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2.姫とナイトと…

私立桜明学園は、全国一の東大進学率をほこる進学校として知られている。


それでいて、学業一辺倒というわけではなく、芸術・スポーツ方面の特待制度を設けており、惜しみなく金を投じた近代的な校内には、全国模試で上位に名を連ねる秀才から高校総体の花形にいたるまで、様々な生徒が集っている。


新生徒会長の一条真琴と同じく副会長の美山聖の場合は、自他共に認める成績優秀組だ。

加えて聖は剣道部のエースでもある。


全国高校剣道選抜大会の個人戦で優勝した実力は、学費免除の条件を十分にクリアしているのだが、聖の祖父は総合病院を経営する地元の名士であり、学園設立時から多額の寄付を続けてきた支援者でもあり、学園側が学費免除を申し出たところで、一笑に付されてしまうだけだろう。


他薦で祭り上げられた選挙の結果は、聖が一位で真琴が二位。

真琴が生徒会長をやっているのは、部活が多忙な聖に頼み込まれたからに他ならない。


寮生の多いこの学校で、二人は数少ない通学生であり、さらには仲の良い幼馴染でもある。

ついでに言えば、絵に描いたような美男美女でもあり、就任挨拶のために二人が壇上に立った時、居並ぶ生徒たちのあちこちから、羨望のため息がさざなみのように漏れた。


その日以来、二人のあだ名は「姫」と「ナイト」。

それは図らずも二人の関係を、なかなか巧みに表現したものだった。


実はこの学園にはもう一人、彼らと深い関わりを持ち、さらに有名な生徒がいる。

彼の名前は一条遥。

一条真琴の双子の弟で、メンズ誌の表紙をしばしば飾る人気モデルであり、芸術の神に選ばれた天才だが、学園一の問題児でもある。


学校はさぼり気味。

成績は超低空飛行。

部活にも委員会にも無縁だが、そんなことは、一条遥に関して言えば、どうでも良いことだった。


母親譲りのノーブルな容姿は、他者をことごとく魅了する。

それなのに、遥自身は誰も愛さない。

ただ一人の例外は、双子の姉である一条真琴だけ。

つまりは、極端な、シスター・コンプレックスだ。


選挙後初の生徒会は、そろそろ終盤にさしかかっていた。

壇上では、新会長が、黒板に向かってチョークを走らせている。


縦に書いても、横に書いても、真琴の文字は曲がらない。

真面目で几帳面な性格は、こんな所にも現れている。


開け放った窓から強い風が吹き込んだ。

チョークの粉が舞い上がり、真琴が小さく咳をする。

気管支が弱い幼馴染のために、聖は無言で立ち上がり、窓のそばに歩み寄った。


(生徒会室の黒板はホワイトボードに変えてもらおう)


今日の所は暑くても、窓を閉める他はない。

心の中で、生徒らしからぬ、不遜なことを考える。

聖は、真琴のためにだけ、ためらうことなく美山家の力を行使する。


A棟の三階にある生徒会室の窓からは、向かいのB棟がよく見える。

つまり、その逆も言えるわけだ。


窓を閉めようとした手がぴたりと止まる。

一瞬だけ細めた目を、聖はぎょっとして見開いた。


それは現実離れした光景だったが、幻にしてはあまりにリアルだった。

立ち入り禁止のその場所に、しかも手すりの上に、制服姿の少年が立っている。


「はっ!」


相手の名を叫びそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。

ただならぬ気配を察し、それまで黒板を見ていた連中が、一斉にこちらを振り返った。


「どうしたの?」


不思議そうな面持ちの真琴に訊ねられ、窓の前に仁王立ちした聖は、通路側の天井を指差した。


「ほら、あそこ、人の顔が浮かんでる!」


その場にいた全員が、一斉に天井を仰ぎ見た。

そのわずかな間隙をついて、聖は窓とカーテンをすばやく閉めた。


「ごめん、勘違いだ。実は体調が悪くてね。中座するのは申し訳ないけど、保健室に行ってくる」

「えっ!? 大丈夫なの? 私も一緒に!」

「だめだめ、君は生徒会長だろ?」

今にもチョークを放り投げて、走り寄って来そうな真琴を手で制し、聖は生徒会室を後にした。


それからの動きは早かった。

剣道部のエースは、陸上部にしばしば助っ人を頼まれるスプリンターでもある。

渡り廊下を疾走し、すれ違う生徒たちが呆然と目を見張る中、B棟の屋上に続く階段を二段飛ばしで駆け上がり、あっという間に目的地にたどりついた。


屋上につながる扉は、鍵がかかっていなかった。

そして向かいの窓から見えた少年、一条遥は、幅十センチの手すりの上に佇立していた。


細身の長身。

しなやかに伸びた手足。

淡い色の髪が、風になびくたびにキラキラと輝いて、思わず目を奪われそうな光景だが、観賞している場合ではなさそうだ。


「ハル、わかっている? そこから落ちたら確実に死ぬよ」


青い空を背景に、白いシャツの背中が小さく揺れた。

何が面白いのかわからないが、どうやら笑っているらしい。


「そんなことを言うために、息せき切って走ってきたわけ?」


からかうような眼差しをちらりとこちらに向けた少年は、午後の陽光を全身に浴びながら、手すりを蹴って跳躍した。


「ハルっ!」


差し伸ばした聖の手が空を切り、バランスを崩して手すりにしがみついた聖の背後で、鮮やかな後方宙返りを決めた遥が、トンと軽やかに着地した。


肩で息をする聖とは対照的に、涼しい顔で笑っている。

双子の姉とはあまりに違う、一条遥の破天荒ぶりに、さすがの聖も切れそうになった。


「ふざけるのもたいがいしろ! 四階建ての校舎の屋上からのダイビングすれば確実に即死だぞ! こんなことして、僕に恨みでもあるのか?!」


「もちろん、あるよ」

足元に転がっていた、黒縁眼鏡を指先で拾い上げながら、遥はつまらなそうに呟いた。


「あーあ、レンズにヒビが入っちゃった。でも、僕、謝らないから」

「…………」

「だって、カーテンを閉めたの、ヒー君だろ?」


発せられた声はしたたるような毒がこもっていた。

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