第17話:How do I live on such a field?
殺月さんと共に本部から出た私達は駅から電車に乗り現場へと向かった。蒐子さんから教えられたその場所を衛星写真などで確認してみたところ、まるでモザイクを掛けられたかの様に写真にノイズが掛かっていた。アプリの調子が悪いだけかと思い他の場所を見てみると問題無く機能した事から、恐らくそこに住んでいるSAGMS構成員の『あわあわ』が何らかの手段を使ってデータに隠蔽工作を仕掛けているものと思われる。
「殺月さん殺月さん。心臓とかは大丈夫だよね?」
「……大丈夫だけど何の話?」
「ほらほら、蒐子さんが言ってたじゃない。SAGMSのメンバーには電子機器というかネットワークとか電波を弄れる人が居るかもって。ペースメーカーとかしてたら危ないかなって思ってさ」
「そういう意味ね……。心配しないでも大丈夫。ありがとう」
何駅か通過した後にようやく電車から降りる事が出来た私達は目的地である海辺の一軒家へと足を進め、十数分歩いた末に辿り着いた。
その家は一階建ての小さな家であり、外装は薄汚れていた。周囲には他の家が見当たらず、まるで社会からつま弾きにされたかの様な印象を受けた。周辺の整備もほぼ行われておらず、海辺でも影響を受けない植物が我が物顔でそこら中に生えていた。
「こちら殺月。現場に到着」
「同じく日奉、到着しましたよ~」
「お疲れ様です。気をつけてくだ……さい。でん……届き……いです」
「了解。終わったらまた連絡する」
どうやら攪乱電波の影響で蒐子さんと私達を繋いでいる電波が乱されているらしく、向こうからの通信にはノイズが混じり、今までの様にしっかりと聞く事は出来ない状態になっていた。
殺月さんは玄関前へと移動すると背中からステッキを抜き、後ろに隠す様にしながらチャイムを鳴らす。私はドアスコープには映らない様に扉の横に移動し、いつ相手が出てきても問題無い様にしーちゃんを魂に固着させる。
「…………返事無し。日奉さん、強行突入するよ」
「ちょい待ちちょい待ち。正面からは危ないかもだよ」
「罠があるかもしれないって事?」
「うん。少なくとも私なら罠を張っておくよ」
ここに食料などを運ぶトラックが来ているという事は、少なくとも中に居る誰かが受け答えをしているという事である。しかし正面から侵入するというのは危険だろう。電子機器を使った罠も警戒すべきだが、この超常社会において一番警戒しなければいけないのはオカルト技術を用いた呪術である。科学法則から逸脱した独自の理論で作られる呪術には、理論上無限とも言えるやり方があるのだ。
もしもに備えるため一旦裏へと回った私と殺月さんは窓から侵入する事にした。まずはしーちゃんを固着させている私が窓や壁を触り、何らかの霊体などが存在していないかを確認する。もし呪術が仕掛けられていれば、少なくともそこには淀んだ霊素の様なものが存在しているのだ。目には見えないため直接触らなければならない危険はあったが、私に出来る確認方法はこれしかなかった。
「……どう?」
「無さそうかな。どうやって入る?」
「どうもこうも窓を割るしかないよ」
「音とかしない? あの『巨頭』に襲われた時みたいに剣みたいにして切って開けられないの?」
「あれはあれで音がするし気付かれるかもしれない」
そう言うと殺月さんは足元に落ちていた少し尖った小石を拾う。
「これを使う」
「それで開けられるの?」
「一応離れてて」
言われた通り少し離れると、殺月さんはその小石の尖った部分を窓枠とガラスの間に滑り込ませる様にしてガツンと突いた。するとガラス部分にヒビが入り、それを二回繰り返すとガラスの一部分だけが簡単に割れた。大きな音が出る訳でもなく、ヒビが入ったガラス部分を手で簡単に取る事が出来るやり方だった。
割った部分から中へと手を突っ込んだ殺月さんは内鍵を開けて窓をそっと開けた。
「開いた」
「……殺月さんって泥棒とかやってた?」
「……君、あたしの事何だと思ってるの?」
「いやいや、違うならいいんだけどさ……」
「この仕事のために動画とかで学んだだけだよ。それより入るよ」
狭い窓から中へと侵入した殺月さんは、家の中に視線を向けて警戒しながら私に入ってくる様に促した。それに従いなるべく音を立てない様に身を縮めてそっと中に入ると、その内装にゾッとした。
私達が侵入したのはどうやら倉庫の様に使われていると思しき部屋だった。そこには所狭しとマネキンが並べられており、その頭部には動物の耳を模した装飾のあるカチューシャが付けられていた。更に顔に当たる部分にはペンか何かによって顔が描かれており、壁には様々なアニメ作品のタペストリーらしき物が掛けられていた。
