第1話:帳が下りて
私はある施設に呼び出されていた。その施設は日本の首都である東京に建てられたものであり、かつては警視庁が所有している土地だったそうだ。今ではその警視庁に隣接する様な形でそれは建っている。
「失礼します」
所長室の扉をノックした私は室内から聞こえてきた入室を促す声に従って扉を開く。所長室には高そうな椅子やら机やらが置かれており、本棚にはぎっちりと過去の事例を収めた資料が詰め込まれていた。壁には私の一族の知り合いだった人の写真が飾られている。
「どうぞ、楽にしてくれたまえ」
白い髭を蓄えた恰幅の良い所長、宇曽吹誠所長が手で促す。従わないのも失礼かと思い、足を少し開いて楽な姿勢をとった。
「さて……まずは、日本特異事例対策機構もとい、JSCCOへの入所おめでとう。本来であれば君の様な学生を入所させるべきではないのだろうが、如何せん人手が足りていなくてね」
「いえいえ! 将来的にはこちらに入所したいと考えてましたから!」
「ははは……世辞でもそう言ってくれると気が楽になるよ」
所長は机の向こうから姿勢を正す。
「それでだ……今日君を呼んだのは入所祝いもあるが、君の初仕事の話でもあるのだ」
「はい! お任せください!」
「まずは、今日から君と共に調査を進める相棒を紹介したい。そろそろ来てもおかしくないのだが……」
そう所長が発言したその時、扉がノックされ一人の少女が入って来た。その風貌は異様なものだった。まず長くて真っ黒な彼女の髪は頭部の様々な場所でゴムを用いて結んでおり、まるで複数に枝分かれした植物を思わせた。首元には布の様な物をマフラーの様に巻き付けており、余った部分は左腕を覆い隠すかの様に垂らしていた。更に両足のズボンの丈が異なっており、右足は太ももの所までしかなく、反対に左足は足首までしっかりと丈があった。しかも肩にはお札が引っ付いたベルトを斜めに掛けており、背中にはステッキの様な物を背負っていた。
左目の下に涙黒子のある少女の冷たい目つきがこちらを一瞥する。わざとそういう目をしたというよりも、元々細めの冷たさを感じさせる目なのだろう。
「申し訳ありません、遅れました」
「いや、問題ないよ。きちんと時間以内だ」
私の隣に立った少しだけ背の高い彼女へと視線を向ける。
「さて、揃ったところで話を続けよう。日奉君……今来たのが君の相棒となる殺月命君だ」
殺月と呼ばれた少女は少しだけこちらに視線を向けると申し訳程度のお辞儀をした。
「あっ、えっと、私は日奉菖蒲です。よろしくお願いします!」
「うん」
「細かい自己紹介は後でしておいてくれ。それで、仕事の話だが……」
所長が頼んできたのはある『異様』の確保だった。四年前、世界中に超常存在や怪異などが現れ、大暴れをしたという事件がある。私の姉も所属している日奉一族の尽力によって何とか騒ぎを収める事は出来たものの、それまで空想上の存在だと思われていた怪異の存在が明るみになり世界は大きく変わった。人に害意を持たない一部の怪異達は人権が与えられ、一部のサービスを受けられる様になった。彼らの手によってオカルト技術も発展し、科学とオカルトを融合させた製品なども作られる様にもなった。そして、そんな彼らが何らかの事件を起こした際、あるいは巻き込まれた際には私達『日本特異事例対策機構』が現場へと出向く事になっているのだ。
「数日前、東北地方の小岳村を担当している駐在から報告があったのだ。身長二メートルを超えるコトサマが居たと」
「二メートルですか? それくらいだったら居てもおかしくないと思いますけど……」
「……その人死んだんじゃないですか?」
