14.天才と狂気1
目だけで人が殺せるなら、息の根を止められていたに違いない。
聖は半ば無意識に、真琴を背後にかばいこんだ。
「僕って、悪役? ひょっとして大切なお姫様をさらわれるとか思っているわけ? 念のために言っておくけど、マコと僕は双子の姉弟だ」
外灯の淡い光の中で、遥は微笑を浮かべていた。
アルカイックな微笑みは今にも砕け散りそうで、ひび割れた仮面を思わせる。
「そうだよ。君たちは姉弟だ。その事実はこの先もずっと変わらない」
聖は遥の言葉を繰り返しただけだけど、こめられた意味は全く違う。
琥珀色の瞳に、一瞬だけ浮かんだ悲哀と絶望。
それを強引に拭い去り、遥は身体を折り曲げるようにして笑い出した。
「ははっ! はははは……はは……」
虚ろな笑い声は、狂人のそれと少しも変わらない。
表情は髪に隠れて見えなかったけど、外灯をつかんだ手は震えていた。
「ハル」
それは、うっかり聞き漏らしてしまいそうなぐらい小さな声だったけど、遥はぴたりと笑うのをやめ、吸い寄せられるように顔を上げた。
外灯に照らされた頬が、涙で濡れている。
「一緒に帰ろう?」
姉の言葉にこくりと頷いた時、燃えるような狂気は、嘘のように消えていた。
琥珀のような瞳は、もう真琴しか映さない。
すがるように姉を見つめる表情は、幼い子供のようだった。
(まるで物語のハッピーエンドみたいだ)
悪役は遥ではなく、自分の方だったのかも知れない。
心の中でぼんやりとそう思った時、ようやく真琴と目があった。
「ヒー君、私で良ければ」
わけがわからず、目を見開いた。
「さっきの返事」と言われても、どう反応して良いかわからない。
「本気?」
こんな状況で真琴が冗談を口にするとは思えないけど、それでも疑問が口を突いて出た。
遥はすがりつくように姉の背中に腕を回したまま、彫像のように動かない。
いたわるように抱きあう美しい姉弟。
ただよう花の香り。
純白の清楚な花なのに、誘うような甘酸っぱい香りが夜気の中で艶めいて、頭が少しくらくらした。