第15話:I am God's child
路地から出た私達は蒐子さんから連絡が来るまでウロウロしながら待つ事にした。その際、何故か急激に牛乳が飲みたくなったため、近場にあったコンビニで適当な物を買って口を付けた。元々あまり牛乳が得意ではなく、あまり多く飲むと腹部からぎゅるぎゅると音が鳴ってしまう程だった。そのため9年という昏睡期間は、給食でそういった物を飲まなくても済んだという意味では有り難いものだった。しかしそれ故に、飲めない筈の物が急激に飲みたくなるという感覚が少し気持ち悪かった。
「んぐっ……ぅぇ……」
「……ちょっと日奉さん。それ飲めないのに買ったの?」
「う、うんうん……でも何か、急に飲みたくなっちゃってさ……降霊させてる子の影響かな……」
固着させている彼女が今どうしているのかは分からないが、私の中でじっと大人しくしているのは確かだった。美味しくないという感覚と美味しいという感覚が同時に発生している事から彼女が何か関与しているのは間違いないと思われるが、問い掛けても喋らなくなってしまったため今は確認しようが無かった。
えずきながら何とか飲み進めていると無線越しに連絡が入った。どうやらJSCCO所属の日奉一族の一人が監視カメラ映像から取引相手を発見したらしい。どうやら『黄昏事件』以降に建てられた『圧縮次元マンション』にその取引相手が入っていくところが記録されていたそうだ。
「対象は上着の中に何かを隠すみたいな素振りを見せていたみたいですね。多分そこに住んでいるかとー……」
「了解。日奉さん、行くよ」
「うぇっ……う、うんうん、すぐ行く~……」
最後まで何とか飲み切った私は殺月さんの後に続いて現場へと向かった。
『圧縮次元マンション』。それは超常技術を用いて建てられた高層マンションである。『黄昏事件』終結後、事件の主導者であった如月慙愧が首領を務めていた『如月組』の内、人間に対して敵対心の無い者達によって結成された組織『きさらぎ建設』が建てた。彼らは超常的な建築能力を所有している如月一族と呼ばれる鬼の一族だった。
「ここだね」
「う、うん。そうだね……」
「ちょっと大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫……大分楽になってきたから……」
「……じゃあ入るよ」
マンションの正面玄関から入ろうとすると何やらロックが掛かっているらしく、押しても引いても開けられなかった。
「……如月さん。鍵が掛かってる。確か君も如月一族の一人でしょ? 開け方とか知らないの?」
「えーとちょっと待ってくださいね確かこの辺にー……痛っ……あっありましたありましたー。えーと、そこにあるのは『霊素施錠システム』ですねー」
「うーんとうんと……名前くらいしか聞いた事ないんですけど、それってどういうシステムなんですか?」
「扉の上に小さいカメラみたいなのが付いてるの見えますか?」
言われた通り見てみると、確かに扉の上には監視カメラの様な物が設置されていた。
「ありました」
「それは『きさらぎ建設』が開発した『霊素探知機』なんです。そこに住む人は皆、自分の霊素をそこに登録しておくんです」
「つまりつまり、その霊素っていうのは魂とかと同じって事でいいですか?」
「その言い方でも合ってますよ。要は顔認証システムの魂版みたいな感じですかねー」
「……どうすれば開けられるの?」
「うーん……電子ロックならさっきの日奉一族の人に任せればいいんですけどー……ワタクシも専門外ですしー……」
「……じゃあじゃあローラー作戦でいきましょうか」
上手く開けられる方法が無さそうだと感じた私は手当たり次第に試してみる事にした。これは私でなければ出来ない仕事だ。
「ローラー作戦?」
「うん。私は降霊させる時に自分の魂の形を変形させて、相手の魂の凹凸と噛み合う様にして固着させる。だったら、ここに住んでる人の魂と全く同じ形に自分の魂を偽装させればロックを解除出来るでしょ?」