「如何にも。殺月君の言う通り、その駐在は後日、交番内で死亡しているのが確認された。目立った外傷は無かったそうだが、現場からは僅かながら妖気が検出されたそうだ」
「という事は被害者は男性、そうですね?」
「ああ」
「ちょっとちょっと待って! 私だけ付いていけてないんだけど、説明してよ命ちゃん!?」
「名前で呼ばない。……君、それでも日奉一族の人間なの?」
命ちゃんもとい殺月さん曰く、今回事件を起こしたとされているのは『八尺様』と呼ばれるコトサマらしかった。ネットの掲示板でその存在に遭遇したという体験が書かれていたのが最初の目撃例であり、その後は特に類似した書き込みは確認されていなかったらしい。『八尺様』はその名の通り身長二メートルを超えるコトサマであり、それに魅入られた男性は命を落としてしまうという。
「……分かった? 勉強不足さん」
「もーっ! しょうがないでしょ日奉一族の記録には残ってなかったんだから!」
「日奉君は九年も昏睡していたのだ。そういった知識が少ないのも仕方がない」
「しょ、所長まで酷い言い方しないでくださいよ……」
「すまんすまん。さて、細かい説明はオペレーターからされる。明日、向かってくれるか?」
「お任せを。殺月の名に懸けて、必ず解決します」
「あっ私もです! 日奉の名に懸けて!」
「うむ。ではこれを、ランプが点いている間は耳に付けておいてくれたまえ」
所長から渡された緑色のランプが点灯しているイヤホンを片耳に付けると、二人でお辞儀をして部屋から退出した。
殺月さんは待つつもりなどないという様子で足早に歩き、JSCCOの施設から出ようとしていた。まだ彼女の事を何も知らない私は、少しでも情報を入手するため呼び止める。
「ま、待って待って殺月さん!」
足が止まる。
「……何?」
「何じゃないよ……私達まだ会ったばかりじゃない? もうちょっとお話しよう?」
「君、何か勘違いしてない? あたしは仕事のために、コトサマ関連の事件に関わるためにこの組織に入ったの。君と仲良しごっこするためじゃない」
「で、でもさでもさ! これから一緒に相棒として行動するんだよね? だったらせめてお互いの能力くらいはさ……」
「……そうだね。それで君は?」
「そ、そっかそっか。まずは言い出しっぺからだよね」
私は自分が持っている力について説明した。
私の力は『自らの肉体に死者の霊魂や神格を下ろす能力』である。初めて自分の力を知ったのは、まさに『怪異襲撃事件』、市民の間では『黄昏事件』と呼ばれている事件が起きた日だった。当時、怪異を倒すために戦っていた私の二人の姉の内の一人が死亡した。しかし、偶然その場所が私の入院している病室だった事で能力が勝手に発動し、その魂が私の中へと入って来た。その時初めて、私は自分の持つ力を知った。
「ちゃんと下ろせれば、その力を借りたりも出来るよ」
「ふーん……そう」
「えっとえっと……それで殺月さんは?」
「…………別に何でもいいでしょ。君の足は引っ張らない。それじゃあ」
そう言うと殺月さんはプイッと顔を背けて施設から出て行ってしまった。
「……そんなに仕事が大事なら教えるべきでしょ。子供っぽいなぁ」
思わず口を突いて本音が漏れてしまったが、彼女がまだ私を信頼していないと考えれば理解出来なくもない。日奉一族の一人とはいえ、まだ私は新人なのだ。彼女の経歴がどれほどのものなのかは定かではないが、やはり背中を預ける相手としては信頼できないという事なのだろう。
仕方なく施設から出ると初仕事を任されたという事を伝えるために師匠の居る場所へと足を運ぶ。その際中、イヤホンからごそごそと音が聞こえ、こちらに語り掛ける女性の声が聞こえてきた。
「えーとこうかな……あーあー聞こえますかー? テストテストー」