「何ここ……」
「いかにもSAGMSの隠れ家って感じじゃない?」
「悪趣味にも程がある……」
「薄暗いのが良くないのかもね」
体をブルっと震わせている殺月さんの前に立ち、ドアノブに手を掛けてゆっくりと開ける。出た場所は廊下であり、そこには灯りが点いていた。つまり間違いなくここには誰かが住んでいるという事である。玄関を見てみると罠らしき物は確認出来なかったが、見えない様に設置されている可能性も考慮してそこには近づかない事にした。
逃がさない様に急いで二人で家中を探し回ったものの何故かどこにも人の姿は無く、それどころか人の気配すらしなかった。
「……逃げられた?」
「どうだろう……まだ居るんじゃないかなって思うけど」
「根拠は?」
「攪乱電波がまだ出てるでしょ? って事はここに見つけられたくない何かがあるって事じゃないかな?」
もし既にここから逃げているのであれば、ここで攪乱電波を出し続ける必要は無い。物資やら何やらを持ってさっさと逃げればいいのだ。しかし未だに電波が出ているという事は隠したい物があるという事だ。もちろん、攪乱電波を出すための装置がここに置かれたままという可能性もあったが、何となくこの電波は人から出されているものな気がするのだ。
「でもでもここに居るとしても、どこかが分かんないんだよね~……二階は無いし……」
「……ここに居るのは確かなの?」
「多分ね」
「……じゃあ確かめてみるから、ちょっと静かにしてて」
そう言うと殺月さんはステッキで床をコツコツと小さく叩きながら歩き始めた。何をしているのだろうかと付いていってみると、キッチンでピタリと立ち止まった。
「日奉さん、ここ」
「あっ」
先程までコツコツと鳴っていた音が、キッチンのあるポイントでだけコンッコンッと小さく反響する様な音へと変わっていた。まるでその床の下には空洞が出来ているかの様な音であり、殺月さんは屈み込んで床下収納用と思われる蓋をそっと開けた。するとそれは床下収納などではなく、地下へと続く入り口となっていた。梯子が掛けられており、地下にも光源があるのか薄っすらと明るかった。
「……日奉さん、あたしが先に降りるから。君は後から」
「う、うんうん」
殺月さんはステッキを一旦背中へと背負うと梯子を使って地下へと降りて行った。地下と言ってもそこまで広い訳ではなく、ここからでも下に降りた殺月さんの姿がしっかりと視認出来る程だった。
下へ降りても問題無いという合図を貰った私も後に続く様に降りていき、一番下まで辿り着くと明らかに人工的に作られている壁へと目を向ける。
「意図的に作られたのは確実だね」
「うん……相手は死に物狂いで抵抗してくるかもしれない。日奉さん、気をつけて」
「オッケオッケ。無礼た真似されたらすぐ動けない様にしちゃうから安心して」
殺月さんと私は薄暗い地下道をひっそり進んでいき、やがて研究室の様な場所へと辿り着いた。見た事も無い機械が複数存在しており、更には何かの映画で出てきた様な大きなカプセルらしき物まで並んでおり、その中には頭頂部から動物の耳を生やした人型の存在が浮かんでいた。そして、部屋の奥にはこちらに背中を向けて何かの作業をしている白衣の男性が居た。
「JSCCOです! 大人しくしなさい!」
「なっ!? 何故ここが!?」
「はいはーい。暴れないでくださいね~」
その男性は黒縁眼鏡を掛けており、私と殺月さんに交互に視線を向けていた。
「おいおいここはボクの家だぞ! 不法侵入もいいところだね!」
「貴方には日本超常生物学研究所の職員と共謀し、超常生物を製造している疑惑が掛かっています」
「超常生物!? 何の事だよ!」
「そこの機械に入っている生命体の事です」
「オイオイオイオイオイオイ!」
その男性は作業をしていた机の上に置かれていた一枚の紙を手に取ると、それをこちらに見せつけてきた。それは何かの企画書の様なものであり、『ケモっ娘だいしんげき計画!(仮)』と題されていた。企画書には頭頂部から耳を生やした人間のデフォルメ調の絵が描かれており、間違いなくあの計画に関わっている人間だった。
「いいかい! これはボクが一億年と二千年前から言っている事だが、人類はケモ耳娘を受け入れるべきなんだよ!」
「貴方がやっている事は法に触れる可能性があります」
「何が法だ! そんなものに縛られていつまでもROMってたら何も進歩しないだろ!? 人類は新たな一歩を歩むべきだ! 昔の古い考えはアンストしなければ!」
「ん~じゃあじゃあ、えっと……」
「泡影だ! あわあわとも呼ばれてる」
