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廃校になった第二太平小学校は学校の敷地を緑色の金網フェンスで仕切られている。だが、校庭側にある二ヶ所の“裏門”と今、俺が立っている石の門柱がある正門は扉が無くて出入りは自由にできる。“裏門”は一ヶ所は給食を配達するトラックが出入りする正規の“裏門”だが、もう一ヶ所はフェンスがいい具合に壊れ大人でも出入りできる大きさの穴が開いただけの“裏門”だ。なんでも校庭の横を走る車が仕切りのフェンスに突っ込んだ為に出来た“穴”らしい。俺がここに通っていた頃の話しだから、直されないまま何年たってんだよ、という状態になっている。
俺は通勤時間からずれた、朝でも昼でもない時間に廃校になった小学校の正門から敷地に入った。
梅雨明けの青空が子供の声のしない物悲しい佇まいの小学校を照らしている。風がプールの水を波立たせているのか正門右横にあるプールからチャプチャプと音がして妙に沁みた。
正門から真っ直ぐに進むと小さなロータリーがあって短く刈られた芝生の真っ只中に背中に背負い子を持ち両手で石の本を掴む青銅の像、二宮金次郎像が石の台の上に立ち迎い入れてくれた。
小学生の頃、使っていた下足箱置き場はこの像の右に分かれ進んだ所にあり、先生方が使っていた玄関は左に分かれた所にある。校舎は大まかに言えばL字型となるのか。Lの長い部分に下足箱置き場と玄関が別れてあり先生方の玄関には車が二台か三台位しか置けない駐車場があった。校舎はL字型であったが校舎とつながっていないプールに行くためには一度、靴を履きかえ向かわないといけなかったしプール場に更衣室が無かったから教室で着替えていくのだが、プールは男女同時だったから教室で着替える時は、なかなか着替えが終わらない女子と早く着替えて泳ぎたい男子の言い合いが恒例だった。
プール場とロータリーを挟んで反対側、正門に立っている俺からは左側にはちょっとした雑木林があって奥に木造の修練場がある。剣道や柔道の授業はこちらでしたのだが板張の床は夏でも冷たくて、こちらも校舎から離れているものだから真冬に授業がある場合は雪をかき分け向かった先で靴を脱いで入らなくてはならなかった。おまけに玄関が無いものだから扉を開けて板張の床に敷いてある毛布に靴を置き、をしている間に修練場に雪が入り雪を掃き出す為に扉を開けると雪が入ってきて、とループをした事もある。開ける度に冷たい風と雪が入ってくるのだから生徒だけじゃなく先生からも睨まれたっけ。
“美化清掃係”としては譲れなかったのです。
校舎はL字型をしているとは言ったが直接つながっていない建物もあるし一階はL字の裏側に“大体育館”がある。一階のL字型の短い部分から直接“大体育館”につながる渡り廊下があり、そこの真ん中辺りには昔の下足箱置き場を直した“集会場”が、“大体育館”と校舎の間には物置きを兼ねた広いなんに使うか分からないスペースがある。二階、三階はL字型になっているから一階だけが複雑になっているのだが、当然それには理由がある。
この学校、第二太平小学校と、もう少し町中にある第一太平小学校は建てられたのが明治時代。それから建て替えを何回かして、この形になった。“修練場”も“集会場”もその名残りで、プール場が離れているのは小学校が建てられた頃は必要無かった事と必要になっても場所の確保が上手くいかなかったから、らしい。
俺は少し考えて小学生の頃、使っていた下足箱置き場から校舎に入ろうと思いガラス戸を開けた。ズラッとならぶ木製の下足箱はまだ綺麗で廊下にも埃は見えない。向かって右は非常口のある突き止まりで突き止まりと下足箱置き場の間には階段、その向こう側にトイレがあった。左はまだ残っていた案内プレートを見ると保健室、家庭科室、職員室、校長室があって奥は折れ曲がって更に続いている。正面は大体育館に向かう物置きスペースがあって大体育館への扉は閉められていた。
