2話 漆黒の鎌と純白の翼 Ⅰ
視点:天霧夜
地点:???
霊魂装備、通称【霊装】。
力で劣る人間が他種族に対抗する為の切り札であり、一人一人がオリジナルの霊装を創り出す事が出来できる。
10歳になった年の年度末になると霊装を創る場所である【霊装神殿】に行き、そこで自身の霊装を創造する。
魂がある程度成熟していないと霊装は創れないらしく、例年八割は失敗している。
その上一度失敗したら再度創り直す事はできない。
失敗しないようにある程度成長した年齢かつ、これからの成長が著しい10歳になってから創るらしい。
……それでも成功率は二割を切っているが。
霊装は自分の心が望んだものを具現化して武器にするというもの。
それでもどんなものになるかは本人にも分からないんだとか。
魂の成熟度次第で変わるとか、戦闘技術が高い方が霊装が強くなるとか、霊装に関しての噂は色々あるがどれも立証された訳ではない。
そんな霊装を創る前日だというのに不思議と緊張は無く、俺の心は落ち着いていた。
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〜2124年 3月30日〜
「おにいちゃん、明日、やったね!」
隣で騒いでいるのは妹の咲。
明日の霊装創造の事を言っているんだろう。
「うへへー」
頭を撫でてやる。可愛い。
戦争の真っ只中で暗い雰囲気の中、咲の存在は周囲に大きな影響を与えてくれている。
俺の家──天霧の家は、昔から実戦に重きを置いた流派を継いでおり、人間界(人間の活動圏内)に名を広める大きな家だ。
そのおかげで俺も咲も一般人よりは強いし、十分な資金もある。
そのおかげで、俺と咲は二人で暮らせている。
お金と住む場所さえあれば意外と子供二人でも生活できるものだ。
両親は戦争で亡くなった。
一緒に暮らさないかという相談が色んな所から舞い込んで来たが全て断った。
俺達兄妹とさほど面識があった訳でもないのに、唐突にその話を持ち掛けてきた事を考えると大方金目当てだろうしな。
突然の両親の死や親戚との争いで幼い俺がおかしくならなかったのは、無邪気な咲が俺の隣にいてくれたからに他ならない。
「……お兄ちゃん眠い。寝ていいか?」
「おにいちゃんもうねむいの? わかった! 咲が子もり歌を歌ってあげる!」
「ありがと、でも咲も眠いんじゃないか?」
「わたし、おにいちゃんみたいに子どもじゃないもん!」
「はは、じゃあ頼もうかな。」
結局、咲は子守唄を唄ってくれた。
音程が微妙にずれた微笑ましい子守唄だったが、不思議な安心感を感じて意識を切り離した。
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〜2124 3/31〜
地点変更:人間界 霊装神殿前
霊装神殿から伸びている子供の列の最後尾に並ぶ。
一人で来る予定だったが、咲が『わたしもついてく!』と聞かない。仕方なく連れてきた。
──俺が心から望むもの
何年も考えてきたが、結局それらしい物は思い付かなかった。
暫くして、神殿がもう目の前に迫ろうかという所。
唐突に変な音が聞こえ始めた。
『シュゥゥゥゥゥゥゥ…………』
霊装を創る時に音でも出るのか?
