6話 【共鳴】 Ⅰ
視点:シャル・アストリア
地点:???
「起きたら木の天井、ね」
どう考えても霊装神殿の最奥じゃない。
なんだか身体も暖かい……暖の正体を見極める為に自分の身体を見てみる。
「フトン?」
フトン。
確か人間の使う寝具で暖を取るのにも使える……んだっけ?
魔族は魔法で暖を取るからこういう寝具は使わない。
「でも、フトン、良いわね。優しく包み込まれてる感じがして、身体だけじゃなくて心も暖まる」
ん? これって人間の寝具よね。
って事は、もしかしてここ──
「おはようアストリア」
「お、おはよう……!? ねぇその扉、横にスーってなったわよ!? 大丈夫なの!?」
こんな無防備な扉見たこと無い。
魔界では他者がいつ蹴破って入ってくるか分からない。だからどんな扉でも頑丈に作っておく。
……逆に考えると人間界は他者からの襲撃が無いから、こんな無防備な扉を作っているとも考えられる。
戦争中だっていうのに平和なものね。
「ああ、これは障子って言って……いやそれよりも体調は大丈夫か? あの男と戦った後に倒れたけど」
「問題無いわ……って、そうじゃないわよ! ここは何処なの!?」
「ああすまん、流れを追って説明するぞ」
私が倒れる
↓
戦いの衝撃で神殿が崩れ始める
↓
咲ちゃんと共に神殿を脱出
↓
人間の子供が大量に惨殺されたのに人間側が動かない筈もなく、神殿付近には兵士がいたものの、私の事を捕虜だと言って連れてきた
↓
現在に至る
とのことらしい。
この話を聞かされて、私は一つの疑問を抱いた。
「人間の兵士はどこまで無能なの? 敵対種族を連れて事故現場の中から出てきた子供をろくに調べもせずに帰すなんて。魔界だったら信じられないわ」
ここでいう魔界は各種族の生息圏内を表すもので、魔界は魔族の活動圏内、人間界は人間の活動圏内といった感じになる。
魔族の住まう魔界では正確な情報を瞬時に取得する為に、不審な点があればすぐに調べられる。
「良く言えば信頼されているから、悪く言えば平和ボケだ」
「へ、平和ボケ!?」
考えてみれば、この部屋の扉があんなに脆そうなのもそういう理由なのかもしれない。
でも人間界が平和ボケしてる事を知っている夜なら、尚の事そういう所に用心する思うんだけど……
「今は戦争中よ? それなのに平和ボケって、人間界はどうなっているの!」
「ま、まあ落ち着いてくれ。まずは良い方の理由から話すから」
彼はわざとらしく咳をした後、良い方を話し始める。
……戦争中の平和ボケに良いも悪いも無いと思うけど。
「信頼されているのは、俺が天霧家……って知らないか」
「あ、天霧家!?」
天霧家といえば他種族から力で劣る人間にも関わらず、剣技、槍術、武術と多岐にわたる技で他種族を圧倒するので有名な一家だ。
魔界では【柔の天霧】という異名で恐れられている。
まさか彼が天霧家の直系だなんて……
よく考えてみれば長い距離を走り抜く凄まじい体力、行動に移すまでの取捨選択の早さ。並の訓練で見に付けられる筈も無いか。
「知ってるのか?」
「当たり前じゃない。魔界では畏怖の対象よ」
『窮地を脱したら真っ先に貴方を殺す。貴方は将来的に間違いなく魔族の害になる』
私は彼にそう言った。彼は覚えてないかもしれないけど。
天霧家の直系ならば尚更だ。
魔族の害になるから。
私は魔族にとって有益かそうでないかを判断基準として行動してきた。
でも【霊装】を作る一度きりのチャンスを私の為に使ってしまったり、逃走中に垣間見えたお人好しっぷりを考えると、魔族の害になる可能性は低い……と思う。
……私自身も彼を殺したくないと思ってしまっている。
「そ、それで悪い方は?」
彼を殺したくない理由を考えたらいけない気がして、話題を強引に切り替える。
「その前に一ついいか? アストリアの下の名前を教えてくれ。アストリアでもいいが今更他人行儀過ぎる気がしてな……」
「シャル・アストリア。シャルで良いわ」
「了解、シャル……平和ボケの理由だが、まあ単純に実感が無いせいだと思う。人間界は周囲が海で囲まれていて攻めにくいし、他種族より科学が発展しているせいで金回りも良い。それに戦闘や警備は殆ど無人の機械だ。勿論、一部の人間は直接戦地に行って戦っているけどな」
なるほど。確かに私が人間の部隊と相対した時は敵の殆どが機械だった。
魔法の効かない装甲でできていて倒すのに苦労した記憶がある。
鎌で強引にぶった斬ったんだっけ……?
