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6.星は見えない1

人工の風にあおられて、真っ白な羽毛が宙を舞う。

黒のパーティドレスをまとった人気モデルとのツーショットは、ファッション雑誌の表紙を飾るものだと聞かされた。


オフホワイトのタキシードに真紅の薔薇。

ゆるいウェーブのかかった髪をかきあげ、憂いを帯びた眼差しをカメラに向ければ、女性スタッフたちからため息が漏れた。


モデルの仕事はわりの良いアルバイトだ。

そして時には、気まぐれを起こすこともあるわけで……。


「きれいな髪だね」


賞賛の言葉とともに、長い髪を一筋すくって口付けると、少女の頬が薔薇色に染まり、濃いアイシャドーに縁取られた目が潤んでくる。


鳴り続けるシャッター音。

一気に加熱するスタジオの空気。

主役であるはずの女性モデルは、いつしか遥の引き立て役に回っていた。


まっすぐな長い髪が好き。

真琴の髪もそうだから。

どんなに美人でも、スタイルが良くても、真琴に似ていなければ、意味がない。


遥の世界は真琴を中心に回っている。

真琴に似た人、真琴の好きな花、真琴に似合いそうな服、そんなものはいくらでも手に入るのに、真琴だけが手に入らない。


「ハル、君の双子のお姉さんのことだけど……」


撮影終了後、モデル事務所のスカウトマンに真琴のことを持ち出され、遥は聞こえないふりをした。

それは、遥なりの拒絶の意思表示なのに、男はかまわずまくし立てた。


「クライアントから問い合わせがあったんで、悪いとは思ったけど、少し調べさせてもらったんだ。桜明学園の生徒会長なんだって? 大女優・藤原麗華の一人娘で、ハルの双子の姉で、日本有数の進学校の生徒会長とくれば、話題性は十分だ。是非一度、事務所に連れてきてくれないかな?」


「モデルなんてムリムリ。マコは僕とは……」

「似てないことは知っているよ」


ドアノブを回しかけていた遥の手が止まる。

そのことを自分に都合よく解釈した男は、なおも得々と話し始めた。


「写真があるんだ。すごい美少女なんで驚いた。今時珍しい清楚な感じで、これなら十分……」

「どこ?」

「は?」

「写真、どこ!」


相手の剣幕に圧されたように、男はあわてて上着のポケットをさぐり始めた。

出てきた写真は全部で三枚。

遥はそれらを残らず奪い取り、検分するように一瞥した後、持っていたカバンの中に滑り込ませた。


「あなた……矢崎さんだったけ? モデル事務所の社員だからって、隠し撮りした女子高生の写真を持ち歩くなんてことが、許されると思ってるの? 肖像権って知ってるよね?」


やわらかな口調だったが、瞳には明らかな敵意がこもっている。


「ねえ、真琴を、一体、どうするつもり?」


「ど、どうもしない。た、ただのスカウトだよ。あっ、ひょっとして、ハルって、お姉さんっ子なの? まあ、無理もないか。美人だし、君たち全然似てないし、ちょっとは変な気になっても……」


「変な気になったのは、あなたでしょ」


一気に距離をつめられて、矢崎は言葉を失った。

ぞっとするような暗いオーラが少年の全身を包んでいる。


「矢崎さんがお気に入りのモデルに手を出していることは知ってるよ。 僕には関係ないことだから、黙っていてあげるつもりだったけど……」 


悪魔的な微笑を向けられて、矢崎の顔が青ざめた。

多少気まぐれで、尊大な所はあるものの、少年がこんな態度を見せるのは始めてだった。


「た、ただの高校生に、な、何が……」

「何ができるか試してみる?」


ポケットから取り出した携帯電話を、親指だけで器用に操った少年は、四秒ほどの沈黙の後、ごく自然に話し始めた。


「ハルです。今日はありがとうございました。実は相談があって……。同じモデルクラブに所属する女の子が、仕事の紹介と引き換えに事務所の人から……ええ、年は十六歳。警察にはまだ……」

「やめろっ! ど、どこへかけている!?」

「はい、はい、じゃあ、後ほど……」


思わせぶりな言葉で会話を締めくくった遥は、肩に伸びてきた男の手を、無造作に払いのけた。


「電話の相手は、さっきまで一緒だったファッション雑誌の編集者。あそこって、母体はかなり大手の出版社だから、こういう情報は歓迎みたい。三十分もすれば、週刊誌の記者がここへ押しかけてくるんじゃないかな?」


「う、嘘だ!」

「うん、嘘。これは警告。何をしようとあなたの勝手だけど、真琴に近づくことだけは、絶対に許さないってこと」


動揺のあまり尻餅をついた矢崎を引っ張り起こしながら、遥は無邪気に微笑んだ。


「じゃあ、お疲れ様。バイト代は振り込んどいてね」


扉が閉まる音でようやく我に返った矢崎は、そばにあったパイプ椅子を引き寄せ腰掛けた。


「あれは何だ。まるで天使の皮をかぶった化け物じゃないか」


吐き出す息とともに広げた手のひらには、じっとりと汗をかいていた。

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