黒と銀の邂逅
「せっかく家に帰ることですし、食材を買っていきますか?」
「ああ、確かに。久しぶりにフィアンの料理を食べたいからな」
「では、中央市場を通ってから家へ帰りましょう」
宿がある路地を抜けて人で込み合う大通りに出る。
二人とも銀白色のローブは脱いでいる。
一般の服に着替えたため大通りに入ると一般の人に完全にまぎれることになる。
何気なく白や金のローブを着ている人間を探していたが結局見つからず食料を買って家へと向かうことにした。
いつもは二人とも歩いて王都と家の間を行き来するのだがなるべく早く家へ着くために今回はイシルディンで馬を作る。
椅子にしない訳は椅子だと目立つからだ。
「珍しいですね。大変ではないですか?」
「何の問題もないよ。馬の動きをインプットできるからね」
ちなみに馬といってもイシルディン製の銀白馬は歩くと二時間かかる距離を十分もせずに走破する。生きているわけではないので疲労もない。
シルイトが前、コンフィアンザが後ろにまたがると銀白馬が走り始めた。
コンフィアンザが索敵魔術を行使しながら尾行がないかを確認したがどうやらいないようである。
約十分後、二人は家の周りを囲むように生えている木々の隙間で馬を降りた。
というのも、家の前に金のローブを着ている人がこちらに背を向けて立っていたからである。
「さっきの奴か?」
「わかりません、が少なくとも同じような認識阻害魔術を使えるようです。私の索敵魔術にも何の反応もありません」
「とりあえずダメもとで話しかけてみるか。許可は変更してないよな」
「はい。全魔術Lv.5と実弾使用を許可されています」
「よし、問題ない。さっきみたいな金の光も出てないみたいだしそこまで気負う必要もないぞ。それじゃあ乗り込みに行くとするか」
木々を抜けてシルイトとコンフィアンザは金ローブの人間に近づいていく。
「索敵魔術の絶対領域には入っていないようです、ますた」
「それはよかった。一応効果はあるみたいだな」
今現在シルイト達が所有しているウィスターム邸の周りには何重にも索敵魔術がかけられている。
それは外側に行くほど魔法のレベルが弱く、内側に行くほど強くなる。
ウィスターム邸の外壁から約五十メートル圏内はコンフィアンザで例えるところの索敵魔術Lv.10に該当するほどの強さであり、持てるすべての技術を結集して構築したため絶対領域と名付けていた。
そのため、もし絶対領域内でも察知できなければ現状その人物を補足することは実質不可能と言っても過言ではない状況であった。
しかし、今シルイト達の視界に移っている金ローブは自分の能力の限界まで近づいているだけなので本当に侵入すればコンフィアンザが感知したということである。
シルイト達は念のため銀白色のローブを着て金ローブに近づいていくと金ローブはシルイト達の方へ振り返った。
さっき宿で襲撃したのと同一人物であった。
「また、あなたですか、ウィスターム」
「なんで俺の名前を知ってるのかとかいろいろ聞きたいことはあるが、一番聞きたいのはお前らは誰でどうして俺たちを狙っているのかって事だけだ」
「別に隠すことでもないのでお話しますが、私はゴールディアンという名前です。ゴールディアン・コロランテといいます」
「ゴールディアン・・ってことは」
「おや、これだけの情報で気付く人はなかなかいませんでしたよ」
「生憎と俺は両親を殺した犯人を捜すために裏社会のことはたいてい調べつくしたからな」
この段階でシルイトは宿で戦闘し今対峙している相手が本当の意味でどういう人間なのか把握した。
それは両親を殺された後、復讐心一筋で裏社会を駆けずり回った時の知識故であった。
一方事情をよく知らないコンフィアンザは少し首をかしげて成り行きを見守っている。
「そうでしたか、それで見つかりましたか?犯人は」
「残念ながら」
「そうですか。・・それであなたは私の邪魔をしますか?」
「お前が何をしようとしているのかわからんから何とも言えない」
「私たちは力を欲しています。そしてまだ子供ながら見た目以上の力を手にしたあなたの謎を解明しようとしています」
「子供なのに強いのはお前もだろうとは思うが、それはともかくとしてもこっちも秘密にしたいことくらいはあるんでな」
そう言うとシルイトとコンフィアンザは揃って銃を構えた。