「人間は機械に絶対の信頼を置きすぎている。だからこそ、今日みたいな異例に弱い。…、そういえばシャル、シャルは何処から人間界に入ってきたんだ?」
「……いくら共闘したからといって、そこまで話すと思う?」
「……ごもっとも」
私が率いていた部隊は空から人間界へ侵入した。
ちなみにこれは魔界の技術ではなく、人間の技術を魔族が真似たものだ。
何度も繰り返し研究し、何とか実用レベルになったけど……私達が使って、重大な欠点を発見した。
魔界はまたこれから研究のやり直しね。
『人間の技術を奪って解析すれば、魔族の勝利は確実』
魔界は総意でこう考えて、【ヒコウキ】とかいう空を飛ぶ機械を奪う作戦が立てられた。
まあ、結果から言ってしまえばその作戦は大失敗。
機体は完全に制圧したものの、魔族が操作室に入った途端ヒコウキが大爆発。
人間が技術を盗まれないように仕掛けた罠だったんでしょうね。
ざらに知識と霊装だけで他種族と対等に渡り合ってるだけある。この辺りのスキは全くない。
この作戦に多大な費用と優秀な技術者をかけていた魔界は大損害を被った。
その後は見かけから作り、人間にはない魔力を利用してなんとか機体を空を飛ばす事に成功した。
そうして完成した機体に初めて乗り込んだのが私達の部隊だ。
そんな私達へ与えられたミッション……それは人間界に空から侵入して霊装神殿を襲撃する事。
戦地に赴く人間は全て霊装使い。
その霊装使いの芽を摘む為、このミッションは遂行された。
そしていざ襲撃しようと人間界に侵入した時、魔界のヒコウキの重大な欠点を発見。
燃料を想定以上に消費してしまい、帰還する分の燃料を残せなかったらしい。
燃料を魔力でカバー出来るか試してみたけど無理だった。
幸いこれに気づいたのは私だけだったらしく、神殿を襲撃する前から士気を下げる必要もないと判断して部下には言わなかった。
もっとも、その部下達は始めから別の事を考えていたみたいだけど。
その後は霊装神殿を襲撃して今に至る。
「ん、どうしたシャル?」
「何でもないわ」
「まあ、俺が止められなかったのはこういう理由があってだ。それよりシャル、確かめたい事があるんだがいいか?」
「どうぞ?」
「俺がおかしいのかもしれないけど、【共鳴の翼】をシャルに装備したあの瞬間からシャルの視点で物が見れるようになった。それを実感したのはあの戦闘の時だが……シャルはどうだ? お前の方も俺と同じような感じか?」
「そうね。寧ろ貴方の視点から戦闘を見てなければ負けていたかもしれない。今は……夜の視点で見る事は出来ないわ」
「【共鳴の翼】の影響はこれだけじゃないかもしれないし、少し試してみるか……このままじゃお互い不便だしな」
実験? 確かに出来れば出来るに越したことはないでしょうけど……
「する場所がないでしょう?」
「ありがたいことにこの家は人間界の名家天霧。家もそれなりにでかい。それに住んでるのは俺と咲だけだから、シャルが何か心配することもないぞ」
「…………」
いくつか引っかかる点があるけど、まあそれは後で聞けばいいわね。
「今からすぐにでも出来るけど……シャル、体調は大丈夫か?」
「魔力を使わないのであれば今からでも問題無いわ」
「なら多分大丈夫だ。じゃあ行くか」
夜はショウジを開けて部屋を出ていく。
それを追う様に、私もフトンを剥いで部屋を出た。
「それにしても……」
「ん?」
「いえ、なんでもないわ」
天霧夜──ちょっと無防備すぎる気がする。
……何か考えているのかもしれないし、スキは見せないようにしないと。