒲ちゃん?」
「えっとえっと、JSCCOに一旦匿ってもらった方がいいんじゃないかなって思ったんです。まだ夢関連の調査は進んでないですけど、少なくともあそこなら下手な霊は入って来れないと思いますし」
「い、いいんですか!?」
「私の一存じゃ決められませんけど、でもでもちゃんとお話すれば無碍にはされないと思いますよ」
私の言葉を聞いた男性はもう一度頭を下げると凄い勢いで事務所から出て行った。そんな様子を見て縁師匠が溜息を吐く。
「……自業自得だよ。コトサマに下手に関わるからそういう事になるんだ」
「でもしょうがないよ縁ちゃん……そんなのあの人には予測出来なかったんだし……」
「裏社会の手伝いをしてたんでしょ? 人から怨みを買われてもおかしくない仕事じゃん」
「それはそうかもだけど……」
縁師匠の意見にも一理あった。確かに金目当てに迂闊に裏社会に足を踏み入れたのは彼の責任だ。それで命を落としたとしても仕方がないと思える。だが、彼が話した井戸の底に居たコトサマが何者なのかというのは無視する訳にはいかなかった。もしかしたらコトサマではない人間の一種なのかもしれないが、それならばそんな場所で生活しているのは奇妙であり、何らかの超常的な力を持った人間の可能性も出てくる。いずれにしても、その井戸を調べなければならない。何かあってからでは遅いのだ。
「うーん……縁師匠は何だと思います?」
「ん……人型のコトサマは複数確認されてる。前に賽が手伝った『ずんべら』も人型とも言えるしね。もしかしたら未確認の人型コトサマかもしれない。少なくとも霊の類だとは思えない」
「私も縁ちゃんと同意見かな。夢に出てくるのは怨霊っぽいと思ったんだけど、もし今でもその白いコトサマが生きてるんだとしたら、それは無いなって思ったし……あっても生霊の類かなって」
「コトサマは実際に居るけど、あの人が夢で見てるのは罪悪感から来る悪夢って可能性もありますもんね」
「うん。取りあえず調べてみよう。正式に依頼されたお仕事だし」
「ん……菖蒲は来なくていいからね」
「えっ? 何でですか?」
「危ないでしょ。コトサマ云々抜きに、裏社会の組織が関わってる」
「いやいや私も手伝いますよ。多分JSCCOに話が行った時点で調査依頼が出るでしょうし」
縁師匠は私が参加する事に難色を示していたが、それからしばらくすると蒐子さんからのメールが届き、件の事件について調査を進めて欲しいと依頼された。送信先を見るに殺月さんにも同様の連絡が行っており、私達四人での調査になるであろう事が予想出来た。
「殺月さんも来るみたいです」
「……いい菖蒲? 絶対に無理はしない。約束出来る?」
「もー大丈夫ですよ縁師匠! 私だって調査員の一人だし日奉一族の一人でもあるんですから!」
「縁ちゃんは心配し過ぎだと思うけど、菖蒲ちゃんもあんまり油断しちゃダメだよ?」
「はい! 私もプロですからその辺は大丈夫です!」
しばらく待ち殺月さんが到着すると、私達は事務所から出て近くにある立体駐車場へと入り、賽師匠が普段使いしている自動車へと乗り込んだ。本来であれば公共交通機関を使って現地に向かうのだが、車を使わなければ問題の場所へと向かえないため今回は異例の車移動となった。
「皆シートベルトした?」
「私はしましたよ!」
「ん、してる」
「あたしもしました」
「よし。じゃあ出すね」
ゆっくりと動き出した車はぐるぐると立体駐車場の一階へと下っていき、やがて光差す屋外へと私達を連れ出した。




