8話 【共鳴】 Ⅲ
視点:天霧夜
地点:人間界 天霧邸 トレーニングルーム
さて、実験も終わったし、別室を出る。
ここからではどうやっても分からない事もあるし、その辺りは本人に聞いてしまう方が早いだろう。
「お疲れ様。早速で悪いが質問…………シャル?」
なんというか……恍惚とした表情をしている。俺に気付くと同時に表情を締め……いや、大分緩んでしまっているが、本人は引き締めているつもりなんだろう。俺に気付いた後もなんとも言えない表情だ。
やがて吹っ切れたのか、興奮を隠しもせずに話してくる。
「凄い、凄いわ! 空を飛ぶのがこんなに楽しいなんて。あの映像も相まって風を切る感覚が堪らない、本当に最高よ!」
「お、おう」
……ここまで楽しそうにされると俺も飛んでみたくなるな。
まあそれは置いておいて、さらっとシャルが気になる事を言っていた。
少し確かめてみよう。
俺はシャルの頬に手を伸ばして──
──むにょーんと伸ばしてみた。柔らかい。
「……はひふふほほ!」
「なるほど……魔族だからって事でもなさそうだし、やっぱり翼の?」
「ひふはへはっへふほ!」
手刀が落とされる。まあ失礼な事をした自覚はあるからな……甘んじて受ける。……痛い。
「悪い、ちょっと確かめたい事があって。いくつか質問良いか?」
頬を膨らませながらも頷くシャル。
「じゃあ早速、飛んでる時に魔力は使ったか?」
「魔力は使ってないわ」
「そうか、まあそりゃそうだよな」
俺は人間だから分からないが、魔法の同時使用は基本的に厳しいらしい。脳や魔臓に凄まじい負担が掛かるんだったか? 仮に飛翔に魔力を消費するとしたら魔法の同時使用と理屈は同じだろうし、魔力消費は無いと予想していた。
が──その予想は合っていたようだ。
「じゃあ飛んでる時の翼の感覚はどうだ?」
「足を動かして歩くのと同じ感じね。長年使ってきた身体の機能の一部みたいな? すごく説明しづらいけど、取り敢えず使い方はよく分かる」
「なるほど……了解、今わかってる事を纏める」
①風圧を軽減
②飛行中の魔力消費は無し
③少なくとも30分は飛行可能
④壊れない
⑤大きさをある程度変えられる
⑥魔力溜まりの役割を担う
大まかにまとめるとこんなところか。
このまとめと、実験の詳細を記録した紙をシャルに見せる。
実験の詳細を記した紙──これには、風の変化等の実験室の環境の変化が事細かに書かれている。
「こんな感じか?」
「凄まじい物を貰ってしまったわね……にしても④はいつ分かったの? 少なくともこの実験で分かる要素ではないと思うけど」
「これは翼を生成した時に分かったんだ。さっき言った⑤も同じだな」
「なるほどね。④と⑤はそれで良いとして、②と⑥は私も実感してるからOK。……①と③はこの実験でわかった事?」
「ああ、今から理由を説明するぞ。……と言っても、③は分かってるんじゃないか?」
「え? 私30分も飛んでたわけじゃないし、分からないわよ?」
「いや、飛んでたぞ。30分ずっと」
「え?」
「え?」
──両者沈黙。……ほんとに気付いてないのか?
「嘘ぉ……?」
ご本人はこの始末だ。ほんとに気付いてないらしい。ポケットに入っているタイマーをシャルに見せる。
「一応計測しておいた。最初は5分くらいでしんどくなるかと思ったんだが、全くそんなこと無かったな」
「そ、そんなに飛んでたのね。……でもまだ余裕あるわ。体力的にも風の強さ的にも」
──飛翔
単に体力の消費が無いのか、それとも効率が良いだけなのか。
……分からないが、どちらにせよ常識外れの力なのは確かだ。
「……その事については後で考えよう。取り敢えず①について説明させてくれ」
「そうね、お願いするわ」
「風圧と風速って知ってるか?」
名前は知っているらしいが、説明しろと言われて出来る程でもないらしい。一応解説しとくか。
「当然風速が強ければ強いほど風圧も増すわけだが──シャルの飛翔中に部屋に流した風は120km/h。人が平気で吹き飛ぶレベルの風だ。笑顔のまま飛び回れるとしたらシャルの顔の皮がとんでもなく分厚いか、翼が風圧を抑えている以外に考えられない」
「ああなるほど、だから私のほっぺたで遊んでたのね」
シャルは笑顔を浮かべている。
でも目が笑ってない。
「か、風を遮断したのは翼の効果だ。間違いない、うん」
……怖いからとっとと話を進めてしまおう。
「風を切った感覚があるようだし、風を全て遮断する訳じゃなさそうだけどな。まあこの辺りは追々調べていけば問題ないだろ」
「これで飛翔の実験は終わりね。……少し休憩しない?」
「了解、10分あればいいか?」
疲れているようには見えなかったが、気のせいか?
まあでも、俺も休憩を取っておきたかったし丁度いい。
本来の観測であれば30分位大したことないが、大人が数人で扱う機械を一人で操作するとなれば話は別だ。それに伴って実験中に指示を出し続ける。流石に集中力が保たない。
このまま休憩無しで次の実験に移ったら、実験結果の観測に失敗しかねないからな。一応休憩しておこう。
「分かったわ。……それで、あの、お花畑って何処かしら?」
花畑に行きたいのか?
まあ女の子だし花は好きか。
見てると和むしな。
「花畑なら……」
花畑への道のりを口頭で教えたら急いで駆け出してしまった。
……そんなに走って行くほどか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
視点変更:シャル・アストリア
地点変更:人間界 天霧邸 花畑
「…………」
教えてもらった道を進んでお花畑に着いたのは良いけど……
「本当のお花畑な訳ないでしょうがー!!」
忘れてたわ。この家とんでもなく大きいのよ……本物のお花畑だってあってもおかしくないわ。
というかここの花も日本庭園と同じ様に整備されてるのね。
「あ、なるほど」
小さな機械が花壇の周りを動いている。
日本庭園も、きっと彼等が整備しているのでしょう。
「……お疲れ様」
『アリガトウゴザイマス』
「わわっ!」
し、喋るのね。ビックリしたわ。
喋るって事は……もしかすると?
「ねぇ、一番近くのお花畑が何処にあるか分かる?」
『ソチラノツウロヲミギニマガッタトコロニゴザイマスヨ』
「ありがとう、助かったわ!」
『イエイエ』
まさか本当に教えてくれるなんてね。
私は教えてもらった通りに進み、お花に水をやってからそのまま実験室に戻った。
※1000pv達成! 本当にありがとうございます!