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16.秘密1

よく手入れされた庭で、ラベンダーとローズマリーが競うように咲いていた。

木蓮の木陰に置かれた手作りのベンチに腰かけて、少女が気持ち良さそうに眠っている。

生成りのワンピースにデニムのハーフパンツ。

素足に履いたシンプルなミュールに一瞬だけ止まったてんとう虫。


きれいな真琴。

可愛い真琴。

大好きな真琴。

僕だけの……。


ハーブの爽やかな香りの中で、少年は少女の前にかがみ込み、淡い色のまつげを伏せる。

触れるか触れないかの淡い口付け。

それからゆっくりと後ずさり、囁くように名を呼んだ。


「マコ」

少女は目を閉じたままだった。

小さな悪戯に成功して、少年は唇の端を持ち上げる。

何事もなかったようにベンチに腰かけて、少女の頭をそっと自分にもたせかけた。


近づいてくる足音にはっとして顔を上げると、一人の青年が立っていた。

手に水やり用ホースを持っている。

ホースの先からほとばしる水流に、小さな虹がかかっていた。


困ったように微笑んで、青年はゆっくりと後ずさる。

指に絡めた少女の髪は、ほのかに陽の香りがした。


「さっきのこと、マコには秘密にしてね」

「何のことでしょう?」

エプロン姿の青年はそ知らぬ顔でとぼけてみせた。


キッチンを満たすバニラの香り。

テーブルの上には天然ハーブを刻み込んだ焼き立てのスコーン。

生クリームを泡立てる手際は鮮やかで、まるで洋菓子店の厨房にいるようだ。


「心配しなくても言いませんよ。私も秘密にして頂いていることですし」

「知ってたの?」

「ええ、まあ」

「好きなの? 好きでやってることなの?」


直己は曖昧に微笑んだ。

露骨な視線を向けられて、青年は居心地悪そうに目を逸らした。


指先でスコーンを口の中に放り込み、遥は相手を観察した。

橘直己が母親の愛人だと知ったのは、つい最近のことだ。


藤原麗華、本名、一条麗華は、日本を代表する女優であり、恋多き女としても知られている。

三十六歳とは思えぬ見事なプロポーションと脚線美。

華やかな衣装をまとってスクリーンに登場すれば、二十代の若手女優などくすんでしまう。


ある時、自宅に戻ったら、カーポートに真っ赤なポルシェが停まっていた。

写真誌にしばしばスクープされた母親は、いつも違う男性を連れている。

遥が知っているだけでも、役者、映画監督、スポーツ選手と、その顔ぶれは華やかだ。

でも、母親が自宅に恋人を連れてきたことは一度もなくて……。

だからこそ、ドアの隙間から垣間見えた光景は、白昼夢のようだった。

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