43.夜闇4
目を開けると、薄暗い部屋に寝かされていた。
焼けるような痛みが、鈍い痛みに変わっている。
頭がぼんやりしていて、現状を把握するのに時間がかかったが、腕に点滴がつながっているのに気がついて、何となく今の状況を理解した。
暗さに慣れた目に、天井のシミが浮かび上がって見える。
美山病院の清潔で近代的な病室には、天井のシミどころか、チリ1つ落ちていなかったけど、ここはやけに薄汚れていて、まるで廃屋の一室だった。
頭上のシミは、歪んだ男の顔。
そこから少し離れたところに、たくさんあるシミは、アリの行列。
天井から目を逸らすと、カーテンのない窓から向かいのビルが見えた。
ビルのシルエットに切り取られたちっぽけな空は、月も星もない暗闇で、無数のアリに侵食されていた頭の中を、現実に引き戻した。
パスポートとエアチケットを処分して、手荷物の中から取り出した上着で傷を隠し、タクシーに乗り込んだことは覚えている。
イエローキャブの運転手の顔はうろ覚えだが、ギャング映画に出演できそうな強面の黒人だった。
行き先を訊ねられ、口をついて出た言葉は “Hudson Rever”。
ハドソンリバーのどこだと重ねて聞くので、””Go along the Hudson River”と答えやった。
ハドソンリバー沿いにどこまでも。
こちらの意識がなくなったら、身包みはがして、川に捨ててもらっても構わない。
生きることを放棄したわけじゃないけど、帰国の便に乗り損ね、ひどい激痛に気力も体力も奪われて、どうにでもなれという気分だった。
(あの子はちゃんと飛行機に乗れただろうか)
真琴の親友で、真下広夢という名前の女の子。
泣いていたから、ひどいことをしてしまったのだろう。
でも、何がどういけなかったのか、遥にはわからない。
わからないということが、たぶん、罪なのだ。
(マコのことも、ずっと、ずっと、傷つけてきた)
あれほど好きだったピアノに真琴が触れなくなった時、遥は遥なりに考えた。
真琴ががんばっていることは、わざと手を抜く。
真琴が望むなら、幼い弟のままでいる。
幼稚なルールだったけど、真琴のそばにいられるなら、いつまでだってお芝居を続けるつもりだった。