「じゃあ泡影さん、その人達を作ったのはあなたって事でいいですか?」
「いいや、ボクは製造に関してはROM専だよ。生命関連は自重して彼らに任せてる。ボクは梱包専門だ」
覗き込む様にして見てみると確かに机の上には卵が置かれていた。
「……夢廻という人物に心当たりは?」
「夢廻? ……むいむいの事か?」
「貴方とのメールのやり取りを確認済みです」
「まさか捕まったのか……?」
「そのまさかです」
「あのスイーツはだから持ち出すなって言ったんだ! まだ世間に公表するには早すぎて逮捕不可避だって言ったのに!」
「……あれあれ? ちょっと待ってください。泡影さんは販売するためにこの計画に関わってるんですよね?」
そう尋ねると泡影は訝し気な顔をした。
「販売?」
「……貴方がそこで作っている卵を取引している人物が逮捕されています」
「ちょっと待て……何の事だ……?」
「え? いわゆるケモ耳系の子を販売するために作ってるんじゃないんですか?」
「いやそれはゆくゆくはそうしたかったが、今はまだ試作段階で、一部の研究者に渡すために作ってるって話だろう?」
私達と彼の間には何か明確な認識の違いがあるらしく、詳しく話を聞いてみると彼にとっては彼女らを販売するのはまだ先の企画であり、今はまだ試作段階のため、少しずつ社会に認知してもらうために一部の研究機関などに提供しているという話だった。梱包に使っている奇妙な卵も違和感無く相手に送るための物であり、一般人への提供はまだ行っていないという。
もしこれらの話が真実だとするならば、SAGMSの泡影は逮捕された日超生の職員に利用されているという事になり、本人的には一切の悪意無くこういった研究を行っていたという事になる。
「嘘だろ……こんなんじゃ物売るってレベルじゃないぞ!? 下手すりゃ企画倒れだ! 社会エアプか!?」
「殺月さん……」
「はぁ……。泡影さん、申し訳ないけど貴方にはご同行願います」
「何でだよ! ボクが何をした!? むしろ被害者だろボクは!?」
「超常法第一条に抵触している可能性があります」
「ちょっと待ってくれ! 彼女らにはまだ人格も何も無い筈だろ!? 人権も異権も侵害してないぞ!?」
「あー……えっとえっと、それがですね泡影さん。実は人格あるっぽいんですよ」
私達が遭遇し確保した未来という個体に関する情報を伝えると泡影は複雑そうな顔をしていた。
「喜ぶべきか悲しむべきか……界隈的には尊いんだが……しかしそれが本当なら……」
「……あなたはこの子達に搭載されているセーフティについては知ってます?」
「セーフティ……? いや、初めて聞いた。ボクの企画書にもそんなの書かれてない。だってあの子達は新たな種族として認められなきゃいけないんだ。そんな動きを制限する様な機能なんて有っちゃいけない……」
「うーん……泡影さんが知らないって事は他の人が?」
「……泡影さん、その企画書には参加者の名前も載っていますか?」
「あ、ああ。載ってるよ」
企画書を受け取った殺月さんはそれをこちらに手渡すと、お札の付いた肩に掛けられたベルトに手を触れた。
「……ご同行願えますか?」
「……分かったよ。どうやらROMりすぎて裏で何が起きてるのか気付けてなかったみたいだ。こんなのガチ勢のボクからすれば草も生えない事態だ。協力させて欲しい」
「一応、逮捕という形である事は理解してください」
「それも分かってるよ。ただ、一つだけ約束して欲しい事があるんだ」
「何でしょう」
「あの子達をこれ以上傷つけないでくれ。今生きている子やあそこに入ってる子も殺さずに生かしおいて欲しいんだ。こんなキモオタのボクの言葉なんて信じてもらえないかもしれないけど、あの子達の事は本気で愛してるんだ。親でも何でもないけど、一人の人間として愛してる」
「約束します」
「……ありがとう」
泡影を連れて外へと出た私達は適当にタクシーを呼んでJSCCO本部へと向かってもらった。蒐子さんに連絡を入れて迎えでも呼ぼうかと思ったが、どうやら彼の攪乱電波はまだ出ているらしく上手く繋げられなかった。
本部へと到着してすぐ、彼は取調室へと通された。調書に書かれていく内容を見ると先程まで彼が言っていた内容と相違は無く、やはり利用されていただけに過ぎない様子だった。とはいえ、彼がやっている事は許可を取っていない違法な行為であり、逮捕される事だけは確定していた。
しかし、そんな彼の証言の中で一つ引っ掛かる部分があった。それは企画に参加する筈だったSAGMS構成員の一人と長い間連絡が取れなくなっているというものだった。企画へと誘ってはみたものの断られ、それ以降何故か連絡が取れないらしい。その人物は『でんもん』というハンドルネームを使っていたらしく、SAGMS構成員達は全員お互いにハンドルネームしか知らないという関係上、彼が誰なのかも分からないそうだ。
