決戦の終わり
~通常視点~
「ここは・・?」
目を覚ましたティルスクエルは、今までの出来事を何も覚えていないかのように周りをキョロキョロと見回しており、一見本人かのように見える。
「その質問に答える前にまずはお前が誰かを答えて貰おうか」
シルイトが声を出したことにより初めて存在に気付いたらしく 目を丸くして驚いた後、少しホッとしたような表情を浮かべた。
そのポンコツぶりは本物のティルスクエルのようだ。
「銀ローブ!よかった。どうなっておるんじゃ?さっきまで別の部屋にいた気がするのじゃが」
「まずお前が何者かを教えろ」
「な、なんじゃ?ティルスクエルじゃが」
すごんで尋ねるシルイトに対しておびえる様子は演技には見えなかった。
警戒を解くには早いものの、臨戦態勢をとり続ける必要性は薄れたとして、シルイトは殺気を抑えた。
「・・ならいい」
「なんなのじゃ?もしかして、わらわは長い間眠っていたのじゃろうか」
「さっきまでお前の体を別の誰かが乗っ取っていたんだよ」
シルイトの言葉がすぐに理解できなかったらしく、ティルスクエルは目をぱちくりさせた。
「誰が乗っ取っていたんじゃ?」
「ただの錬金魔術師、と名乗っているだけで誰かは分からなかったな」
「いや、わらわにはわかるぞ。恐らくじゃが、わらわを製作した人じゃ。圧倒的な実力を見せつけておいて、自分は普通の錬魔師だと豪語するのが常じゃったからの」
「その割にはすぐ倒せたが・・いや、そうでもないか」
少なくとも、シルイトは両腕を失っている。それも、本人にではなく、ティルスクエルに憑依した状態の奴にだ。
シルイトが勝ったとはいえ、その強さは計り知れないものだというのはうなずけるものだった。
「なるほどな。やはり古の時代の人間が憑依していたらしい」
ティルスクエルを作った張本人ともなれば、制作時に何らかの細工をしておけば死後に自分の意識を乗り移らせるのもたやすいだろう。
古の対戦について説明していたところからも、過去の人物であることがうかがえる。
シルイトと話して少し落ち着いてきたのか、ティルスクエルがルストの死体を見つけた。
「ルスト!?」
ティルスクエルは、そばで横たわっているルストに近づくとゆすり起こすように体を揺さぶった。
「もう、そいつは死んでいる」
「だ、誰じゃ!?誰が殺したのじゃ!」
瀕死になるまで追い込んだのはシルイトだが、最終的に命を奪ったのはティルスクエルの体だ。
どう言おうか迷っていると、何かを察したのかティルスクエルが恐る恐る尋ねてきた。
「もしかして、わらわか?」
「・・・・・」
シルイトがどう言おうか迷っていると、その沈黙を肯定と受け取ったのかティルスクエルががっくりとうなだれた。
「わらわがこんなことをしたんじゃな・・・」
無残な姿にしたのはシルイトだが、あえて訂正する必要性をシルイトは感じなかった。
ややこしくなるだけだし、何よりティルスクエルにはシルイト自身が地上へ戻るための手伝いをして貰わなければならない。関係が悪化するのは避けたいところだ。
「だが、ティルスクエルは誰かに操られているようだったぞ」
「それでもわらわの体が殺したのは間違いないであろ」
自分が操られていたと聞いてもさほど驚かないことから、古の時代は相手を操る技術が発達していたのではないかとシルイトは推測した。
もっとも、ただティルスクエルがぼんやりしていただけかもしれないが。
「ルストは、わらわが別人じゃと気付いておったか?」
「最後にはね」
「そうか・・・・・」
ティルスクエルとルストの間には、友のような関係があったのだろう。練魔師から作られたもの同士で仲間意識があったのかもしれない。
ティルスクエルは、ルストに向かって手を合わせ、数秒の間目を閉じた。閉じた瞬間、ルストの体が大きな炎を上げて燃え始める。
「死者への弔いか。人間らしいことをするもんだ」
思わずシルイトが呟いたが、その声がティルスクエルに届くことはなかった。
火葬が終わり、目を開けたティルスクエルは何かが吹っ切れたような表情を浮かべていた。
そしてシルイトの方へ向き直ると、頭を深々と下げた。
「申し訳なかったのじゃ!」
「どうしたんだよ、急に」
「わらわが不甲斐ないばかりに体を操られてしまった。そればかりか銀ローブを殺しかけてしまったのであろ?謝るしかあるまいと思ったのじゃ。お詫びに、わらわに出来ることなら何でも一つだけ叶えると約束する」
ティルスクエルらしくないきちんとした思考に、また誰かに操られているのではないかとシルイトは一瞬考えたが、本人を見ても敵意や殺意は全く感じられない。
純粋に謝りたいと考えていることが伝わってきた。
「そんな謝る必要も無いよ。そもそも悪いのは古代の練魔師なんだろ?だったらティルスクエルは何の関係もないじゃないか。まあ願い事を叶えてくれるならありがたいけど」
