41.夜闇2
日曜日だったから、東門の門扉は施錠されていた。
西門に回れば警備員がいて、用件を告げれば中に入れてくれるのだが、木下雅美はそうしなかった。
短い助走の後、思い切り地面を蹴り、鮮やかに門扉を飛び越えると、短いスカートの裾が翻り、すらりと伸びた足があらわになった。
たまたま近くを通っていた、宅配会社のユニフォームを来た男がそれを見て、両手一杯に抱えていた荷物を取り落とし、取り落としたことにはっとして、あわてて拾い上げた頃には、少女の姿は消えていた。
(一体、どうなっているのよ!)
真下広夢が姿を消してから8日になる。
ニューヨークにいる父親に会いに行っているとかで、ケータイも通じない。
さすがはセレブと思ったいたけれど・・・。
「雅美、私、死ぬから・・・」
広夢から妙な電話がかかってきた時、雅美はバイト先にいた。
特別に学校の許可を取り、近所のファミレスで、日曜日だけ働くようになったのは先週からだ。
つまりは今日が2日目で、短い休憩時間はそろそろ終わりに近づいていた。
「何言ってるの? どこにいるの?」
「天国に近いところ」
「天国!? で、そこからは何が見えるの?」
「体育館の屋根」と消え入るような声で告げられて、雅美は店を飛び出した。
門を飛び越え、校庭を走りぬけ、体育館のまん前で足を止め、並び立つ建物群を仰ぎ見た。
天国に近くて、体育館の屋根が見える場所となれば、当てはまる場所は限られてくる。
図書館、研究棟、そして・・・。
体育館から最も近いB棟の屋上に人影はなかったが、立ち入り禁止のその場所が一条遥のお気に入りの場所であることを思い出し、そのまま校舎に飛び込んだ。
真下広夢は、屋上の手すりにしがみつくようにして立っていた。
姿を現した友を見て、泣きはらした目から、新しい涙が零れ落ちた。
「広夢、飛び降り自殺の死体って、目玉とか、脳しょうとか、飛び出して、すっごく悲惨なんだって知ってた?」
一歩ずつ、ゆっくりと距離をつめながら、雅美は両手を差し出した。
「こっちに来て、何があったのか聞かせて?」
いつからここにいるのだろう。
広夢は手すりにはりついたまま動かない。
カールのとれかけた長い髪が風に煽られて、意志を持った生き物のようだ。
「私ね、ニューヨークにいたの」
相手が口を開いたので、雅美はほっとして息を吐き出した。
「知ってる、お父様のところでしょ?」
広夢は無言で首を横に振り、ふっくらとした唇をかみ締めた。
「空港でハル君を見かけて、追いかけたの。色々がんばったけど、だめだった。ハル君は、私のことちっとも見てくれなくて、それがすごく悲しくて・・・私・・・ハル君の気を引くために、果物ナイフを自分に・・・」
「ナイフを自分に? まあ、気持ちはわからないでもないけど・・・。とにかく、そこは危ないから・・・」
「刺しちゃったの!」
「怪我したの? だったらなおさら・・・」
「違うわ! ハル君を刺しちゃったのよ!」
雅美は言葉を失った。
屋上の手すりからどうやって広夢を引き離そうかと、そのことばかりを考えていたせいで、広夢の言っている意味が、すぐには理解できなかった。
「空港で・・・血がたくさん出て・・でも、ハル君、私に逃げろって、自分は大丈夫だから、このまま帰国しろって! 私、怖くて、人を呼ばなくちゃと思ったけど、本当に怖くって・・・だから、私・・・」
「逃げたの?」
思わず口をついて出たひとこと。
その刹那、広夢が手すりから身を乗り出したのを見て、夢中で背後から飛びついた。
二人分の体重を受け止めかねた手すりがぐらりと揺れる。
それを目の端におさめながら、雅美は虚空に差し出された広夢の手をつかもうと、前のめりに手を伸ばした。




