26.死神2
「ピアノを弾いているのは誰です?」
「…………」
「誰なのかと聞いている」
「お……弟……です」
言っても言わなくても、多分結果は同じだけど、言った後で後悔した。
どうしてこんな時に限って戻ってくるのだろう。
しかも、その存在を主張するように、ピアノを弾き始めるなんて。
背中に突きつけられた銃口に押されながら、一歩、一歩、踏み出す足が震えている。
「離れ」に近づくにつれて、少しずつ鮮明になるピアノの旋律。
(あ、この音……?)
はっと顔を上げた途端、怪訝そうな瞳を向けられて、真琴は急いで目を伏せた。
さらに激しくなる胸の鼓動と手の震え。
これは、この演奏は……。
(ハルじゃない)
廊下の突き当たりの重い扉は閉まっていた。
居間までピアノの音が届いたのは、庭に面した窓が開いているからに違いない。
男がノブに手をかけると、測ったようなタイミングでピアノの音が掻き消えた。
開けろと目で合図され、真琴は震える手を伸ばした。
少し開いたドアの隙間から、照明の光が差し込んできた。
その明るさに力を得て、一気にドアを押し開けると、煌々と明かりのともる部屋の真ん中で、黒光りのするグランドピアノが、その存在を誇示していた。
演奏者は一体どこへ行ったのか。
背中を押されて部屋に足を踏み入れた時、耳元で風を切る音がした
「ウッ」という男の呻き声。
崩れるように床にかがみ込んだ男の目の前で、蹴り上げられた拳銃が弧を描く。
「こちらから連絡を差し上げるつもりでしたのに」
俯いた少女の背中がびくりと震えた。
落ち着いた声音も、空中でキャッチした銃を鮮やかな手つきで構えなおした後姿も、まぎれもない橘直己のものだった。
「アメリカから、いつ帰国なさったのですか?」
立ち話でもするような気さくさで直己は男に語りかけた。
男は苦痛に顔を歪めたまま答えない。
こわばった右腕には、深々とバタフライナイフが刺さっていた。
「車で待期していた方々にはお引取りいただきました。置いてけぼりをくらった気分はいかがです? 十代の少女に銃を突きつけて脅したからには、それなりの覚悟ができているんでしょ?」
「な、何を言っている?!行き場のないお前を拾ってやったのは!」
「感謝していますとも。あなた方には色々と教えていただきました。色々とね」
真琴は呆然と青年の背中を仰ぎ見た。
見るからに危険な男が、どこにでもいそうな青年に銃を奪われ、腕を傷つけられ、追い詰められた子猫のように小さくなっている。
ジーンズに包まれた長い足がすっと前に踏み出した。
後ずさりした男の背は、すぐに扉に追い詰められ、油汗のにじむ眉間に黒光りのする銃口が突きつけられた。