5話 漆黒の鎌と純白の翼 Ⅳ
視点:アストリア
(【再生】)
魔力の流れを感じた私は試しに回復魔法を使ってみる。
淡い光が傷口を閉ざしていく。その様は前の私が回復魔法を使った時と同じ。
いや……
「前よりも強力になってる?」
「良かった、成功したみたいだな」
「この翼、もしかして貴方の……っ!【魔法防御】!」
彼の背後に迫る【火の玉】を防御魔法で防ぐ。
……数分前の私なら、人間の為に魔法を使う時がすぐに来るなんて思わないでしょうね。
「うっ、すまんアストリア。傷は大丈夫か?」
「別に良いわよこれくらい。傷も問題ないわ。色々と聞きたいことはあるけど、まずはあっちをどうにかしてからね」
「ひっ!」
私を見つめる彼らの顔は恐怖で歪んでいた。
10歳で部隊長を務めているのはそれ相応の実力があるから。
魔法が使えれば奴等なんてどうとでもなる。
それを身にしみて知っているからこそ、そんな表情をしているんでしょう?
元部下ながら本当に情けない。その部下に裏切られた私が言える事じゃないけど。
それでも、部下の不始末を片付けるのは上司の仕事だ。
「【強化:腕力、脚力、動体視力】」
「……アストリア、これから戦闘になりそうだから先に伝えておく。その翼を装着した魔族は飛べるらしい。速度や距離までは分からないから実戦で使えるかは怪しいが……」
黙ったまま頷いて返す。
この空間は天井が高い。
それを考えると使う機会があるかもしれない。
でも正確さに欠ける切り札を無闇に使うわけにはいかない。万が一の場合の時は頼りにさせてもらおう。
「お、お前達が盾になって私を逃しなさい!」
それにしても……あいつ本当に屑ね。
なんかイライラしてきたわ。
「来なさい【漆黒の鎌】」
「ほら! ほら行け! 早く殺されろ!」
まずはあの煩わしい魔族から……
と思ったのだけど、その必要は無さそう。
「うるせぇよ」
「き゛ぃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」
この広い空間に硬いものを強引に砕く音と断末魔が反響し合う。頭がおかしくなりそうだ。
この音は、あのクズリーダーの頭蓋骨を口の悪いもう一人のリーダーが素手で握り潰したのが原因だ。
なんて馬鹿力よ……私の隊にいた時はそんな事してなかったのに。隠してた?
「協調性が無ぇのはどっちだおい? 味方を盾にするとか俺でもしねぇぞ。あの部隊長に裏切りが成功する保証なんてあったか? 失敗した時の覚悟くらい決めとけ」
クズリーダーは白目を向いたまま絶命した。
彼はそれを放り投げて私に身体を向ける。
「私の隊にいた時から仲間を物凄く大切にしていたものね。だからこそあなたをリーダーにしたんだけど」
「仲間を見捨てる奴はクズだ。……もっとも、俺もあんたを裏切ってる時点で屑同然か」
同じ部隊の人間だし彼の人となりは把握している。
いつもの彼が怒る時は、辺りを巻き込んで大暴れする『動』の怒り。
でも今回の彼は『静』の怒りを身に纏っている。
私の経験上『静』の怒りを間に纏った人と戦う時は決まって苦戦を強いられる。
彼への警戒を最高レベルに引き上げる、
「なあアストリアさんよぉ。あいつら、見逃しちゃくれねぇか?」
そう言って後ろの魔族達を指す。
「ダメよ。理由が何であろうと貴方達は上官を……魔族のプライドを裏切った。その罪は重いわ」
「そうか、じゃあ」
瞬間、彼の姿が消える。
──また、あの嫌な予感
「力ずくでもあいつらを逃す」
真後ろから声が聞こえて右方に跳ぶ。
さっきと同じ嫌な予感を感じていた私は、冷静に警戒し咄嗟に対処出来た。
それでも──彼の気配を察知する事は出来なかった。声がなかったら間違いなく終わっていたわ。
