23.ラビリンス2
「真琴からの電話もメールも着信拒否だなんて、お前一体、何を考えてるんだ!」
大声でどなられて、遥はケータイを耳から引き離した。
聖が怒るのも無理はなかった。
家にも病院にも報道陣が詰めかけて、一条麗華の病状をつきとめようと、大騒ぎしているという。
真琴は家に帰れなくなり、聖の家に居候しているらしい。
「いいんじゃない?」
苦し紛れに遥は無理やり明るい声を出した。
「ヒー君の家って、そこらの高級旅館より立派だし、部屋だって余ってるし、おじいさんも、おじさんも、おばさんも、ついでにヒー君だって、マコのこと大好きでしょ?」
ケータイの向こう側で、聖は大げさにため息をついたけど、家族ぐるみで真琴のことが好きと言われたことを、否定するつもりはなさそうだ。
「あのなあ、それとこれとは話が違うだろ? 真琴は捜索願を出すなんて言ってるぞ。もちろん俺は止めたけど……ハル、お前さ……」
どこにいるのかと訊ねられ、女の子のマンションだと答えると、ケータはたちまち沈黙した。
困惑しているのが、手に取るようにわかる。
眼鏡のブリッジを押し上げながら、言うべき言葉を捜しているのかも知れない。
「とにかく着信拒否はやめろ。でなければ、真琴に俺のケータイからかけさせるからな。学校にも行けよ。今のままでは出席日数が足りなくなる。あ、それから、腕の方はどうなんだ? ひびが入っていただけと言っても、完全に治るまでは……」
遥は一方的に電話を切った。
聖の面倒見の良さはウルトラ級だ。
おまけに、そこらの大人より、甲斐性がある。
憂鬱な思いを振り払い、遥はノートパソコンの画面に向き直った。
右手だけでキーボードを扱うのは、想像以上に時間がかかる。
幸いなことに、カフェは比較的空いていた。
長時間居座ることについては、何の問題もなさそうだ。
いくつもの視線が絡み付いてくる。
振り返って微笑みかければ、今夜の宿があっさりと決まるはずだった。
目が合っただけで、言葉を交わしただけで、人はたやすく好意を寄せてくる。
でも、本当に欲しいものだけが、手に入らない。
PCのディスプレイには古びた教会が映っていた。
これがハウスキーパーの派遣会社が保管していた直己の住民票の写しに記載されていた本籍地だ。
身寄りのない子供を預かる児童養護施設として機能していた時期もある。
でも、過疎化が進み、預けられる子供も祈りをささげる人もいなくなり、今では存在価値を失っている。