17.秘密2
誰もいないリビングで、母親と青年が激しく求めあう姿を見たのは、あれが最初で最後だった。
でも、今でも二人は、子供たちがいない時間を狙って、密会を重ねているに違いない。
「母親が誰とセックスしようと、僕は全然構わない。でも、何だか釈然としないんだ」
視線を逸らせば、窓から見える百日紅の鮮やかさが目に飛び込んできた。
青年がここに来てから、優しい色の花が増えた。
プロの庭師に頼まなくても、この家の庭には花が途切れることがない。
温かな料理の香り。
きちんと整理整頓され、チリ一つ落ちていない家の中。
どんなに夜遅く帰宅しても、不機嫌な顔一つ見せずに迎え入れてくれる目の前の青年は、自由奔放に生きる母親がくれなかったものを、いつだって惜しみなく与えてくれる。
「愛人の手当てと、住み込みのハウスキーパーとしての給料をあわせると、いくらになるの?」
「愛人契約を結んでいるわけではありませんから……」
椅子に座り込んだまま、いつまでも動こうとしない遥のために、青年は紅茶をいれ始めた。
絶妙の濃さにいれられたフォションのダージリン。
ブルーベリージャムとたっぷりの生クリームを添えた焼きたてのスコーン。
それらを遥の前のテーブルに並べた後、ようやくすることがなくなったのか、デニムのエプロンをつけたまま、窓の外に目をやった。
「マコなら当分帰ってこないよ。夏休みだっていうのに、生徒会の打ち合わせ。戻ってくるのは夕方だって」
「そうですか」
欲しい情報を得た青年は、自分も椅子に腰掛けた。
柔らかな日差しの差し込む広々としたキッチン。
バニラと紅茶の香り。
窓の外で揺れる花々。
爽やかな夏の昼下がり。
「ああいう関係に持ち込んだのは私の方です。どんな手を使っても、藤原……いえ、一条麗華という人について知りたかったものですから」
「母さんを誘惑したってこと?」
華やかな世界に生きる母親が、十二歳も年下の平凡な青年を、たとえ遊びだとしても、はたして相手にするだろうか。
白い半袖のポロシャツにジーンズ姿の青年は、男と女のどろどろしたものとは、全く別次元の人間に見える。
だが、無個性であることが個性のような顔は、よく見れば上品に整っている。
そのことに気づいた時の衝撃が蘇る。
雰囲気が全く違うから、不思議と気がつかなかったけど、髪をセットし、タキシードを着せて、グランドピアノの前に立たせたら、写真におさまっているあの青年と見分けがつかないかも知れない。
「あなたは誰? 母さんの何を知りたいの?」
柄にもなく真剣な声が出た。
思わず立ち上がった遥の前に、新しくいれなおした紅茶を置きながら、青年は穏やかに微笑んだ。