「【火の銃弾】」
魔法を撃ち込んだが躱される。
そこから一瞬で距離を詰められ──
「らぁぁっっ!!!!」
剣を振るわれる。
それを鎌の柄で受け止め──
「まだだアストリアァ!」
「くっ……!」
鍔迫り合いに入る。身体能力が魔力で強化された今、鍔迫り合いを優位に持ち込めるのはこちら側だ。この展開はチャンス。
でもそれは向こうも承知。その鍔迫り合いが長く続く事は無い。
「アアァァァ!」
体制を維持したまま放たれる鋭い蹴り。当たれば致命傷になっていたであろうその蹴りをギリギリで回避。
【強化:動体視力】を掛けていなければ当たっていた。
一旦距離を取る。
「貴方、実力を隠してたわね?」
「全力で戦えない事情があってな」
再び姿が消える。
おかしい、気配を察知できない。どんなに敵の気配遮断が上手くても、遅れて追うくらいは出来たのに。
──でも何でだろう
「左っ!」
「なっ!?」
すかさず鎌を水平に振る。
結局剣で防がれてしまったけど、身体能力強化が施された今、彼は吹き飛ばすにはそれで十分だ。
勢いを殺すために地面を擦る彼の剣。その刀身が火花を散らす。
また仕切り直し
悪い流れを変えることは出来た。
気配は掴めないのに敵の位置は明確に分かる。
私はこの戦いの当事者。なのに別の視点からもこの戦いを見ているような不思議な感覚。
この感覚──視点の位置を逆算して、共有している視覚の位置を探る。
結果、その場所には人間の少年──夜が存在していた。まさか!
「よそ見はまずいんじゃねぇかぁ!?」
「そんな事分かってるわよ!」
相対して分かった。
敵との実力差はほぼ同等、最大火力はこちらが上回ってるけど向こうは手数が段違い。
そのおかげで攻め切ることが出来ない。
鎌と剣での攻防が延々と続く中で私は考え続ける。
彼からの視覚でこの戦いが見れている私に、現状スキはほぼ無いと言っていい。ある程度大胆な攻撃を仕掛けても大丈夫そうね。敵の瞬間移動じみた死角への移動方法。魔法を唱えた様子は無かったし、ただの技術? ……そういえば、何かの本でそういう歩法があるって記述があった。だとしたら、その歩法をなんとか封じて私の出来うる最大火力をぶつけられれば──終わりが見えないこの戦いに、勝機を見出だす事ができる。
『歩行を防ぎつつ一撃で仕留めきれる方法』
「やってみるしかない!」
「何をだぁ!?」
──再び背後からの急襲
それは見えてる!
急襲のタイミングに合わせて地面前方に手を着き、相手の顎に踵を振り上げる。
結構無理体勢ではある。そのせいで肩を痛めたけど──
「カ゛ッ゛!?」
肩の痛みで得られた対価は僅か数cm宙に浮いた敵の身体。十分だ。
すかさず鎌での攻撃を下から叩き込む。
剣で防がれたけどそれで良い。
「ァァァァァァァァァァァアアアアアアア!!!!」
防がれた状態から、全身を使って強引に空中へと吹き飛ばす。
「っっ!!」
痛めた肩が更に痛む。だからどうした! そんな理由でこの流れを止める必要は無い!
次の一手も賭け。せっかく掴んだチャンス、絶対に成功させてみせる!
「【飛翔】!!」
足が地面を離れる。
なんとなくだけど、空中での身体の動かし方が分かる。
空中に躍り出た私は、重力に従って落ちる敵の上に移動して鎌を振り下ろす。
空中ならば歩くどころかまともに動けないだろうけど、こっちは空中でも自由に動ける。
万全の状態でお互いの実力が拮抗している以上、相手の移動に制限がかかる空中で有利なのは私。
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
「【物理防御】!」
それでも斬撃は届かない。
──でも本当の目的はそれじゃない!
