27.死神3
「直己さん、やめて!」
真琴は震える声で懇願した。
けれども目の前の背中は身じろぎもしない。
この三年間、一体何を見ていたのだろう?
こざっぱりとした服装。
短すぎず、長すぎることもない髪。
長身痩躯で整った顔をしているけど、街ですれ違った十人中十人が、彼についての印象を何一つ語ることができない、平凡であることが唯一の個性のような青年は、家事が得意で、何でも器用にこなし、穏やかで、優しくて、真琴のくだらないグチや泣き言に、いつも耳を傾けてくれた。
「お前、わかっているのか? こんなことをして、どうなるか」
「わかっていますよ、もちろん」
「その娘がどうなってもいいのか!?」
鮮血に濡れた男の指が、震えながら真琴を指差した。
その足元には早くも血だまりができている。
「この状況で脅しですか」
青年は男の眉間に銃をつきつけたまま、真琴の方を顧みた。
「真琴さん、美山さんの所に行っていてください。聖さんに頼んで警察に連絡を……」
自分がこの場を動けば、直己は引き金を引くかも知れない。
裏口の扉からすぐに外に出られるのに、少女は凍りついたように固まったまま、首を横に振っただけだった。
しばらく無言で見つめあった後、青年はあきらめたように息を吐き出した。
「橘、何を考えているんだ? お前が連絡を絶ったまま戻ってこないから……我々は……」
「人質をとっておびき出そうと考えたわけですか? くだらないですね」
「くだらないものか。現にお前はここにいる。我々は知っているんだぞ。その子はお前のアキレス腱だ。お前があくまでも我々に抵抗するつもりなら……」
「抵抗するつもりなら?」
青年の声はあくまでも穏やかだったが、全身からゆらりと立ち上った殺意に、真琴ははっと息を飲んだ。
考えるより早く、身体の方が動いていた。
ぶつかるように抱きしめた背中は、まぎれもなく橘直己のものだった。
「直己さん、お願い!」
「やめての次は、お願いですか?」
涙声で訴えると、青年が苦笑する気配がした。
次の瞬間、鳩尾を蹴られた男は、あっけなく昏倒して床にくずれた。
一体、何が起こったのか。
真琴はへなへなとその場にへたり込んだ。