「日奉さん、確かに理論上はそうかもしれませんがー……それは結構大変と言いますか……数字の組み合わせと違って魂の種類は無限にあると言ってもいいんですよ? だから『霊素施錠システム』が信用されてる訳でー……」
「でもでもこれが一番効率的ですよ? ここで亡くなった人が居るならそれを降霊するのもありですけど、そうなると今固着してもらってる子を放さないといけませんし」
他に良い方法が無いからか二人からの反論は無かった。そのため私は扉の前に立つと目を閉じ、自らの魂を変形させるために彼女に語り掛けた。
『今から少し揺れたりするかもしれないよ』
『何があったの?』
『あなたの一件に関わる調査のために必要なんだ』
『分かった。じゃあいいよ。ミルクも貰ったし』
了解を得た私は少しずつ魂の形を変え始める。急激な変形ももちろん可能ではあるが、あまり速くやりすぎるとシステムが認識出来ない可能性もあったためゆっくりとやり必要があった。
しばらく形を変え続けて、そろそろ千回目に到達しようかとしたその時、カチャリと音が鳴った。試しにドアに手を掛けてみるとロックが解けており、中へと侵入する事に成功した。中に入った私は一旦変形を解除し、殺月さんと共にエレベーターへと向かう。
「意外と早かったね……」
「そう? どのくらい掛かってた?」
「大体10分くらい。もっと掛かると思ってたけど」
「まあ慣れてるからかな」
「お二人共、対象は15.5階に住んでいるみたいです」
「了解。これから向かう」
エレベーターへと乗り込んだ私達は対象が住んでいるという階層のスイッチを押す。どういった原理で建設しているのかは不明だが、彼らは次元を圧縮する事によって階と階の間に別の階を作っている。そのため、実際に外部から見た時よりも内部はずっと広大なのだ。この技術は『きさらぎ建設』以外にはまだ使われておらず、超常的な力を持った彼らの専売特許となっている。
あっという間に15.5階に到着した私達は蒐子さんからの指示を受け、対象が住んでいるという1503号室のチャイムを鳴らした。すると、内部から猫の鳴き声らしきものが僅かに聞こえ、ドタドタと走る様な音が響いた。
「……如月さん。ここってペットOK?」
「一応OKです。ただ、事前に届け出は必要になります」
「届け出は?」
「んー……出てないみたいですね」
「……日奉さん、気をつけて」
「私今はちょっと戦えないかな……殺月さんお願い」
「……仕方ないか」
待っているとドタドタという音が止み、ガチャリと扉が開いた。対象は警戒しているか少しだけしか扉を開けず、そこから三十代程の男性が顔をひょっこりと覗かせた。すると殺月さんは素早く扉の隙間に足を挟み込んだ。
「なっ!? 何なんだあんたら!?」
「JSCCOです。調査に来ました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が何したってんだ!」
「ねぇねぇお兄さん。お願いですから入れてください。疚しい事が無いなら大丈夫ですよね?」
「そ、それは……」
殺月さんはステッキを隙間から差し込むと梃子の原理で無理矢理扉を開き、中へとズカズカ上がり込んだ。
「お、おいっ!」
「……お名前は?」
「え?」
「お名前は?」
「夢廻だが……」
「夢廻さん、勤め先は?」
「株投資だ……決まった勤め先は無い……」
「へぇ~株って儲かるんですね~」
部屋の中に怪しい部分が無いかとキョロキョロ見て周っていると浴室の辺りから物音が聞こえた。対象はあからさまに動揺しており、一気に落ち着きを失くした。
「誰かいらっしゃるんですかー?」
「ね、猫を飼っててね……」
「猫~、猫ですか。そっかそっか。ここってペットOKですもんね」
「あ、ああそうなんだよ!」
「猫ちゃん可愛いですもんねー」
「あ、ああそうだろう?」
「ところで届け出って出されてます?」
「…………」
「あれあれ? どうされました?」
「いっいや……」
「開けて」
「待て! 待ってくれ!」
「開けまーす」
浴室の扉を開けてみると、そこには白髪の一人の少女の姿があった。見たところまだ小学生くらいの身長であり、頭部からは猫と同一のものと思しき一対の耳が生えていた。瞳もよく見ると猫の様であり、その瞳でこちらをじっと見つめていた。
