38.ナイト1
「あなたが現れるとは意外ですね」
教会の扉を力まかせに押し開くと、橘直己は少しも意外そうでない顔で、そんなことを言ってきた。
「真琴はどこだ?!」
勧められた椅子には見向きもしなかった。
青年が指差す場所にまっすぐ向かった少年は、仮眠室に横たわる少女の姿に絶句した。
「真琴! どうした! 真琴!」
「手荒なことはやめてください!」
少女を夢中で揺さぶっていた少年は、追いかけてきた青年に背後から腕をつかまれ、憤怒の表情で振り返った。
手はすぐに離れたが、聖の頭は沸騰したままだった。
「真琴に何をした!」
「紅茶に睡眠薬をいれました」
「睡眠薬!? ふざけるな!」
振り上げた拳を、相手が軽々と避けたのは意外だった。
聖の中にインプットされている橘直己は、どこにでもいそうな無個性な青年だ。
礼儀正しく、控えめで、空気のように何の印象も残さない。
変わっているのは、住み込みのハウスキーパーなんていう風変わりな仕事をしていることぐらいで、でもそれも、家事の手際の良さを目の当たりにすれば、納得せざるを得なかった。
それなのに、黒い細身のスーツを着込んだ、目の前にいる青年はどうだろう。