「う、うむ。ただ願い事を増やす願いみたいな卑怯なことは駄目だぞ」
シルイトの言葉に頷いてから、気がついたかのように慌てて条件を付け加えたティルスクエル。
このポンコツぶりは本人と考えて間違いないだろう。
「地上へは願いと関係なく戻してくれるのか?」
「もちろんじゃ。というより、今まで使えていた転移の能力をまた使えるようにしておく」
「そりゃありがたい」
ティルスクエルは、数秒目をつむっていたかと思うと、すぐに目を開けた。
「ほれ、もう使えるはずじゃ。して、願い事は何なのじゃ?」
「やけに簡単に終わるんだな。最初に使えるようになったときも一瞬だったし」
「わらわ自体がここにある錬金魔術装置の操作装置のようなものじゃからな。して、願いは何なのじゃ?」
「実はもう考えてある」
不敵な笑みを浮かべるシルイトに少し恐怖を感じたティルスクエルが半歩後ろに下がった。
「とんでもないことを要求するつもりじゃないであろうな」
「安心しろ。簡単なことだ。ずばり、俺が住んでたあの大陸の周りの海を航海可能な状態にして欲しい」
大陸の外海は一年中荒れており、激しい風や雷雨も相まってとても航海することは出来ない。
だからこそ、セレネの王位継承戦では外の大陸との交易を可能にすることを公約に掲げたのだ。
初めはイシルディン製の船を使って、強引に海を突破しようとシルイトは考えていたのだが、実地試験を行ったわけでもなく成功する確率は未知数だった。
そんな中で現れたティルスクエルという存在。
全てを丸投げしようという考えは願いを聞いてくれると言われるまでなかったが、ティルスクエルとあった最初の頃から既に、外海についてちょっとした援助やアドバイスを得たいと考えていたのである。
また、ティルスクエルの実力を測り切れていないと言うのも願い事を外海の沈静化にする理由の一つだ。
自分に関連する何かを願ったとして、もしティルスクエルがそれに失敗したら被害はかなりのものとなる可能性がある。
しかし、外海であれば自分とは直接的な関係がないので被害も抑えられると言う寸法だ。
「ふむ。ラプリメラ大陸の自由渡航許可か。たしかに、そろそろ頃合いかもしれんのお」
少し目を閉じてうんうんと考えた後、目を開けてシルイトの方を向いた。
「いいじゃろう。もう措置はとったから戻る頃には収まっているはずじゃ」
意外なほどすぐに終わって少し驚くシルイト。
「そんなに簡単にできるのか。少し拍子抜けだな」
「元々、こっちの操作で荒らしておったからのお。おっと、これは言ってはいけないんじゃった。聞かなかったことにして欲しいのじゃ」
「わかったわかった。これ以上掘り下げないから、そろそろ俺は地上に帰るぞ」
そういって転移しようとするシルイトをティルスクエルが引き留めた。
「待つのじゃ!」
その声にティルスクエルの方へ向き直すシルイト。
「なんだよ」
「帰る前に、わらわからも一つお願い事があるのじゃ」
さっきまで、お詫びなどと殊勝な態度だったのに、今度は逆にお願いをしてくるとは、と冷めた目で見ていたシルイトだったが、続いてティルスクエルの口から出た言葉に考えを変える。
「わらわの目的は偶発的に発生する練魔師の排除じゃ。その意味は、練魔術によって再び戦火が広がらないようにするためなのじゃ。じゃが、銀ローブには色々と世話になったし、操られていたわらわを助けてくれた。だから、条件付きで認めようと思ったのじゃ」
シルイトは、ティルスクエルが言っていることが嘘だとは感じなかった。
古の時代に大陸をまたぐほどの大戦があったとは前から聞いていたし、現在にまでその知識が伝達されないほどお互いを滅ぼし合ったと考えるのが自然である。
確かアポストルズの理念も似たようなものだったなあ、とシルイトはふと考える。
人と人の争いを止め世界を守ると言うアポストルズの理念は、今聞かされたティルスクエルの行動原理に通ずるものがある。
「条件にもよるな。無理難題なら流石にこっちも実力行使させて貰う」
ティルスクエル単体では恐らく大した戦力にはならないのだろう。
身体的にも疲弊しており、物資も十分とは言えないが、不意を突けば殺すことくらいは出来そうだった。
シルイトから出る剣呑としたオーラに押されて、テイル救えるは慌てて首を振った。
「ちょ、ちょっと待つのじゃ。まだお願いの内容も言ってないであろ。まずはそれを聞いてからにしてくれんかの」
シルイトが少し殺気を抑えると、ホッとしたかのように一息着いた後、口を開いた。
「ずばり、今後練魔術を一切兵器開発に使わないで欲しいのじゃ。それさえ守ってくれればわらわも攻撃しないと約束する」
決戦その1~その6まではシルイト視点で書いていたので、それぞれの話の最初に「シルイト視点」の文字を追加しました。
この話以降はまた通常視点に戻ります。
次回は来週の土曜日、零時に投稿します。




