帝都エーリュシオン
「少し話したいことがあるから、ブラッキーのところへ行こう」
エーリュシオンに着いたシルイトは、コンフィアンザにそう告げた。
コンフィアンザは不思議に感じながらも頷き、シルイトとともにブラッキーがいるであろう城の建設本部のテントへと向かった。
テントでは、前に見たときと同じようにブラッキーが指示を飛ばしていた。
「ブラッキー、今時間空いてる?」
傍から見ればブラッキーが忙しそうなのは自明である。しかし、今のシルイトは皇帝だ。本来であれば逆に呼びつけるのが普通である。
ブラッキーはシルイトに呼びかけられたのを知るやいなや、すぐに指示を止めてシルイトの前まで来た。
「シルイト様、どんなご用でしょうか」
ブラッキーの今までとは180度違う態度に顔がひくつくシルイト。
「なんで急に態度が変わった!?」
「今までは仲間としての側面が強かったですが、これからは皇帝陛下とその臣下という関係になりますので」
シルイトが皇帝になったときはまだこんな態度にはなっていなかったような、とシルイトは思った。
以前と違いアポストルズの他のメンバーがいるから、それを意識しているのかもしれない。
「そ、そうか。まあ好きなようにしてくれていいから」
「ありがとうございます」
「それで、ボクが来た目的は、ブラッキーとコンフィアンザを交えて今後について、いくつか話したいことがあるからなんだけど」
「かしこまりました。こちらで話されますか?」
「あ、ああ。他の人をどかす必要はないよ」
まだブラッキーの新しい態度になれないシルイト。
そんなシルイトを意に介さず、ブラッキーは周りの何人かに命令を飛ばすと、すぐに椅子とテーブルが運ばれてきた。
シルイトとコンフィアンザが椅子に座ったのを見てからブラッキーも椅子に腰掛けた。
「ボクが話したいことは大きく分けて二種類、一つはみんなにやって欲しいこと、もう一つは今後のエーリュシオンについて」
コンフィアンザとブラッキーは頷いた。
「まずは、やってほしいことなんだけど、これも二つある。一つは、アポストルズのメンバー全員を一度エーリュシオンに集めて欲しいってことなんだ」
「それは、他の大陸にいるメンバーも含めて、ということですか?」
「うん。ボクはこの大陸の知識しかないし、錬金魔術をさらに発展させようと思ったら、いろんな知識が必要になると思ったんだ。あと、エーリュシオンの国民になりたいかどうかもそこで聞きたい」
「恐らく、なりたくないと言う人はいないと思いますが」
「それでも一応、ね。エーリュシオンの国民になったら、基本的に下の世界には降りられないようにしようと考えているからさ」
エーリュシオンは錬金魔術立国である。
その国民が地上、下界に降りてしまうと、錬金魔術の技術が漏洩する恐れがあるからだ。
「承知しました」
ブラッキーはそう言うと、周りで様子を見守っていたアポストルズのメンバーの一人に目配せした。
目配せされた人は頷くと、その人の周りにいた数人とともにどこかへ去って行った。
「もう一つのお願いは、地上の飛行体の排除」
「ドラゴンなどですか?」
「そういうこと」
エーリュシオンは空中に浮かんでいる。だからこそ、簡単に攻撃されることもないし、技術が漏洩する心配もあまり必要ない。
だが、地上にはドラゴンなどの人間を乗せて飛ぶものがごく少数ではあるが存在している。
そういったものを排除、回収することで、エーリュシオンへのアクセスを難しくしようというのがシルイトの考えである。
コンフィアンザはシルイトの考えを読み取ると、頷いた。
「わかりました。後ほど方法を検討します」
「よろしく。それで最後、エーリュシオンの今後について」
そこでシルイトが一息ついた。
まわりでつばを飲むような音が聞こえた。
「エーリュシオンは権利国家にしようと考えているんだ」
「権利国家・・」
権利と言う言葉は、ブラッキーにとって馴染みのないものだった。
エスカメシオン王国では権利や法律と言ったものは無いに等しく、取り締まっていたのは主に殺人や窃盗などの明らかな罪だけであった。
そんなわけで、本来ならばコンフィアンザも知らないのだが、コンフィアンザは図書館で何らかの知識を身につけていたらしく、意味がわからないと言う表情はしなかった。