俺はなんとなしに靴を脱いで、内履きが見つからないので靴下のまま入って職員室を見てみた。
陽射しを白い薄いカーテンで遮った職員室は俺の記憶通り机が何個もならんでいる。机の上に無造作に置かれた紙の束は回収しなくてもいいのだろうか? どの机にも置かれた書類らしき紙は先生方がいれば違和感の無い日常の光景なのだろうが、廃校になったのに埃の無い廊下を見てからだと違和感が半端無い。
職員室から校長室へ移った俺は信じられないものを見た。何故かこの部屋だけ重厚な扉を開けると、そこは別世界と言って良さそうな“お金のかかってそうな”部屋が。
飴色に使い込まれた木製の机や本棚、応接セット。よく優勝旗を入れている鑑賞棚。床や壁や天井ですら手のかかっている。小学生の頃は一度も入った事が無かったが小学校にこんな世界が。校長室の奥に隣へ続く扉を見つけた俺は隣も見てみる。隣は1LDKといえばいいのか教室の半分ちょっと位の部屋にキチンと住む事が出来る設備か揃っていた。無論ここも到底小学校の中とは思えない高級感を前面に出した部屋になっていて更に奥に続く扉を開けると、どこの高級ホテルかと思うような洗面所。洗面所には扉が二つあって一つはトイレ。ウォッシュレットなのは勿論、ヒーテッド便座が付いていて驚いた事にトイレ用の小さなクーラーまで備え付けられていた。残る一つは磨りガラスの扉で開けるとそこは風呂場だった。広い、風呂場だった。俺が住んでいるアパートの部屋一つ分はありそうな広い風呂場だった…………。
フラフラと校長室を出た俺は校舎の屋上、四階に行く事にした。あの校長室は反則にも程がある。確かに一階にあり、校長室の窓越しに見える小さな中庭は鬱蒼として眺めが良いとは言えないが高級ホテルのロイヤルスイートと見間違う部屋は高級感と上品がハイブリッドしている。庶民な俺が当てられるくらい。
L字型の校舎の角になった場所が屋上まで伸びる唯一の階段だ。校舎の端にも階段はあるが三階までしかない。
昔は常に鍵がかかっていた扉は俺がノブを掴むと軽い軋み音と共に開いた。短い廊下の先にある屋上への扉を開けると初めて見る屋上と風景が。もうすぐ夏になる強い日の光が降り注ぐ中、屋上は掃除をしたばかりのように汚れが見つからない。つい最近に業者でも入ったのだろうか? しかしそのわりに確かに汚くは無かったが職員室は雑然としていた。
なんとなく引っかかるモノを感じながら屋上からの景色を見る。
変わってない。
そう、思った。
小学校の周りの住宅や商店は変わってしまったが、この学校は時が止まったように変わっていない。雑草が生い茂る小山も校庭を囲む桜の木もフェンスが裂けた“裏門”も、ここからは一望できた。
「本当に変わらない。」
つい、口に出てしまう。
独り言は淋しいからしないようにしていたのに。
胸のポケットからタバコを取りだし火を着けようとして、ここが小学校なのを思い出した。仕方無くタバコを仕舞いウッと背中を伸ばした。小学生の頃は朝にラジオ体操をしてから授業が始まっていた。それを思い出して体操をしようとしたが動きを忘れてぎこちない体操になってしまった。
「三十年は昔だものな。小学生の頃だけしかやってないし、そりゃ忘れて出来ないわな。」
結局、最期まで出来ずに体操は終わってしまう。三十年の時は残酷といったところか。
「同じ時期に建てられた三中だってこの間建て直しになって全然違う校舎になっているのにな。」
地域で三つ目に建てられた中学校だから第三中学校、略して“三中”。この学校も戦前からある学校で戦時中は戦時病院として使われていた歴史有る学校だったが、木造の校舎は流石に痛みが激しくコンクリートで作られた風情の欠片もない校舎に変わってしまった。
あんな校舎で“情緒”とやらが育つもんかね?
俺はそんな事を考えて。
先程の“引っかかり”を、また感じて。
自分の“考え”の中に微かな、しかし無視できない違和感を感じて。
もう一度、屋上から校舎を見渡した。