……そんな事聞いたことないけど。
「なんだろうね、おにいちゃん?」
「なんだろうな?」
『伏せなさい、天霧夜!』
「な、どこから……」
突然、警告を促すような緊迫した声が響く。
その声は俺の頭の中だけに響いたらしい。周りは誰も聴こえてないみたいだ。
……嫌な予感がする。
背中に這い上がる冷たい何かを感じた俺は、身体を咄嗟に動かして、咲と己の身体を地面に伏せる。
倒れる直前、神殿の上に、手に大きな何かを持った黒い何かが見えた。
その何かから放たれる凄まじいオーラに、俺はその判断が間違っていない事を悟る。
「っ!」
「や、ちょ、おにいちゃん!?」
「【斬撃変形・波形】」
プシャ──────
液体の噴き出す音が辺り一帯から聞こえてくる。
「……!?」
顔を上げたわけではないが、地面に広がる液体を見て、その音の正体を理解した。
……血だ、それも鮮紅色の。
鮮紅色の血は動脈を流れる血。
動脈血は簡単には止まらず、噴き出すように流れ続ける。
真横に何かが落ちた。俺はそれを横目で確認し、その選択をすぐさま後悔した。
「うっ」
「お、おにいちゃん……?」
「見るな咲!」
同じ様に確認しようとした咲を止める。
それは幼い子供が見ていいものじゃない。
……俺もできれば見たくなかったが、見てしまったものは仕方ない。
状況が全く分からない以上、まずは情報収集が先だ。
『静かにしたまま動くな』という旨を咲に伝え、倒れたままの状態で待機した。
「【火炎玉】」
「っ!」
「きゃっ!」
……かったんだが、殺意を感じ、やむを得ず咲を抱いたまま横に回避する。
死んだふりで上手く行く訳もないか。
「貴方達だけ、首と身体が繋がっていたもの。」
魔法を放った元凶の方に向く。
起きてしまった以上、もう動かない意味もない。
「なっ……!」
そして、その元凶は俺と同じくらいの少女だった。
だが、その彼女は普通とは明らかに違う特徴を持っていた。
黒の長髪、身体より大きい鎌。そこまでは良い。
黒く長い尻尾と、魔法を使う時にのみ発現する頭の双角。
──それは、敵対種族【魔族】の特徴に他ならない
少女の周りにいる取り巻き達も同じものを持っている。
「さっきの斬撃を避けたのね」
「そのようですね、アストリア部隊長」
さっきまで子供で溢れていた神殿前は、文字通り血の海になっていた。
……言動から察するに、この惨状を引き起こしたのはあの少女──アストリアで間違いない。
咲は驚きのあまり声が出ないみたいだが、目を付けられないという意味では好都合かもしれない。
「……もう一回斬れば良いだけね。」
瞬間、俺の目の前にアストリアが現れ、その身体に合わない大きな鎌が振り下ろされる。
やばい、死ぬ。
その時──
振り下ろされる鎌の速度が急に遅くなった。
死ぬ直前には時間の流れが遅くなると耳にした事がある。
過去の情報から、この状況を打破する方法を探す為らしい。
天霧に伝わる武術、相手を操る心理操作、色々なものが頭の中を流れていくが、どれもこの状況を打破出来るものではない。
「は?」
その最中、目の前で起きた事に俺は目を疑った。
「ようやく弱点を晒してくれましたね。」
「スキだらけだぜ隊長さんよぉ!」
取り巻きの一人が、長剣でアストリアの尻尾を、もう一人は双角を切り落とした。
「い゛っ゛っ゛! な゛ん゛!」
魔族の尻尾と角は魔力の溜まり場であり、魔法を使う為に必要な魔力が溜まっている。だが同時に魔族の弱点でもあり、非常に脆い。
つまるところ、魔力を遮断し魔法を使わせないようにするには、尻尾と角を切り落としてしまうのが一番早いという訳だ。
「アストリア部隊長。貴女は私達が魔界で権力を得る為の踏み台になってもらいます。」
アストリアは味方の魔族達に裏切られたらしい。
しかもその二人だけが裏切り者というわけでもないらしく、部隊全員で彼女を裏切ったようだ。
俺達二人とアストリアは、霊装神殿を背にして他の魔族に囲まれる。
「アンタはなかなかスキをみせてくれねぇからなぁ……人間にも感謝だぜ!」
「よくもっ!」
アストリアは魔法を使おうとしているが、魔力溜まりを落とされたせいで魔法が使えない。切り口が痛々しい。
アストリアは、取り巻き達の魔法を無理矢理鎌で弾く羽目になっている。
あの鎌……魔法を物理攻撃で弾く事が出来るのか? 魔法は物理攻撃で弾けないと聞いているが……
「くっ!」
「無様ですねぇ!」
この状況を打破できる手。大分賭けだけど手がない訳ではない。
……このまま何もしなかったら確実に死ぬ。
どうせ死ぬなら、やってやる!
「咲、神殿に入れ!」
「おにいちゃん? ……うん!」
取り巻き達はアストリア以外どうでもいいらしい。
俺達には目もくれず、アストリアだけに攻撃し続けている。
この作戦を成功させる為には彼女にも協力してもらわないといけない。
咲が神殿に駆け込むのを確認して──
「わ、ちょっ、なんで!」
アストリアを抱えて俺も神殿に駆け込む。
所謂お姫様抱っこの形だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
人を抱えて走るのでは、事実この形が一番走りやすいから仕方ない。
これでも筋力はあるし、足だって遅くない。
「あの人間、同胞を殺したアストリアを……何を考えているんです?」
「ええいてめぇら! アストリアと人間共をぶっ殺せ!」
魔族達が追ってきたが、見る限り神殿の最奥はそう遠くない。
なんとか逃げ切れるだろう。