40.夜闇
このまま自宅まで走ってくれと告げると、ガタゴトと山道を走っていたタクシーが停止した。
「お客さん、冗談はやめてくださいよ。いくらかかると思ってるんですか!?」
「冗談は言ってないし、いくらかかったってかまわない」
落ち着いた声で返されて、驚いた運転手は、思わず背後を振り返った。
眼鏡をかけた少年と、その膝に頭を載せてこんこんと眠り続ける少女。
田舎の村では、滅多に目にすることのできない美貌の二人を見比べながら、白髪頭の運転手は困惑顔で頭をかいた。
「あの人はどうしたんです? 教会にいたでしょう? ほら、このお嬢さんの・・・」
何気なく少女を指差した途端、少年の切れ長の目が険しくなった。
あわてて言葉を飲み込んだ男は、逃げるように前に向き直った。
余計な詮索などしないで、淡々と仕事をこなすことは簡単だが、少年に抱きかかえられて運ばれてきたのは、他ならぬ自分が駅からここまで乗せてきた「お客さん」だった。
この不景気の中、長距離を移動してくれること自体は歓迎だ。
だが、こんなに車が揺れているのに、少女はどうして目を覚まさない?
混乱した頭で車を発進させながら、男は昼間見た光景を思い出していた。
少女は墓参りに行くと言っていた。
今日は両親の命日で、教会で兄と会うことになっているのだと。
教会の隅に一台に車が停まっていた。
少女の兄だという青年は、墓地のある丘の上にいた。
黒いスーツ。
手には白い薔薇の花束。
教会の墓地に、これほどふさわしい姿はない。
最後にそっと振り返った時、丘を歩いていく二人の後姿が見えた。
自然に二人が寄り添う様を見て、わけもなくほっとしたのは、ほんの数時間前のことだ。
(あの青年はどうなったのだろう?)
全身に孤独をまといつかせたようなたたずまいは、若い頃に妻を亡くし、ずっと一人で生きてきた初老の男の目に今も焼きついたままだ。
(あの青年は・・・)
白い車は停まったままだったから、今も教会にいるはずだ。
外は真っ暗で、激しい雨が降っていた。
聞こえるのは、車のエンジン音と、車体を叩く雨の音だけ。
そっと視線を動かすと、バックミラーに映る少年は、唇を硬く引き結んだまま、睨むように窓の外を見つめていた。