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銀白の錬金魔術師  作者: 月と胡蝶
第六章 少年編
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始動

若干長いです。

シルイトが目を覚ましたのは、まだ日が昇りきっていない午前中だったのだが、コンフィアンザとの言葉遣いトレーニングが終わる頃には日は傾き、夕暮れとなっていた。

コンフィアンザ曰く、新しい体になったことでしばらく飲み食いをしなくても十分活動できるらしい。


「これからどこに行くんだい?」

「まずはブラッキーとゴールディアンに挨拶しましょう」


一階の玄関から外に出ると、以前来たときと同じような空島の大地の上をアポストルズのメンバーがせっせと動き回っている様子が見て取れる。


「彼らは何をしているの?」

「私たちの新居を作っているんです」


そう言いながらコンフィアンザが指さした先を見ると、そこには既に数十メートルほどの高さまで伸びている塔があった。

壁面は全て銀白色をしており、イシルディンで作られていることがわかる。


「少し待て、どこからあんなにたくさんのイシルディンを調達したんだ?ボクの体を作るのでイシルディンのほとんどはなくなると思うんだけど」


シルイトの新しい一人称は「ボク」である。

「僕」ではなく「ボク」であることに意味があるらしいのだがシルイトにはその違いがわからず、言葉遣いトレーニングの時間の大半をこの微調整に充てられた。

コンフィアンザはシルイトの新しい一人称を聞いて満足そうに頷くと、口を開いた。


「実は、ますたが眠っていらっしゃる間にティルスクエルと交渉する機会がありまして」


コンフィアンザの言葉にシルイトの顔色が少し青くなった。

シルイトはティルスクエルと別れる際、彼女の問いかけを無視する形でこちらに戻ってきてしまったからである。彼女の最後の言い方からしてこちらに敵を差し向けても何ら不自然ではない状況だ。


「正確には、襲ってきたティルスクエルの配下を利用して、直接月まで行ったんです」

「大丈夫だったのかい?」

「はい。向こうは私がますたを殺したと考えていたようで、むしろ仲間だと思ったようです」


確かに、とシルイトは考えた。

あのとき、シルイトが死にかけたあのときは、どう考えてもコンフィアンザの行動がおかしかっただろう。

簡単に防御できるはずの攻撃に体当たりしていく様は、ユグドラシルを意図的に起動させてシルイトを狙う別の攻撃に対して起動しないようにしていったようにも見える。

まさか、仕方なくシルイトをイシルディンの体にしたのではなく、最初から全て計画していたとしたら・・?

コンフィアンザの頭脳ならばあり得る話だとシルイトは思った。

さらに思考の海に沈みかけたシルイトの意識は、コンフィアンザの言葉によって浮上させられた。


「ますた、ティルスクエルとの決戦の際に大量のイシルディンを使用されましたよね」

「そうだね、サーフェイトの時なんかは一回でかなりの量を消費したけど、あれを流用したのか」

「集合球体に残っていたイシルディンの量からして、かなりの量を決戦で消費されたと推測できましたので」

「ということは、内装を彼らがやっているってことか」

「そうです。ブラッキーには総指揮代行を任せているので、これから建設本部へ向かいましょう」


コンフィアンザが建設本部と呼んでいた場所には大きめなテントが張られていた。

広い出入り口では多くの人が出入りしており、忙しそうな様子が伝わってくる。雑多な様子が漂っていたが、シルイト達が来たとわかるやいなや人の列が左右にわかれ、通路の真ん中があいた。