「もう、一回!」
「くっ……【風】」
さっきは剣の上からだったけど、今度は防御魔法の上から地上へと吹き飛ばす。
勢いを弱める意図で逆方向に放たれた【風】。
そのせいで大きなダメージは与えられなかったけど、地面に少しでも硬直させればそれでいい。
実はこの工程の最中、魔素を魔力に変換し続けていた。
それは敵が硬直したこの瞬間──確実に攻撃が当たる時に最大火力の魔法をぶつける為。
時間は与えない。
【飛翔】で空中に浮いたまま、私は自身の最大火力を叩き込む。
「【地獄の炎】!!!!」
「…………!」
凄まじい熱量が地面に衝突し、衝撃と共に蒸気を発生させる。
その莫大な蒸気で上からは様子が見えないけど、別の視点から彼にこの魔法が直撃した事を確認し、私は地面へと降りた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「空飛ぶなんて聞いてねぇぞ……」
直前で【魔法防御】を張ったみたいだけど、【地獄の炎】は【魔法防御】を貫通したらしい。
「私も飛べるなんて思わなかったわよ……」
今回の戦いは運が良かっただけ。
彼からの視覚でこの戦いを見れた事、【飛翔】による空中支配力を入手した事、人間の彼からこの翼を貰った事で魔法を再び取り返した事。そして何より、その翼をくれた人間の少年が、同族を殺した私に深層心理で同情を抱いてしまうほどの重度のお人好しだった事。
総じて運が良かったとしか言いようがない。
「アストリア、俺があんたを裏切ったのには理由がある。突然だが聞いてくれ」
「な、何よ……」
先程の戦いを振り返って己の力不足を実感していた最中、彼は突然口を開いた。
「俺は貧民街の生まれでな、昔っから仲間と協力して生きてきた」
なるほど、彼が仲間を大切にするのはここから来ていたのね。
「少し前だが、当然電話が掛かってきたんだよ。『仲間達を人質にとった。助けてほしければ【シャル・アストリア】を殺せ』っつう旨を俺に伝えに来た」
「な……」
【シャル・アストリア】
私の本名だ
「勿論、俺の仲間が捕まったと聞いてそんな訳がねぇと思ったさ。あいつらは大人から食い物を盗んで生きてきたんだ。当然、それなりに強かった。だが連絡しても誰も出ねぇし、実際に行って確かめても誰もいねぇ。そして、その後は娘がいなくなった。他の魔族達がお前を殺そうとした理由はただ権力を求めたからだが、俺がお前を殺そうとしたのはそういう経緯があったからだ」
「……だとしても、貴方をここで生かすわけにはいかない」
どんな事情があろうと、魔界では上官を裏切った罪は重い。
彼は黙って頷く。
彼にも魔族なりの矜持があるんだろう。
……さっきのクズとは大違いね。
「別に逃してもらうためにこんな話をする訳じゃねえ。そうじゃなくてな……」
そこで一呼吸置いて、彼はニヤッと笑う。一瞬警戒したけど、向けられる感情は殺意では無かった。
「幸いにもお前を殺そうとした電話の主は名乗りやがったんだよ。最後の報いだ、バラしてやる、ざまあみやがれ」
…………! それは!
「や、やめなさ……!」
こういう時に向こうがわざと名前を名乗ったのだとしたら。
「か゛ぁ゛!?」
名前を言おうとした途端に、死ぬ。
【契約魔法】
表舞台では聞く機会の無い魔法だけど、その魔法の内容は至極単純なもの。
約束を破ろうとしたら手足から全身が腐り落ちて溶ける。
……趣味の悪い魔法だわ。
何らかの形で接触され、契約魔法を知らないうちに掛けられたのでしょう。
「ファ……ナ……せめ、て……お前だ、けは…………」
そういって彼は溶けていく。
魔族の掟は破ったけれど、最後まで仲間を大事にし続けた。そんな彼の死に敬意を表し、両手を合わせて彼を弔った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
他の魔族達はいなくなっていた。
事前からこうなる事を予想して、他の魔族達に伝えていたのかもしれない。
「あ、れ?」
唐突に意識が遠のくのを感じる。
まずい、このままじゃ……
「おい、アストリアっ! アス……アっ! っ!」
段々と遠のく夜の声と床の冷たさを感じて、私は意識を失った。