パフェ
「なぁに、怖がることはない。オアソビみたいな簡単なことさ」
春もあと少しとなった如月の頃。
この春、急遽嫁ぐこととなった演劇部の先輩に連れて来られた秘密めいたアジト。
目の前の高そうなソファにちょこんと座る闇夜みたいな黒猫がニヤリと笑った。
金色のその瞳を三日月のように細め、愉快そうに光らせる。
「まずは、ようこそ。伯爵家のお嬢さん。ここは、あの天狗組のアジト。今から話すことは秘密厳守だ。もちろん、ここに連れて来られた時点でお嬢さんには拒否権はなしなのでよろしくね」
と黒猫に前置きされて語られた天狗組のハナシは、実に奇妙で、実に好奇心を刺激される内容だった。
まさか、先輩が巷を賑わす天狗組の一員だっただなんて。というか、パフェをご馳走してくれるんじゃなかったのか。
「パフェならこれが終わったら隣のレストランでご馳走するわ」
演劇部随一と言われた美貌で後ろから覗き込んできた先輩は私の心を読んだように囁いてきた。
先輩の後ろを見渡せば、眉間に皺を寄せた男性や年齢不詳のお姉さん、セーラー服を着た私より年下の女の子と男女様々年齢もバラバラのようだ。
「さてと、私はこれでお役御免ね。申し訳ないけど、教育は任せてしまうことになるわ」
そう言って先輩は懐から桜を模した髪飾りを取り出し、テーブルへと置いた。
その薬指には、金剛石が嵌め込まれた金の指輪が光っている。
2ヶ月前に急遽決まった縁談だったらしいが、先輩はとても嬉しそうだ。
「よろしい。鶴松、契約書をここへ」
またしても黒猫が喋った。
眉間に皺を寄せていた男性がどこからか金で縁取られた紙と万年筆を持ってきた。
(小娘の私でもわかるほど上等なものだった)
私は迷わず差し出された紙と万年筆を取り、契約書に本名を書き拇印を押した。
以下、契約書はこのようなものであった。
―――――――――――契約書――――――――――
天狗組 頭領 桐鵬(以下「甲」という)と○○○ ○○(以下「乙」という)は以下の条件にて契約を締結する。
壱.乙は、弥生の花見として光札弐番を名乗ること。
弐.乙は、実働組員であること。
参.契約は、乙が結婚又は帝都椿女学院を卒業するまでとする。
四.引退時には、帝都椿女学院中等部又は高等部の者を後任として連れて来ること。例外は認めない。
伍.天狗組内で知り得たことは他言無用とする。
六.乙は、学生の本分を忘れず勉学に励むこと。
七.構成組員と協力し、目的を果たすことに努めること。
八.天狗組構成組員と家族や友人らにも気づかれぬこと。
九.乙は、引退後も全ての秘密を遵守すること。
拾.アジトの掃除片付けは分担制とすること。
暁華××年 如月四日
甲 天狗組 頭領 桐鵬 印
乙 ○○○ ○○ 印
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のんびり投稿。