テントの中に入ると、あれこれと指示を飛ばしているブラッキーの姿が見える。ちょうどシルイト達に背を向けるような形だ。


「ブラッキー」


コンフィアンザの呼びかけに気付いたブラッキーがシルイト達の方へ振り向いた。


「あら、もしかしてその子がシルイト君?本当に子どもの姿なのね」

「いかにもボクがシルイトだけど・・ボクがこんな姿になってるのってかなり広まってる?」


シルイトの話し方に思わず吹き出してしまうブラッキー。

その様子を冷めた目で見るシルイト。

コンフィアンザはシルイトの質問に答えようと口を開いた。


「この浮島の中の全員には教えてあります。ただ、下界、地上の人々にはシルイト・ウィスタームは亡くなったという偽の情報を流してあります」

「何故?」

「一つはティルスクエルの目をある程度ごまかすため、もう一つは人体を作成する技術の存在を知られないようにするためです」

「ああ、それもそうか」


ようやく笑いが収まったのか、ブラッキーが会話に入ってきた。


「その浮島っていう名前なんだけど、ちゃんとした名前をつけてくれないかしら?」

「ボクが?」


シルイトの質問にブラッキーが頷く。


「そうよ。他に適任もいないでしょう」

「浮島じゃだめなのか?」

「面倒だから言っちゃうけど、この浮島に新しい錬金魔術国家を作りたいのよ」

「お前、そんなこと考えてたのか」

「正確にはコンフィアンザの発案なんだけど」


シルイトがコンフィアンザの方を向くと、コンフィアンザはにっこりと微笑んだ。

以前より回転が速くなった頭をもってしても何を考えているのか読み取るのは難しい。それでも、自分にとって悪いことはしないだろうとシルイトは考えた。


浮島という場所は、錬金魔術の技術を世界から隠すのにもってこいの場所である。ただ、立地が良いと言うだけでは技術の流出を防げない。完全に管理するには大きな組織に組み込む必要がある。

その組織が国、社会というわけだ。

そして、ブラッキーの言い方からして、その国のトップにシルイトを据えるつもりなのだろう。確かに寿命もあってないようなもので安定しているし、頭脳も良くなっており、治世に向いている。そして何より、元人間だからこその感覚がある。これはコンフィアンザには無いかもしれない。

もろもろを鑑みると、シルイトがトップに適任なのだ。


「わかったよ。それじゃあ、エーリュシオンという名前にしよう」

「即決ね。決めってあったの?」

「堕ち人について調べたときにちらっと目にした単語でね。楽園なんだそうだ」

「ふ~ん、じゃあそうしましょう。あと、あなたのミドルネームはエーリュシオンで決定だから」


国の長の名前にその国の名前が入っている例はたまに聞くから、珍しいことではない。

恐らくブラッキーの考えとしては、シルイト・ウィスタームという名前は地上では使えないため、エーリュシオンという名前を使っていってほしいということなのだろう。

シルイト自身もそこまで察することが出来たため、すんなりと頷いた。


「いいよ。それじゃあ、今からボクは皇帝ってとこか」

「あら、エーリュシオンは帝国なの?」

「どうせ、ボクとコンフィアンザは長命だし、二人でほとんどの行政はやっちゃうよ。さしずめ帝都エーリュシオンってとこかな」


エーリュシオンという名前は帝国の名前なのか、首都たる帝都の名前なのかわからなくなりそうだ。

もっとも、帝国の領土は浮島一つ分、つまり都市一つ分しかないから、帝国も帝都も同じような物なのだが。


「都市一つしか無い国ね」

「都市国家だな」

「それじゃあ皇帝さんに最初のお願いがあるんだけど」

「なんだい?」


シルイトの質問にブラッキーは満面の笑みを浮かべて答えた。


「イシルディンをたくさん頂戴!」


その日の午後から夜にかけて、ほぼ全てイシルディンの供給で終わった。

イシルディンを精製するにはまず、素材となる金属が必要である。金属であれば何でも良いという情報は既にコンフィアンザから伝わっていたらしく、既に浮島もといエーリュシオンには大量の金属が輸送されていた。

シルイトはそれら全てをイシルディンに変換した後、シルイトの城となる塔の外壁として設置する作業を行う。

もっとも、ただ作業をしていただけではない。コンフィアンザから錬魔帝国の役割や今後の計画を聞くのと並行して行っていた。


「改めて錬金魔術帝国エーリュシオンとしてスタートをするわけですが」


膨大な量の金属をイシルディンに変換し終え、外壁として設置する作業を行い始めたシルイトにコンフィアンザが話しかける。


「そもそもの目的を一応お話ししたいと思います。今話してよろしいですか?」

「いいよ、続けてくれ」

「はい。まず、一番大きな目的は錬金魔術を地上から隔離するためです」


錬金魔術は、かつて地上に大戦をもたらした技術である。強力な技術だからこそ、しっかりと管理されなくてはならないのだ。

コンフィアンザの考えでは、地上の錬金魔術を全てエーリュシオンに集める。ティルスクエルは錬金魔術をあの世へと送ろうとしていたが、その行き先をエーリュシオンに変えるのである。