聞くべき事は聞けたため取調室から出る。
「殺月さん殺月さん、何か『でんもん』って人怪しくない?」
「そうだね……裏で売買の手を引いてた黒幕かもしれない。念のために――」
殺月さんの言葉を遮る様に蒐子さんから通信が入る。
「少しいいですかお二人共?」
「……うん。何かあった?」
「実は、ついさっきJSCCOに変な電話が来ましてー……」
「電話?」
「はい。ケモ耳に関する件で話があるらしくて……」
「今も繋がってる?」
「はい。保留状態にしてます」
「こっちに繋げて。日奉さんの方にもね」
「分かりましたー。大丈夫だと思いますけど、一応お気をつけて……」
蒐子さんがそう言った後、一瞬ノイズの様な音が聞こえ明らかに機械で加工している声が聞こえてきた。
「まずはおめでとうと言うべきか」
「……誰ですか貴方は?」
「『でんもん』……と言えば通じるかな?」
「……SAGMSの構成員、合ってる?」
「何もそこまで敵意を見せる事は無いだろう。協力してやったというのにその塩対応はどうかと思うが」
「えっ、あのあのっ! 協力ってどういう意味ですか?」
「そちらのお嬢さんは神対応だな。素晴らしい」
「質問に答えなさい」
殺月さんは明らかに苛立っていた。
「……単純な話だ。最初の通報を行ったのはこのワタシだという事だよ」
「……え?」
「それと彼らの作った素体に少し細工をさせてもらった。死亡後に痕跡が一切残らない細工をな」
その言葉を聞き、私が一番最初に確保した霊魂となっていた彼女の事を思い出した。彼女は落とされた卵に入っていた。しかしその遺体はどこにも見当たらなかった。私はてっきりどこかの人目につかない場所で処分されたのだと思い込んでいた。だが、『でんもん』の証言が事実だとするならばそれは企画参加者には予想外の事だったという事になる。
「貴方が企画には参加しなかった事は既に確認済み。どうやってそんな事を……」
「ワタシには全て手の平の上の事だ。出来ない事などない」
「あのあの、気になるんですけど、何でそんな邪魔する様な事したんですか? あなたも一応SAGMSの一人ですよね?」
「それもまた単純な話だ。解釈違いで萎えたからだ」
「か、解釈違い……?」
「そうだ。ワタシとて初めはケモ耳娘と聞いて興奮した。だが企画書を見てみればどうだ? アレが、あんな汚らわしいものがケモ耳娘だと? 全く草すら生えん。尊くない」
「……どういう意味?」
「あんなものはチラ裏レベルだ。誰得だ。絶許だ。ケモ耳娘の何たるかが分かっていない」
そう言うと『でんもん』は長々と自身の考える『最高のケモ耳娘』について話し始めた。要するに『でんもん』にとってのケモ耳娘というのは、もっと獣成分が無いとダメらしい。未来達の様に人間にケモ耳が生えた程度のものはケモ耳娘を語るのもおこがましい程の低レベルの存在と考えているそうだ。最高なのは『二足歩行出来て会話が出来る獣』らしい。最早それは獣そのものでもいいのではないかとも思えてしまうが。
「あのギークどもめ……あの企画書を読んだ時は闇堕ちするかと思ったぞ」
「あの……もういいですか?」
「納得してくれたか?」
「あ、はい。そうですね」
「そうか。ともかくワタシは手を貸してやったのだ。精々感謝しろ。それではな」
こちらが止める間もなく、『でんもん』は通信を切ってしまった。相手が何者なのかを調べなくてはいけないため個人を特定出来る質問をしようと思っていたのだが、あまりのお気持ち表明っぷりに何一つ出来なかった。
蒐子さんへと通信が戻る。
「あのー……聞いてたんですけど、大丈夫でしたかー……?」
「だ、大丈夫です大丈夫です。耳にタコが出来るかと思いましたけど……」
「最悪……」
「えーと……取りあえず今回の事件の関係者は全員確保出来ていますので、外部から干渉してきた『でんもん』に関してはこちらで調査をしておきますねー……」
「ありがとう……あたし帰る……」
「あ、殺月さん殺月さん。あの企画書――」
「もう提出しといたから。……じゃあね」
殺月さんはオタクの凄まじいお気持ち表明を聞いたせいか、かなりぐったりと来ていた。今までの様子から考えるにああいったタイプの人間は苦手なのだろう。私も別段得意な方では無いが、流石にあそこまではならないため、苦手な彼女にとっては相当きついものだった筈である。
殺月さんと別れてイヤホンを仕舞った私は、妙に疲れの溜まった体を癒すために、今日は家に帰って寝る事にした。