「聞こえますよー? オペレーターさんですか?」
「あっ繋がってるんですね。えーっと……あ痛っ!?」
「えっ、だ、大丈夫ですか?」
「う……すみませんちょっとぶつけただけです……。えーと日奉菖蒲さんですよね?」
「はい! 菖蒲です!」
「ですよね。それでもう一人の方はー……殺月命さん?」
「はい」
「あれっ殺月さん居たんだ!?」
「居ちゃ悪いの?」
イヤホンの向こうから機嫌の悪そうな声が聞こえてくる。
「ご、ごめんごめん。そういうつもりで言ったんじゃないよ」
「あのーお二人共ー? ちょっとオレ……あっ! ワタクシのお話を聞いて頂けますか?」
「オレ……? はい、いいですよ。お仕事の話ですよね」
「そうです。えーとですね痛ぁっ!?」
無線の向こうで何かが崩れる音がする。
「ねぇさっきから何をしてるの」
「す、すみませんちょっとここ狭くてですね……。えーあったあった……『八尺様』ですねー……」
「事件の概要だけ教えて。後はこっちでやる」
「でもでも私的にはちゃんと細かい部分も知りたいんだけど……」
「君は黙ってて」
「概要ですねー? えっと……現場は小岳村の駐在所です。被害者は当時そこで駐在をしていた鹽田守さん、死因は妖気を用いた呪殺の類かと思われます」
「その人が『八尺様』を目撃したんですよね?」
「そうみたいですねー……残念ながらお亡くなりになりましたが……」
「それだけあれば十分。明日朝五時に宵野駅に集合。以上」
そう言うとブツッという音と共に殺月さんの声が聞こえなくなった。どうやらこちらから接続を切る事も出来るらしい。
「ごめんなさいオペレーターさん、殺月さんちょっと困った人で……」
「いえいいんですよ。最終的な接続権はこちらにあるので、必要な時は好きに呼び出せますから。あっ、それとオ……ワタクシの事ですけど、オペレーターさんではなくて名前で呼んでもいいですよ」
「そうなんですか? じゃあじゃあ、何て言うんです?」
「如月蒐子です」
一瞬だけ体がドキンと跳ねた。如月、その名前は忘れもしない。あの『黄昏事件』を起こした黒幕の一人であり、鬼である如月一族の頭目だった人物と同じ苗字なのだ。彼女も私のそんな様子を感じ取ったのか、すぐに説明を始めた。
「ええ、日奉さんが考えておられる様に、あの如月一族の末裔です」
「そ、そうなんですか」
「でも安心してください。ワタクシはあの人のやり方には否定的な見解ですから。正直あの人は時代遅れな人でしたし」
「如月さんは、違うんです?」
「蒐子でいいですよ? オ……ワタクシは元々、こういうネットワークとかそういうのに興味があったんで、そういうのを作れる人間さんの事を尊敬してたんです。あの事件の時もずっと街に引き篭もってましたから」
確かに日奉一族当主である日奉茜さんによると、彼ら怪異が住んでいたという黄昏街には事件に参加せずに残っている者も居たらしい。皆が皆、あれに携わっているという訳ではないそうだ。今でもまだ街に残り続けている者も居るらしい。
「だから安心してください。敵討ちとかそんな時代遅れな考えは持ってないですから」
「あはは時代遅れって……。でも分かりました。それじゃあ、これからよろしくお願いしますね蒐子さん」
「はい! それじゃあ、また明日」
「はい。また明日」
蒐子さんは再びどこかに体をぶつけた様な音を出しながら無線を切った。イヤホンを外して見てみるとランプが消滅しており、今はどこにも繋がっていない事を示していた。今日はもう使わないだろうと考えてバッグへと仕舞う。空を見上げてみるともう日が沈み始めていたため、急いで師匠達の下へと向かって走る。