「そうですか。では戦うしかありませんね」
「いや、悪いけど俺も無駄な争いはしたくない質でね」
シルイトの言葉にゴールディアンもコンフィアンザも首を傾げた次の瞬間、ウィスターム邸から大量の水流が高速でゴールディアンに向かって放出された。
ゴールディアンも避けようとしたが水流が太いためそれもかなわず大量の水に体を包まれた。
大量の水はゴールディアンを包むと淡く光りだしていく。
「ますた、もしかしてこれは・・」
「そうだよ、フィアン。これは大量の魔力保存薬だ」
「でもこのままだとゴールディアンに魔力を分け与えることになるのではないのですか」
「ああ、そうだよ」
「では何故・・!魔力の過剰摂取ですか」
シルイトはコンフィアンザの言葉に軽くうなずいた。
魔力の過剰摂取というのは文字通り体内にためておける魔力を超えて外部から魔力を供給されたときにおこる現象でたいていの場合は昏睡する。
あまりにも過剰だと魔力が暴走したり意図せぬ魔術の発動が起こったりする場合もある。
シルイトはゴールディアンを殺すのではなくとらえて情報を入手しようとしていたのである。
会話が終わって二人がゴールディアンの方を見ると既に魔力保存薬の放出は終わっており彼女は全身がひどく濡れた状態で倒れていた。
「念のため警戒しておけ」
シルイトがそういうとイシルディンを手の形に変形させ、魔力吸収の特殊効果を付与してゴールディアンを摘み上げた。例の金の光を出させないようにするためである。
そしてそのまま自分のところへ連れていこうとしたその時、ゴールディアンの横から黒い影が発生した。
影からは黒のローブをまとった女が出て来た。
女とわかるのは長い黒髪とその後に発した声からで、顔はフードに隠されてほとんど見ることはできなかった。
その女は明らかに異常者の気質を纏っておりフードから見える口元はニタニタとした笑みが張り付いていた。
「君たちには悪いけど、この娘を持っていかれるわけにはいかないのよね」
「・・・ブラッキーか」
「おお!よく知ってるね。ていうことは私たちがどの組織に属しているとかも知っているのかな」
「ああ、それにお前が俺たちにちょっかいを出してきたやつらの黒幕ってこともな!」
シルイトが操るイシルディンが硬化の特殊効果を付与されてブラッキーの足元から突如として出て来た。
常人ならあえなく絶命するそれをブラッキーは最小の動作で躱した。
その躱したところを狙いすましたかのようにシルイトが鋭い殺気と共にパーマネントバレットを放つ。
弾丸はブラッキーの首の中央に命中しそのまま穴をあけて貫通したがフードからのぞき見えるブラッキーの表情には何の変化もなくニタニタとした口元を張り付けている。
その様子にシルイトが軽く首をかしげると、ブラッキーは黒の煙に分解され始めた。
完全に煙に分解されるとゴールディアンをはさんだ反対側へと煙が移動し再び実体化した。
「またおかしな術を使うもんだな」
「タネを披露するのはまた今度ね。ともかくゴールディアンは返してもらうわよ」
ブラッキーはそう言うと軽くジャンプしてゴールディアンをつかんでいるイシルディンの手に乗ろうとする。
それを避けようとシルイトがブラッキーから離れた位置へイシルディンを移動させようとするが、それもかなわずイシルディンの上に乗ったブラッキーは気絶しているゴールディアンの腕をつかんだ。
そしてそのまま魔力吸収の効果が付与されているはずのイシルディンの上で強引に黒い影を作ってその場から脱出した。
「まあ、逃げられちゃったけどいろいろと情報は入手できたし結果的にはいいかもな」
「何故本気で始末しようとしなかったのですか」
「情報を入手できただけで十分だよ。これで必要以上に深入りしていったら猛烈な反撃を食らいかねないからね。あまり警戒させたくはないんだ」
「あとでその組織について教えてください」
「いいよ、それじゃあ昼飯を食い終わったらにしようか」
シルイト達がブラッキーの後を追おうとしなかったのには三つ理由がある。
一つはいつの間にかブラッキーが発動していた認識阻害が邪魔をしていたから。
これが最大の理由である。
もう一つの理由はどのみち学園に入学すれば会うことができるから。
そして最後の理由は認識阻害を相手に感知させずに高速で発動させるだけの力をもっているのは追撃するのには危険すぎる相手だからだ。