「権利というのは異世界からやってきた言葉だよ。堕ち人達により伝来した。意味は、当人の言動や思想を保証するもの、みたいな感じかな。与えられた権利の中ではなにをしても罰せられることはない、みたいな」
シルイトの説明に納得といった表情で頷くブラッキー。
「権利についてはわかりましたが、権利国家とはどういったものなのでしょう?」
「やっぱり気になるよね。ボクが考えている権利国家は、国が全国民の権利を管理して、権利を逸脱した行動を取った者を罰する国だ」
そう言うと、シルイトは銀白色の腕輪を取り出した。腕輪と言っても、大分細い形状で、ペン一本分程度の太さである。
「これは試作品なんだけど、装着した人の権利を管理して、逸脱した行動を取っていないか確認する装置だ」
「権利を管理する、というのは?」
「例えば、生まれてからある程度経ったら学ぶ権利が与えられて学校に通うことが出来たり、卒業すると職に就く権利が与えられて働くことが出来るようになる、といった感じかな。そういった権利の付与を自動的に行ってくれる装置だ」
シルイトは、取り出した腕輪を机に置いた。
「この装置の名前はデキシア。これからは全国民に生まれたときからこれを着けてもらいたいと考えているんだ」
「着けるのを拒否した場合はどんな措置をとられるのでしょう?」
「あ~、言い忘れてたけど、全ての国民はデキシアを装着することによって初めて生存権が与えられるんだ。つまり、デキシアをはめていないと言うことは生存権がない、つまり生きていてはいけない人間ということになる」
その言葉に周りがシン、と静まりかえったようになった。
少し間を置いてブラッキーがシルイトに質問する。
「異世界ではこういった社会が普通なのでしょうか?」
「ボクにもわからないね。ただ、権利という概念は面白いし有用だと思うよ」
権利という言葉やその意味は伝来したものの、それが本来持つ役割や使われ方は正しく後生にまで残ることがなかった。
そもそも、権利という言葉自体、図書館の本の中にしか残っていない。
もっとも、エーリュシオンではシルイトが皇帝である。彼の言うことが正しさの基準なのかもしれない。
「とにかく、そういうデキシアをはめることに賛成かどうかも含めて、エーリュシオンの国民になるかどうか選択させようと思うんだ」
そこで、アポストルズのメンバーの一人がテントの中に入ってきて、ブラッキーに目配せをした。
「すいません、アポストルズを集結させる手はずが整ったようなので、彼の話を聞いていただけますか」
「うん、いいよ」
そう言うと、シルイトは今やってきたメンバーに目を移す。
「全ての大陸と連絡がつきまして、集結に可能な最短日である明後日に集結するよう伝達いたしました。つきましては、明後日の正午には集結が完了するかと思われます」
「わかった、ご苦労様」
「はっ」
伝達したメンバーが深く頭を下げるのを見て、シルイトはブラッキーとコンフィアンザの方に視線を戻した。
「ボクからの話はこれで終わり。通常業務に戻って構わないよ」
シルイトは立ち上がると、デキシアを回収してテントの出口に向かって歩き始めた。
ーー
明後日、エーリュシオンに集められたアポストルズのメンバーは、錬金魔術の存在、シルイトによってアポストルズは実質的に解体され、エーリュシオンという国家に属することになるということ、そして今後のエーリュシオンについて説明された。
「もし、キミたちがエーリュシオンの国民になりたいなら、このデキシアを取って腕にはめて欲しいんだ。なりたくない人は、後で地上へ帰すから安心して」
その言葉の後、大量のデキシアがシルイトの足下から飛び出し、メンバー一人一人の前まで飛んでいった。
メンバー達は、自分のところまで飛んできたデキシアを迷うことなく腕にはめていく。
デキシアは、誰かの腕にはめられたことを認識すると、自動的にサイズが調整されて装着者に完全にフィットした大きさとなる。
数十秒後には、全員がデキシアをはめた状態でシルイトの方を見ていた。
「おお、これはちょっと驚きだよ。デキシアを着けなかった人は・・なしね。わかった、今ここにいるみんなを帝都エーリュシオンの市民として歓迎する。一緒にこの国を成長させよう!」
エーリュシオン市民から大きな歓声が上がる。
ある意味この日がエーリュシオンの始まった日と言えるかもしれない。
次の次でエピローグとする予定です。
次回は来週の土曜日の零時に投稿します。