「見つけたよー」
「……ご同行願います」
「待て! いや違うんだ! ゆ、誘拐とかじゃない! む、娘! 娘なんだ! その、ほらあんな見た目だろ!? ふ、普通の社会に出すのは難しいかと――」
「対象に娘は?」
「……居ませんねー」
「……その証言に信憑性はありません。大人しく同行を」
殺月さんがステッキにお札を貼り、鞭へと変形させていると突然浴室から少女が飛び出し対象の前へと飛び出て両腕を広げ殺月さんと対峙した。
「ぱぱいじめちゃだめ!」
「パパ……?」
「ほ、ほら! 本当に娘なんだって!」
「わるいことだめ!」
殺月さんは姿勢を低くすると少女と目線を合わせる。
「君の名前は何?」
「みく!」
「みくちゃん?」
「そ、そうだとも……未来って書いて『みく』だ……!」
「貴方には聞いていません。……未来ちゃん。お母さんは誰かな?」
「おかーさん? おかーさ……みくにはぱぱだけ!」
「パパだけなの? でもそれじゃあ未来ちゃんはどこから来たのかな?」
「どこから……? えっとね、えっと……」
「み、未来! 未来は――」
「静かに。……未来ちゃんゆっくり最初から思い出してみて?」
「みくは……みくはえと……えっと……」
未来は唸りながら思考を巡らせていたが、突然一言呟いた。
「ぱぱ、ふたり……?」
そう言った直後、未来は突然錯乱し暴れ始めた。慌てて抑えようとしたものの、滅茶苦茶に振り回している彼女の手が顔に当たり、思わず尻餅をついてしまう。鋭い痛みを感じ顔を触ってみると手にはべったりと血が付着し、恐らく先程手が当たった際に顔面を引っ掛かれたものと思われた。
殺月さんが抑えるのに手こずっていると、固着させている彼女から語り掛けられた。
『真似して』
『真似?』
『今からやるから一緒に鳴いてみて』
『分かった……』
脳内に「ニャーーーン」という伸ばした様な猫の鳴き声が聞こえ、それを真似する様にして声を発してみた。すると、錯乱していた未来の動きがピタリと止まり、こちらへと顔を向けた。
「未来……?」
「今のは何を……」
未来は無表情で口をポカンと開けたままこちらに近寄ると、目の前で立ち止まった。それ以上は喋る訳でもなく暴れるでもなく、ただ私の前で立ち止まったままだった。試しに抱き上げてみるとこれまた何の抵抗も無かった。それどころかまるで甘える様にぎゅっとしがみついて来た。その体からは妙に高い体温が伝わって来た。幼い子供は体温が高いと聞いた事があるが、とても人間とは思えない高さだった。
「……ご同行、願います」
「…………分かったよ」
夢廻は諦めたのかそれ以上は物言いをせずに観念して殺月さんから拘束された。未来はそんな『パパ』の様子には見向きもせず、私にしがみついて無言のままだった。
対象を連れてマンションから出ると、私は固着させている彼女に問い掛けた。
『さっきはありがとう。あれって何だったの?』
『あれはあたし達に掛けられてるセーフティ。特定の周波で人間がその声を発すると抵抗しない様になってるの』
『それって知ってるのあなただけ?』
『多分皆知ってると思う。でも、その子は気付けてなかったのかも』
『まだ小さいから? ん……でもあなたは生まれる前に死んじゃったんだよね? あれ……?』
『あたしも自分の事はあんまり分からない。その子よりも大きかったのは何となく分かるんだけど、でもその子みたいに生まれられなかった』
『……私達の方で調べてみるよ。向こうに着いたら解放出来るから、もうちょっと我慢してね』
『うん。あたしはあなたの中暖かいから別に今のままでもいいけど』
何故彼女は未来の様に生まれる事が出来なかったにも関わらず、未来よりも物事を知っているのだろうか。生物は少しずつ大きく成長していくのが基本であり、多少の差はあれどここまで言動や知能に大きな差が出るのは奇妙である。何らかの超常技術が関わっているのは確かであるが、私と殺月さんだけではまだその謎を解明出来そうにない。
私の中に居る彼女と夢廻、そして未来をJSCCOへと送るために私達は歩みを進めた。