こういった説明を終え、コンフィアンザは一息ついた。


「いい考えだと思うよ。ボクとしても研究に励むいい人材は欲しい。錬魔術を考えついた人にとっても、死ぬのは嫌だけど、今より良い待遇があるとなれば来たいと思うんじゃないかな。そのためにはエーリュシオンを素晴らしい都市にしていく必要があるね」

「はい、私もそう思います。ただ、この土地は大きさが既に限定されています」

「ああ。ボクもさっき少し考えたけど、階層構造がいいと思うんだよね」


階層構造とは、階層を縦に積み重ねていくように作っていく都市のことである。敷地の面積が狭くても、安定したスペースが確保できることから古くから存在してきた構造で、その多くは地下に作られた都市で採用されている。

エーリュシオンでは逆に下から上に積み上げていくように作ることで、面積の狭さをカバーできるのでは無いかとシルイトは考えたのだ。

シルイトの考えに驚いたのか、軽く口を開けて呆けるコンフィアンザ。


「さすがはますた、私も同じことを考えました。正確には、縦に長い直方形のビルと呼ばれる家屋を大量に建てるビル群構造というものなんですけど」


そう切り出して、コンフィアンザは説明を始めた。

階層構造とビル群構造の一番大きな違いは、階層の広さである。

一般的な階層構造は、国土のほぼ全てを多段構造にするのに対して、ビル群構造では異世界から伝わったビルと呼ばれる建物内にのみ階層を設けるというものだ。

ビル群構造の一番のメリットは、様々な高さのビルを建てることにより比較的低階層であっても日の光が入るようになることである。

多くの階層構造の都市では、下の階層だといくら上層と通じる窓を取り付けてもほとんど日の光が入ってこない。明かり自体は人工の光で代用できる物の、日を浴びないことで健康へのデメリットも考えられるのだ。

また、工業用、居住用、研究用などビルごとに役割をわけることでより簡単に都市計画を遂行できるようになる、というのもメリットの一つである。


コンフィアンザが説明を終えると、シルイトは大きく頷いた。


「なるほどね。合理的で良さそうだ。良いと思うよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ボクからも一つ提案があるんだけど・・」


~~


二人がエーリュシオンの今後について話し終える頃には日はすっかり暮れ、城は外面のみではあるものの完成していた。


「しゃべっている間に終わってしまいましたね」

「細かい装飾は後からでもできるから、とりあえずって感じかな。今日はこれで終わり?」

「はい、とりあえずは。それと明日の予定なのですが、エスカメシオン王国のセレネ女王と会談の予定を入れてあります」

「えっと、セレネはボクのこと・・」


気になるのも当然である。シルイトとセレネは幼い頃から交友関係があるし、王位継承戦においても手助けをしている。シルイトは、コンフィアンザがセレネだけには真実を伝えていると期待した。

しかし、コンフィアンザは淡々と真実を語る。


「シルイト・ウィスタームは死んだと聞かされています。ですので、ますたは新しいミドルネームであるエーリュシオンを名乗ってください」

「わかったよ」


秘密は一度漏れれば抑えが効かない。

若干不満そうにしながらも、納得した様子でシルイトは頷いた。

その姿を見て満足そうに頷くコンフィアンザ。


「では、これから内装に取りかかりましょう」

「ちょっと、今日は終わりって言ってなかった?」

「とりあえずは終わり、と言ったまでです。内装という新しい仕事が今できました。今度は私も手伝えるので一緒に取りかかりましょう。新しい体は疲れにくいですから」


そうして二人は夜が明けても他のアポストルズのメンバーとともに作業にあたった。

ちなみに、アポストルズの面々は交代で作業にあたっていた。


次回は来週の土曜日、零時に投稿します。

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