その場所は町の裏路地にひっそりと存在していた。普通の雑居ビルの三階にその事務所はあり、エレベーターでその階に着くと『霊魂相談案内所』と書かれた扉があった。それをいつもの様に開く。
「ただいま戻りましたー」
「あーおかえり菖蒲ちゃん~!」
「……ん、おかえり」
そう私を出迎えてくれたのは私の二人の師匠、三瀬川賽さんと黄泉川縁さんだった。賽師匠はいつでも優しい雰囲気を纏っている大人の女性で、まさに穏やかで優しい女性を絵に描いた様な人だった。そして縁師匠は私よりも小柄な人であり、綺麗な艶のある黒髪をしている人である。最年少に見えるが、実はこの中では一番年上らしい。
「良かったね菖蒲ちゃん! 先生嬉しいよ!」
「まぁ当然でしょ。そのために私達が教えたんだし」
「ありがとうございます師匠! お二人のおかげです!」
「さあほら座って座って! 美味しいご飯用意するね?」
「あ、どうもどうも……」
賽師匠は嬉しそうに事務所にある給湯室へと向かうと冷蔵庫の中を覗き込み始めた。そんな彼女を一瞥して縁師匠が向かい側に座る。
「それで、大丈夫そう?」
「え? 何がです?」
「あそこに馴染めそうかって事。まだ出来て数年の組織でしょ? 大丈夫そうかなって」
「うーん、多分大丈夫そうだと思いますよ? 早速お仕事頂いちゃいましたし」
「……は?」
「どうしたんです?」
「仕事貰った? 何の?」
「えーとえーと……何か『八尺様』っていう怪異……あっコトサマが出たから捕まえてくる様にって」
それを聞いた縁師匠は勢いよく立ち上がるとつかつかと机の上に置いてある電話の下へと歩いていった。
「ちょっとちょっと! どうしたんですか!?」
「菖蒲ちゃん? 何かあったの?」
「どうもこうもない! 菖蒲はまだ就任してすぐなんだよ!? いきなり現場に行かせるなんて危険すぎる! まずはベテランのサポートから始めるのが普通でしょ!?」
「ちょっと縁ちゃん落ち着いて……。菖蒲ちゃん、何があったのかな? 先生に教えて?」
「えっとですね……」
私が説明している間、賽師匠は縁師匠の背中を擦って落ち着かせようとしていた。
「そっか……そういう事か……」
「賽もおかしいと思うでしょ? 信じられない……どうかしてるんじゃないの」
「うーん……ちょっと様子を見てみようよ」
「は!?」
「あのね縁ちゃん。心配する気持ちは分かるよ。でも、いきなりこういう仕事を任されたって事は、それだけ菖蒲ちゃんが高く評価されてるって事じゃないのかな?」
「そうですそうです! 師匠達のおかげで大分揉まれましたからね!」
「でも賽……っ」
「大丈夫。話によると相棒さんも居るんでしょ? まずは様子見しようよ。ね?」
縁師匠は複雑そうな表情をしていたが、やがて賽師匠の説得に応じ椅子に座った。まだ少し苛立ってはいた様だが、いつも冷たそうに見えて優しい師匠がここまで心配してくれる事が嬉しかった。
二人で待っているとやがて賽師匠が作ってくれた料理が運ばれてきた。私が小さい頃、お母さんとねぇねがよく作ってくれていた好物の唐揚げだった。ねぇねが仕事で来られないというのが少し辛かったが、二人の師匠がそんな私の寂しさを和らげてくれた。
師匠二人は基本的にここで寝泊まりしており、家には滅多に帰らないらしく今日はここで明日に備えて眠らせてもらう事にした。私自身よくここに出入りしているため荷物もいくつかここに置いており、わざわざ準備のために家に帰るまでも無かったからだ。
「おやすみ菖蒲ちゃん。朝になったら起こすからね?」
「……しっかり休んで。ああいうのを相手にするのは大変だよ」
「はぁ~い……おやすみなさい師匠ぉ……」
ソファーの上で毛布を掛けられて横になっていた私の意識は、疲れていたのか思いの外早く暗闇へと落ちていった。




