1ー5
土曜日に間違って打ち込み途中の状態で送信していました。
申し訳ありません。
打ち直したものを再度投稿します。
俺は母校であり廃校になった小学校の、三十年とちょっとは前に通っていたクラスで、たまたま目についた生徒達の持ち寄りの本の中に、かつて小学生だった俺が汚した本と同じページが汚れている、しかも俺が汚した本の持ち主と同じ名前が書かれている本を見つけた。
汚した部分も名前も同じであれば、それは“俺が知っている本”で間違いないだろう。
人智を越えた出来事でしかない。
これが“奇跡”と言うのか。
たまたま会社を首になり暇だった朝につけたラジオで母校の廃校を知り。
たまたま入り口の鍵がかかっておらず誰でも入れるようになっていて。
たまたま管理者もいない状態で。
……奇跡、だろうか?
そもそも、おかしいだろ?
廃校になった校舎に誰もいないのは、まだ分かる。管理者も、鍵も、かかっていないのは分からないよな?
廃校になったのに職員室が今も使われているように書類が置かれていたのもおかしい。
校長室がやたらと豪華絢爛で高級ワンルームマンションのようになっていたのはおかしい。親子三代住んだ築八十年の俺のアパートは六畳二間に台所、汲み取りの便所、風呂は無しだぞ。知っているか? 汲み取りってのは、夏場と汲み取りの時は、臭いんだぞ。そんな中、生活をするから臭いが染み付くんだぞ。
血涙。
……ともかくも、なんか学校がおかしい。
誰もいない空間に“音”が広がった。
屋上からバサバサと軽い羽音が複数する。
何処ともなく「キャー」という子供の歓声と屈託の無い笑い声が聞こえた。
パタパタと忙しない足音が去っていく。
別におかしな話しじゃない。
俺は自分に言い聞かせる。
別におかしな話しじゃない。羽音は鳩か烏だろう。子供の声は何処かで騒いでいるのが反響して聞こえただけだ。足音は。
……足音は……。
教室のドアが開いて閉じた音がした。
ガラガラ……ガラガラ、ピシャッ。
何処で?
……この教室で。
俺が入る時に開けたままのドアを開けて閉まっていないドアを閉めた音が、今も俺以外いないこの教室の中で。
背すじを冷たい汗が流れ落ちていく。
「だ……誰か、いるの……か。」
見晴らしのいい教室の中、誰がいても、隠れても分かるのに俺はつい問いかけてしまった。
誰もいないのは分かっている。それでも“もしかしたら誰かがいるかも”と思ってしまった俺はすがる気持ちで問いかけ。当たり前だが誰もいない教室で俺に応える声は無かった。声は無かったのだがガタン、と教壇が動かされた音をたてる。バンッ、と黒板が叩かれた音をたてる。ガタガタ、と窓の一つが風にあおられた音をたてる。
誰が教壇を動かし、誰が黒板を叩いたのか。そして八つある窓が一つだけあおられるのはおかしくないか?
ギシッと何かが近づく音がした。
俺は限界だった。
堪えきれない。
見えない何かを避けながら教室から走って逃げた。廊下を靴下で走るのは思いの外、滑って走りにくい。だが走るうちに子供の頃を思い出してきた。
廊下を走りながら滑って曲がる……これぞ“くつ下ドリフト”。
階段は一気に階段中の踊り場まで落ちる……“段抜かしおり”。
壁を利用してダッシュする……“壁ダッシュ”。
下足箱から靴を出してかかとを踏んだまま走る……“サンダル走り”。
子供の頃の“必殺技”が意外に実用性が高かった事に気づいたのは二宮金次郎像まで走ってからだった。そこまで走って足を弛めた俺の背に誰がかが声をかけた。
「また、来なよ?」
思わず振り向くと二宮金次郎像の目が俺を見ていた。
入り口近くのプール場からバシャッバシャッと何かが泳ぐ音がする。
校舎屋上の事故防止のフェンスに止まっている鳥の頭が女性の顔に見えた。
「おおおっ! うわあおぉぉぉぉっ!」
昼日中叫んで走る中年男を道行く人が気持ち悪そうに見ていた。