19.ハレルヤ1
『汝、殺すなかれ』
『汝の敵を愛せ』
『愛する者よ、自ら復讐するな。ただ神の怒りに任せまつれ』
幼い頃、無条件に信じていた、神の言葉。
教会に響く敬虔な楽の音。
全てを失った今、闇に閉ざされた心で叫ぶでしょう。
ハレルヤと。
施設と同じ敷地にあった教会のことは、細かな部分まで今でもよく覚えている。
つややかな飴色の椅子。
赤、緑、黄のステンドグラスが、教会の床に小さな花を描き出す日曜日の朝のミサ。
ピアノに向かう彼と、その傍らに立つ彼女。
澄んだソプラノがピアノの音に寄り添うように流れ出すと、石で囲まれた小さな空間は、敬虔な気に満たされた。
それなのに。
二人が共にあることを、神は不快に思われたのだろうか。
あの悲劇は、神がくだされた罰なのか。
「真琴さん?」
庭の木に隠れるようにして、両手で顔をおおっている少女に気がついて、思わず声をかけてしまった。
もちろんすぐに後悔したが、この状況で逃げ出すわけにもいかない。
泣きぬれた瞳が、救いをもとめるように、じっとこちらを見つめている。
持っていた荷物を、さりげなく背後に隠しながら、直己は穏やかに微笑んだ。
「ずいぶんと早いお帰りですが、学校で何かあったのですか?」
少女を促しベンチに座らせてやってから、そっとハンカチを差し出したが、少女はそれを受け取ることをせず、花の首がぽきりと折れるようにうな垂れた。
制服のスカートを握り締めた手に、ぽとぽとと涙が落ちる。
直己は手にしたハンカチを、少女の頬に押し当てた。
「何があったんです?」
地面に膝をついてもう一度訊ねると、じっと身を硬くしたまま、少女は顔を持ち上げた。
「雅美が……私のこと、ひどいって、好きでもないくせに、ヒー君の心をもてあそぶようなことをしてるって……」
「雅美って?」
「私の親友でヒー君と同じ剣道部の女の子」
ヒー君――美山聖。
近所に住む、名家の一人息子。
雅美という子は、聖のことが好きなのだろう。
だとすれば、文句の一つも言いたくなる気持ちは、よくわかる。
「真琴さんは、どうして聖さんと付き合うことにしたのですか?」
「どうしてって言われても……」
「彼のことが好きですか? 一緒にいたいとか? 触れたいと思う? キスしたい? そして、その先のことも……」
「ま、ま、待って!」
真っ赤になって、手をばたばたさせる少女は子供にしか見えない。
ふふっと笑って、直己は質問を打ち切った。